素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた 作:アメリカンショコラ
「あ、いらっしゃい草薙くん」
「………ここって安芸の家だよな?」
「そうだけど? 取り敢えず座って霞ヶ丘先輩も呼んでるから」
なんだその自分の部屋に招き入れるような気軽さは。
ベットの上で布団かぶってうずくまっている
「ふうー流石に腕が疲れた」
「おつかれさまー、それって確かイーゼルっていうんだよね? もしかして買い物途中だった? それなら急いで来てくれなくてもよかったのに」
「ああ、旭川のイーゼルが壊れてな。それの付き添いだ」
「ふ〜〜〜ん」
「なんだその含みがありますって伸ばし棒の多さは」
「別にー。旭川さん置いて来てまでサークルを優先するんだと思っただけで、別に他意はないよ?」
……………ああ。六天場モールでの事ね……デート中に安芸が先輩に走った時とオレと旭川の時を重ねたわけね。
「その一端を作ったのはお前でもあるんだけどな」
「それは旭川さんを置いていく理由にはなってないよね」
「ただサークルの危機ってだけならそんなに急がなかった」
ここにはいない誰かが関係しているのではないかと思ったから来ただけだ。
一瞬見えた澤村の事が気掛かりでサークルの危機と言われたら関係があると思うしかない。
「それで倫理くん何があったの?」
「実はですねーーー」
それから五分後に先輩がやってきた。安芸が説明に入るまで、二人の小競り合いが起きていたが我関せずの意思を貫いた。
安芸と澤村にどんな事が起きたかを聞かされる。
コミックマーケットで波島出海が本を出した。それが面白く安芸が宣伝して完売させたと。それでお忍びで澤村が波島の本を買った事に気づいた安芸は澤村を見つけて追いかけた。それで波島の本を目の前で誉めた事で澤村が怒って自分の本の方が凄いと聞き、芯を外した答えを出してしまって涙ながらに立ち去った事らしい。
「それでアイツの顔が腫れたのか……」
見れたのは一瞬だったが今の話を聞いてやはり只事では無かったと確信出来た。
「え?」
「草薙君、澤村さんと会ったの?」
「ええ、まあ」
旭川と買い物をした後に訪れた場所で澤村がオレに気づかれて慌てて走り去っていった事を伝えた。
「多分旭川との昔話を聞いてしまったから思わず逃げただけだと思いますけど」
「その昔話って聞いても大丈夫?」
「……そうですね。かいつまんで言うなら昔話撤去される予定だった公園のドームの裏に二人共同で絵を描いたって事ですかね」
そこで筆を折ったと言う話はしない。というかしたくない。澤村にバレたのはいただけないが、一度知られたからと言って無闇に広げることはないだろう。
「共同……共作……なるほど」
「詩羽先輩?」
「倫理君。澤村さんとのわだかまりはいつからなの? 今日の出来事だけでは波島さんの本を引きちぎる程の癇癪が証明できないのよ」
「それ捏造もいいところですよね……」
安芸は語った今日のことだけじゃない色々な事を。
波島の兄のこと、その兄貴のサークルに澤村が引き抜きにあったこと、それで柏木えりにどちらが相応しいかの勝負を挑まれたこと。
そのサークルの存亡を賭けた戦いが始まる前に不戦敗になりかけている。
そして昔仲違いした話を聞いた。正直ゾッとしない話であった。
「………澤村さんを救う解決策を二つ程思いついたわ」
「ホント!? 是非ご教授の程をお願いします!」
「その何も考えずにすぐ食いついてくる様は金魚のようで大変滑稽だけど……一つは幼馴染澤村・スペンサー・英梨々を攻略するルート。遠い記憶とか懐かしい思い出とか子どもの頃の約束とか。そういう幼馴染のアドバンテージを使ってフラグを立てる方法」
「………もう一つの方は?」
そこでなぜか先輩は安芸ではなくオレの方を向いて答える。
「イラストレーター柏木えりを覚醒させる隠しルートーーー」
ーーーーーー
主人公の名前を入力してください
『エリー』
