素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた 作:アメリカンショコラ
「直宏おはよう」
「蘭かおはよう。早いな」
「暫く起こしてくれる人が居なかったからな……」
久しぶりの朝食作りの為にキッチンに行く途中のリビングでテーブルの椅子に座る蘭がいた。
「悪かったな、でも今日から元通りだ」
「気にする必要はないさ。随分と見違えた直宏が見れたんだから」
……思えば蘭にはオレが小さい時から世話になりっぱなしだな。一週間学校休むと言った時もそうかと頷くだけで他には特に何も言わなかったし、親父が死んで独り身だったオレを暖かく迎えてくれた恩がある。
オレが大きくなってからは厳しいことも言うようになったけど、それでも本当にオレが大事な時には親身になってくれた。本当に蘭は教師が天職だよ。
「ありがとうな蘭」
「ど、どうした? 藪から棒に」
オレは感謝を伝えると、蘭は取り乱して顔を赤らめる。もうアラサーになるってのにそんなんで赤くなるとか大丈夫かと心配になってくるぞ。
ーーーーーー
一週間ぶりの登校、教室に入ると一瞬こちらに皆の視線が来たが、すぐに各々の話に戻る。
一週間も不徳に休んでいたオレに何も言ってこないあたり、クラスの気遣いに感謝する。
「草薙、放課後、職員室で話があるから来なさい」
「はい」
でもまあクラスの奴は何も言わなくても担任は見過ごしてはくれないわけで、呼び出されてしまった。
英梨々のところに行くのは少し遅れてしまいそうだ。
「言われちまったな」
「まあ、一週間も無断に休んだわけだしな当然だ」
担任が居なくなった後、石上に声をかけられる。それにオレは嘆息しながら答えるのだった。
ーーーーーー
放課後、職員室を訪ねると、担任の席の前には倫也がいた。……まあ同じく同じ時間休んだ倫也と関連性を疑うのは当たり前か。
「先生」
「おう、草薙来たか」
「待ってたわ草薙くん」
うちの担任だけでなく、おそらく倫也の担任であろう現国の蓮見先生が待っていた。
「それで聞かせて貰えるか? 一週間も学校を休んでいた理由を」
「それは……」
「俺が直宏を無理やり連れ回しました。だから直宏は帰らせてあげて下さい、用事があるようなんです」
「倫也……?」
倫也が突然そんなことを言い出す。オレは訝しんでいると耳打ちしてきた。
「英梨々が待ってるんだろ? ここは俺に任せて早く行け」
「ッ!?」
そこでようやく倫也の意図を理解する。
「そう言うわけで説明するのに二人も必要ないですよね? 先生」
「え? あ、うん……二人に関係あるって分かったならそれでもいいけど……」
「だ、そうだ」
「……! 恩にきる!」
オレは職員室から出て行き英梨々の元へ向かった。
廊下を走り、下駄箱の靴を履いて体育館へ急ぐ。
……最初は同情からだった。過去同じく大切な人を思って引き離さざるを得なかった者が抱いたシンパシーからくる同情心であの夏の夜、英梨々を立ち直らせる協力をした。
その同情心も英梨々と過ごしていくうちに変化していく。
秋葉原で遊んだ時の無邪気さに、旅館で迫られた時の扇状的な英梨々の姿に、美術館で手を繋ごうとする英梨々のいじらしさに、英梨々自身の魅力に惹かれていった。
これを自覚したのはいつだったか、気が付けば英梨々の事を好きになっていた。
オレは体育館に着いて、裏手に回るとーーーいた。
英梨々は祈るようにぎゅっと手を握って、身体を震わせながらオレのことを待っていた。
ーーーーーー
「英梨々」
「あ……」
あたしは顔を上げると目の前に待ち人が立っていた。
1ヶ月ぶりに見合わせた直宏は息を切らせて苦しそう。
「待たせたか?」
「ううん、そんなに待ってない」
息を整えた直宏があたしに尋ねる。こんなに急いで走ってまで来てくれたことが嬉しくて、思わず抱きつきたくなる衝動を抑えてあくまで冷静を装って答える。
