森に引きこもる、歴代最高魔女   作:うたた寝犬

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第10話「魔法とは」

「森の魔女の初心者向け魔法講座、はっじめっるよ〜!」

 

「イェーイ!」

 

 森の魔女の自宅のリビングにて、テーブルに向かい合わせに座る2人の掛け声が響く。

 

 お盆を目前にして夏休みの宿題をほぼ片付け、残るは自由研究と毎日日記のみになったところで、森の魔女は約束通りに姫花へと魔法のレクチャーをすることにした。

 

 姫花と森の魔女と出会って、早10年。正直、ずっと魔法について教えてほしかった姫花は弾むようなウキウキとした気持ちでこの日を迎えた。

 

 そんな、楽しさや嬉しさと言った気持ちが表情に滲み出ている姫花に向けて、魔女は軽く咳払いをした。

 

「んじゃ、まあ……約束通り、姫花にはこれから魔法について私が授業していくね」

 

「はーい」

 

「うん、いい返事だ。手始めに、授業に必要なものをプレゼントしよう」

 

 魔女はそう言って、姫花にノートと下敷きと羽ペンをテーブルの上に置いた。

 

「まずはノートと筆記用具だね。お勉強には必須だ」

 

「おお〜……ノートはともかく、羽のペンって初めて見た! なんか……魔法使いっぽいね!」

 

「あっはっは、そうだろう? 別に羽ペンである必要は無いんだけど……それっぽさってのは、魔法において割りかし重要だからね。あとは、インクとナイフね」

 

 続けて魔女はインクが入った容器と革のカバーに覆われた小さなナイフを取り出した。

 

「魔女さん、インクは分かるけどナイフは?」

 

「ん? コレで時々羽ペンの先を削って整えるの。手、切らないように気をつけてね」

 

「はーい」

 

 姫花が筆記道具一式を受け取ったところで、魔女はにこやかに口を開いた。

 

「とりあえずしばらくは、ノートと筆記用具だけね。必要なものがあれば、その都度渡すよ」

 

「うん、わかった。……魔女さん、あの……これってお金とか……」

 

「取らない取らない。授業も道具も、姫花のバイト代……労働の対価、だからね」

 

 そもそもこの森の魔女による魔法講座は、姫花がしているゆっきーのお世話というアルバイトの報酬である。姫花もそれは頭でわかってはいるが、渡された羽ペンやカバー付きナイフが安物とは思えない雰囲気があり、申し訳なさがあった。

 

 そんな姫花の心の内を知ってか知らずか、森の魔女は変わらず笑顔で言葉を紡ぐ。

 

「さてと……姫花。これから私は姫花に魔法について教えていくけど……その前に、いくつか約束してほしいことがある」

 

「約束」

 

「うん、そう。魔法を学ぶ上で、絶対に守ってほしい約束だ」

 

 魔女は表情こそ笑顔だが、その瞳には真剣みが帯びていて、姫花もそれに倣って背筋を伸ばして真剣に耳を傾ける。

 

「まず1つ目が……魔法に関することを魔法使い以外の人に言っちゃいけない、ってこと。これは前にも、コンビニの帰り道で話したね?」

 

「うん……秘密にするべきものだから、だよね?」

 

「そうそう。これ守ってくれなきゃ、世界中の魔法使い達が何百年、何千年と続けてきた努力や苦労や伝統が水の泡になっちゃうから……先人の方々に失礼がないように、守ろうね?」

 

 世界中の魔法使い、何千年、という言葉から魔法の歴史の長さと重みを垣間見た姫花は一瞬身震いしたが、すぐに、

 

「……はいっ!」

 

 その重みに、自らも加わる意思を示した。

 

「うん、よしよし。良い返事だ」

 

 姫花の返事から、その意思を感じ取った森の魔女はそこをしっかりと褒めてから、次の約束を口にした。

 

「2つ目は……私が許可するまでは、私が見てないところで魔法を使っちゃダメ、ってこと。なんでか分かる?」

 

「んー……危ないから?」

 

「そんなとこ。魔法は時として、自分の能力以上のことをやろうとして、それが出来ちゃうってことがあるんだよねぇ……もちろん、本人に不釣り合いなことをするんだから、その後には手痛い見返りが待ってるってわけ」

 

「……筋肉痛みたいなもの?」

 

 姫花の例えを聞いた魔女は、さして迷うことなく、

 

