素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた 作:アメリカンショコラ
「わぁぁぁぁあ!!! 綺麗な絵がいっぱいあるよパパ!」
「あははそうだねエリー。興奮するのも分かるけど展覧会ではしーだよ」
懐かしい夢を見た。
昔パパに連れられてきた展覧会。ここでは今まで受賞した作品達が並んでいた。
日本美術展覧会。それがこの展覧会の名前。
区画は日本画、洋画、彫刻、美術工芸、書の五つの部門に分かれている。今いる所は日本画のスペースだった。
その時のあたしは何がどう凄いとかは一切分からずただ何となく凄いとしか思わなかったけど。
「パパ、これは?」
「んーどうやら最近受賞した作品みたいだね。緋翠という名前みたいだ」
「ひすい……」
素晴らしい作品群の中でも一際目に引く作品があった。名は緋翠。のちに色彩の魔術士と呼ばれる芸術家が描きあげたと知る日本画部門金賞作品である。
色鮮やかな翠の空に迸る緋色の流星群を食い入るように見るあたし。
「…………」
「……気に入ったようだねこの絵をエリーは」
「うん! なんていうかカッコいい!」
昔の語彙力のなさに思わず苦笑してしまう。
「草薙直宏…………ほう今度ニューヨークで親子共同の個展を開くのか。草薙……聞いた名だと思っていたがジュンイチロウの息子だったとは」
スマホに移行する前、まだガラケーだった頃の携帯で調べるパパ。
まだ草薙純一郎がプラティヌ・エポラールを取る前だったから世間的に有名では無かったけど、その手の愛好家には純一郎の作品は好まれていた。
「にゅーよーく?」
「アメリカの街の名前さ。この作品を作った人が他に描いた絵をその街で見せてくれるんだ。エリー今度行ってみるかい?」
「うん、行ってみたいニューヨーク」
そこであたしの意識が覚醒し、現実に戻った。
眠たい目を擦りながらあたしは前を見据える。
そこの壁掛けにはニューヨークで買ってもらった彼の作品が飾られていた。
ーーーーーー
「先輩今日は買い物に付き合わせちゃってすみません。それもこんな中途半端な時間から」
「真っ昼間からだと身体に障るからな。仕方ない」
八月十一日午後四時から街の画材屋まで旭川と買い物に来ていた。どうやらこれまで使っていたイーゼルが壊れてしまったらしい。
普段から長時間炎天下にいる時は日傘が必需品で、片手が塞がる為持てない旭川に代わってオレが駆り出された。
「先輩。少し寄り道しませんか?」
「ああ分かった」
買い物帰りに寄った場所は糸杉に囲まれた草原だった。
「久しぶりですねここに来るのも。先輩は覚えていますか? ここで初めて会った時のこと」
「ああ、忘れる事の方が難しいだろう」
昔は遊具もあったが今は撤去されていてただの原っぱになっている。しかし糸杉に囲まれた場所というのは珍しいから覚えている。
「あの時のあたしは厨二病真っ盛りでした。死の象徴に憧れる……これが天才ならそういうのも許されるのでしょうけど」
「厨二病か……そんな風に見えていればオレもあんな事しなかった。それに自分を卑下するなよ旭川は十分に天才だ」
糸杉の花言葉は死、哀悼、絶望。昔旭川が公園のドームの裏に描いていた糸杉の絵。当時のオレは糸杉にそんな意味が隠されている事など知る由も無かったが辛気臭い絵だと思っていたからーーーーーー
「あはは……フォローありがとうございます。ですがあたしが凡人なのは揺るがない事実です」
「なんでそこまで……」
公募に何度も入賞した旭川クラスの芸術家が凡人と卑下するのは他の芸術家にとっての侮辱というものだろう。
「薄っぺらな天才は才能が透けて見える。本物の天才は才能を忘れさせる。……先輩は私に死を忘れさせた。あの糸杉の絵に生の意義を与えてくれたんです」
「お、おい……旭川……」
ゆっくりオレに近づいて身体を預けてくる。今の旭川の顔は赤かった。体調が悪くなったのだろうか。
「私と先輩で代わる代わるドームの裏に描き加えていった二人の共作はこれまでの人生観をガラッと変えてしまった。死は生へ転換。希望だって」
「大袈裟だ。そんな大した理由で描いたわけじゃないよ。ただオレが描いていた場所で陰鬱な絵を描くやつが気に食わなかっただけだ」
お前に言わせればオレも厨二病だったんだよ。
「先輩はいつも大事な時に大事な事は話さないよね。私、あの作品が最後だって知らなかった。先輩は台風で決して残らない作品の為に今後の筆を折った」
「それはーーーーーー
……ばさっ、ばさばさっ。ぽと
本のページが風にさらわれ、地面に落ちるような音がして振り返る。
「ッ!」
「……………澤村?」
何かを抱え込んで走り去っていく澤村の姿だった。そして遠ざかって見えなくなる。
なんで澤村がここに? もしかして聞いてたのか?