一際大きな音が、波となってベットを震わせた。
ここ、エルドリア王国の夏祭り、通称『エルドリックカーニバル』は、国民一丸となって盛り上がる大祭だ。
この三日間、街には屋台が溢れ、昼間から酒が酌み交わされ、色とりどりの衣装に身を包んだ人たちが踊り、歌い、普段の慎ましやかな生活を忘れて盛り上がる。
そしてさっきから鳴り響く大きな音の連続は祭りのフィナーレに打ち上がる花火の音だろう。
多くの人達が魅了される光と音の幻想をエリーは……
光を布団で塞ぎ、音は両手で耳を塞ぐ事で無かった事にしていた。
いつも俗世と離れた場所に住む一人の花火師兼芸術家を思い出してしまうから。
その花火師に言わせれば芸術の一種に花火もあるというだけで自分は花火師ではなく芸術家らしいけれど。
ドアをノックされる。お付きのメイドがエリーをドア越しに呼んでいた。
王家の人間しか入れないバルコニーに、毎年花火の時間だけは、親類縁者や友人、使用人たちにも解放される。
滅多に人前へ姿を現さないエリーもこの日だけは顔を出さねばならなかった。それでメイドが呼びにきたのだ。
いつまでも縮こまってはいられない時間になっていた。
エリーはいつでも部屋から出られるようドレスに着替えてはいたので、後はベットから抜け出すだけだ。
エリーはベットから下りて立ち上がる。
気分を切り替える為バルコニーの窓を開け風を浴びてから部屋を出るか、それともこのまま行くかーーーーー
ーーーーーー
「なに、これ?」
英梨々は困惑していた。スマホが鳴り、倫也かな? と電源を入れたらまさかの詩羽からだった。
詩羽から英梨々にメールを送る事自体初めてだったというか、なんでこの女自分のメアド知ってるのよというのもあるが、彼女が怪訝な顔になったのはその内容。
『選択肢:バルコニーの窓を開けるor部屋を出る』
と書かれていた。
意味が分からない。英梨々はスマホを切ってベットから下りた。
彼女はドレスをパッパッと手で払って、部屋から出る事にした。
詩羽が何を考えているかは知らないが、どのみち自分は家族達がパーティをしている庭に顔を出さなければならないとドアノブに手をかけて扉を開く。
「…………は?」
「よう気分はどうだ。ねぼすけなお嬢様?」
開けた先には壁に背を預けるタキシード姿の草薙直宏。彼が手に持った招待状をひらひらさせて待ち構えていた。
ーーーーーー
「隠しルート?」
「そう。あなたが柏木えりを救うヒーローになるのよ草薙君」
「…………いやいやいや、意味が分からないです。安芸と澤村の仲直りに何でオレが関わる事になるんですか。一番付き合いの長い幼馴染ルートでしか解決出来ない問題でしょう」
霞ヶ丘先輩に突拍子のない事を言われ、一瞬思考が飛んだがすぐに否定する。
「本来ならそうね。でもあなたなら二人が仲直りしなくとも、澤村さんがサークルからいなくなるという問題は解決出来る可能性があるわ」
「どう言う事ですか……?」
先輩は確信を持ってそう告げる。先輩はこちらに近づき、安芸達には聞かれてはいけないのか小さな声で耳打ちする。それに合わせてオレも小声だ。
「あなたがイラストレーター柏木えりの苦悩に寄り添えるからよ。創作の苦悩を分かるあなたがね」
「先輩だって創作の辛さは分かるはずでしょう」
「私の言葉じゃ反発を喰らうだけで聞き入れてはくれないわ。それに私はクリエイターの痛みは分かるけど物書きなのよ。絵描きの澤村さんを真の意味で分かってあげる事はできない」
「……………」
「澤村さんの望んでいるだろう倫理くんにとって一番のイラストレーターに、貴方なら柏木えりをそこまで持ってこれる」
「………どうしてそこまでみんなオレに期待するんだよ………」
先輩も、旭川も、どいつもこいつも満足に腕も使えない欠陥芸術家に何を求めてるって言うんだ。重い期待かけ過ぎなんだよ。
「それはね感動したから貴方の絵に。だから澤村さんも………」
その時浮かんだ表情は尊い物を見ているような、誰かに向けて羨んでいるような、そんな何とも言えない顔だった。
