素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた 作:アメリカンショコラ
「ここはこのぐらいの色合い?」
「もう少し薄めて重ね塗りする感じで……そうそのくらい」
翌日の日曜日、安芸はバイトでてんてこ舞い。加藤は用事があって欠席、霞ヶ丘先輩は家で一人こもってプロットの作業でいない為視聴覚室には澤村とオレしかいなかった。キャラクターデザインは加藤がいないと進まないので今日は休みかと思いきや澤村に呼び出され、次の市のコンクールに出す課題の手伝いをする事になったのだ。
「やっぱりちゃんとした意見を聞けるのと聞けないとじゃ全然違うわねぇ。あんたの絶妙な色彩感覚は参考になるわ」
「そりゃどーも。それは兎も角何で此処で? 美術室で作業した方が効率良いだろ?」
「仕方ないじゃない部員みんなコンクール間近で休日でも学校来てる子もいるのよ。それなのに草薙と一緒に美術室で作業なんてしたら変な誤解されて困るじゃない。かと言ってあたしの家に呼ぶなんて好感度が足りてないから無理よ」
それもそうか。世間体を何より気にする澤村なら警戒して当たり前のことだった。
「そうだ好感度と言えば昨日やってたゲームの進捗はどう? 倫也にノパソごと押し付けられてたわよね?」
「まさかパソコンごと貸し付けてなるとは思わなかった」
「布教の為ならゲーム機ごとプレゼントするような奴よ。ノパソ貸し出すくらいしてもなんら疑念は持たないわね」
そんな安芸の突き抜けたオタクとしての情念に初めてオレは感心したかもしれない。
「それでゲームの進捗だったか? 取り敢えず2ルートクリアした。話はまあ面白かったが……」
「やっぱ気になるんだ絵。ならあたしオススメのギャルゲー貸してあげるわよ。シナリオも良くてイラストのクオリティも高い奴。あんたスウォッチは持ってる?」
「一応持ってるが……良いのか借りて?」
「このままギャルゲー全般のイラストクオリティが低いと舐められたくはないからね……と言うのは建前で自分の好きな作品を好きになってもらいたいってだけなんだけど」
「そうか? なら遠慮なくその好意に甘えさせてもらうわ」
澤村は一言そうと言った後、作業に戻った。
もしかしてコイツ……意外と。
「何?」
「い、いや……そうだなここの大木は連続して塗るよりも一筆で行った方が力強く見えると思うぞ」
「そう? でも一筆だと腕が固定できないからちょっとブレちゃうわよ?」
思わず横顔を見つめていた事がバレたらしく、慌てて誤魔化す。ちょうど指摘するところがあって助かった。
「そこはこうやって筆管の後ろの方を持って……」
「あ……」
「どうした澤村?………ッすまん!」
つい澤村の手にしっかり触れてしまっている事に気づき慌てて手を離して謝る。
「いや別に思わずビックリしちゃっただけだから別に気にしてないわよ……あんたがそんな反応したのはちょっと面白かったけど」
「うるせぇよ」
「あははっ照れない照れない。それじゃあ続きから手解きお願いします先生?」
「ったく……後ろを持つ事で短いストロークで長く大きいストロークがーーー」
オレは説明を再開する。
力が加わる部分と離れるほど筆がぶれる為直線を描く事すら悪戦苦闘する澤村を尻目にオレは思う。
ああなんてーーーーなんだろう。
「今日はありがとね。はいこれ」
夕暮れの校門前、澤村はオレに何かを渡してくる。それはどうやらゲームのパッケージのようだった。
「これって」
「実はあんたが昨日絵に不満ぼやいてたのを思い出して、今日会った時にオススメして感触が良かったらすぐ帰ってプレイ出来るように持ってきてたのよ」
「用意よすぎだろ………」
「プレイし終わったら感想教えてよ? それじゃあね!」
言いたい事だけ言って小走りでオレとは別の帰り道に去っていく。さっきも思ったが昨日初めて会った時の印象と今日の澤村はまるで別人だった。もしかしたら好きな相手や気に食わない相手に高圧的な態度を取ってしまうだけで根は素直なのかもしれない。
