素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた   作:アメリカンショコラ

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第三十一話

 

 

 

 オレと英梨々が付き合い出してから5日が経った。朝、駅前で待ち合わせをして手を繋いで登校してクラスのみんなに質問攻めされたり、昼休みは美術準備室で二人きりをいいことに外聞気にせずイチャイチャする。放課後は下校デートでゲーセン行ったり買い食いしたりする。そんな恋人なら当たり前にするようなことがオレにとっては初めての経験で新鮮だった。

 今日は恋人になって初めての休日デート、ハチ公前で待っていると

 

 

「お待たせー! 直宏待った?」

 

「いや全然待ってな……」

 

 

 オレは英梨々に見惚れて言葉を失った。いつも制服かジャージだったから私服姿の英梨々を見るのは久しぶりだった。

 

 

「どうしたの?」

 

「いや……髪下ろしてきたんだなって」

 

「今日着てきた服にツインテは合わないかなって思って……どうかな? 似合ってる?」

 

「ああメイド喫茶の時は感想言えずじまいだったけど英梨々のストレートマジで似合ってる」

 

「あ、ありがと……」

 

 

 黒のカットソーにチェック柄のスカート、アウターはブラウンのロングコートと気合を入れてオシャレをしてきてくれたんだと思うととても嬉しい。周りの人達からも注目を浴びているし、オレは本当にいい彼女を持ったと鼻が高かった。

 

 

「じゃあ行くか」

 

「うん」

 

 

 オレ達は手を繋いで渋谷の街を散策し始めた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「ホントイライラしたわ! 何が芸術品なので触れないで下さいよ、ならちゃんと枠組み組みなさいよ!」

 

「そういうもんだからなぁ、今の芸術ってのは」

 

 

 カフェで英梨々はメロンソーダをすすりながら文句を言う。

 枠を組んで厳重にではなく何の変哲もない床にメガネが置かれている事が重要なのだろう。

 初めての休日デートの始まりは最悪の出だしだった。ショッピングビル渋谷ピカリエのフロアで近代美術展なるものが開催されていてオレ達はふらっと立ち寄った。そこでオレ達を迎えたのは現代(近代)アートの数々だった。

 現代のアートの恐ろしいところは芸術性と非芸術性が曖昧なところでピカソ後期や岡本太郎の作品を何だこの落書きはと思う者もいれば、そこに美を感じる者もいる。ただ人を感動させる事が出来ればそれはもう芸術と言えてしまうのが現代の美術観である。

 聞けば展覧会に来た青年がブランケット上にぬいぐるみが置かれているだけの作品が本当に人を感動させているのか疑問に思い、ちょっとした実験でメガネを置いたところ、暫くすると人が集まって撮影する者も出たらしい。床に置かれたメガネが人を感動させたのだ。眼鏡自体は何の変哲もないただのメガネ。それが青年のメガネを床に置くという行動で芸術作品へ昇華したのである。

 何が芸術になりうるか分からない、何もかもが芸術になり得る可能性を秘めているのが現代アートの真髄だ。

 展覧会の人は後日、床に置かれた眼鏡という作品を青年に許可を貰い正式に展示物として掲載され、英梨々は落とし物だと思って触ったのである。

 

 

「ほらこれでも食べて機嫌直せ」

 

「……んくっ」

 

 

 オレはスプーンで掬ったミルクジェラートを英梨々の口元に持っていき、英梨々はぱくっと口に咥えて飲み込んだ。

 

 

「はいじゃあこっちも。あーん」

 

「………んっ。美味いな」

 

 

 お返しと言わんばかりにフォークで切って英梨々に差し出されたチョコケーキを食べる。

 

 

「まったく……デュシャンも余計な事をしてくれたわよね」

 

「……あれはあれで凝り固まった芸術概念や制度を見直すキッカケを作ったある意味偉大な人物だぞ」

 

 

 英梨々は芸術と非芸術の境界線を曖昧にしたキッカケを作った人物に愚痴っていたが、オレは肯定的な方だった。彼が意図したかしてないかは兎も角芸術がさらなる多様性を得る始点になった事は確かだから。

 彼の作品『噴水/泉』は既製品の小便器に自分の名前を書き加えただけの作品。それがこれまでの伝統的な彫刻形式をはみ出し、オブジェ(自然物、工業製品、廃品、日用品など)は芸術に入らないという勝手な概念をぶち壊した。改めて芸術とは何なのかを問い直すいいキッカケにはなったと思うからだ。

 

 

「何よ直宏、あんた現代アートの事を庇う気? あたしというものがありながら」

 

