森に引きこもる、歴代最高魔女   作:うたた寝犬

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第2話「(まじな)い」

 

 コーヒーの香りが魔女の家に広がる中、姫花は最早定位置となったテーブルに座り、宿題を始めていた。

 

「姫花、今日はコーヒーにミルクを入れる?」

 

「入れる! あと……」

 

「甘みも、でしょ? 角砂糖1つにしとくよ」

 

 コーヒーの好みをなんとなく把握する程度に、姫花は魔女の家に入り浸っていた。

 

 魔女は慣れた手つきで、それでいて丁寧にコーヒーを淹れていき、出来上がったものをお菓子と共に姫花に差し出した。

 

「魔女さんありがと! 今日のこれは……梨パイ?」

 

「アップルパイさ。なんでちょっとパイのイメージ少ない方選んだんだよ」

 

「だって魔女さん、とりあえずメジャーなものに一回逆らってそうなイメージあるから……」

 

 コイツ、私のことそう思ってるのか……と、魔女は内心思いつつも口には出さず、自分の分のコーヒーとアップルパイを用意して座った。

 

 姫花はコーヒーとアップルパイをそれぞれ一口ずつ摘み、それから黙々と宿題を片付けて続けていった。

 まじめに宿題をしていく姫花に向けて、魔女は長年の疑問をぶつけた。

 

「なあ姫花」

 

「はい?」

 

「なんでわざわざ私の家に来てまで宿題やるんだ? 家でやれ、家で」

 

 魔女としては別に、姫花がどこで勉強してても困る訳ではない。本当に純粋に、疑問だった。

 

 なんでわざわざ森を駆け、お土産持参で人の家に来て勉強するのか、わからなかったのだ。

 

 えー、と呟いた姫花は宿題の手を止めて、解きかけの問題が書かれたノートを閉じた。

 

「別に家でやってもいいけど、魔女さんの家の方が落ち着くもん。匂いとか」

 

「マジ? 人んちの匂いってなんかソワソワしない?」

 

「私は好きなの!」

 

 どこかムキになる姫花が可愛らしく、魔女は思わず破顔した。

 

「あとは温度! 魔女さんの家、いつでも適温だから過ごしやすくて勉強に最適!」

 

「んー、エアコン諸々を惜しみなく使ってるからなぁ」

 

 部屋の上部で今日も懸命に空調管理する白い働き者を見ながら、魔女は「文明の利器様々だ」と呟く。

 

 そんな魔女の視線に釣られてエアコンを見ながら、姫花はちょっとだけ残念そうな顔になった。

 

「魔女さんって、普通に電化製品ガンガン使うから、なんかつまんない」

 

「つまんないとはなんだ、つまんないとは」

 

「だってー〜〜ぇ〜〜」

 

 テーブルに突っ伏した姫花は、甚だ不満げにつまらない理由を口にしていく。

 

「魔女さん、折角魔法とかお呪いで色々できるのにあんまり使ってくんないじゃん。なんでやんないの?」

 

 魔法でクリアできる問題があるにも関わらず、なぜ魔法を使わないのか。

 

 姫花のそんな疑問に、魔女は自分なりの答えを提示する。

 

「んー、例え話をしようか。姫花、ちょっと考えてほしいんだが……東京に行こうと思ったら、姫花はどうやって行く?」

 

「東京に?」

 

 んー、と軽く悩んでから、さして間をおかずに答える。

 

「最終的な目的地とか、時間とかお金の兼ね合いによるけど、飛行機とか新幹線使って行くと思う」

 

「そ。そして、それが答え」

 

 魔女は楽しそうに、姫花良いこと言う〜、と言いたげな表情を見せながら答えに肉付けをしていく。

 

「まず私は、部屋の温度を最適にして、なおかつそれを保ち続けたい。これが目的ね」

 

「うん」

 

「結論から言うと、温度を最適な値にするのは魔法でならあっという間だし、それを保ち続けるのも別に難しくない。というか自分で思うように調整やら効く分、魔法のが快適。でも多分、魔法使える、エアコン使える、この二つの選択肢があったとしても、大体の奴はエアコンを選ぶよ」

 

「なんで?」

 

 楽なんでしょ? と、姫花は首を傾げる。

 

 良い疑問だね〜、と魔女は楽しげに言いながら答えを続ける。

 