帰って澤村にオススメされたゲームをプレイしたお陰で今朝は寝不足になってしまうのだった。
ーーーーーー
全ての授業を寝て過ごした後の放課後、オレは視聴覚室の中に入る。既にサークルメンバー全員が集合していた。
「澤村これ返す」
「え? 早くない? もしかして面白くなかった?」
澤村の席まで辿り着き、昨日借りたゲームを返す。
「いやすっごく面白くてな寝ないでやってたら全部クリアしたから返す」
「クリア早ッ!? どんだけ集中してプレイしてたのよ。後一度クリアしたからってこんなに早く返さなくても何度もやって良いのよ? 最悪帰ってこなくても良いやと思って渡したし」
「そう言う訳にはいかないだろ。それにほら」
オレはカバンに入れていたスウォッチを取り出して画面を見せる。
「………ダウンロード版!? あんた思いっきり良すぎでしょ!? どこがそんなに気に入ったの? 感想会しましょ♪」
「やっぱ中盤後半から終盤にかけてだな。ーーーの正体が明かされるシーンとかヤバかった。こっちの勝手な思い込みを利用するなんて目から鱗だったよ。あえて明言しない事による伏線っていうのか?」
「そうそうそれがこのライターの凄いところなのよね! あたし発売前にホームページのぞいたんだけどそれもミスリードに繋がってて脱帽したわよ……それでそれで?」
「ホームページそういうのもあるのか……後は序盤中盤もいろんな事が起こるから中弛みしないってのも良かったな」
「そうなのよねーやっぱこういう伏線系の作品ってどうしても序盤中盤は種まきの段階だから終盤芽吹くまでが長く感じてしまうんだけどこれは一気じゃなくて程よく回収していたから飽きが来なかったのよね。後草薙はどのヒロインが良かった?」
「やっぱり社長だろ。最後までやって好きにならない奴なんているか?」
「分かる! あたしは社長も好きだけど
興奮冷め切らず澤村と語り合っていると何か奇異な視線を感じて周囲に目を配ると他の3人がオレ達に注目しているようだった。
「何よ!? あたしが二番目に出来たオタ友と楽しく話すのがそんなに可笑しい!?」
「可笑しいとは言ってないけれど……」
「草薙くんと澤村さん二人ともいつの間にか仲良くなってたんだね」
「それはいいとして俺も混ぜろよ! お前らが話してるやつあの作品の事だろ語らせろ!」
周りを見るオレを不思議に思った澤村は自分達に向ける戸惑いが混ざった視線を向けられている事に気づき、自分が外面も気にせずオタトークしていた事による羞恥を誤魔化すようにキレ出す。
それに対して三者三様な反応を見せていた。いつの間にかオレ澤村にオタ友判定されてるし。
「嫌よ倫也って語るだけ語って話挟むタイミングがないんだもん。それより加藤さん……あたしの席の正面に来なさい」
「なに? 澤村さん。私としては今触れたら切れそうな澤村さんに近づくのは遠慮したいところなんだけど」
「大丈夫むしろクールダウンさせる為に加藤さんを呼んだんだから………キャラデザの時間よ」
そう言って澤村は顔を向き合わせ加藤に色んな表情の指定をする。立ち絵には表情パターンがあり、それを掴む為にメインヒロインたる加藤恵に色々指示を出していくのだがーーー
「じゃあ加藤さん。次はムッとした表情をお願い」
「む、むっとした?」
「ほ、ほら例えば彼氏にデートすっぽかされてなによ!なによ! もう知らない! みたいな表情」
「そんな態度と言葉遣い現実で使うシチュエーションないよ?」
澤村がこんな風にと実演して見せるが加藤の反応は芳しくなかった。困ったように眉を顰めるだけ。これは実際そういった感情が湧かないと表情に表れないタイプなのかもしれなかった。
この後も様々な表情の指定をしていく澤村だったがやはり加藤に変化はなし。
頭を抱えるしかない澤村を見て加藤は自主練してくると棒読みなツンデレ台詞を言いながら無表情で視聴覚室から出て行った。