「今日、バレンタインでしょ? はい、これ」
「ありがとう、開けてもいいか?」
「うん……」
あたしは綺麗に包装されたチョコを直宏に渡す。
算段としては直宏に箱を開けてもらって、中にあるハートのチョコを直宏が見た後にあたしは告白をする。ハートなんてあからさまな物ならあたしの告白を素直に受け取ってくれるはず、そう思ったからだ。
「これは……」
直宏が包装を解く。中身を見てあたしの方を見た。
「直宏、あのね? あたしあなたのこーーー」
「英梨々」
告白途中で直宏にあたしの名前を呼ばれ、中断してしまう。もしかしてあたしがする事を予知して先回りしたのかな。付き合えないって、好きじゃないって伝える為に。
「な、に……?」
あたしは涙をグッと堪えて何もないように聞き返す。あたし振られるんだ、好きな人に好きじゃないって言われちゃうんだ。
「英梨々、元々バレンタインは男性がプレゼントをするものだって知ってるか?」
「そうなんだ、ね。あたしのこと直宏はーーーえ?」
てっきり先んじて断られると思ったからあたしは泣き顔を晒さないように俯いて、声も平静を装った。けれどあたしの予想とは外れた言葉が返ってきた。
「う、うん、なんかそんな話聞いたことあるような、ないような……それが何?」
「英梨々、これを」
「封筒……?」
直宏はあたしのチョコを鞄にしまい、そのあと画用紙くらいの大きさの封筒を取り出してあたしに渡す。
あたしは封筒を受け取り、中身を見るとーーー
「………え?」
出てきたのはA5サイズの印刷された紙が4枚。最初の一枚を見てあたしは信じられなかった。
ツインテールの少女と爽やかな青年が向き合う、絵柄がこっちの領域に合わされてはいるけれど
「芸術家……いや、イラストレーター草薙直宏復活か?」
間違いなく本人が描いたもの。あたしは告白とかそういうのはもう吹っ飛んで、違う意味で涙が流れる。直宏が、草薙直宏の復活はそれ程の衝撃をあたしに齎した。描けないと聞かされてからもどこかで描けるようになるんじゃないかと心のどこかで期待していた。ペンタブを渡したのもそうなるきっかけになればいいなと思っていたのだ。
「英梨々、お前のお陰だ」
「え……?」
「英梨々が壁を越えたから、オレも描けるようになる気がしたんだ。あの11枚の絵を見てオレも負けてられないなって思った。英梨々のお陰だ、英梨々に出会えて本当に良かった」
「ッ、直宏……!! 直宏ッ!!!」
あたしは泣いた、ワンワン子どものように泣いた。握りしめる手が強くなって、涙が紙を濡らしそのまま倒れるように直宏の胸に顔を預けてしばらくずっと……
「ごめんね……感極まって制服濡らしちゃって」
「いい、それよりも他のページも見てくれよ。自信作だから」
「うん」
あたしは泣き止んだ後直宏に謝る。直宏に促されあたしは次の一枚へ。
さっきのは遠くから、そして横から見た図だったけど、今度は少女から見た青年の顔がアップで描かれていた。その次は逆に青年視点で彼女の表情が描かれている。
そして最後の絵を見てあたしは思わず驚いて直宏の顔を見上げる。
「ーーーーーんんんんッんんんッッンッッ!!!!????」
そのイラストに描かれていたのは
あたしは突然の事で手の力が抜けて持っていた紙束が地面に落ちる。
「な、にゃにを……」
「英梨々、好きだ」
「はうあっ!?」
直宏はあたしの唇から口を離して告白をする。突然のキスから畳み掛けるように告白されてパニック状態に陥った。
さっきから直宏に振り回されて感情がぐちゃぐちゃだ。
「英梨々が倫也に告白したって聞いて素直に英梨々のこと祝福出来なかった。それで倫也が断った言った時、ホッとした。その時気付いたんだよ、オレ英梨々が好きなんだって。
いや考えないようにしていただけで本当はもっと前から好きだったと思う」
「直宏……」
嬉しい。直宏が嫉妬してくれて、好きだって言ってくれて本当に涙が出るほど嬉しかった。
