素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた   作:アメリカンショコラ

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第五話

 

 

 

「おーい蘭! 起きろ、朝ごはん出来たぞ起きろ」

 

「うーん〜あと5分〜………」

 

 

 布団ぐちゃぐちゃの腹を見せながらテンプレもテンプレな寝言を吐くオレの叔母にして、弓引高校の教師。

 相変わらず朝に弱い蘭をフライパンをおたまで叩いて叩き起こす。

 

 

「酷いぞ〜直宏………」

 

「蘭がすぐ起きないから悪いんだろ」

 

「うー、頭がキンキンする……」

 

 

 数分後降りてきた蘭とともに朝食を取る。

 とても教師とは思えない身長と童顔の蘭は頭を押さえてボヤいた。

 六年前に母親を亡くし、一年前にアイツが逝って独り身になったオレを引き取ってくれた恩があるとは言え、毎朝こうも自堕落だと扱いが雑にもなる。それでも弓引では真面目な教師らしいがオレにとって蘭は抜けていて放っておけない女である。

 オレの母親がアイツとだいぶ歳が離れてることもあってか、蘭はオレとそんなに年齢も変わらないしな。

 

 

「蘭、今日も帰り遅くなるから夕飯の準備遅くなる」

 

「そうか最近入ったというサークルか。楽しくやってるようで何よりだ」

 

「楽しいって言うより暇だな」

 

「暇? 暇なのに遅くなるのか?」

 

「ゲーム作りに関してはやる事が無いから暇だ。けど色んなアニメやらラノベをサークル仲間に押し付けられて手持ち無沙汰にはならないから時間は過ぎる」

 

 

 今は霞ヶ丘先輩が描いたライトノベル『恋するメトロノーム』を読んでいるところだ。サークルに参加しているシナリオライターの作品をサークルの一員として知らないのは良くないと言われ、一理あるなと思って読んでみたがこれが中々に面白い。

 

 

「その口ではクールを装いつつも、表情は隠せないところホントに純一郎さんにそっくりだ」

 

「奴の話は止めろ。特に似てる話をするのはな」

 

「親子の話になると途端にバツが悪くなるのもそっくりだ。純一郎さんも直宏に似ていると言うと怒っていたよ」

 

「……そんなどうでも事はいいから早く朝飯に手をつけろよ冷めるぞ」

 

「ふふ、分かった分かった」

 

「ったく……」

 

 

 本当に昔から知られてるってのは厄介だ。冷たく言い返したにも関わらず蘭は気にした様子もなくオレの心を見透かしたように小さく笑った後に朝ごはんを食べ始めた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「うーす……ってなんだまだ先輩だけか」

 

 

 梅雨明けて6月も過ぎた7月2日、放課後視聴覚室に入ると中には先輩しかいなかった。本を読む姿が相変わらず様になる人だなこの人。

 

 

「なんだまだとはとんだご挨拶ね草薙君」

 

 

 オレに一瞬目を配り、すぐ読書に戻った。そうだなちょうど誰もいないし、先輩が書いた本の感想でも言うか。

 

 

「恋するメトロノーム全巻読みました。面白かったです」

 

「そう。例えばどう言うところが?」

 

「そうですね。例えば四巻で沙由佳がーーー」

 

 

 

 読み応えのあった場面や登場人物のこういうところが好きだとかこの場面での登場人物の行動に疑念を抱いたとか感想を言っていく。

 それに相槌を打ちつつ、疑問にはしっかりと答える先輩はさすが作家と言ったところか。

 

 

「そう言えばこうして二人きりで話すのは初めてですよね」

 

「二人きりの時はそう言って甘いフェイスで色んな女の子達を手玉に取ってきたのかしら? 澤村さんの扱いも上手いようだし」

 

「なんでそう穿った見方するんですか……ふとそう思ったから言っただけです。そもそもオレ女の人と付き合った事ないですし」

 

「それは女と真面目に付き合ってなんからんねぇよ。身体だけの関係で十分だぜ! という意味?」

 

「ちげぇよ!?」

 

 

 飛躍の仕方が半端なかった。オレの事偏見で見過ぎだろこの人!

