森に引きこもる、歴代最高魔女   作:うたた寝犬

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第7話「夏の始まりと、無垢な君」

 森の魔女が木の伐採に勤しみ、お手頃サイズにカットしたり小屋の建設に取り掛かっていた頃。姫花と白いユニコーンは魔女の言いつけ通り、森の中にある川に辿り着いた。

 

 スムーズに歩けば10分もかからない距離だったが、ユニコーンは朝ご飯が物足りなかったらしく、所々道草を食べたりしながら移動したのもあって思ったより時間がかかったなと姫花は感じていた。

 

 川についてもユニコーンの食欲は落ちず、目についた青々とした草をモグモグと食べ続けていた。

 

「なんか癒されるね、君の食事風景」

 

 姫花はユニコーンに語りかけるような独り言を呟きつつ、彼の食事風景を写真や動画で撮ったりしていた。

 

 最初は、ユニコーンの食事が終わったら追いかけっこでもしようか……と考えていた姫花だが、食べ終わる気配を全く見せずに待ちぼうけを食らった。

 

 そうして姫花の意識がユニコーンから逸れて、何の気なしに周囲を見渡すと、ある事に気づいた。

 

(意外とゴミだらけなんだね、この森……)

 

 紙の雑誌や、プラスチックの容器。

 人工的で、意図的にこの場所に捨てられたとしか思えないゴミが、一度気づいてしまうと無視できない程度には散らばっていた。

 

 当たり前のことではあるが、この森にも人が入ってくることはある。

 

 春時期には山菜を採りに来る人もいるし、今いる川のもっと上流の方で魚を釣りに来る人もいる。夏時期にはキャンプ的なことをしに来る人たちもいるようだが、それらは魔女が魔法やら(まじな)いを遠巻きに使って追い返しているらしい。

 

 この森は地元民から『魔女が住む森』として認識されていて避けられているが、絶対に入ってはいけない、というわけではない。必要があれば森に入る人間はいるし、そう言った噂を知らない人たちなら、尚更。

 

 そして今ここに落ちているゴミは、そういう人たちが捨てていったものである。

 

「……いっぱいあるなぁ」

 

 突き抜けるような綺麗な夏の空を見上げてから、姫花は特に考えることなく、ゴミを集め始めた。

 

 朝花姫花は、どこにでもいるような中学生である。世界最高の魔女がお友達で、その魔女が手抜き無しで組み上げた森の(まじな)いを平然と突破すること以外は、特別変わったところのない普通の中学生だ。

 

 そんな姫花は特別な思想や信念など無く、単に、

 

(この辺のゴミを、この子(ユニコーン)が間違って踏んで怪我したり、口にしたりしないように)

 

 そんな普通の、誰かを心配するという当たり前の優しい理由でゴミ拾いを始めた。

 

 何か変わっているとすれば、その思考と行動が息をするようなレベルの無意識で行われたこと。

 打算的な考えを持ち合わせず、行動に移ることを手間だと感じていなかった。

 

 そんな姫花の純粋で、本人からしてみれば当たり前すぎる行動を、ユニコーンは草を食べながらも、しっかりと見ていた。

 

 

 

 森の魔女は姫花に敢えて伝えていなかったのだが、この白いユニコーンは特別な存在である。

 生まれてきたことが奇跡であり、このユニコーンは生まれたその瞬間から、特別な扱いをされていた。

 

 その価値を知る人からは、価値を知るがゆえの特別な扱いや、価値をさらに高めるための下心が多分に含まれた扱いをされてきた。十分を通り越して、過剰なほどに。

 

 意思の疎通が図れずとも、行動には意志が滲み出る。

 彼は日に日に、自分に向けられる下心に気持ち悪さと不快感を覚え始めた。

 

 そして過剰な特別扱いゆえに、白いユニコーンは同じ施設で生まれ、仲間として育つはずだった群れに馴染むことが出来ず(許されず)にいた。

 

 人は白いユニコーンが群れに混ぜることはせず、群れとして管理されるユニコーンたちは特別扱いされる白いユニコーンを仲間だと見なさなかった。

 