「筋肉痛と言えば筋肉痛かな。軽度で済む時もあれば、原型留めなくなるレベルのやつもあるけどね」

 

 例えの方向性は間違ってないがダメージが桁違いである、と姫花に伝えた。

 

 姫花が魔法の恐ろしさの片鱗を知って僅かに怯えているのを察した魔女は、優しい声で語りかける。

 

「そういう危ない目に、姫花が遭わないように私が見てあげる……ってのが、2つ目の約束だよ。もちろん姫花が、自分の力量を見極めてその辺の判断を任せて大丈夫だと私が思えば、この約束は無くなるけどね」

 

 いつかそんな日が来るのだろうか……と、姫花は思わずにはいられなかった。

 

 まだ少し怯えている教え子の心境などお構いなく、森の魔女は3つ目の約束を口にする。

 

「3つ目の約束はね……魔法の中には、禁術と呼ばれる類いの魔法がいくつかあって、それは絶対に使わないように、っていう約束だ」

 

「……ハリーポッターのアバダケダブラみたいなやつ?」

 

「そうそう、そういうやつ。ってか姫花、ハリポタ知ってるんだね」

 

 子供の頃、森の魔女に憧れてその手の魔法が登場する映画や小説をいっぱい観たり読んだりした……と正直には答えないものの、姫花はこくこくと頷いて肯定した。

 

 森の魔女は姫花を見つつも、どこか遠くを見ているような雰囲気で呟くように説明を続ける。

 

「死者蘇生。時間旅行。人類の存続を脅かす類いの魔法。他にも細々とした禁術はあるけど、この3つだけは今も昔も……多分未来でも、ずっと禁術とされてる。いくら興味があってもやっちゃダメだぞ、姫花」

 

「わかりました」

 

「うん、良い返事。じゃあ今言った3つの約束を、渡したノートの1番最初のページに書き留めておこうか。ノートの使い方書き方は姫花の自由にしていいけど、これだけは口出しさせてくれ」

 

「ん、わかった」

 

 言いながら姫花はノートを開き下敷きを挟み、羽ペンの先にインクをつけて3つの約束をノートへと書き記す。

 

「……羽ペンって、使うの難しいね」

 

「そのうち慣れるよ。あ、インクは乾きやすいの選んだけど、書いてすぐにノート閉じたらくっついちゃうから気をつけてね」

 

「はーい」

 

 多めにインクをつけてしまい滲ませたり、逆に文字を霞ませたりして、姫花が四苦八苦しながら筆を走らせる様子を、森の魔女は楽しそうに見つめる。

 

(……ふふ、懐かしいな。こうして子供に魔法を教えるのは、本当に懐かしい)

 

 そんなことを思っている間に、姫花はノートに3つの約束を書き終えた。

 

「ん、書けた」

 

「よし、いい子いい子。……それじゃ魔法について、本当の基礎の基礎から教えていくね」

 

「よろしくお願いします!」

 

 元気の良い教え子に釣られて笑顔になりつつ、森の魔女は魔法について語り始める。

 

「まず、魔法とは何ぞやって話なんだけど……魔法はね、魔力というエネルギーを使って世界を歪める技術の総称だよ」

 

「……世界を歪める、技術?」

 

「そう。……ああ、ノートに書きたいなって思ったら遠慮なく書いていいよ。説明はその都度止めてあげるから」

 

 言われても姫花は、急いでノートに書き記す。ノートへの書き込み具合を見ながら、森の魔女はゆっくりとした口調で魔法についての説明を続ける。

 

「……魔法、魔術、(まじな)い、呪い、呪術、天使の加護、神の加護、悪魔との契約。

 色々呼び名はあるし、細々と分類はされてるけど……魔力、そしてそれに類するエネルギーを使う技術は、全て魔法だ。……はい、ここまでで何か質問はあるかな?」

 

「いっぱいあります!」

 

「おおう、いっぱいあるのか。優秀だなぁ」

 

 それか私の説明不足か、と魔女は心の中で苦笑いしながら姫花の質問を受け付けた。

 

「まず、魔力ってなんですか?」

 

「魔力は魔力だよ。マナ、マジックポイント、妖力、奇跡の種、呼び方は色々あるけど、どれも魔法を使うためエネルギーのことだ。人間に限らず生き物なら大なり小なり持ってるし……森の中、人々が行き交う街中、自由な大空、灼熱の砂漠、雪と氷に閉ざされた大陸、未知の宝庫深海……この世界の至る所に、魔力は存在してる。