見かねたオレはサークルのメンバーとして何か出来る事はないかと考える……そうだなこの手があったか。
「安芸。このパソコンペイントソフト入ってるか?」
「一応最初から入ってたやつはそのままだからある筈だ。ほらこれ」
オレは安芸を呼びそう聞くと安芸は横からマウスを動かしペイントソフトを立ち上げてくれた。
「で、プロ御用達でも無い無料のペイントソフトを使って何をする気なんだ? ここにはペンタブなんて上等な物ないし、それに草薙は描けない筈じゃ?」
「描けないなら描けないなりにやりようはある。そんなことより安芸。今はあの項垂れてる澤村の相手をしてやれよ」
ーーーーーー
「これは焦った顔の加藤か?」
「素直に凄いわね。あの加藤さんが浮かべた表情としてこれ以上無いものとして仕上がってるわ」
「んー? これもしかして………」
一時間後、ペイントソフトには加藤が描かれていた。流石は美術部すぐに気がついたか。
「これは点描画で描いた加藤ですね。これならマウスをクリックするだけで手を大して動かさずにすむ。スピード優先でやりましたからだいぶ雑ですが」
「これで雑……」
「確かにこれじゃ雑かも。点描画ってどれだけ細かく点を打ち込む事に掛かってるから。大きさも結構まばらだし」
「手厳しいな」
「草薙直宏の作品にしてはって注釈はつくけどね」
「作品とした描いた訳じゃないし、出来の良し悪しがどうこうじゃなくてオレが言いたいのは表情なんてものは顔の筋肉から予想出来るって事だ」
「顔の筋肉?」
「お前昨日見た感じ努力型の理論派に見せかけた感覚派だからな。見たことのあるものを感覚で描くから具体的に何でそうなるかを落とし込めないんだよ。例えば喜びなら眼輪筋の下側が縮んで、大頬骨筋を引っ張る事で表現できる。怒りなら皺眉筋と口輪筋が、悲しみなら三角筋が。鏡を見てニュートラルな状態から色んな表情を作った時の動きを実際に触って確かめて、それがどんな名称なのかを調べる。そうして内部構造を把握する事で自分が描いたことない動きも予想して描けたり、人に教えるのにも役に立つ」
「うん」
「こうやって理屈で考えられるようになったら将来澤村が自分の絵について悩んだ時にも役に立つかも知れない。感覚派がスランプに陥って中々抜け出せないのは説明できないからだ。今まで考えなしでやってきた分何故出来ないかが分からないからだ。常に思考を止めるななんとなくで駆け抜けず疑念を持つ事を辞めるな。そうすればお前は最強のイラストレーターになれる」
「うん分かった」
ーーーーーー
倫也side
「珍しいな」
「何が?」
草薙がこの後用事があると先に帰った後、俺は英梨々に話しかけた。
「いつもの英梨々ならあんなこと言われたら『そんなことあんたに言われなくても理解してるわよ! 余計な口出ししないでよね!』って突っ返す筈だろ?」
「あんたのそのあたしに対するイメージは後で入念に議論するとして……あたしはね、草薙直宏という芸術家を尊敬しているの」
そういう英梨々の顔は晴れやかだった。
「二次専のイラストレーターなのにか?」
「それ尊敬しない理由になる? あたしはイラストレーターだけど美術部の部員でもあるのよ。……初めて作品を見た時、鳥肌が立ったわ。どんなデッサン力と色彩感覚があったらこんな作品が出来上がるのよって正直恐怖を覚えた」
ぶるると当時の感覚を思い出して両手でクロスして自分の肩を抱く英梨々。それは英梨々のいう恐怖を覚えてというよりも、衝撃的な作品に出会った俺が抱く感動して打ち震えるような感じだった。
「でもその才能に嫉妬する事はなかったの。本当の天才って言うのはそういったものを忘れさせてくれる存在を言うのかもね」
そう語る英梨々の目は俺が好きなクリエイター達に向ける時の様な眼差しそのものでーーーこの時ばかりは嫉妬した。それは俺が思うナンバーワンイラストレーターに尊敬されてる事に対して? クリエイターとして英梨々の隣に立てない自身の代わりに歩む草薙を想像して? それともーーーーーー