素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた   作:アメリカンショコラ

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第二十八話

 

 

「はあ……」

 

 

 あたしはLEINのトーク画面を見てため息を吐く。今日はもう1月31日、もうすぐ2月に入るというのに直宏から返信がくることは無かった。何故かあたしは今、直宏に露骨に避けられている。

 冬休みの間は蔵に引きこもって呼んでも出てこない。新学期入ってからも直宏は朝ギリギリもしくは遅刻して話す隙がないし、昼休みもすぐ何処かに行く。放課後もチャイムがなってすぐ教室を出ても既に遠ざかる小さな背中しか見えない。こういう時クラスが離れているのが恨めしかった。

 アトリエで毎日直宏に会いたいってLEINを送って、ひたすら絵を描く日々。こんなにも絵の方は順調なのに、色恋の方は全くもって進展がなかった。

 

 

「あなたは今どき珍しいくらい乙女よね。メンヘラとも言うけれど」

 

「……っ!? うっひゃぁ!?」

 

 

 いつの間にか入り込んでいた霞ヶ丘詩羽にびっくりして椅子から飛び上がる。

 

「い、いつからいたのよ!? 霞ヶ丘詩羽ッ!」

 

「あなたが草薙くんの返信がなくてため息を吐く少し前からかしら。トーク画面ちらっと見たけれど、何回も『会いたいよ直宏』連呼するのは時間を空けてるとしてもやめた方が良いわよ。そんなストーカーの脅迫じみたメッセージを送っているから草薙君、澤村さんを怖がって避けてるのではなくて?」

 

「そんなことないもんッ! 避けられてるのはそれより前からだし!」

 

 

 そりゃ何回もLEIN電話をかけたりしたけれども、既読は付いてるからブロックされてないし嫌われてない……とは思う。避けられてるのは事実だけど。

 

 

「とまあ冗談は置いておくとして、別に澤村さんだけを避けているわけじゃないみたいよ」

 

「……そうなの?」

 

「倫理くんも、加藤さんも澤村さんが倒れて以来草薙君と顔を合わせていないそうよ。私の考えだと草薙君は……」

 

 

 霞ヶ丘詩羽は言いかけてやめる。そんな途中で止められたら気になるじゃない。

 

 

「直宏が何よ……?」

 

「いえ、何でもないわ。それよりも澤村さん、どうするの? あの件、受けるの?」

 

「……どうしようかしらね。まだ悩み中」

 

「贅沢な悩みね、私の方は選択権がないと言うのに」

 

「……あんた、あたしがどっちを選んでも付いてくるつもり?」

 

「愚問なことを聞くわね。あなたが紅坂朱音を選ばないなら私はそもそも参加できないのだから現状維持だし、そうじゃないなら舐められたまま引き下がるわけにはいかない。どちらにしても澤村さんのいるところに私ありよ」

 

「……本当に厄介な連中に目をつけられたもんだわ……」

 

 

 霞ヶ丘詩羽にしても紅坂朱音にしてもロング髪のクリエイターというのは面倒なやつしかいないのかと一週間前の出来事を思い出して、呆れと歓喜が混じったため息を吐いた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 詩羽と英梨々は都内のホテルまで来ていた。マルズのゲーム会社からの仕事のオファーが来て話を聞くことになった。詩羽が作家デビューした出版社の義理で顔だけでも出さなければならなかったからだ。

 

 

「お連れ様、お見えになりました」

 

 

 女将に部屋に通されて中に入るとおちょこ片手に、机に倒れ込む妙齢の女性と、その飲んだくれを見て呆れ果てているスーツ姿の外国人がいた。

 

 

(この人、どこかで見たような……)

 

 

 英梨々は外人の男性を見たことがある。けれど思い出せないでいた。

 

 

「おい、茜、待ち人が来たぞ」

 

「ううん……」

 

 

 男に肩を揺さぶられて顔を上げる女。

 

「紅坂朱音……?」

 

「え、これが!?」

 

 

 この女こそ今回マルズを通して二人をオファーした張本人だった。

 数分後、英梨々と詩羽は朱音と男に机越しに向き合う。

 

 

「まずは私から紹介といこう。私はムーア財団のキュレーターをしているランディ・フリードマンだ」

 

「……あ、思い出した。記者会見の時に直宏の隣にいた人だ」

 

 