 ただそれを多くの人は知覚できていなくて、魔法使いと呼ばれる人達は知覚して扱える。魔法使いとしての第一歩は、魔力がどういうものなのか知覚することだと言ってもいい」

 

 魔女の説明を聞きながら、姫花は手早くノートに書き留めていく。向かい合わせに座っているため、森の魔女にはその内容が見えている。ちゃんとした文章というよりは、重要な単語のみを抜き出したような、乱雑な記録だった。

 

「魔女さん、次の質問いい?」

 

「もちろん。納得するまでいくらでも付き合うよ」

 

「魔力が色んなところにあって、魔法使いの人たちはそれが見えてるって魔女さんは言ってたけど……それは、やり方さえ知ってれば誰でも見えるようになるものなの? 私でも、出来るの?」

 

 魔力を知覚できていない姫花は不安げに尋ねるのを見て、森の魔女は安心させるようにら穏やかな声で答える。

 

「もちろん。誰でも出来るってわけでは無いけど、姫花は出来るよ。私が保証する」

 

「は、はい……」

 

 あまりにも真っ直ぐに見つめられながら言われたので、姫花はどこか照れ臭さにも似た感情を覚えてゆっくりと目を逸らした。

 

 そんな姫花の心情に気付きつつも、森の魔女はそれに触れることなく次の質問を受け付ける。

 

「ふふ、他に何か聞きたいことはあるかな?」

 

「あ、んっと……魔女さんさっき、『魔法は世界を歪める技術』って言ったけど……。それが何か、イメージと違ったなって思った。御伽話とか物語だと魔法って、奇跡とか選ばれた人が使えるものみたいな扱いで、ポジティブなイメージがあったから……」

 

 姫花は上手く言語化できてないと思いながら質問したが、森の魔女はそこから姫花が感じているであろう違和感を拾い上げる。

 

「魔法という技術がネガティブなものだったのが、姫花としては驚いたって感じかな?」

 

「あー……うん、そう。質問とか疑問じゃなくて……思ってたのと違った、が近いかも」

 

 感じていたものが鮮明になったところで、森の魔女は綺麗な白銀の髪を指先で弄りながら楽しげに言葉を紡ぐ。

 

「……『魔法とは何か』ってのは、未だに世界中の魔法使い達が議論するテーマでね。

『魔力を使う技術』は答えだけど、それは表層的なもので……真髄とも言うべき答えは見つかっていない。

 どれだけ高等な魔法を使える魔法使いも、

 何千という種類の魔法を扱える魔法使いも、

 唯一無二の魔法を使える魔法使いでも、

『魔法とは何か』に対して、誰もが100%納得できる解答には辿り着けていないよ」

 

「……魔女さんでも?」

 

「もちろん、私も例外じゃ無い。だから私が考える『世界を歪める技術』ってのも、そうだそうだって賛同する人もいるだろうし……逆に、魔法は選ばれた人が使える高尚なものって考えてる人たちからすれば、顔を真っ赤にして怒るだろうね。怒るだろうねというか、実際に怒らせた」

 

 今日1番の笑顔で怒らせたと告白する魔女を見て、多分この人SNSやらせたら定期的に炎上させるだろうなと姫花は思いつつも、それを口にせずに別の疑問を尋ねた。

 

「じゃあ、魔女さんは……どうして魔法が、『世界を歪める技術』だと考えるんですか?」

 

「……」

 

 姫花の問いかけに、森の魔女はすぐには答えなかった。表情こそ変わらないが、不思議と陰のある笑顔で魔女は答える。

 

「何百年と生きた私が辿り着いた結論だよ……って乱暴に言い切ってもいいんだけど、それだと姫花に失礼だな。でも、説明するには伝えなきゃいけないことがあまりにも多すぎるから……長い、永い時間をかけて、答えていこうと思う」

 

 そうして森の魔女はどこか困ったように笑い、

 

「さっき納得するまでいくらでも付き合うと言った手前で申し訳ないけど、今はこれで許してほしい。……ダメかな?」

 

 お茶目で、でもどこか縋るような顔で、そう言った。頼み込んだ、と言ってもいいかもしれない。

 