さっきから嬉しいことばかり起こって、幸せで昇天しちゃいそう。
「いきなりキスして悪かったな。突然キスされて気が動転して拒めなかったのならそう言ってくれ。張り手でも警察でも甘んじて受け……んっ」
今度はあたしが不意打ちで直宏の口を塞ぐ。直宏は一瞬目を見開くがすぐにあたしの唇を受け入れた。
「あたしも直宏が好き。1ヶ月間直宏に会えなくて本当に辛かった」
「それは本当に悪かった。英梨々には無茶させたからオレも無理を乗り越えなきゃならないと思ったんだ。今度は英梨々にそんな思いをさせないから」
会えなかった時間を埋めるように、数分とも一瞬とも感じる時間、お互いの唇はくっついて離さなかった。
ーーーーーー
「なあ英梨々」
「んー?」
互いの指を絡ませてオレ達は下校していた。
あの後英梨々は霞ヶ丘先輩と一緒にマルズのフィールズクロニクルの新作の仕事を受ける為、サークルを抜けると伝えられた。英梨々が決めたことだ文句があるはずも無い。
恋人繋ぎはこれで二度目。一度目と違うのはオレ達が本当の恋人同士だという事。シナリオの為という大義名分と照れくささもあって繋ぎつつも隙間があったが、今はぎゅっとしっかり握っているから体温と柔らかさをより感じて幸福度がすごい。
「今からオレんち来ないか?」
「それって………うん、いいよ」
英梨々はオレの方に顔を向け、一瞬間が空けてから頷いた後すぐに正面に向き直る。
英梨々のオレの手を握る力が少し強くなった気がした。
「それにしてもあたしがもし拒んだらどうするつもりだったの?」
「それはまあさっき言いかけた通り平手打ちでもなんでも受け入れるつもりだった」
しばらく無言で、けどその
「でもまあ勝算は結構あった」
「何よそれ……」
「倫也が他に好きな奴がいる奴とは付き合えないって断ったって言ってたから倫也じゃないならオレかなと」
「………自惚れ」
「でもそうなった」
「そうだね……」
振り返ってみれば英梨々からの好意をオレは色々受けていた。英梨々に浴衣姿で迫られたり、取材の為という大義名分とはいえ手を繋ごうって誘われたり、思えばキャンプファイヤーだって英梨々から誘ってきた。たかが友人と思っている相手にそこまではしないだろうと今なら思う。
こうしている内に駅まで着き、電車に乗る。世間話(アニメ・ゲーム・ラノベ)をしていると夏樹の家まで辿り着いた。
「ただいまー」
「お、お邪魔しまーす……」
オレはドアを開けて中に入る。英梨々は何故か緊張した面持ちでいた。今まで何回も家には来たことある筈だが……
「直宏、おかえりな………」
ちょうど2階から降りてきた音願と玄関先で鉢合わせをする。音願の視線がオレと英梨々……詳しくは繋いだままの手にいった。そして何度もオレ達の顔と手を交互に見た後に………
「昨日はお楽しみでしたね」
「まだしてねぇよ!!」
「まだ………?」
しまった、意味の分からない勘違いに変な返しをしてしまった。今の返しじゃそうした意味で英梨々を連れ込んだみたいになるじゃねぇか。
横の英梨々をふと見ると顔が真っ赤状態でフリーズしていた。
「まあいいです。わたしは今日はかなり疲れたので麦茶を飲んで仮眠を取ります。夕飯になったら起こしてください」
「あ、ああ……」
もっと追求が来るかと思って身構えたがあっさり引き下がる。……よっぽど疲れているのだろうか。
「後、部屋は響くのでやるなら声を抑えてやってください」
「だからしねぇよ!」
リビングの扉を開けて中に入る寸前に振り返って音願はそう言い残し、オレのツッコミに反応することもなくキッチンの方に消えていく。
やっぱ勘違い、いつも通りの音願だった。
「直宏やらないの……?」
「お前まで何を言ってんだよ……」
オレの部屋に入って、オレが用意したクッションの上に座った英梨々がおかしい事を言い出した。
「だって直宏が家に誘ったのって……」
