森に引きこもる、歴代最高魔女   作:うたた寝犬

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第4話「あめにまぎれて」

 嫌いな季節を選ぶとすれば梅雨だと、朝花姫花は断言する。季節では無いかもしれないが、いつまでも止め処なく降り続ける雨が、姫花はとにかく嫌だった。

 

 理由はいくつかある。

 ジメジメとした湿気が身体に纏わりつく不快感。

 梅雨の間、ずっと続く軽い頭痛と、体調不良。

 魔女と交わした約束のうちの1つである、『雨が降ってる間は森に入らないこと』のせいで、魔女とあまり会えないこと。

 

 兎にも角にも、姫花は梅雨が嫌いである。

 今はそんな梅雨の時期真っ盛りで、姫花の機嫌は殊更悪い。加えて今の姫花は1つの問題に直面していて、それが機嫌の悪さに拍車をかけていた。

 

「あー、もう……最悪」

 

 学校帰りにノートを買うために立ち寄ったコンビニにて、姫花は普段より低い声で恨めそうに呻いた。

 

 ノートが買えなかった、わけではない。ノートはちゃんと買えた。

 

 問題はその後だ。

 

 目当てのノートとお菓子をいくつか買ってコンビニを出ようとした姫花は、自分の傘が傘立てから無くなっていたことに気づいた。

 

「傘、盗まれ(パクられ)た……」

 

 店先でしゃがみ込みながら雨に当たらないようにしつつ、どこぞの馬の骨に盗まれた傘に思いを馳せる。もし見盗んだやつ見つけたらシバく……と姫花の思考は少し物騒になっていった。

 

 しかし今はそんなことより、これからどうやって家まで帰るかの方が大事なので、姫花はそれについて頭を悩ませた。

 

 一番楽なのは、今いるコンビニで傘を買うことだ。店内に目を向けるとビニール傘がまだ何本か残っているようなので、再びコンビニに入って傘を買えばいい。

 

 しかし姫花は、その選択肢を躊躇う。

 理由は単純。姫花のお財布君が、

「おいおい、これ以上の出費だって? 過度なダイエットにもほどがあるぜ!」

 と声なく主張してくるためである。なるべくなら、今月はこれ以上お金を使いたくないのだ。

 

 第二の選択肢は、家族や友達に事情を説明して傘を持ってきてもらったり借りたりすることだ。

 幸いにも姫花にはとても仲良しな(ややシスコンな)兄がいる。

 社交性も人並みにはあるので、友達何人かに連絡すれば1人くらいは助けてくれるだろう。

 

 姫花としてもこの選択肢が好ましいので、すでに実行している。兄と友達数人に連絡をしているのだが、誰からも返事が来ない。

 

 運が悪いなぁ……と、姫花はため息を吐いた。

 

 本命である第2の選択肢が上手くいかないだろうと思い始めた姫花は俯きながら第3の選択肢を……走って帰る、を視野に入れ始めた。

 

(帰れないことはない……走れば家まで10分かからないし……でも濡れるのは嫌だなぁ……)

 

 諦めて傘を買うか、走るか。その2択で迷っていると、

 

「項垂れてるね、姫花。傘を盗まれたのが、よっぽどショックだったのかい?」

 

 聞き慣れた声に話しかけられた。

 

 声を聞いた瞬間、姫花は一瞬で表情を明るくしながら顔を上げて、前を見る。

 

「魔女さん!」

 

「こんにちは、姫花」

 

 魔女はやや大きめな黒い傘を差しながら、柔らかな笑みで姫花を見つめていた。

 

「え、ってかなんで私が傘パクられたの知ってたの? エスパー?」

 

「私はエスパーじゃなくて魔女なんだけどねぇ」

 

 姫花の問いかけがツボだったようで、魔女は肩を揺らしてクスクスと笑った。

 

 魔女は傘を畳みながら姫花に歩み寄り、そっと隣に並んで同じようにしゃがみ込んだ。

 

「姫花。私はちょいとこのコンビニで買い物したら帰るんだけど、その後で良かったら送っていこうか?」

 

 顔を覗き込むようにして言われた姫花は、少しドキっとしながら答える。

 