 そんな森の魔女を見て、姫花はズルいなと思う。

 そんな顔で頼まれたら、断れない。そう思わせるだけの魅力にも似たものが、魔女の表情にあった。

 

 小さく息を吐いてから、姫花は仕方ないですねと言わんばかりの小生意気な態度と表情を演じる。

 

「ダメなわけないじゃん。その代わり、ちゃんと答えてもらうからね」

 

「もちろん。んー……姫花がお婆ちゃんになるまでには答えれるかな?」

 

「ちょっ、それはさすがに長すぎ! せめて私が大人になるまでには教えてよ!」

 

「それもだいぶ気長だけどね」

 

 言い合いながら2人は同じような顔で、楽しそうに笑い合った。

 

 どちらともなく笑いが収まったところで、森の魔女は意識して1つ呼吸をしてから授業を再開させる。

 

「ちょっと話がそれちゃったけど……姫花、質問は?」

 

「ある! ……けど、私質問ばっかりで、魔女さんが教えたいことの邪魔してない……?」

 

 視線を下げて俯き気味になった姫花を見て、森の魔女はそんなのを気にする必要がないと言わんばかりに首を左右に振った。

 

「いや、全く邪魔してないよ。姫花が知りたくて質問してくることは、順序が違えどそのうち教えることだからね」

 

 順序があるならそれに従った方が良いのでは……と姫花が思ったところに、森の魔女は言葉を重ねる。

 

「教える順序だって、絶対この順番じゃなきゃダメってわけじゃないしね。あくまで私が、

『姫花が魔法を学ぶ上でこれが分かりやすいだろうな』

 と思って組んだ順番ではあるけど……でもそれ以上に姫花の、

『今すぐこれを知りたい!』

 って気持ちの方が大事だからね。それに、せっかく1対1で授業して(私を独り占めできる)んだし、いっぱい質問(贅沢な使い方)しなきゃ」

 

 そこで魔女は自分の胸に手を当て、

 

姫花(きみ)に魔法を教えるのは、何百年と生きた歴代最高の魔女だ。最高の魔女(先生)を、最高に贅沢な使い方しなきゃ勿体ないぞ?」

 

 これまでの長い人生で何度もしてきたのだろうなと思わせるドヤ顔で、そう言った。

 

 自信満々に言う魔女は本当に魅力的で……そんな魔女にまっすぐに目を見られながら言われた姫花は1拍間を開けてから、小さく笑った。

 

「ちょっ、姫花なんで笑ったの〜?」

 

「いえいえ、何も。ただ……魔女さんはこうして、これまでいっぱい色んな人を魅了してきたんだろうなって思っただけで」

 

「わーお、なんか人聞き悪いこと言われたな。……まあ、あながち間違いじゃないけどね。魅了したというか、皆が勝手に魅了されたというか……?」

 

 そう語る森の魔女には、自信がある者、あるいは人を惹きつける魅力があると自覚している者特有の雰囲気が溢れていた。

 

「魔女さんしれっととんでもないこと言う……。じゃあ、魔女さんモテモテだったの?」

 

「今も昔もモテモテさ。……まあ、いくらモテても、本当に振り返って欲しい人には、なかなか振り返ってもらえらなかったんだけどね」

 

 自信のある態度から一変し、頬を赤らめて心底照れ臭そうに……それこそ、今この瞬間に初恋を経験したと言わんばかりの初々しさすら感じさせる森の魔女を見て、姫花はニンマリと笑った。

 

「はいはいはい! 魔女さん質問質問! 魔女さんの初恋はどんな人!? 魔女さんの初恋エピソード聞きたい聞きたい聞きたい!」

 

「教えませーん! 今は魔法の授業中なんだから、魔法に関する質問しか答えません!」

 

「ぶー! 魔女さんのケチ! そんなに思わせぶりな答え方しておいて教えないのはズルいと思います!」

 

「ダメなものはダメ!」

 

 魔女は手を交差させてバツ印を作りながら姫花の質問を拒否した。

 

 姫花の指摘はごもっともだったのだが、森の魔女としても初恋について語るのは本当に照れ臭いという切実な理由があった。

 

 いつか絶対魔女さんの初恋エピソードを聞き出す……と姫花は心に誓いつつ、元々するつもりだった魔法に関しての質問をすることにした。

 

「じゃあ、魔法についての質問するよ、魔女さん。さっき魔女さんは、魔力を使う技術は全部魔法って言ったけど……その中に、魔法と(まじな)いがあったよね?」

 

