森に引きこもる、歴代最高魔女   作:うたた寝犬

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第3話「町中の魔女さん」

 

「あ、魔女さん!?」

 

「あらら、姫花か」

 

 その日は姫花にとって、珍しいと言えた。

 

 魔女に会うだけならほぼ毎日と断言してもいい程会っているのだが、会うのは必ずといっていいほど森の中だった。

 9割5部は魔女の家で会う。そうじゃないなら森の中でバッタリ、という感じである。

 

 そんな姫花と魔女は今日、町のスーパーで出会した。

 

 ゆったりとしたロングのワンピースがとても良く似合っていて、やっぱ魔女さん美人だなと姫花は改めて思った。

 

 魔女の美人度合いはさておき、姫花にとって今日はもう一つ珍しい事態が重なっていた。

 

 魔女はニコリと柔らかな笑みを、姫花の隣にいる姫花の母親へと向けた。

 

「朝花さん、こんにちは」

 

「こんにちは、森の魔女さん。今日はお買い物ですか?」

 

「ええ。チラシで初鰹を見かけて、居ても立っても居られなくなって」

 

 魔女さん、鰹好きなんだ……と姫花が思っている間も、魔女と姫花の母は何事もなく普通に世間話に興じている。

 

 姫花にとって珍しいのは、これだ。

 

 姫花は、魔女が自分以外の誰かと会っているところを見た事がなかったのだ。出会ってから10年になるが、いつも魔女と会う時は1対1だったし、遠巻きに魔女が他の誰かと話している場面を見たことがなかった。

 

 だから今、姫花は正真正銘初めて、魔女が自分以外の誰かと話しているところを見ているのだが……

 

(思ったよりも、普通……?)

 

 珍しいだけで、特に問題は無かった。魔女がとんでもない美人であることを除けば、スーパーで会ったママ友が世間話をしているのと大差なかった。

 

 そんなことを考えながら世間話の聞き役に徹していた姫花だが、不意に、

 

「そういえば森の魔女さん、うちの姫花がずっと魔女さんのお家に遊びにいってるそうで」

 

「ええ、まあ」

 

 話題の矛先が自分へと広がってきた。

 

 ごめんなさいね〜、と謝りを入れつつ姫花の母は魔女との会話を続ける。

 

「言っても止めないので、もうどうしようもなくて……うちの姫花、魔女さんに失礼なことしてないですか?」

 

「いえいえ、ちっとも。恥ずかしい話ですけど、むしろ私の方がお話し相手になってもらってて助かってるくらいで」

 

「も〜、そう言ってもらえると助かります〜」

 

 こういう時って会話に入っていくの難しいな……と姫花が悔やんでる間に、魔女は今度姫花に何かお土産を持たせるので、という約束を姫花の母と交わして町中スーパー世間話の会はお開きとなった。

 

 去り際に振り返ると魔女と目が合い、お互いに小さく手を振ることができた姫花はニコニコと嬉しそうに笑んだ。

 

 その笑顔のまま母との買い物を続けていく姫花だったが、ふと、疑問に思ったことを尋ねた。

 

「ねえお母さん」

 

「なに?」

 

「お母さんって、いつから魔女さんを知ってるの?」

 

 問いかけの根底にあるのは、純粋な疑問。

 

 姫花に限らずこの地域の子供は、幼い頃から大人たちに、

『この森には魔女がいる』

 と言われ続けて育つ。

 

 特定の年齢とかからではなく、大人はみな例外なく子供たちにそう言い聞かせる。

 

 この町にいれば、誰もが知ってる魔女。

 じゃあみんなは、その魔女をどこで知ったのか。

 

 姫花の疑問に対して母は、

 

「いつって、それは……」

 

 答えを言いかけて、

 

「えーと……、んー……」

 

 言い淀み、そして、

 

「あっ! っていうか姫花! 今日柔軟剤も買わなきゃいけなかったのよ! 思い出した〜!」

 

 不意に思い出した柔軟剤によって答えを塗りつぶされてしまった。

 