「え、本当? 魔女さん優しいね」

 

「私はいつでも優しいぞ」

 

 ちょっとドヤ顔で魔女は言う。それなりに絵になるドヤ顔だなと姫花は思いつつも口には出さなかった。

 

 よっこいしょ、と言いながら魔女は立ち上がり、姫花もそれにつられるように立ち上がって、2人並んでコンビニへと入っていく。

 

「姫花もなんか買う?」

 

「やー、私はもう買い物終わったので……」

 

「そうかい。……これはあくまで私の独り言なんだけど……」

 

 意味しげに魔女は前置きしてから、イタズラっぽく笑った。

 

「私は金銭感覚が、かーなーり緩いから買い物予算が少しオーバーした程度じゃ、気にせず買っちゃうんだよね」

 

「……んー? ということは?」

 

 姫花は薄々魔女の言いたいことに気づきつつも、同じようなイタズラっぽい笑みで言葉の先を促す。

 

「だからまあ、私が余所見してる間に、どこかの誰かがお菓子一つくらい買い足してもそのままお会計しちゃうってことさ」

 

「やった!」

 

「うーん? 姫花がなんで喜んでるのか、私には皆目検討もつかないな」

 

 そうやって2人はわざとらしく笑い合った。

 

 買い物かごを手に取った魔女は、とりあえずと言わんばかりの足取りで雑誌コーナーへと向かっていき、毎週月曜日に発売される週刊少年誌を手に取った。

 

「魔女さん、どの漫画の続きが気になるの?」

 

「もちろん全部だけど……強いて言えば、領域バトルの続きが気になるね」

 

「先週良いところで終わったもんね。雨止んだら魔女さん家に行くから読ませてよ」

 

「もちろん。雨があがったらね」

 

 言いながら2人の足取りは飲み物コーナーへと続き、お酒コーナーの前で魔女の足が止まった。

 

「……なあ、姫花」

 

「はい?」

 

「どうして人は、『新発売!』とか、『期間限定!』って文字に弱いんだろうね?」

 

 魔女の手にはいつの間にか、新発売の文字が躍る缶ビールが握られていた。

 

「んー、そういうお(まじな)いがかけられてるとか?」

 

「ほほう……美味い酒だけでは飽き足らず、この私にも効く(まじな)いを開発したのか。やるなホーオー」

 

 この国に展開される大手ビールメーカーの名前を呟きながら、魔女は楽しげに笑った。

 

 ビールを3本ほど買った後、魔女は迷ったようなそぶりを見せながらもお菓子コーナーへと向かった。飴やガムが並ぶ棚の前で意味しげに顎に手を当ててながら、魔女は姫花に尋ねた。

 

「姫花、オレンジ味とブドウ味なら、どっちの飴が好き?」

 

「えー、その2択ならオレンジが好き」

 

「なるほど」

 

 納得した様子の魔女は、おもむろにオレンジ味とブドウ味の持ち手付きの飴を一本ずつカゴに入れた。

 なんで好みの味を訊いたのかと姫花はツッコミを入れかけたが、言おうとした姫花をニコニコとおちょくるような表情を魔女が向けてきたので、ただ揶揄われただけだと判断した。

 

 わざわざそういうイタズラじみたことに対して姫花は抗議はしない。その代わりに、お高いアイスを2つカゴに入れた。魔女は小さな声で、

「可愛らしい反抗だね」

 と呟いたが、そっぽを向いて姫花は聞こえないフリをした。

 

 一通りの買い物が終わったらしく、魔女はそこそこ物が入ったカゴをレジへと持って行った。

 

「あら、森の魔女さんじゃないですか。こんにちは」

 

 どうやら店員は魔女は顔見知りらしく、魔女はにこやかに挨拶を返した。

 

 お下げにした茶髪が特徴的な、可愛らしい店員だった。彼女は慣れた手つきでレジを進めつつ、魔女と雑談を始めた。

 

「森の魔女さん、今日も7番くじやってく?」

 

「今日もってなんだよ、今日もって。まるで私が毎日くじやってるみたいじゃないか」

 