「あるね〜。それがどうしたのかな?」

 

 森の魔女は、姫花は本当に良いところに気づくなと思いながら、次の言葉を待つ。

 

「魔法と(まじな)いは、魔女さんがよく使ってるというか……『これは(まじな)いだよ』ってちゃんと言って使ってたイメージがあるんだけど、その2つは明確に違うものなの?」

 

「うん、違うよ。魔法と(まじな)いの違いを知りたい、ってことかな?」

 

「うん! そう!」

 

「よしきた。じゃあその2つの違いを説明しよう」

 

 そう言って魔女は席を立ち、戸棚から2本の蝋燭立てとアロマキャンドルを取り出した。

 

「魔女さんがなんか、オシャレなもの出してきた」

 

「どっちも貰い物だよ。この蝋燭はね、良い匂いするんだ」

 

 言いながら森の魔女はテーブルの上に蝋燭立てを置いてキャンドルをセットし、そのまま姫花の右隣に座った。

 

「さて……姫花。今からあの蝋燭に、それぞれ魔法と(まじな)いで火をつけるよ。ちゃんと、見ておいてね?」

 

 隣にいる姫花の顔を森の魔女は覗き込むように見ながら言い、それから再度視線を2本の蝋燭立てへと向けた。

 

「……」

 

 魔女が無言で右手の掌が上になるようにかざし、人差し指を右の蝋燭へと向ける。姫花の視線が魔女の指先に合った、その瞬間、

 

 ボウッ

 

 と、小さく、それでも確かに音が鳴るのと同時に、指先の数cm先に炎が生まれた。

 

「……っ!」

 

 その現象(魔法)に、姫花は目を輝かせる。

 

「よっと」

 

 森の魔女は指先を軽く振るうと、炎が蝋燭目掛けてまっすぐに飛んでいく。赤とオレンジの中間を思わせる色合いの軌跡を描きながら、炎は蝋燭の先端へと当たり明かりを灯した。

 

 炎の揺らぎが落ち着き、甘い果実のような香りが漂ってきたところで、森の魔女は再び姫花の方を見つめる。

 

「これが、魔法ね。続けて、(まじな)いで左の蝋燭を点けるよ」

 

 魔女は休むことなく右手の人差し指を左の蝋燭立てへと向けた。

 

 姫花は最初と同じようにその指先を見つめるが、

 

「ああ……姫花、今度は指先じゃなくて蝋燭の方を見て」

 

 森の魔女に言われて蝋燭へと視線を移すと、

 

 ボッ! 

 

 それを待っていたかのようなタイミングで、蝋燭に直接火が灯った。

 

 それを見た姫花が口を開くより早く、

 

「よし、今度は私が姫花に質問する番だ。最初の方が魔法、その次の方が(まじな)いで蝋燭に火をつけたけど、この2つの違いは何か分かるかな?」

 

 森の魔女が姫花に、質問というよりはクイズを出してきた。

 

「え、ちょっ……」

 

「はい、ごーぉ、よーん、さーん」

 

「早い早い! 魔女さん早いって!」

 

 慌てる姫花を面白がるように森の魔女はニッコニコと笑いながらカウントダウンを続ける。

 

「にーぃ、いーち」

 

 あっという間に追い詰められた姫花は、

 

「ゼ」

 

 考えが纏まるより早く、

 

(まじな)いより魔法の方がなんか面倒そうだなって思いました!」

 

 半ばヤケクソでそう答えた。

 

 到底正解してるとは思えない答えだったが、

 

「……。ふふ、そうかそうか。願わくば、姫花はその感性をずっと大事にしてほしいな」

 

 思いの外、森の魔女の反応は良かった。

 

「え……もしかして、当たってたの?」

 

 期待して姫花はそう尋ねたが、

 

「いや? 答えとしてはこれっぽっちも掠ってないね」

 

 森の魔女はそれはそれと言わんばかりにあっさりとそう答えた。

 

「当たってないの!? でも魔女さん、なんか良さそうな感じのリアクションしてたじゃん……」

 

「うん。魔法と(まじな)いの違いって意味じゃ、姫花の答えは明後日の方向を向いてるけど……」

 

 森の魔女は横目で2本の蝋燭を見て、

 

「でも、ある意味では大正解だ。それこそ、一流の魔法使いでも答えられないような、ね」

 