 群れから孤立して距離を取られた彼は、その原因を作ったのが人間なのだと理解し、人間たちと自ら距離を取り始めた。

 最初は小さな拒絶だったそれは、次第に強い拒絶とワガママへと変化していった。最終的に設備の破壊や、人や他のユニコーンに怪我をさせる事態へと届き、施設の人間の手には負えるものではなくなってしまった。

 

 そういった経緯を経て、半ば匙を投げる形で森の魔女の元へと送られた白いユニコーンは、姫花と出会った。

 

 *** *** ***

 

 森の魔女が新たに作り上げた(まじな)いの効果で森から逃げることも出来ずに、魔女の家の前で待たされていた白いユニコーンは、足音で姫花に気づく。これまで人にされた仕打ちから、強い警戒を示していた彼だったが、

 

「……こんなに、綺麗なの……?」

 

 という、姫花の最初の言葉には面を食らった。

 

 白いユニコーンは人の言葉を完全には理解していないが、直感的に言動の意図や、その奥に込められた気持ちを読み取ることは出来た。

 

 そんな彼にとって。

 打算や下心、そういった感情が全く篭っておらず、純粋な気持ちで賞賛されたのは、初めてだった。驚きすらあった。

 

 驚く彼に向けて、姫花は言葉を続けた。

 

「私はそこのお家にいる、魔女さんに会いにきたんだけど……どうかな? いるかな?」

 

 これまでも人が白い彼に話しかけることはあったが、その話の中心は例外なく白い彼であった。

 

 だから、人が自分に話しかけてきているのに、その話の主役は自分ではないというのは、これまた彼にとって初めてのことだった。

 

 ゆっくりと近寄ってくる姫花に彼は警戒したものの、何も持っていない両手が再び彼を驚かせた。

 これまで彼に近寄ってくる人間は、気に入られようと何か食べ物などを持っていたり、暴れられた時のための道具を持っているかのどちらかだったからだ。

 

 そんな彼にとって、無手で近寄ってくる姫花は理解不能な人間だった。

 

 驚き、動揺していた白いユニコーンだが、姫花が彼のパーソナルスペースへと入り込んでしまったことで、警戒の度合いを一気に跳ね上げた。

 

『それ以上、勝手に近づくな』

 

 こんな意味不明な人間をこれより勝手に近寄らせてはならないという気持ちで、彼はかつてないほど全力で警戒し、警告した。

 

 そしてその警戒と警告を、姫花はきちんと受け取って歩みを止め、動こうとはしなかった。

 

 ユニコーンはパーソナルスペースに入ってきた姫花のことを、計りかねていた。これまで彼が接してきた人間と姫花は、あまりにも違っていたのだ。ユニコーンにとっても姫花との出会いは未知との遭遇であり、その心にあったのは大きな恐怖心と、ほんの少しの好奇心。

 

 姫花という未知の生き物がジッと自分の出方を伺う。それが隙を見つけるようなものではなく、こちらが動くのを待ち、それに委ねるという類いのものであると気づいた彼は、心の中にあるわずかな好奇心に押されて一歩を踏み出した。

 

 一歩、また一歩と近づいても、姫花は何の反応も示さない。自分(ユニコーン)に対して意識が向いているのは分かるが、それだけである。

 

 特別であるはずの自分が近寄っても、喜ぶことも、怖がることもしない。

 隙だらけで棒立ちな姫花の真意がなんなのか、ユニコーンはジッと見つめて探ろうとしたが、

 

「……あはは、なんか照れるね」

 

 姫花は、そう言って笑うだけだった。

 

 笑ったという行動が、彼に最大の混乱をもたらした。

 

 本当に、本当に本当に本当に。

 ユニコーンにとって姫花は、理解出来ない人間だった。

 

 自分(ユニコーン)のことを特別扱いしようとする意志が、姫花の行動から全く滲み出てこないのだ。そんな人間とこれまで遭遇したことも無ければ、そもそもそんな人間がいることすら想像もつかなかった彼にしてみれば、姫花は人間とは別種の何かに等しかった。

 

「大丈夫、何にも危なくないよ」

 

 そんな人間ではない何かは両手を広げて、自身の安全をアピールする。その行動から滲み出るのは、落ち着かせよう、安心してもらいたい、その2つだけだった。

 