「えー、森の魔女さんがここ最近毎日、違うコンビニに行きながらくじ引いてるの、この辺の噂になってますよ?」

 

 図星だったらしく、魔女は気まずそうに視線を店員と隣にいる姫花から外した。その様子がおかしくて店員さんはクスクスと笑い、姫花は呆れたようなため息を吐いた。

 

「魔女さん、なんですぐバレるウソついたの?」

 

「……勢いで誤魔化せるかなと思って……」

 

「詰めが甘すぎない?」

 

 姫花としてはいつも通り魔女と話していたので気づかなかったが、一連のやり取りを見ていた店員が驚いたような表情を浮かべていた。

 

 しかし姫花の視線が戻ってくる前に店員は表情を元に戻し、愛嬌のある営業スマイルで2人に対応した。

 

「で、どうです? 7番くじ引いていきますか?」

 

「それはもちろん。一枚引くよ」

 

「はいはーい。では、どうぞ」

 

 差し出された箱から魔女は迷ったり躊躇うことなくくじを引いた。今の7番くじの景品はなんだったかな……と姫花が思っている間に、

 

「おお〜、おめでとうございます森の魔女さん! 大当たりのZ賞です!」

 

 魔女は一番良い賞である、Z賞を引き当てていた。

 

 景品は巷で人気なソーシャルゲームのキャラクターのフィギュアであり、店員がその景品を用意している様子を見ながら、姫花は魔女に問いかける。

 

「魔女さん、ズルした?」

 

「ズルとはなんだ、ズルとは。今のは正真正銘、間違いなく、私の豪運さ。決して魔法やその類いによる不正はしてないよ」

 

「本当に?」

 

「姫花は失礼だな。私ほど7番くじに真摯で真剣に向き合う人間はいないというのに……」

 

 困ったね、と言いたげに魔女は苦笑いした。

 

 景品を受け取った魔女は、それをおもむろに姫花へと渡す。

 

「姫花、ちょっと持ってて」

 

「えー、なんで私が……」

 

「私の両手は傘とレジ袋で埋まるから」

 

「私だってもう荷物いっぱいなんですけど!?」

 

 受け取るまいと抵抗する姫花に魔女は半ば強引に姫花に景品を持たせる光景を微笑ましそうに見ていた店員が、品物を詰め終わったレジ袋を差し出す。

 

「随分その子と仲良しなんですね、森の魔女さん」

 

「あっはっは。そう見えるなら何よりだよ」

 

 魔女はそのままレジ袋を受け取ろうとしたが、

 

「ああ、そうだ」

 

 何かを思い出したような表情を見せてから、

 

()()()()()()()

 

 そう言って、レジ袋に軽くデコピンをした。

 

 ぺち、という小さな音が不思議と店内に響く。

 

 姫花は、魔女が何か買い忘れたのかと思ったが、すぐに魔女は、

 

「うん、ありがとう」

 

 何かを待ったり、待たせたりすることなくレジ袋を受け取り、2人は店を出て行った。

 

 *** *** ***

 

 1人で使うには大きい黒い傘を下で、魔女と姫花は仲良く並んで帰路を歩いていた。

 

 パパパパパパ、と、絶え間なく続く雨音の中で、姫花はふと疑問に思ったことを魔女に尋ねた。

 

「ところで魔女さん」

 

「ん? なに?」

 

「魔法って、普通の人の前で話題に出したりしてもいいの?」

 

「えー、基本的にダメだよ。一応、秘匿しておかなきゃいけないモノだからねぇ」

 

 当たり前じゃーん、と、顔に書きながら言う魔女に対して、姫花は少し悩んでから口を開く。

 

「えっと……じゃあ、さっきのってダメなんじゃない?」

 

「さっきの?」

 

「いやほら、コンビニでさ……魔女さん、魔法って普通に言ってたよ?」

 

 言われて魔女は記憶を辿るが、確かに言っていたなと思った。

 

「うん、言ったね。でも大丈夫。店員やってたあの子も魔女だから」

 

「え、そうなの?」

 

 驚く様子の姫花に向かって、魔女はさっき買ったブドウ味の飴を取り出して咥えながら、説明を続ける。

 