 英梨々はムーア財団という名詞で目の前のランディが直宏と一緒いたから見覚えがあったのだと気付く。

 

 

「なるほど直宏の知り合いか」

 

「直宏とは一体どんな……?」

 

「彼の父親の遺産管財人をしていてな。純一郎の遺産相続の件で何度か話したことがある」

 

「遺産管財人……遺産相続……なる程そういう経緯なのね」

 

 

 詩羽は直宏とランディの関係性を今の言葉でなんとなく理解した。音願の取引にこの人物も関係しているのだと詩羽は考える。

 

 

「ムーア財団の人と紅坂さんはどういう関係でここに?」

 

「お前たちとは別件で用があってな。残念ながら交渉は決裂したが」

 

「当然だろう。その名前を言って、お前の強引さで全てを台無しにされるわけにはいかん」

 

「ちぇ、あの草薙純一郎が認めた才能の事詳しく聞きたかったんだが」

 

「……?」

 

 

 二人だけにしか分からない会話に英梨々と詩羽は首を傾げる。

 

 

「では私はもうすぐ飛行機の時間なのでこれで」

 

「ああ、またな」

 

「もう二度と会わないことを祈るよ。それでは」

 

 

 ランディは部屋から出ていった。

 

 

「……さてと、仕事の時間だ。これを30分で読め、そして決めろ」

 

「何を?」

 

「その企画に乗るか、降りるかを、だ」

 

 

 二人は机に置かれた封筒を開けて、読み込む。

 その内容はフィールズクロニクルの新作の企画書。その作り込まれて引き込まれる内容に二人は何もただ黙読し、30分が過ぎる。

 

 

「意見質問批判なんでも来い。ただしそれに喧嘩売れる自信があるならな」

 

「……私たちに何をしろって言うの?」

 

 

 企画書を詩羽は朱音に返して、問う。

 

 

「死ね」

 

「な!?」

 

 

 あまりに強い一言に二人は声を上げて、テーブルを叩きつける。

 

 

「これがお前たちの殉ずるべき作品だ。これから一年、この作品の事を考え続け、この作品の為に生き、この作品の完成に命を捧げろ」

 

「何勝手なこと言ってんのよいきなり! そんなの受けるわけないでしょ! あたしにはサークルが、『bressing software』があるのよ!」

 

「けどお前、もうあのサークルにいられないだろ? このままじゃいずれ周囲が柏木えりの才能を持て余す。というかもう持て余してるだろ? 霞詩子ぐらいなんだよお前の才能にギリギリ付いて来れそうなのは」

 

 

 思い当たる節が英梨々にはあった。

 NGを出された11枚の絵、その異変に周囲は気付いていなかった。もしあのまま進んで将来柏木えりは草薙直宏になってしまうことに直宏以外は気付なかったということは柏木えりの才能に皆が追いつけてないということだ。

 

 

「ふ、ふん、だからなんなのよ? 例えそうだとしてもあんただったらあたしを持て余さないとでも? 今のあたしはあんたの絵にだって勝ってるのに、イラストレーターとしてあたしを更なる高みに導けるのかしら?」

 

「へぇ……言うねぇ柏木先生」

 

 

 英梨々の大した自信に朱音は目を細めて、口を三日月に歪ませる。

 そして朱音は鞄からもう一つの封筒を英梨々に差し出した。

 英梨々は封筒の中身を見る。

 

 

「そんな……」

 

 

 それは誰から出た言葉だったのか。そこには柏木えりが描いたゲームの全ての絵が完璧に真似られて描かれていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「ふふ……あはははははは!!!!」

 

 

 朱音は誰も居なくなった居間で心底面白い事になったと笑い声を上げた。

 それは英梨々の絶望した顔が傑作だったからではない。英梨々は絶望なんてしていなかった。むしろ不敵な笑みを浮かべて後スケッチブックを取り出して何かを描いたかと思うと、朱音に突きつけたのだ。そこには英梨々が必死に描き上げたものより更に上のレベルの絵が描き連ねてあった。

 これが面白いと言わなくてなんなのだろうか。英梨々は朱音に今の自分を見せて、あたしは何処の誰の元にいようが関係ないと言ったのだ。

 

 

「ああ、確かに柏木えりに私は必要ないかもなぁ……だが」

 

 

 相棒の方はどうなのかなと朱音は悪い笑みを浮かべる。

 