 そんな、ある種都合が良すぎる母の挙動を見て不審に思った姫花は、勢いよく振り返る。

 

 遠い視線の先には、お目当ての初鰹のパックを手にしてイタズラ気味に笑う魔女の姿があった。

 

 *** *** ***

 

 後日、いつもの森の中、魔女の家で、

 

「魔女さん。あれって魔女さんの仕業なの?」

 

 姫花は開口1番に疑問をぶつけた。

 

「うん、もちろん。魔法というより、あれも(まじな)いだね」

 

 答えを濁す素振りをまるで見せずに、魔女は姫花の答えを肯定する。

 

 最近手に入ったという良い紅茶を飲みたいという魔女は、やかんに火をかけながら姫花に解説していく。

 

「姫花。この森に(まじな)いが掛かってるのは、もちろん知ってるよね?」

 

「うん。迷うやつと、魔女さんに会えるやつだよね?」

 

「んー、大体正解。厳密には迷宮化と、会いたい人に会える場所に行く(まじな)いなんだけど……まあ、それは置いといて」

 

 棚から取り出したポットとティーカップを温めつつ、やかんの中に気を配る。

 

「この森にかけてある(まじな)いは、基本的にずっと効果を発揮し続けてるものなんだ。そしてそれと同じように、私がずっと効果を発揮させ続けている(まじな)いが、他にも何個かある」

 

「そのうちの一つが、この前のやつってこと?」

 

「正解」

 

 温まったポットに魔女は茶葉を3杯入れ、沸騰したお湯を注ぎ込み蓋をした。

 

「姫花。あれはどんな(まじな)いだと思う?」

 

「んー……買い忘れたものを思い出すお呪い?」

 

「不正解だけど、それは便利な(まじな)いだな。今度しっかり作ってみてもいいかもしれない」

 

 キッチンタイマーで3分を測りつつ、魔女はポットの蓋をリズムよく指先でトントンとつつく。

 

「じゃあ魔女さん、あれはどんなお呪いなの?」

 

魔女(わたし)に対する認識をぼやかす(まじな)い、だよ」

 

 蓋を叩くリズムを崩すことなく、魔女は言葉を紡ぐ。

 

「認識をぼやかす……?」

 

「うん、そう。あの町の人は普段、私のことを『森の魔女さん』と認識してるけど、それ以上深く思考することはできない。

 町で見かけても、『ああ、魔女さんだな』くらいにしか意識に上がってこない。

 この前みたく何かの拍子で強く認識できても、暫くぶりに会いましたね〜くらいしか思えなくて、特に珍しいなんて感じない。

 そして私に対して何か疑問に思っても、突発的な何かが思考を塗りつぶす。

 そんな思考になるような(まじな)いが、町全体にかかってるんだよ」

 

「魔女さん、その呪い怖すぎない?」

 

 しれっと解説した(まじな)いの詳細を聞き、姫花はドン引きした。独裁者思考な人とかが間違っても使えるようになったらダメな魔法だった。

 

 姫花の引き具合を見て、魔女はケラケラと笑う。

 

「大丈夫大丈夫。元から効果薄めなやつだから。加えて規模を広くしても効果の継続が楽になるように、かなり元の術をいじって魔力の省エネに重きを置いてあるから、尚更効果は薄まってるよ。姫花ちゃんほどじゃなくてもちょっと魔力の素養があれば、余裕で防げるし」

 

「いや、防げるとかじゃなくて……」

 

 人の思考すら変えてしまえる(まじな)い……魔法というものの怖さを、姫花はこの時初めて直視した。

 

 ピピピ、と、キッチンタイマーが3分を告げる。魔女はポットの中をスプーンで一混ぜして、濾しながら2つのカップへと注ぐ。

 

「はい、どうぞ」

 

「ん、ありがとです。……魔女さん、魔法とか(まじな)いって、怖いですね」

 

「んー……質問に答える前に、まずは紅茶(それ)飲んでみてよ。美味しいから」

 

 言われるがまま、姫花は紅茶を飲む。味はともかく、優しい香りだなと、姫花は思った。

 

