素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた   作:アメリカンショコラ

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第九話

 

 

 

「な、なんであんたがここに……」

 

「お前に会いにきた」

 

 

 なんの答えにもなっていない。あたしは何故じゃなくてどうやってウチに入る事が出来たのかを聞いたのに。

 

 

「そうじゃなくてどうやって入ってこれたのよここに……」

 

「そんな些細な事はどうでも良いだろう。澤……英梨々、今はここから出るぞ」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 

 あたしの右手を強引に引っ張り、草薙は歩き出す。草薙の力が強かったのもあるが、急にあたしの事を名前で呼んで困惑したというのもあって拒む事が出来なかった。

 草薙はガーデンを横切って門から出る時に小さな女の子に親指を立てられると同じく親指を立てて返す。

 

 

「いい加減に、離して! 一体なんなのよ!? なんのつもりなのよ!」

 

  

 しばらくなすがままにされていたけど、あたしはようやく草薙の腕を振り払う。

 探偵坂を下り切った場所であたし達は向き合った。

 

 

「何とは何だよ?」

 

「全てよ! 急に名前で呼んできたりとか、強引に連れ出して何するつもりなのとか全部!」

 

 

 正直、勘弁して欲しかった。あたしは何も考えたくないのに、放っておいて欲しいのに、意味のわからない事をされて、どうしてあたしの心を振り回そうとするの!?

 草薙はぼりぼりと頭を掻き、『やっぱり台本通りは面倒臭い』とか意味のわからないことを呟いた後ーーー

 

 

「お前知りたがってただろ」

 

「何のことよ……」

 

「春夏秋三部作の事だよ」

 

「………え?」

 

 

 草薙から出された話題に呆気に取られる。

 

 

「成り行きとは言え、聞いちまったからな。これはその等価交換みたいなもんだ」

 

「何の話……?」

 

「それは兎も角澤村、オレは今から自分の家に行く。そこにはお前が知りたがった答えがあるーーーどうする?」

 

 

 あたしの知りたかった答えがある……それは今すぐ帰るのを止めるぐらいに魅力的な提案だった。

 凄く悩んだ。凄く悩んだ末、あたしの知りたいと言う気持ちには抗えなかった。

 ドレスで電車に乗る羞恥心や終始無言の居心地の悪さを乗り越えて草薙は一般人が住むには少し大きい昔ながらの民家の門扉を開く。

 そのまま家には入らず、庭の端に建てられた小屋の鍵を開けて中に入り、あたしはそれに続くと目の前には異様な光景が広がっていた。

 

 

 まず目につくのは巨大なイーゼルにかけられる巨大なキャンバス。通常のキャンバスの9倍くらいはあった。

 

 

「スプリング………?」

 

 

 そのキャンパスの前にたくさんのバネで繋がれたバネが四方に張り巡らされている。その中心には異様に長い筆が宙ぶらりんになっていた。

 もしかしてこれが……三部作の秘密?

 

 

「草薙純一郎の筆捌きはとても強いのは知ってるよな?」

 

「うん、異様に強いし、それでいて柔らかい。相反している要素を器用に両立して描ける事で有名よ」

 

 

「柔らかさはこの異様に長い筆を指先ひとつで操作して生まれる独特の質感よって生まれ、それをする為には筆を持って腕を空中で完全停止させられる程の腕力が必要不可欠」

 

 

「それを再現出来る装置がこれってこと……?」

 

「そう、これで春夏秋夢道中の三作品をオレは描いた」

 

「……………!」

 

 

 簡単に言っているように聞こえるが、そう生優しい事じゃない筈だ。

 どのくらいの位置からどのくらいの力で描けばどこまで描けるかを緻密な計算をしなければならない。気の遠くなる様な作業がいる。

 それに認めた。草薙は遂に自分の口から書いた事を認めた。

 

 

「長い筆は指の小さなストロークで綺麗で大きなストロークを描ける」

 

「子どもの頃はオレも長い筆を使って、延々と⚪︎だけを描かされたもんだ。基本的に世界は⚪︎と△と□で出来ている。これさえ綺麗に描ければ、基礎が出来ると言う考え方だ。コンパスを使ったような円、この筆を使って、まず課された課題がそれだった。幼少期は毎日数時間、円だけを描かされたよ。アレはキツかった」

 

「幼少期を……延々と円だけ………」

 

 

 草薙がただ才能だけで描いてるわけじゃないのは知ってたけどここまで過酷な練習をしていたとは思わなかった。

 

 

「草薙は何の為に……三部作を描いたの? 使えない腕に鞭を打ってまで描く必要があったの? そしてどうしてその努力を世間に明らかにしようと思わなかったの?」

 

「…………」

 

 

 頑なに描こうとしない草薙がどうしてこの作品群を描き上げるために再び筆を取ったのか、それをあたしは知りたい。

 

 

「澤村はさ、何の為に作品を、イラストを描いてるんだ?」

 

「………え?」

 

 

 何の為? そんなの決まってる。

 

「悔しかったから。あたしと倫也を引き裂いたあの連中を見返したくて必死に描いてた」

 