「そうだよ。みんな上手いこと()()()()だけで、魔女とか魔法使いってのは、わりかしそこら辺にいるもんだ」

 

「へえ……そういうのって、パッと見で分かるの?」

 

「分かるよ〜。姫花だって、学校でクラスも名前も知らない子とすれ違っても、なんとなく雰囲気で部活とか分かるでしょ? あんなもんだよ」

 

 確かに野球部とか柔道部あたりはなんとなく分かるけど……と思う姫花に、魔女は言葉を重ねる。

 

「じゃあ、あの子は姫花にとって私以外で初めて()()()()魔法使いになるわけか」

 

「あー……多分そうかな。私が気づいてなかった、のは別にすれば」

 

「ふふ、そうかそうか。中々に贅沢な話なんだけど……現代魔女を初めて見た感想とかある?」

 

 んー……と、少し唸ってから、姫花は感想を絞り出す。

 

「普通……かなぁ。魔女っぽくないというか……」

 

「あはは、そうだろうね。『気づかれないように、さりげなく』ってのが現代の魔法業界の風潮だし、その感想はあの子にとっての褒め言葉だよ」

 

 今度伝えておこう、と魔女が楽しげに呟いた。

 

 夕方でぽつぽつ帰路に着く人が増える中に紛れながら、2人の会話は続く。

 

「じゃあ、今の……その、現代魔女って、みんなあの店員さんみたいな感じなの? 魔女だけど、普通に働く、みたいな」

 

「あー、そういう意味なら、あの子はちょっと変わり者の部類かな。3級の免許持ってるのに、魔法職に就かないで働くのって相当珍しいよ。いい仕事くらい、()()()()()()()()()()()のにさ」

 

「魔女にも免許ってあるんだね」

 

 3級がどれくらいなのか分からないが、魔女の言い方からすればそこそこ良い方なのかなと姫花は予想した。

 

「ちなみに、魔女さんは何級なの?」

 

「私? 無免許だけど?」

 

 しれっと飛び出した無免許発言に、姫花は唖然とした。

 

「魔法業界のブラックジャック……」

 

「やー、そんな大層なものじゃないよ。立派な志しとかあるわけじゃないしさ。単に今の免許システムじゃ、私の実力を正確に区分できなくて免許発行する側からNG食らってるだけ」

 

「……100キロまでしか計れない体重計に200キロの人が乗るみたいな?」

 

「例えとしてはドンピシャだけど、なんか悪意を感じるのは気のせい?」

 

「気のせい気のせい」

 

「そうかな? ……どうにも私は、姫花に()()()()()()気がして仕方ないよ」

 

 と魔女は苦笑いしながら呟き、それを見た姫花はクスクスと笑った。

 

 コンビニから姫花の家まで、そこまで距離は離れていない。少し歩くが、ご近所と言える距離感である。

 

 しかし運悪くというべきが、やたらと信号に引っかかった。コンビニを出て、すでに3つ目である。

 

 赤から緑に変わるまでの間に、姫花は少し残念そうに口を開いた。

 

「……アイス買ってもらったの、失敗だったかも」

 

「ん? どうしたの? 違う味が良かった?」

 

「や、そうじゃなくて……溶けそうだなって、思って」

 

 まだ夏の暑さとまではいかなくとも、じわりと染みるような気温になる日が続いている。今日もそんな暖かさであり、アイスが溶けそうという姫花の心配は最もであった。

 

 そんな姫花の心配事を知った魔女は、待ってましたと言わんばかりの表情を作った。

 

「その心配はいらないよ、姫花」

 

「どうして?」

 

 信号が緑に変わった事を見逃さず、横断歩道を歩きながら魔女は姫花にレジ袋を差し出す。

 

「試しに、この袋の中で雑誌開いてみて」

 

「はあ……」

 

 言われるがまま、姫花は袋の中に手を入れてページをめくろうとした。が、

 

「……ん? ……んん??」

 

 開けなかった。まるで石を撫でているような感触が姫花の指先に伝わるだけで、ページを開くことができなかった。

 