「ち、違う! オレが今日誘ったのはな……!」
だから家に上がる時緊張してたのか……今思えば紛らわしい言い方だったかも知れないが付き合って2時間も経ってないんだぞ? いやでもいきなり家に誘う方が悪いか普通に。でもあの時英梨々はそう思って頷いたという事は……オレは邪な考えを振り払うように、あるものを取ってくる為に勉強机に向かう。
「ペンタブ……?」
机から持ってきた物を英梨々はどうしてこんなものをという意味で呼ぶ。
「だいぶ前に画材屋で一緒に描いたことあっただろ? あの時途中で切り上げた絵を一緒に描きたいと思って英梨々を誘ったんだ」
「そうならそう言ってから誘ってよ……」
「悪い」
英梨々に変な期待をさせた事を謝る。でも英梨々はペンタブの電源を入れてスラスタで描き出した。何故かあぐらで座るオレの上で。
「お、おい……」
「だって直宏が言ったんじゃない、一緒に描こうって」
「だからってオレの上で描くとは思わないだろ……」
「だめ……?」
「ダメ……じゃない」
顔を上げて上目遣いでオレを見る英梨々の破壊力がやばい。そして英梨々がモゾモゾと体を動かす度に何がとは言わないが反応をしないように必死に耐える。両手の所在も不意に変なところを触らないように自分の体の後ろに下げていた。
「直宏、線描いたよ?」
「あ、ああ……」
心の中で素数を数えて気を紛らわせていると英梨々にスラスタを渡される。
「英梨々? どいてくれないと描きづらいんだが……?」
「えー? じゃあはい」
「いや見えにくいとかそういうことではなくてだな……」
英梨々が体を前にずらして画面が見やすくはなった。画面が見えづらいと描きづらいのは確かなんだが……
「いいよ? どこ触られてもあたし気にしないから」
「ッ!?」
バレてた、英梨々に触らないようにしてたこと。
「いや、やっぱりダメだ!」
「ちぇ……分かったわよ。けど肩くらいは貸してよね?」
「ああそれくらいなら」
英梨々はオレの上から退いて、隣に座り直して頭をオレの肩に乗せる。
「こういうのいいわね恋人みたいで」
「……肩に頭乗せるくらい電車で幾らでも見るぞ」
「それってただの居眠りしてるからでしょ? あたしは眠たくないし、更に言うならここは電車の中じゃなくて彼氏の部屋だし」
彼氏……英梨々からそんな言葉が出るなんてなぁ。今までなら考えられないことだ。オレは英梨々と恋人になったんだと強く思った。
ーーーーーー
「泊まっても良かったのに」
「そういうわけにはいかんだろ、どうなるか分からんのに」
オレは晩御飯を英梨々にご馳走様した後、駅まで送ることにした。
「一回泊まったことあるのに?」
「それは仕方ない部分もあったし、自制できた。けどオレ、今度は我慢出来ないかも知れない」
「我慢……出来ないんだ……」
恋人になる前に手を出したら犯罪だ。でもオレ達はもう恋人で行き過ぎず、同意が有れば手を出せてしまう。
「それに恋人になったばかりだろオレ達。そりゃいつかはそういうこともするだろうけど他にも色々やってからだと思う」
「うん……」
固く考えすぎだと言われればそうかも知れない。やっぱり家に誘ったのは失敗だったな、音願と鉢合わせた事を加味しても狭い場所で二人きりというのは嫌でも連想してしまう。
今はこうして英梨々と手を繋いでいるだけで満足だ。
「じゃあ、また明日な英梨々」
「あ、待って」
オレは英梨々に背を向けて駅から立ち去ろうとするが呼び止められて振り返る。
「んっ……ちゅっ」
英梨々にキスされる。一瞬、けれど柔らかい英梨々の唇は確かに存在していた。
「えへへ、改札前で帰り際にキスするのしてみたかったの。じゃあまた明日ね」
「ああ……また明日」
英梨々は今度こそ改札を通ってホームに消えていく。
オレの彼女可愛いすぎか? オレはにやついてしまう笑みを必死に堪えて来た道を戻るのだった。
英梨々ノーマルルート確定しました。