 

 すんなりと話した。あたしの奥底に抱えるものを不思議と草薙にはすっと言えた。それはどうしてかは分からない。

 

 

「そうか。じゃあそれを他人に知って欲しいとは思うか?」

 

「そんなの……言えるわけないじゃない。あたしはあたしの悔しさを知って同情してもらう為にイラストを描いてるわけじゃないし」

 

「それと同じだよ」

 

「それはつまりアンタも悔しかったから春夏秋を描いたって事?」

 

「そうじゃない。澤村、オレ達にとって作品は多くの人間に認知される為のものか? マスコミに騒がれる為の道具か?」

 

 

 草薙は否定する。

 

 

「作品が何の為に作られたのか、誰の為に完成させたか……それを有象無象に知って欲しいとは思わない。自分かその誰かが知っていればいい。だからこそオレが作者である必要はない。オレの名が残る必要はない」

 

 

 それは大層な自己犠牲では表せない程の愛のようなものを感じた。

 だけどそれを献身的な愛と歓迎する事はできない。それどころか逆に不安を抱かせる。

 慈愛の暴力性、博愛の暴力性、自己焼身が世界を燃やし尽くすような予感……それを草薙をよく知る人たちは感じているから構ってしまうのかも知れなかった。

 

 

「結局アンタはここに連れてきて何がしたかったの? あたしになにをさせたいの?」

 

「そうだなまずはお前の興味を引いて話を聞いてもらう為の布石だな」

 

 

 あたしと草薙は地面に何もひかないまま背中合わせに座って話す。

 そこのところは不明なままだ。ただ話したかったとは思えない。と言っても薄々気付いていた。

 

 

「倫也から聞いたの? 今日あった事」

 

「ああ、そうだな。それで連れ戻しに来た」

 

「隠そうともしないわね……まあそれはいいとしてあんたがそこまでするほどあのサークルに義理あったっけ? むしろあたしが居なくなってサークルに留まる理由がなくなって万々歳と思ってた」

 

 

 あんたはあたしが無理やり脅して入らせたからてっきり見捨てるものだと、そうなるのが普通だ。草薙は一体どうして連れ戻そうとするのだろう。

 

 

「それであの旭川さなに手取り足取り教えてあげたら良いじゃない。あたしなんかよりよっぽど才能があるんだから。それに可愛いし、おっぱいも大きいし、心配しなくても春夏秋の事は誰にも言わないから。もう脅しはお終い」

 

「お前、それで無かったことに出来ると思ってんのか?」

 

「な、何よ……」

 

 

 草薙の語気が強くなる。何が癪に触ったのだろう。

 

「お前の我儘でオレのこと入れたくせに自分はそそくさフェードアウトとか舐めてるのかって言ってるんだよ」

 

「何よそれッ! あんたをサークルに入れた元凶のあたしが抜けようとしてるのが気に食わないから連れ戻す? そんな事の為にあたしをサークルに戻すの!?」

 

 

 草薙の勝手な言い草に思わず立ち上がってかみついた。自分の不条理さなんて考えもしない。あたしこそ、自分勝手だというのも分かってる。でもそれでもあたしには無理だから。

 

 

「寧ろなんでお前がサークルに戻らないのかが分からないんだよ。波島出海とやらの本が凄いからなんだ? 旭川の才能があたしより上? それがなんだよ。そんな事でサークルを抜けて? 描けなくなるかもしれない? ふざけるのも大概にしろ」

 

「そんな事なんかじゃない! あたしがどんな思いで一日過ごして来たと思って……!」

 

 

 打ちのめされた。波島出海の本を見てあたしの八年間の努力を否定されたの! 倫也が楽しそうに波島出海の本を語って、自分の本を本気で推されない何の為に自分は頑張って来たんだって!

 草薙が天才だと持ち上げる旭川さなに対して嫉妬で狂いそうになったッ! あたしの憧れの芸術家があたしのことなんか見向きもしてないんだって、疎外感で寂しくなった!

 そんな責め苦を味わってるのに草薙にどうこう言われる謂れはない。

 

 

「よくそれをオレの前で言えたな。オレが筆を折ってから何年経ってると思ってるんだよ……6年だぞ6年、その間描きたくても描けない、思ったように自分の腕が動かせない、かつての栄光に、自由に描けていた頃に何度戻りたいと思ったことか……!」

 

「く、草薙………?」

 

 

 強く感情をむき出しにする草薙を見てあたしはなんて事を言ってしまったんだろうと後悔した。

 草薙は苦しんでいたのだ。今まで自ら描く事を捨てたと言わんばかりの態度はその奥にあるものを隠す鎧のようなもので、彼は6年間苦しみ続けていた。

 創作できない事を、自由に絵を描けない事を。

 

 

「……お前らみたいな才能に溢れた奴が、好きなように描けるのが憎い。しかもその才能を、簡単に手放そうとするお前の事がどうしようもなく許せない」

 

 

 

「草薙…………あんた、あたしのことそんな風に思ってたの……?」

 

 