 そんな姫花の困惑する様子を見て、魔女は悪戯が成功した子供のように笑った。

 

「開けないでしょ?」

 

「うん。あ、もしかして、これ魔法?」

 

「正解」

 

 姫花が気づいたところで、魔女は手品の種明かしをするマジシャンのように楽しげに解説を始めた。

 

「今、このレジ袋にはね……『袋の中にある限り、状態を保ち続ける』(まじな)いをかけてある。だから雑誌はどうやっても開かないし、開けない。アイスだって、袋から出すまでは冷たい状態のままさ」

 

「へえ……! それ、すごく便利……!」

 

「だろう? 買い物する時には最早必須レベルの魔法さ」

 

 ドヤァ……と、本日2度目のドヤ顔をしてみる魔女である。1回目と比べて、ドヤ度が二割増であった。

 

「便利だけど……いつの間にそんな魔法かけたの?」

 

 魔女との付き合いが10年近くある姫花は、一応何度か魔女が魔法を使う場面を見た事がある。

 魔女曰く、魔法の使い方はいくつもあるらしいが……姫花が見たのはいずれも、多くの人たちが想像するような、『いかにも』な下準備やら呪文やら魔法陣のようなものがあった。

 

 しかし今回は、少なくとも姫花が見ている限り魔女はそういった『いかにも』な事はしていなかった。だからこそ姫花は、『いつ魔法をかけたのか』と問いかけた。

 

 そんな姫花の疑問に対して魔女は、

 

「あれ? 気づかなかった?」

 

 と、キョトンとした顔で尋ね返してきた。

 

 さも、気づくのが当たり前だよ? と言いたそうな雰囲気の魔女を見て、姫花は少しムッとした。

 

「いや、気づかなかったから訊いてるんだけど……」

 

「え〜? 姫花気づかなかったの〜? 甘いなぁ、グラニュー糖より甘いよ姫花。()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()〜?」

 

 普段姫花に振り回され気味な魔女は、ここぞとしてマウントを取り始めた。正直ちょっと面倒くさい……と姫花は思った。

 

「魔女さん、そういうのはいいから答え教えてよ」

 

「あはは、姫花怖いよ? 今にも()()()()()来そうな勢いだ」

 

 不機嫌さが表情や声に滲み出たのを読み取った魔女は、自分に懐いてくれる可愛らしい隣人が機嫌を本格的に損ねる前に答えを贈った。

 

「ほら、私レジ袋受け取る前に、『ちょっと待って』って言ったじゃん? あの時だよ、あの時」

 

「……え? じゃあ、あの『ちょっと待って』が呪文だったってこと?」

 

「勘がいいね〜、姫花。そんなとこ」

 

 拍子抜けというか、肩透かしというか……何か空振ったような気持ちが姫花の中に広がる。そして、

 

「なんか……魔法っぽくないね」

 

 思ったことを素直に口にした。

 

「だろうね。でもほら、私さっき言ったじゃん。『気づかれないように、さりげなく』が、現代の魔法業界の風潮だってさ」

 

「まあ……確かに気づかなかったけど……なんか、こう……」

 

 納得いかない、何とも言えないモヤモヤした感覚が姫花の心にあるのだが、上手くそれを言語化出来ずに姫花は口籠った。

 

「でも姫花の『魔法っぽくない』って声は実際にあるからね。かつて全盛を極めたクラシック魔法を大事にしてる連中は特にそう言うよ」

 

 また知らない言葉が出てきた……と姫花が思ったところで、2人は目的地である姫花の自宅の前に辿り着いた。

 

「はい、到着〜」

 

「ん……魔女さん、ここまで送ってくれてありがと」

 

「礼には及ばない。私もちょっと歩かなきゃいけなかったし、ちょうど良かったってことで」

 

 言いながら魔女は傘の持ち手の部分にレジ袋をかけた。

 

「あ、そうだ。姫花、口開けて」

 

「え?」

 

 疑問に思いつつも、姫花は言われるがままに口を開けた。するとそこへ、

 

「ん」

 

 魔女は、ずっと口に含んでいた飴を手に持ち、それを姫花に咥えさせた。

 