「じゃあ姫花、さっきの東京行きに条件をつけようか。姫花は朝一から自由に動けて、お金は足りない訳じゃないけどゆとりがあるわけでもない。それで東京にまで行きたいけど、夜までに着けばいい。なら、どうする?」

 

「え? 朝からのんびり準備して、夕方くらいに着くような飛行機に乗るけど?」

 

 あっけらかんと答えた姫花を見て、魔女は、

 

(そ、そうきたか〜〜)

 

 と言いそうになった。例えが上手く伝わらないかもしれないと、魔女は内心嘆いた。

 

 そんな魔女の心のうちを知ってか知らずか、姫花は追い討ちをかける。

 

「というか魔女さん、あんまりその手の例え話上手じゃないんだから、ズバッと言いたいこと言っちゃってよ」

 

「失礼な! 私はこれでも人に魔法を教えた時に、わかりやすいって評判だったんだぞ!?」

 

「それきっと、魔法関係の説明だけめちゃくちゃ上手なのか、教わった人たちがお世辞言っただけだと思う」

 

 ズバッと指摘された魔女は、もし理由が後者側だとしたら泣きたいと密かに思った。

 

 魔女さん早く早く〜、と姫花に説明を急かされた魔女は、理屈とかそういうのを全部すっ飛ばして本音を答えた。

 

「できるし楽だよ。でも面倒なんだよ。魔法で大掛かりな調整すんの」

 

「……は?」

 

 答えを聞いた姫花は、楽だけど面倒という矛盾に首を傾げた。

 

「楽だけど、面倒?」

 

 改めて口にしてみても意味がわからない。

 

「そ。楽だけど面倒なんだよ。面倒というか、やりたくないって感じ。やればできるんだけど、これ如きに手間惜しむのもな〜……ってのが、私のぶっちゃけた答え」

 

「魔女さんって、もしかしなくてもダメ人間だよね」

 

 まさかの答えがものぐさだったことを知り姫花は落胆するが、魔女は力説する。

 

「姫花もいつかわかるよ、この感覚。多分、大体の人間は分かるようになる」

 

「本当かな〜?」

 

「じゃなきゃ世間で確認ミスが原因の事故が、こんなにいっぱい起きないんたよ。世の中で変な事故とかが起きた時の原因ってのはな、大体この『出来るけど面倒だからやらなかった』に帰結する」

 

 もしそうだとしたら、それは知りたくない感覚だなぁ……と姫花は思わずにはいられなかった。

 

 食べかけのアップルパイを再度摘んでから、魔女は言葉を続ける。

 

「そんなわけだから私は、魔法使わずにできることならなるべく魔法使わない派だな。効率が悪くても手間を惜しんでやる価値があったり、魔法使わなきゃ解決できない問題なら使うけどな」

 

「あー……。うん、宇宙に行く的な? 飛行機とか新幹線とか船とかをいくら自由に使えても、宇宙に行くためにはロケット使うしか無いから使うって感じ?」

 

「そう! それそれ!」

 

 魔女はかなり歳の離れた子から、上手い例えの話の例を見せられた気がしつつ、伝わったならいいやと忘れることにした。

 

 伝えたいことは伝わったが、それでもやはりモヤモヤしてる様子の姫花に、魔女は「ちなみに」と前置きをしてから補足した。

 

「この家の温度はエアコンに全任してるけどね……ちょっとだけ(まじな)いを使ってる」

 

「え、本当!?」

 

「ああ。家の機密性を高める(まじな)いをかけて、保温性を底上げしてる。ちなみに私のオリジナル(まじな)いだ」

 

「……」

 

「姫花、『何その地味なやつ』って顔に書いてるぞ」

 

 思ってることをバッチリ言い当てられた姫花は二重の意味で憤慨した。

 

「だって地味だもん!」

 

「地味だと言って侮るなよ!? この手の呪いをちゃんとした形にするのって、誰にでも出来ることじゃないんだからな!?」

 

「地味なのは魔女さんも認めてるじゃん!」

 

 地味だけど凄い、この概念を姫花が理解するのはまだ早かったようだ。

 

 そのままケンカが続くと思われたが、不意に魔女があることに気づいた。

 

「っ!? 姫花、今日何曜日だ?」

 

「え? 水曜」

 

「やっば、市内のスーパーで卵半額セールだ! ちょっと行ってくる!」

 

 魔女はそう言うや否や、愛用のエコバッグと財布を慌てて取って家を出ていった。

 

 1人残された姫花は、壁にある鳩時計を見て時間を確認する。

 