 

 

「ふーん、その反応本当に童貞みたいね。意外といえば意外。その顔で有名人の息子なら言い寄ってくる女なんて沢山いるでしょうに」

 

「そういう顔がいいだの有名だからどうだので寄ってくるミーハーはお断りなだけです。先輩だってそうでしょ?」

 

「そうね。だから私も未だ処女なのだけど」

 

「どうしても下ネタに振り切らないと気が済まないんですかアンタは……」

 

 

 先輩に振り回される安芸の気持ちが少し分かったぞ……。

 

 

「そう言えば先輩のこと少し調べましたよ」

 

「奇遇ね。澤村さんが執着する貴方の事は調べさせて貰ったわ。日展で若くして入賞を果たし、ニューヨークでは親子共同で個展を開いて多くの作品を売り上げた麒麟児。8年前の貴方は今の気怠げな貴方と違って随分と生意気な顔をしていたわよ?」

 

「あの時はガキが煽てられて調子乗ってただけです。それにしても画家っていう小さな社会の中の少しの間だけの話なのにまだ写真が載ってたのか……」

 

 

 日展とは日本展覧会の略称で、オレは『緋翠』という作品でそこの日展会員賞という賞を取った。それで連日マスコミに押し掛けられ天狗になってたのである。忘れたい黒歴史のひとつだ。

 

 

「思ったんですが霞ヶ丘先輩って澤村の事随分買ってるんですね」

 

「どういう意味?」

 

「オレの事を調べる理由付けに澤村の名前出してましたし、意識してるのかと」

 

「………仕方ないじゃない。あんなの見ちゃったらそうなっちゃうわよ」

 

「あんなのとは?」

 

「……澤村さんがうん十万するペンタブを貴方にただでプレゼントするなんてよっぽどだと思ったからよ」

 

「ああそれでですか……全く澤村には困ったものです」

 

 

 

 ゴールデンウィークから一週間後のサークルで澤村に渡された紙袋の中には六天場モールの画材屋にあったペンタブと同じ物が入っていた。

 無論そんな高いもんを貰うなんて怖……じゃなくて良心が痛むので突っ返したのだが、それを拒否した上にあの坂の上のシーンのバズったツイートをみんなに見せたのである。それで黙っていない虫……じゃない安芸がオレをグラフィッカーなるものに任命してきた。

 そして草薙が持って帰らないなら捨てる何て意味のわからない脅迫をする澤村に押し切られて渋々家に持ち帰ったというのがあらましである。

 

 

「結局グラフィッカーは受けないのよね?」

 

「これでも画家としてのプライドはあるんです。今のレベルで澤村の絵に泥を塗ることは出来ません」

 

 

 

 幾ら全盛期に近い域で、描けるようになろうともやはりこの腕では限界があるのだ。微かな角度の変化をこの腕は感じ取ってくれない。目測では細かい部分までは分からない。

 

 

「貴方の方こそよっぽど彼女の事を買ってるじゃない……」

 

「先輩と同じく、直接言う事はないですけどね。アレは褒めるとダメになるタイプです」

 

 

 安芸曰く、速く安定した絵を描けるだけじゃない、ちょっとずつ凄くなってきている。澤村は我流だったからオレが昔叩き込まれた技術を少し教えるだけで格段に良くなっていた。オレが知ってる中で澤村レベルの学生絵描きは精神的妹を名乗るアイツか、純一郎が言っていた奴くらいなものだろう。

 

 

「にしても遅いなアイツら。一体どこで油を売って……ドアの前で突っ立って何をしてるんだ澤村?」

 

「そ、そんな突っ立ってない! 扉を開けようとしたらアンタが開いたの! 間が悪かっただけ!」

 

 

 何故か顔を真っ赤にして怒る澤村。別にそんなどかどかして入る程の質問かこれ?

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 絵梨々side

 

 

 

 ほんと心臓に悪い。霞ヶ丘詩羽と草薙の会話が外から聞こえてきて、珍しい組み合わせだと思って聞き耳を立てたらとんだ不意打ちにあった気分だった。

 我ながらチョロいと思う。ちょっとカッコいいところを見て、褒められたのを聴いただけで何でこんなにも嬉しいの? 

 これは憧れているクリエイターに褒められて舞い上がってるだけ。あたしは倫也の事が好きなんだから、とそう言い聞かせる。

 あたしそんなに尻軽じゃないもん。10年、10年この初恋を引きずってるの。絶交してから何年も口を聞かなくなってやっと巡ってきたチャンスなのよ。長い年月がそれを薄めたなんて認める訳にはいかないの。

 

 

 だからそう、草薙の事は尊敬こそすれ、恋愛感情を抱く事はないーーー認めることから逃げるように言い聞かせたあたしの答えを迫るように七月二十四日、終業式が終わって夏休みに入った時にそれは起こった。

 

 

「直宏先輩、いえ師匠。お久しぶりです」

 

 

「旭川さな……」

 

 

 白い日傘をさす深窓の令嬢を思わせる色素の抜けた白の長い髪をたなびかせる女の事をあたしはよく知っていた。

 数々の展覧会で入賞を果たし、常に自分の上を行っていた女が草薙に話しかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






「え……私は?」

「いたよ? ちゃんと出海ちゃんが安芸くんに抱きついてたのは隣にいた私が証明するよー。澤村さんの目には入らなかっただけで」
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