「いえ、何でもないわ。兎に角、貴方には澤村さんを救う事も資格もある。後は草薙君がやるかやらないか決めるだけ。やらないなら選択肢は現れない、幼馴染ルート一直線」
「どっちが確実な方法ですか?」
どっちも確実とは言えない以上そう聞くしか無かった。
「それはやっぱり倫理くんの方ね」
「だったら……」
「でも私としては貴方に救って欲しいと思うわ………あ、これは別に貴方にあの面倒臭いツンデレお嬢様を押し付けたいからとかそういうのじゃないわよ?」
「別に聞いていないし、思ってもいないのに付け加えなくてもいいです。もしそう思っていたとしても言わないでください。オレの先輩への評価が下がりますから」
さっきからかっこいい事言っていたのに最後で台無しだった。
「じゃあ最後の後押し。私は柏木えりを澤村・スペンサー・英梨々というイラストレーターを買っているの。あの才能を失ってしまうのは余りにも惜しい……そうは思わない?」
「………先輩本当は澤村の事好きでしょ。本人に伝えたらあんな態度取られないのに」
「……貴方も言っていたでしょう。澤村さんを調子に乗らせてはいけないと。それと澤村・スペンサー・英梨々の事はちゃんと嫌いだから勘違いしないように」
ちょっと顔を赤くしてすぐ元に戻る先輩。照れてたのか……?
澤村の人間性は嫌いだけど柏木えりのイラストは好きと言うことか。全くどっちがツンデレなんだか。
「さあ最後の問いかけよ草薙君。やるかやらないかーーーーどうする?」
「オレはーーー」
まあ、最初は澤村の脅しで成り行きに入ったサークルだが、そんなでも愛着は湧いてくるもんだ。それに澤村が入らせた癖に自分はサークル抜けるというのは釈然としないというのもまた事実。
オレは先輩の問いに頷き、作戦は決行される事となった。
乙女ゲームの主人公エリーの選択によって話が進む物語を。
「あはっ。似合っているぞ直宏」
「その言葉が笑いながらでなく、あの男のお下がりじゃなければ素直に喜べたんだがな蘭」
「仕方ないだろう。直宏が急にパーティへ参加すると言い出したから新しいスーツの用意が間に合わなかったんだ」
オレは蘭と共に澤村の家の前まで来ていた。
蘭の方は黒のドレスを着ていた。これがスタイルの良い長身ならよかったのだが
まるで子どもが背伸びしてるようにしか見えなかった。
安芸の家に行った時見えていたがやはり澤村の家は豪邸で、近代的なモダン建築ではなく、伝統的なバロック建築で建てられた
オレ達はこの家に入る前にガーデンパーティの主催へ挨拶に行く。
「初めましてスペンサーさん。この度はパーティにお招きいただいてありがとうございます。夏樹蘭と申します」
「おお、これはこれはご丁寧に。わたしはレナード・スペンサー。隣にいる彼がジュンイチロウの?」
「ええ、直宏」
スペンサーさんは蘭に一礼した後、オレに目を向けた。
蘭はほら挨拶しろと促すように名前で呼ぶ。
「
「
「日常会話程度ですがニューヨークで生活していた時に自然と覚えました」
「ニューヨークか。わたしは昔君達の個展に訪れた事があるよ。そこで絵も買った事がある」
「そ、そうだったんですか?」
「ああ、その時初めてジュンイチロウに会ってね。彼は凄くユニークな人だった。君はその時会場にはいなかったから会えなかったけど」
「あはは……」
オレは思わず苦笑いをする。その時は親父の我儘に振り回された事に腹立ててふて腐って部屋から出なかった時期だったからだ。
「エリーが大層君の絵を気に入ってね。その時会えなくて残念だったからこうして会えて良かったよ」
「ありがとうございます」
「それにしても直宏くんは若い頃のジュンイチロウに似てきているね。さぞわたしの様にモテているんじゃないかい?」
「あはは……そんな事は。全然モテてことないですよ。彼女もいませんし」
突如挟まれたジョークに苦笑して返すと何故か蘭が呆れた顔でこっちを見ていた。
なんだよ何か言いたいことでもあるのか?