 左手を軽く振るい、揺れ動く2つの炎をかき消しながらそう言った。

 

 姫花は『大正解』の意味を深掘りしようとしたが、その時ちょうど森の魔女のポケットに入っていたスマートフォンが黒電話の着信音を響かせた。

 

「わ、うるさ……」

 

「あはは、五月蝿いよねぇ、この音。おかげで忘れず電話に出ることができるよ」

 

 スマートフォンを取り出して画面を一瞥した森の魔女は、一生懸命に着信を知らせ続けているスマートフォンをポケットへと再びしまい込んだ。

 

「いや、電話出なくていいの?」

 

「うん、大丈夫。口うるさいオジ様からの電話だけど、要件はほぼ分かりきってるから。後でメール入れておくよ」

 

「いや、それ本当に大丈夫なの……?」

 

「大丈夫だって。小煩いオジ様なんかより、姫花相手にする方がずっと楽しいから」

 

 森の魔女の言い分は不安を払拭できるようなものでは無かったが、

 

「さて、魔法と(まじな)いの違いについて改めて説明しようか」

 

「うん! お願い!」

 

 続けて提案されたものが魅力的すぎて姫花は不安を心のゴミ箱へ捨てさった。

 

 両手の指を絡めて上へと伸びをしながら、森の魔女は答える。

 

「時代とかで度々変わるけど現代において魔法は、

『魔力を何かに変換して、それを扱う技術』

(まじな)いは、

『魔力で世界を騙す技術』

って感じで区別されてるよ」

 

「……?」

 

 今ひとつピンと来ていない様子の姫花を見て、森の魔女は優しく頭を撫でながら「順に説明するよ」と囁いた。

 

「さっきの、蝋燭に火を点けたやつで説明しようか。まず……魔法にせよ(まじな)いにせよ、何を起こしたいのかを自分の中で明確に決めなきゃならない。さっきの場合は?」

 

「……えっと、蝋燭に火をつける?」

 

「正解。そして、『魔力を何かに変換して、それを扱う技術』である魔法でそれをやろうとしたら、

 ①魔力を炎に似た何かに変換して出力する。

 ②出力した炎に似た何かを自分の制御下に置く。

 ③制御下に置いた炎に似た何かを蝋燭に飛ばす。

 の、3つの段階を踏むわけだ」

 

「ちょっ……魔女さん、一旦ストップ。ノートに書きたい!」

 

「ふふ、どうぞ」

 

 森の魔女は頬杖をつきながら、急いでノートに書き記す姫花の姿を眺める。

 

「んっと、魔女さん質問!」

 

 書きながら質問してくる姫花に対して、そんなに慌てなくてもいいのにと思いつつも、森の魔女はそれを受け付ける。

 

「どうぞどうぞ」

 

「んっと……確認なんだけど、さっきのは『火を起こした』わけではないってこと?」

 

「そうだね。『私の中の魔力』を、『炎に似た何か』に変換したんだよ」

 

「……ん? 炎に似た何かってことは、炎そのものではない、ってこと?」

 

「そういうことだけど……姫花、大丈夫? 頭の上に沢山のクエスチョンマークが浮かんで見えるよ?」

 

 森の魔女の指摘通り、頭上に大量の『?』を浮かべた姫花は、唸るように呟く。

 

「なんか……言葉としては理解できても、芯では納得してない……みたいな……」

 

「なるほどねぇ。今の姫花にしてみれば、翼の無い人間が鳥から空の飛び方を教わるようなものだし、それは仕方ないことかもね」

 

「うー……でも言葉としては理解したから、次は(まじな)いについて教えて?」

 

 姫花のキャパオーバーを心配しつつも、森の魔女は言われた通りに(まじな)いの説明を始めた。

 

「……『魔力で世界を騙す技術』である(まじな)いは

 ①騙す範囲、もしくは対象を定めて自分とそれを魔力で結びつける。

 ②騙したい結果になるように式を組み立てる。

 ③組み上げた式に魔力を流して発動させる。

 の、3段階が必要だ。さっきの蝋燭に火を点けたのは、

 ①蝋燭を対象にして、

 ②炎がそこにある、となるような式を組んで、

 ③組み上げた式に魔力を流して炎を出現させた、

 って感じかな。ちなみに、広い意味では(まじな)いも魔法になるから、(まじな)いの手順を踏んでるものを魔法と呼んでもいい。ただし、魔法の手順を踏んだものを(まじな)いと呼んではいけないんだけど……ちょっと飛ばしすぎたかな?」