ポッケから震えた。スマホを取り出すと加藤からメールが届いていた。
『サークルがこのままじゃピンチ。安芸くんの家に集合』
と書かれていた。
「先輩……?」
「悪いちょっと仲間がピンチらしいから家に行く。イーゼルは明日届けるから先に帰ってくれ!」
「ちょっと先輩!?」
公園跡地から抜け出して駅へと急ぐ。そして気付いた。
ーーーーーーオレ、安芸の家知らねぇじゃん。
オレは加藤に連絡をかけて、ナビゲートしてもらいながら安芸の家に向かうのだった。
ーーーーーー
英梨々side
「はぁ……何やってるんだろ私」
東京ビックサイトコミックマーケット◇◇二日目が終わり、倫也と最悪な別れをしたあたしは今すぐ帰ってまた鉢合わせする可能性に途中で気付いて駅から降りてベンチで休んでいた。
波島出海の本を買った事でお忍びで来ていた事に気づかれ倫也に声をかけられ、余りにもあの子の本の事を楽しく話すもんだから感情が昂って言ってしまった。
『あたしの本の方があの子の本より凄い!? 何がなんでも売りたいと思う!?』
けど倫也はあたしの望んだ答えは言わなかった。他からの人気とか、自分が売らなくても売れるとか。他の人からの評価ばっかり言うだけで倫也自身の事は言ってくれなかった。
けど本当は分かってる。倫也にとってあたしはただのイラストレーターなんだって。たまたま幼馴染で距離が近かくて接触しやすいから原画に選んだだけで、凄くもなんともないんだって。
『貴方の方こそよっぽど彼女の事を買ってるじゃない……』
『先輩と同じく、直接言う事はないですけどね。アレは褒めるとダメになるタイプです』
霞ヶ丘詩羽と草薙との会話を盗み聞きしていた時の事をふと思い出す。
あたしが聞いていないと思っている場でも間接的だったけど草薙は認めてくれていたなって。
倫也じゃない人に褒められて本当に心の底から嬉しかった事なんてないのになんで草薙の時はそうなったんだろう。
………いけない。考える時間があると余計なことまで考えちゃう。そろそろあたしも帰ろう。
そう思ってベンチから立ち上がる。
「……………草薙?」
視界に入った人物がまさかさっきまで考えていた人で驚いた。そしてその隣には旭川さな?
「先輩、少し寄り道いいですか?」
「ああいいぞ」
「やばっ」
二人はあたしのいる方に近づいてくる。
あたしは咄嗟にベンチの裏に隠れた。………て、なんで隠れたんだろうあたし。
そしてなんで二人を後ろからこっそりつけてるのよ。
それから辿り着いたのは糸杉が沢山生えている原っぱだった。幸い糸杉で身体を隠しているので気づかれてはいないみたい。
会話が聞き取りにくかったが慣れてきて聞き取れるようになった。
『久しぶりですねここに来るのも。先輩は覚えていますか? ここで初めて会った時の事』
『ああ、忘れる事の方が難しいだろう』
『あの時のあたしは厨二病真っ盛りでした。死の象徴に憧れる……これが天才ならそういうのも許されるのでしょうけど』
『厨二病か……そんな風に見えていればオレもあんな事しなかった。それに自分を卑下するなよ旭川は十分に天才だ』
ああ、そっか。そうなんだ。何を勘違いしていたんだろう。
あたしが特別だと思っていたそれを旭川ひなも持っていたというだけだ。それもあたしに直接言わない事をあの子には言った。つまりあたしより数段上の才能だと言う事。
いいや。今日は疲れたもう何も考えたくない。
あたしは二人から離れようと踵を翻す。
『先輩はいつも大事な時に大事な事は話さないよね。私、あの作品が最後だって知らなかった。先輩は台風で決して残らない作品の為に今後の筆を折った』
…………………………え?
あたしは思わず持っていた本を落とす。するとフェードアウト仕掛けていたあたしに草薙は振り返る。
あたしは慌てて本を拾い一目散に逃げ出した。