めんどくさ……

 

「何か言った?」

 

「いや、なんでも」

 

 

 思わず小さく漏れてしまった声に英梨々は反応し、こめかみをピクピクさせていた。

 

 

「大体ね現代アートってのは……」

 

 

 オレは英梨々から現代アートがいかにバカらしいか(あくまで個人的見解)を小一時間ほど語られた。

 オレは初めての休日デートがこんなんでいいのかといった疑念とアンチは叩く為にファンよりも知識が豊富と言うが本当なんだなと英梨々の熱量に感心を覚えた。

 

 

「英梨々、そろそろ出ようぜいい加減店員の視線が痛い」

 

「物珍しさに釣られて……っとそうねそろそろ出ましょうか」

 

 

 

 英梨々の現代アートに対する恨みつらみは止めどなく……いい加減にしろと思ったオレは隣に並んで歩く英梨々の左肩を掴んで抱き寄せる。

 

 

「きゃっ、いきなりなに?」

 

「オレ達はデートしに来たんだ、現代アートについて議論をしたい訳じゃない。気分変えるために映画行くぞ」

 

「うんそうだね……後それもいいけどさ」

 

 

 英梨々はオレから一瞬離れてオレの左腕に自分の腕を絡ませる。コートのボタンが少し痛い、けれどそれ以上に暖かかった。

 

 

「アクション、ホラー、アニメ映画、濡れ場のありそうな恋愛映画、英梨々はどうする? オレとしては是非ともホラーをおすすめするが」

 

「なんでそのチョイスからホラーなのよ」

 

「英梨々の怖がってる姿が見たいから」

 

「ふざけんな! ……ほらこれにするわよ!」

 

 

 英梨々は券売機で二人分のチケットを買ってしまう。

 それから売店でコーラ二つと、二人で食べる用の塩とキャラメルのハーフポップコーンを一つ買って最後列の座席に隣り合って座る。

 本編が始まる前の予告編をポップコーンをつまみながらぼーと見ていた。

 

 

「人、全然こないね」

 

「そうだな、公開されてから結構経ってるとはいえ随分まばらだ」

 

 

 英梨々が小声で話しかけてきてオレも小声で返す。

 オレ達の座る席の列に人はおらず前の方にぽつぽつといるくらいだった。

 照明が暗くなる。いよいよ本編が始まった。

 

 

「直宏こっち向いて」

 

「なんだよ英梨々。上映中は静かに……!?」

 

 

 オレは首だけ横に向けると英梨々はポップコーンを舌に一つ乗せて突き出していた。そして気が付けば互いの舌先がくっ付き、橋渡しのようにポップコーンがこちらの口中に転がり込む。舌先を離すと糸が引き、変態的なやり取りと英梨々のトロンと溶けた物欲しそうな表情に理性が飛びかけるが必死に堪え、目の前の映画に集中する。しかし肝心の映画が言ってはならないがつまらないのでそれが出来ない。人が少ない理由が分かった。

 英梨々は舌を突き出している。オレはポップコーンをひとつまみして英梨々の舌に持ってきてみる。

 

 

「はむっ、ちゅっ……れろ」

 

 

 舌に乗せた人差し指ごとポップコーンを口に加えて離し、オレの指先をペロッと舐めた。

 コイツ……

 

 

「ひゃうっ!?」

 

 

 オレが英梨々の耳に舌を這わせると、悲鳴にも似た声を上げる。人が少ないスクリーンで、少ないからこそその声に反応し振り返る観客に英梨々は無言で頭を下げた。

 

……な、何するのよ!

 

「英梨々が悪いんだぞ……」

 

わ、悪いって何がよ……

 

「最初からそういうつもりでこの映画と席を選んだだろ」

 

「そ、それはーーーんんっ!?」

 

 

 オレは英梨々の答えを待たずに肩を抱き寄せ、周りに声が聞かれないように英梨々の口を手で塞ぐ。

 その後英梨々の耳たぶを舐め上げて、耳の裏、耳の周り、それに耳の裏まで舌を這わせる。

 

 

「ふー……! ふー……!」

 

 

 口を抑えているから英梨々が荒い鼻息を吐く。そのままオレになすがままだと思っていたが英梨々に可愛い反撃を受ける。英梨々は抑える手の平に舌を突き出してさわさわと触れるか触れないかのギリギリの範囲で舐めてきたのだ。

 オレは一旦耳から舌を離し、抑えていた手の腕を下にずらして人差し指と中指を英梨々の唇に添える。

 

 