「そうなのかい? それはいけない。わたしの若い頃はそれはもうモテて女の子をちぎってはーーーーーー」
「パパ? それは一体どう言うことかしら?」
スペンサーさんの肩を叩いて声をかけてきたのは老いを感じさせない、下手をすればお姉さんと呼べる女性だった。満面の笑みだが目が笑っていないので凄く怖い。
この人がスペンサーさんの奥さんなのだろう。
「ヒッ!? ママ! じょ、冗談だよ! ちょっとした小粋なジョークさ! パパがママ以外の事を愛する筈がないだろう!?」
「へぇ、そう。アナタがイギリスに帰国した時、幼馴染に迫られて参っていたようだけど、そこのところはどう?」
「そ、その事はもう何十年も前に決着を付けたじゃないか! 今更持ってくるのはずるーーーー」
「その事は後でちゃんと話し合いましょうね? ーーーーごめんなさいね直宏くん、この人の話に付き合わせちゃって。英梨々はあそこのあるバルコニーの部屋にいるわ」
「はい……」
スペンサーは向けられる圧に観念し、頷いた。女の人は澤村のいる部屋を指差して場所を伝える。
「ありがとうございます。えーと……」
「ああ自己紹介がまだだったわ。私の名前は澤村小百合、この人の妻で英梨々の母です……直宏くん幼馴染は強敵だと思うけど頑張ってね。私は君の事を応援してるから」
「は、はあ……」
「蘭さんはこちらにどうぞお食事が用意されてるので」
「これはご丁寧に。直宏、行ってこい」
「ああ」
何かとんでもない勘違いをしているんじゃないかと思ったが否定する前に澤村さんは蘭を連れて、皆が集まる場所に案内する。その際に蘭は振り返ってそう言い、オレは頷いて家の中に入るのだった。
そしてさっきの場面へと繋がる。部屋を出る。つまり澤村はこっちを選んだと言う事。
リトルラブ・ラプソディ隠しルート。
そんなものははなからなかった。本来なら
全エンド100%完了。
ーーーーーー
「………」
「そう不貞腐れないの倫理くん。でもまああんなにコミケで色んなサークルを駆けずり回ってまで苦労して手に入れたセルビスのコスプレ衣装が無駄になったのは残念だったけど」
「そんなんじゃないから……」
英梨々が直宏がいる選択肢を選び、バルコニーまで伸びる木の幹にしがみついていた倫也を詩羽は回収しに来ていた。
花火大会も終わり、自身の家に五分とかからず帰る事ができたが、まだ木の下に二人は立っていた。
「大丈夫よ。草薙くんは澤村さんをちゃんと連れ戻してくれるわ」
「……先輩も」
「ん?」
「先輩も草薙の事信用してるの? 作品の凄さが信頼に直結する程凄いクリエイターなの? 草薙直宏って」
「倫也君……もしかしてあなた草薙君に嫉妬してるの?」
思わず目を見開く程に倫也の表情は詩羽が今まで見た事がないものだった。
「そうじゃないよ……いややっぱりそうかも。俺は草薙直宏ってクリエイターに嫉妬してる」
「そう………もう、ほんとに可愛いんだから」
「先輩……? 何か言った?」
「その致命的なまでに難聴鈍感な所も今は許してあげる。そうね一つ言うならその気持ちはとても大事よ。その気持ちがクリエイターを成長させてくれるわ」
「俺クリエイターじゃないし……」
「もう、そんな情けないこと言わないの。あなたはプロデューサーなのよ? 私を、加藤さんを、澤村さんを、草薙君もまとめ上げなきゃいけない立場なの」
「出来るかな俺に」
「みんなを信じてあなたらしくいけばね。そうすれば自ずと着いてきてくれるわ」
「なんか先輩らしくない言葉だね」
「そうね。夜風に当てられたからかしらね」