(夕方セール開始が確か16時半だよね。ママが17時がギリギリ間に合うかどうかって言ってた気がするけど……)

 

 今の時間は16時50分。まだ卵はあるだろうが、移動を込みで考えると絶望的な時間であった。

 

(森を出るのはノータイムだとしても、出てからスーパーまで……信号捕まったりすると思えば車でも10分はかかるけど……)

 

 まず間に合わないだろう。姫花がそう思った瞬間、家の扉が開き、

 

「やー、セーフセーフ! 間に合った〜」

 

 魔女が帰ってきた。

 

「え、早。ちゃんと買ってきた?」

 

「もちのろんさ」

 

 さっき魔女が家を出てから3分ほどしか経ってない。魔女はバックの中から卵のパックを取り出しながらドヤ顔で語る。

 

「こういう時の魔法だよ、姫花。ちょっくら瞬間移動してきた」

 

「瞬間移動!?」

 

 魔法の類いの詳細は知らされていない姫花だが、瞬間移動というのはかなり優れている部類の魔法なのでは……と思ったところで、冷静になれと自分に言い聞かせた。

 

「瞬間移動って、私が初めて魔女さんと森で会った時に使ったやつ?」

 

「あれは森にかけてある(まじな)いを使っただけだから、別物。今回はこの場で構築した即興モノだ」

 

「それって凄いの?」

 

「当然」

 

 ドヤ顔で語り続けるあたり凄いことをしたんだろうが……今一つ姫花にはその凄さが伝わらなかった。

 

「んー……元々ある楽譜を演奏するのと、即興でそれっぽい曲を作ったみたいな違い?」

 

「惜しいな。私がしたのは、元々ある名曲を演奏するのと、即興でそれを越える神曲を作り出したくらいの違いがある」

 

「えー……」

 

 本当か……? と、姫花は疑り深い目で魔女を睨みつける。

 

「ちゃんと伝わってる気がしないなぁ、これ……。マジで、私以外にはなかなか出来ない芸当なんだぞ?」

 

「かもしれないですけど、私は魔女さん以外の魔女さんを知らないから、イマイチわかんないよ」

 

 ワタシワカラナイアルヨ〜、と、日本語が出来ない体の中国人を装ってお茶目に答えながらも、姫花はいつの日か魔女さんの本当の凄さが分かる日が来るのだろうか、とぼんやりと思った。

 

 

 

 

 日が落ちる前に、森を出る。それが魔女が絶対に守るようにと姫花に課した決まり事の1つだった。

 初めて会った時もそうだが、魔女は時々、姫花に絶対(それ)を課す。誓わせてる、と言ってもいいかもしれない。

 はっきりと説明されたことは無いが、姫花も感覚的に、

『魔女さんの言う絶対は、本当の絶対だ』

 と、なんとなく感じ取っていた。

 

 それゆえに姫花は魔女との絶対を破ったことはないし、そもそも破ろうという発想自体があんまり思い浮かぶことはなかった。

 

 だから姫花は今日も、日が暮れる前に森を出る。

 

「また明日、来てもいい?」

 

「別に明日じゃなくてもいいよ。来たい時に、来なさい。あといつも言ってるけど……」

 

「もし森の中で迷ったら、魔女さんを呼べばいいんでしょ?知ってるよ、もう」

 

 いつもそう約束して、姫花は森を出る。

 

 早く会いたくて走ってきた往路とは裏腹に、復路は別れを惜しむようにゆっくり、ゆっくりと歩く。

 

 帰り道はいつも、姫花はその日の魔女との会話を思い出しながら歩く。

 

 今日もいっぱい話せたな

 面白いお話も聞けたな

 魔女今日も楽しそうだったな

 

 そう思いながら、笑顔で歩く。

 

 そんな中、今日特別心に残った言葉を思い出す。

 

『効率が悪くても手間を惜しんでやる価値があったり』

 

 会話の中のそのフレーズは、姫花の心に良く刺さった。

 

(ねえ魔女さん。

 その気持ちはね、とってもよく分かるよ)

 

(お土産を持って貴女に会いに行く3分)

 

(貴女の隣でゆっくり解く宿題)

 

(全部全部。私にとっては、手間を惜しんでやる価値があることなんだよ)

 

 姫花は自分でも理解しきれていない魔女への思いを噛み締めながら、今日も森を抜けた。

 




ここから後書きです。

この作品のタグ、合ってる気がしないな……と思いながら投稿してます。
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