「ひう……いッ……ちゅっ、れる、れろ……んんっ」

 

 

 耳を軽く甘噛みすると英梨々は小さく悲鳴を上げそうになるものの、オレの指を噛んで堪え、オレの攻撃から気を逸らすように一心不乱に2本の指をしゃぶる。

 一線は超えない。けれど今それ以上の興奮がそこにはあった。

 暗がり、周囲に人がいるという環境、営み的な繋がりはないにも関わらず英梨々と疑似的に一つに繋がったような感覚はなんと表現すれば良いのだろうか。

 分からない。けれど英梨々が愛おしいことは分かる。

 

 

「英梨々、もう我慢出来ない。ここから出るぞ」

 

「うん……分かった」

 

 

 オレは席から立ち上がって英梨々の手を取って映画館を出る。外はもう茜色に染まっていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「ねぇ……直宏」

 

「どうした?」

 

 

 英梨々を家まで送り届ける道中、手を繋いで無言のまま暫く歩いていると前を向いたまま話しかけてくる。

 

「どうしてあたしの事好きになってくれたの?」

 

「……唐突だな。そっちこそ何で倫也からオレに鞍替えしたんだよ。オレ英梨々に酷い事言ってたのに」

 

「直宏だって、過去のことあんまり話そうとしないし、無理して聞く理由もなかったから聞かなかったけど好きな子、いたんでしょ?」

 

 

 夏の日に英梨々を連れ出して以降、過去のことを話さなかったのは英梨々には何のしがらみもないニュートラルな自分と接して貰いたかったからかもしれない。

 

 

「好きになった理由か……それは色んなことの積み重ねだ。けど大きく一つ上げるなら苦しんで迷いながらも前に進んでいけるところ。英梨々がオレを前に連れ出してくれたんだ」

 

「……あたしそんなに強い子じゃないよ。直宏があたしの事を見てくれたから、直宏がいたからここまでこれたの。連れ出してくれたのは直宏の方だよ、直宏があの日ズブズブと沈んで行こうとしたあたしを引っ張り上げてくれた。そこから接して行くうちにいつの間にか好きな気持ち上書きされちゃった」

 

「英梨々……」

 

「直宏……」

 

 

 あれから散々キスはしたというのに足りない気持ちが浮上する。互いの気持ちを吐露したことで英梨々との繋がりが強固になった気がする。

 名前を呼び合い、自然と距離は近づいて……

 

 

「あ……」

 

「ついたな」

 

 

 名残惜しくも英梨々の家の門まで着いてしまった。

 

 

「今日は楽しかった。それじゃあ」

 

「待って!」

 

 

 英梨々の呼び止めに背中を向けた体を再び英梨々の方へ向き直る。

 

 

「家、上がっていかない? どうせ明日は日曜だしパパとママにはちゃんと言うから泊まっていってよ」

 

「……折角の申し出だがやめておく」

 

「そう……よね。そういうのはやめておこうっていってたもんね。ごめんねワガママいって、それじゃあまた」

 

 

 女の据え膳食わぬは男の恥、英梨々にここまでさせて男らしくない態度を取っている自覚はある。だからーーー

 

 

「3月19日」

 

「え?」

 

「3月19日から1日中ずっと一緒にいたい」

 

「……その日、何の日か知ってる?」

 

「……英梨々の誕生日の前日」

 

「1日って日が跨いだ瞬間まで?」

 

「いや、24時間。場合によってはそれ以上」

 

「そう……」

 

 

 英梨々は後ろを向いて小さくガッツポーズをする。嬉しさを隠せないのが可愛かった。

 

「それでどうする? 誕生日は家族でパーティとかするなら遠慮するけど」

 

 

 英梨々の反応で断られることはないと思いながらも一応聞いてみる。

 

 

「受ける、絶対。必ずその日は絶対に空けとくから。約束」

 

「ああ約束する」

 

 

 オレ達はゆびきりげんまんをし、別れのキスをした後、家に帰って部屋に着くと英梨々からのLEINメッセージが届いた。

 

 

『今日は楽しかった♪ 』

 

『ちょっと聞きたいんだけど、直宏はいつもの髪型と今日のおろしたほうどっちが良い?』

 

『待ち合わせの時褒めてくれたし、直宏が望むなら普段から髪下ろしてもいいかなって思うんだけどどうかな?』

 

 

 英梨々に返すLEINはどう返そうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《やっぱり英梨々と言えばツインテール一択》

 

《髪を下ろした英梨々は新鮮で心にズドンときた》

 

 

 

 






 後1、2話でノーマルルートは終わります。

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