「どうよ?」

 

「美味しいとは思うけど、普段あんまり紅茶飲まないから違いがよく分かんない」

 

「姫花が美味しいと思えばそれでいいんだよ」

 

 魔女が笑い、長い白銀の髪がそれに合わせて揺れる。

 

 カップに注がれた紅茶を半分ほど飲んだところで、魔女は姫花の質問に答えた。

 

「魔法が怖いものかって言われるとね、それは使う人によるとしか言えないよ。よく切れる包丁だって、一流の板前さんが持つのと、頭おかしい奴が持つのとじゃ、全然違うでしょ? それと同じ」

 

「それは……そうだけど……。でも……」

 

「でも? なにかな?」

 

 言葉を促された姫花は迷った後、悲しげに、

 

「……他の人と、魔女さんのこと話せないのは、寂しいなって思った」

 

 そう言って、視線をカップへと落とした。

 

 落ち込んだ姫花を見て、魔女は困ったように笑う。

 

「んー……なるほど。姫花がそう言うなら、その辺は改善してみてもいいかも……うん。すぐには無理だけど、出来るだけ努力してみよう」

 

「難しいんですか?」

 

「難しくはない。ただこの(まじな)いを使ってる目的は、私の話がこの町から広がらないようにするためだからね。その辺の匙加減の見極めに困る」

 

「そうなんですね……」

 

 すぐには難しいんだ、と姫花は再度落ち込んだ。

 

 そんな姫花の心のうちを察して、魔女は話題を切り替えた。

 

「まあ、気長に待っててよ。それより姫花、私が常時発動させてるやつ、他のも知りたい?」

 

「まあ、知りたいけど……どんなのがあるの?」

 

「んー……急な雨に気付けるやつ、

 雑音を遮断できるやつ、

 町に変なモノを寄せないやつ、

 声が良く通るやつ、

 私の名前を記憶できないやつ、

 身体の衰えをクッソ遅らせるやつ、

 柔軟剤の効果を長持ちさせるやつ、かな」

 

「へぇ、色々ある……って、いや待って待って魔女さん!? 地味なものの中に、しれっととんでもないもの混ざってなかった!?」

 

 危うくスルーしかけたが、魔女は世の中の人間の大半が羨むであろうものを持っていた。

 

「オススメは急な雨に気付けるやつだ。干した洗濯物がずぶ濡れにならなくてすむから重宝してるよ」

 

「いや、それじゃなくて!」

 

「声のやつかな? これ使ってると、屋外でも気持ち良く歌えるよ」

 

「それでもないよ!」

 

「柔軟剤でしょ? お気に入りの香りが長持ちするのはとても良いよ!」

 

「魔女さんワザとスルーしてるよね!? 衰えなくなるってなに!?」

 

「……さーて、なんのことかな?」

 

 ニヤニヤと、ニコニコと、それこそ意地の悪い魔女らしい笑みを浮かべて、魔女は姫花の疑問を躱す。

 

「ちょっ、魔女さんズル! ズルっこだ!」

 

「別にズルくないよ〜? やろうと思えば私以外でも出来るからね。ただみんながやり方知らないだけで」

 

「じゃあ私にも教えてよ!」

 

「んー、もし姫花が魔法高校出たら教えてあげるね」

 

「どこにあるかすら知らないよ!」

 

 教えてなかったっけ? と、魔女は白々しく言い、姫花はそれに対して憤慨する。

 

 いつものように楽しく言い合いをしていた2人だが、姫花がうっかり、

 

「というか魔女さん、そもそも何歳? 実はめっちゃお婆ちゃんなの?」

 

 と、魔女の地雷を踏みつけてしまったのだが、それはまた別の話。




ここから後書きです。

魔法と(まじな)いは、似てる技術だけどちょっと別物、くらいのゆるい認識でいいかなと思います。
姫花が1話で迷ったのは、森にかけられた2つの(まじな)いが上手い具合に噛み合ってバグったからです。

引き魔女、楽しんでもらえたら嬉しいです。
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