 

 言いながら森の魔女は苦笑し、ギブアップですと顔に書いてある教え子の頭を撫でた。

 

「……魔女さん、魔法って、難しいね……」

 

「うーん、こうして言葉にすると難しく感じるなぁ。実際に何個か使ってみれば、『ああ、こういうことか!』ってなるかもしれないけどね」

 

「んー……和訳が分からない英単語を教わってる気分……。でも言葉としては理解したから、忘れないうちにノートに書く……」

 

 とりあえず、と言った様子でノートを書く姫花から森の魔女は視線を逸らし、窓から外を見て、それから再び姫花へと視線を戻した。

 

「姫花、それ書いたら一旦休憩しよっか」

 

「え、でも……」

 

「もちろん、姫花の魔法を学びたいって気持ちは理解してるけど……私の方でも一旦、姫花が少しでも魔法を理解しやすいように考えを整理したいんだ。……あと、窓の外で甘えん坊が遊びたいって催促してるからね」

 

 言われて姫花が窓の外を見ると、食休みを終えて遊ぶ気満々になったゆっきーが家の中を覗き込んでいた。

 

 窓越しにゆっきーと目が合った姫花は、思わずと言った様子で破顔した。

 

「あはは……もー、なら仕方ないね。魔女さん、これ書いたらゆっきーと遊んでくるね」

 

「うん、そうしておいで。昨日完成した遊び場で、ほどほどに駆けっこしてきたらいいよ」

 

「うん、そうする」

 

 今日の魔法の授業はここまでか……と、森の魔女が思ったところで、前から姫花に尋ねておこうと思っていたことを思い出た。

 

「そういえば姫花……毎年この時期、母方のご実家に家族みんなで行ってるよね。今年もそうかな?」

 

「あー……うん。一応、明後日から4日間の予定だけど……」

 

 そう言って姫花はチラリと窓の方を見て、遊ぼう遊ぼうとウキウキしているゆっきーの姿を確認してから立ち上がり、

 

「今年は、こっちに残りたいなぁ……」

 

 ポツリと、名残惜しそうに呟いた。

 

 姫花の夏休みが始まって、早2週間。天気に恵まれなかった2日間を除いて、姫花は毎日森を訪れてゆっきーのお世話に精を出していた。

 そしてゆっきーもまた、毎日丁寧にお世話をしてもらっている甲斐もあって、姫花によく心を許している。

 

 側から見れば、ゆっきーが姫花に甘えているのだが、会ったばかりのユニコーンのために数日間とはいえ家族と離れて暮らすことを考えている姫花を見た魔女は、

 

(甘えているのは……もしかすると姫花の方かな?)

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 そしてお節介だとは自覚しつつも、森の魔女は姫花に1つ忠告をする。

 

「姫花……最初に言ったと思うけど、ゆっきーは私が一時的に預かってるだけだから……」

 

「うん、わかってる。そのうち、元の飼い主さんに返すんだよね? ……わかってる、ちゃんとわかってるよ、魔女さん。……ゆっきーと遊んでくるね」

 

 ノートを書ききった姫花は、そう言ってゆっきーと遊ぶために家から出て行った。

 

「ゆっきーお待たせ! パドック行こっか!」

 

 姫花の元気な声と、それについていくゆっきーの足音を聞きながら、森の魔女は呟く。

 

「わかってる、か……まるで、自分に言い聞かせてるみたいじゃないか」

 

 そう遠くない内に訪れるであろう2人の別れの事を想いつつ、森の魔女はスマートフォンを取り出しすと、先ほど電話をしてきた相手からメッセージが入っていることに気づいた。

 

『学長殿』

 

 と記された相手から届いた、

 

『明日、そちらに顔を出します』

 

 というメッセージを読み、森の魔女は口角をゆっくりと上げて静かに笑い、

 

「ふふ、そうかそうか。なら……お酒が進む、美味いつまみの準備でもするかな」

 

 心底楽しそうに、来客を迎えるための準備を始めたのであった。




ここから後書きです。

魔女さんの初恋書きてえ〜、とか思いながら書いた作中の魔法についての説明回でした。

作中の魔法や世界観が少しずつ鮮明になっていくのはやはり楽しいです。
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