 

「楽しそうですね、朱音さん」

 

「伊織か」

 

 

 すっかり酔いも覚めてしまった朱音は、伊織の名前を呼ぶ。

 

 

「あの様子じゃ交渉は決裂ですかね」

 

「さあな。もし断られたら旭川さなの方にするか。柏木えりを引き合いに出せば引き込めるだろうし」

 

「……勘弁してくださいよ、参加してもらう事自体奇跡的だったのに。しかもしょうがないから渋々みたいな感じで」

 

「冗談だ」

 

「冗談が冗談に思えません。本当に朱音さんはタチが悪い」

 

 

 伊織は朱音に振り回されすぎて信じることが出来なかった。

 

 

「それにしても、くくっ、どんなマジックを使えばたった7ヶ月で私と対等の絵描きに成長するんだよ。私の十数年の絵描き人生を十八のガキがひょいと飛び越えていきやがって。これでもプライドって奴はあるんだぞ私にも」

 

「そういう割には悔しそうには見えませんが」

 

「あったりまえだろ。私なんか簡単に飛び越えていけ、私の想像を遥かに超えるものが見られるなら私のちっぽけなプライドなんて粉々に砕けていればいい」

 

「本当に創作に対する考え方が壊滅的だなぁ……僕はまだそこまで真摯に作品に対して自分を追い込めません」

 

「お前がトップを狙うならそれくらい当然の事だ」

 

「僕はもうちょっと楽をしたいんですよ。少しくらいは余裕があって、あんまりしがらみを抱えなくて、仲間とそこそこワイワイやれて」

 

「……そうか。出て行く気なんだな」

 

 

 

 伊織は正座で頭を下げる。

 

 

「今までお世話になりました」

 

 

ーーーーーー

 

 

 夕暮れの第二準備室。二人は間隔を少し開けた横並びの体育座りをしていた。

 

 

「あの時の紅坂朱音は傑作だったわね! あっけにとられた顔で固まってだんだもん」

 

「そうね。傍若無人なあの人に報いた時の澤村さん凄く楽しそうだったし」

 

「だからあんたもちゃんと報いなさいよ」

 

「え?」

 

「あたしはあんたが決めた方を選ぶことに決めた」

 

「それって……」

 

 

 詩羽は英梨々の意図に気付く。

 

 

「サークル、裏切ることになるわよ?」

 

「なら残ることを選べばいいじゃない。あたしはどっちでもいいもの」

 

 

 けどあんたはそうじゃないでしょと、今までのやり取りから詩羽は英梨々にそう言われているようだった。

 霞詩子が成長する機会をみすみすのがす筈がないと英梨々は思っているようだ。

 

 

「でも澤村さんにメリットがないわ。むしろデメリットの方が大きい」

 

 

 サークルのみんなとの関係性が壊れてしまう可能性が高く、メリットだって今の英梨々には微々たるものだ。ほんのちょっと成長が早くなる可能性がある、そのくらいだった。

 

 

「あるわよメリット。めちゃくちゃ大きいの」

 

「それはなに……」

 

「あんたが強くなるって最高のメリットがね」

 

「どうしてそんな……」

 

 

 英梨々が自分を犠牲にしてまで詩羽の成長の手助けをする義理はないはずだと、そうした意味で英梨々に言う。

 

 

「分かってないわね、あたしはあんたのファンだからに決まってるじゃない」

 

「な……!?」

 

 

 詩羽はいつになく素直な英梨々に面を食らい、顔を赤くする。

 

 

「紅坂朱音はひとつだけ見逃した。あんたの才能を、あんたの努力を、諦めの悪さを軽く見た。見返したいじゃない、霞詩子はこんなもんじゃないって。あんたもそう思ってるはずよ」

 

「そうね……そうよね………決めたわ。私は紅坂朱音のところに行く。でも勘違いしないでちょうだい。あなたに絆されたからじゃない。紅坂朱音とさっきから上から目線の澤村英梨々の寝首を描く為に私が自分で選んだことだから」

 

 

 自分達は心の底からクリエイターなのだ。バカにされたままいられるはずが無かった。

 こうして二人はフィールズクロニクル新作のキャラデザとシナリオライターのコンビが生まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 日間25位、お気に入り100超えありがとうございます。それはともかくぼざろおもろい、あの晴れわたる空より高くおもろかった。
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