 あんな風に描きたいと思った人に、凄い作品を描ける作家にそんな事思われているとは思わなかった。

 草薙は他人の事を羨んだり、嫉妬する奴だと思わなかったから。

 

 

「………そうだ。安芸に何言われて、何を思ったのかは知らない………旭川の才能を目の前にして、自分には才能ないと何を勝手に諦めてるのか知らないけどな……オレが認めてる芸術家を、才能を羨むくらいのイラストレーターをみくびられてるのが堪らなくムカつくんだよ!」

 

「草薙………」

 

 

 

 草薙は思いの丈を全て吐き出したようにぜーはーぜーはーと肩で息を吐く。

 彼は怒っていた。柏木えりを凄いと認めない倫也を、自分の限界を決めつけて早々に諦めようとしているあたし自身の事を。

 

 

 

 

 あたしの草薙に対するわだかまりはもう溶けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなにあたしって凄い? 才能あるって、そう思う? 波島出海より? 旭川さなよりも?」

 

「調子にのんな」

 

「いたっ、何すんのよ草薙ッ」

 

 

 息を整えて、落ち着きを取り戻した草薙の胸に身体を預けて問いかけるが頭を軽くこずかれて距離を取る。

 

 

「波島出海のことはよく知らんがあくまで将来性があるってだけだ。今は旭川の方が上手い」

 

 

 そこは例え嘘でもお前の方が凄いよって言うべきところでしょうに。全く気が利かないんだから………

 

 

 

 

 

 

「…………今は(・・)、なんだよね?」

 

「ああ。今はまだ(・・・・)、な」

 

「……なれるかな? 倫也が認める最高のイラストレーターに、あんたがめちゃくちゃ嫉妬しちゃうような芸術家に、あたしなれるかな?」

 

「お前がなりたいと思ってるならな」

 

「そうなる為に色々教えてよ?」

 

「お前がサークルに戻ってくるならな」

 

「……………じゃあ仕方ないね。あたし、戻るよサークル。そして作るわよ最高に萌えて笑える最強のギャルゲーを」

 

「ああ」

 

 

 もううじうじ悩むのはおしまい。もうそんな事で立ち止まったりしないから。

 

 

 だからいつかあなたが描けるようになる、そんな事がもし起きたら、今度はあの時の続きを一緒に描こうね、直宏(・・)

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「あの時は本当にごめんなさい!」

 

 

 後日談として、あの後夜ももう遅いと澤村には夏樹の家に泊まってもらった。

 あの時は蘭がベロベロになって帰ってきてウザ絡みされて大変だった。ちなみに澤村の両親にはこの事を伝えて許可をもらったし、その後直ぐに寝て何もなかったから余計な詮索はやめてほしい。

 今は昨日渡すはずだったイーゼルを翌日旭川の家まで直接届ける事になったのだが何故か澤村が着いてきて、盗み聞きして逃げたことを謝っている。

 

 

「いやその事について澤村先輩に思う事はないので良いんですけど………買い物帰りの女の子を置いていった草薙先輩を除いては」

 

「………すまん」

 

 

 返す言葉もなかった。

 

「ううん! 直宏(・・)は悪くない! 全部あたしが悪いの! 直宏はあたしの為(・・・・・)に駆けつけてくれたから、だから全部あたしが悪い!」

 

「…………何でしょう。この低姿勢に見せて上から煽られてるとしか思えない感じは…………」

 

 

 旭川は珍しく引き攣った表情を見せていた。

 急に名前で呼んだ事もそうだが、朝からコイツは妙にハイテンションなのである。

 

「何というか敵意の視線(前のこと)もそうなんですけど私澤村先輩に何かしました?」

 

 

 いや、旭川自身が何かをしたという事はない。

 ただ澤村がお前に対して面倒臭い感情を向けているってだけで旭川は何も悪くない。

 

「まあ、澤村にも色々あるんだろ」

 

「ふーん。あの時と何か変わったように今は見えます」

 

「そりゃ、あのハイテンションな姿を見たら誰だってそう思うだろ」

 

「……………先輩の事を言ってるんだけどな」

 

「何か言ったか? 旭川」

 

 

 本当に小さい声で呟いたので何を言ったか聞こえなかった。

 

 

「なんでもないですよ」

 

「二人とも何をさっきからこそこそ話してるのよ! あたしも混ぜなさい」

 

 

 二人で話していたのが気に食わないのか話に割ってくる澤村に旭川は向き直る。

 

 

「気をつけてくださいね澤村先輩」

 

「何が?」

 

「先輩にとって草薙先輩はヒロインのピンチを救うヒーローに映ってるかもしれないですけど、草薙先輩は貴方が思っているより酷い人ですから」

 

「おいっ」

 

「あはは……すみません。これは昨日のことに対しての意趣返しみたいなものなので許してください。……では私はこれから友達に誘われているので準備に戻ります。さようなら先輩方」

 

「ああまたな」

 

「ええ、さようなら」

 

 

 玄関前に立っていた旭川はドアを開き別れの挨拶をし、家の中に戻っていった。

 

 

「なんだったんだろさっきの」

 

「………さあな。じゃあ行くぞ今日はこれからサークルだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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