「んん!?」

 

「ああ、歯は立てちゃダメだよ?」

 

 耳元で魔女が、優しい声で囁く。

 

「絶対に噛まないようにして……丁寧に舐めるんだよ。できるかな?」

 

「ん、んんん〜?」

 

 なんで〜? と言ったのを聞き取れた魔女は、姫花に預けていたくじの景品のフィギュアを受け取りながら答える。

 

「その飴にね、(まじな)いをかけたんだ。噛まずに舐めきったら、姫花の探し物が見つかる……そんな(まじな)いをね。……まあ、ちゃんと発揮するかちょっとわかんないけどさ」

 

 説明を終えた魔女は、見る人全てを見惚れさせるような魅力的な笑顔を見せ、

 

「それじゃあね、姫花。雨が上がったら、また森にいらっしゃい」

 

 そう言って森の方向へ向けて帰っていった。

 

 その背中が見えなってから家の中に入った姫花は、

 

(……魔女さん、自分で傘もレジ袋もフィギュアも持てたじゃん!)

 

 そう憤った。少しドキドキした心臓の鼓動を心地よく感じながら。

 

 

 

 その後、姫花は自分の部屋に戻って、魔女の言いつけ通りに飴を噛まずに舐めきった。

 

 そしてその日の夕飯時に帰ってきた兄が、

「なんか別のコンビニの傘立てにあったぞ」

 と言って、盗まれた姫花の傘を回収してきて、姫花はお礼を言った。

 

 *** *** ***

 

 のんびりと歩いて森にたどり着く直前、魔女はゆっくりと振り返った。

 

「ああ……どうやらちゃんと呪いは発動したみたいだね。よかったよかった」

 

 しとしとと降り続く雨の中、魔女はレジ袋に手を入れて、もう一本の飴を取り出してそれを咥えた。

 

「……こんにちは、生まれたての隣人さん」

 

 魔女は挨拶をする。

 

 周りに人はいない。

 だが目に見えない『何か』がそこにいて、魔女はそれを見ながら語りかける。

 

「本当はさ、君みたいな子はこの町にあんまり入ってこれないんだよね。私がキツめな結界張ってるからさ」

 

 見えない『何か』は答えない。

 魔女はそれに構わず、一方的に語り続ける。

 

「でもまあ、君はたまたまこの町で生まれたし、まだそこまで力もないから……この町に居られたんだ。今はまだ大丈夫だよ。でもさ……」

 

 魔女の声と表情に、微かな凄みのようなものが加わる。

 

「……あの子にしつこく纏わりつくのは、いただけないな。この時期は毎年こうなるけど……まだ色々無自覚な子だから、君らみたいなのに対する耐性も、抗う術も持ってないんだ。君みたいな生まれたての赤ん坊でも、ずっとそばにいられると良くないんだよねぇ……」

 

 咥えていた飴を取り出し、それを地面に突き刺す。

 

「だからまあ、あの子に関わるのはこれっきりにしてくれ。その代わりと言っちゃなんだが、この飴で手を引いてくれないか?」

 

 倒れないように飴の柄を深く地面へと突き刺しながら、魔女は言う。

 

「今の君にとって、とても食べやすいように調整した私の魔力を込めてある。これを食べきれば、この町を出ても十分活動できるでしょう?」

 

 魔女はすっと立ち上がり、森に向かって歩き始める。

 

「ただし……食べたら今日中に町を出て行きなさい。明日になって君を町で見かけたら……その時は容赦しないからね」

 

 それっきり言った魔女は、振り返らずに森へと入っていった。

 

 残された飴にポツポツと雨が当たり、少し、また少しと水に溶けていく。

 

 わずかに、それでいて確かに。

 

 ()に溶けるよりも早く、飴は溶けていった。

 

 まるで見えない何かが、必死に飴を舐めているように、溶けていった。




ここから後書きです。

コンビニの店員魔女さんからすれば、いきなり凄腕魔女が目の前でしれっと魔法を使ってくれるという、同業者からすれば羨ましい事態に直面しだたろうなと思います。

あと姫花は、森の魔女の連絡先を持ってません。
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