 特別な存在の機嫌を損ねてはいけない。

 あわよくば、特別な存在に懐いてもらいたい。

 

 今までの人間なら、行動に乗っていたであろうそれらの類いの気持ちが、姫花の行動には全く込められていなかった。

 

 しばらくゆらゆらと揺れ動く姫花の手を見つめていたユニコーンだが、意を決して匂いをその手の匂いを嗅ぐことにした。

 

 ユニコーンという種族と初めて出会った姫花は知らなかったことだが、ユニコーンが自ら人間の手の匂いを嗅ぐというのは、

『貴方に興味があります』

『仲良くしたいと思います』

 という類いの意思表示であり、好意的な行動である。それを人間を嫌っていた白い彼から引き出したというのは、彼を知る人からすれば目を疑うようなことであった。

 

「うん? 匂い、嗅ぎたいの?」

 

 姫花はそう言った後に少し考えたそぶりを見せた後、手のひらを返して手の甲をユニコーンへと向けた。

 

 これもまた姫花が知らないことであったが、手の甲の匂いをユニコーンに嗅がせるというのは、この世界の人間、魔女、魔法使い達が長い永い年月をかけてユニコーンという種族と取り決めた、『主従を結ぶ行為』の一つであった。

 

 人間側はそれを知識として、ユニコーン側はそれを遺伝子に刻まれたモノとして知るが、姫花はそれを偶然と、ちょっとした気遣いでやってしまった。

 

 最も簡易的なものであるが、唐突に始まった主従の儀に対して、白いユニコーンは驚き、一瞬、本当に一瞬だけ姫花を疑った。

 

 この人間は最初からこうして主従を結ぶつもりだったのかと。

 その思惑を全力で隠していたのではないかと。

 やはりこの人間も、他の人間と同じなのではないかと。

 

 強く疑い、怒りすら覚えた。

 

 このまま手に噛みつき食い千切ろうかとも思ったし、彼を知る人間が見ても、姫花がした行為はそれをされてもおかしくないものであった。

 

 それでも彼はその気持ちを抑え、噛み付くことをしなかった。

 そのまま匂いを嗅ぎ続け、その間に姫花の行動や反応にそういった類いの意思が滲み出るまで、それをするのを待つことにした。

 

 3、4回短く息を吸い、それを肺にゆっくり取り込み、吐き出す。

 

「んー、どうかな? ここまで走ってきたから、少し汗臭いかも」

 

 不意に姫花が、またもやどこか照れ臭そうにそんなことを言い出した。

 

 その言葉には本当に、本当に照れ臭さしか篭っていなかった。

 

 騙す気持ちや、物事が上手く進んだような満足感。

 そんな気持ちを、彼は全く感じ取ることが出来なかった。

 

 そんな姫花を見て、彼は疑うのを辞めた。

 

 まだ大分先のことになるが、彼は姫花のことを、

『少なくとも自分にとっては、疑うのが馬鹿らしくなるほどのお人好しなご主人様』

 と認識することになるのだが、彼はこの時からすでに本能でそれを感じ取っていた。

 

 疑うのを辞めたユニコーンは、姫花の手の甲を優しく舐めた。

 それは主従の儀が終了し、人を主として自らを従とすることが決まった合図になるのだが、姫花はやはりそんなことを知らない。

 

「おお? さては君、意外といい子ちゃんだな?」

 

 白い彼のご主人様は呑気に、嬉しそうにそんなことを言う。

 

 そんなご主人様の手を、白い彼は必死に舐め続ける。これまで尽くされる側だった今の彼には、主人に尽くす手段で出来ることが、これしかないのだ。

 

 今できる最上級の奉仕をしながら、彼は思う。

 それでも、もしかしたら、自分は騙されてるのかもしれない、と。

 この人間は己の本心を隠すのが上手く、自分はその隠された本心を感じ取ることができていないだけなのではないか、と。

 

 けど、それでもいい。

 

 この人間になら、騙されても構わない。

 

 騙されたっていい。そう思いながら白いユニコーンに奉仕されている無垢なご主人様は笑顔で言う。

 

「そういえば、まだ名前教えてなかったよね。……私の名前は、朝花姫花だよ」

 

 名乗った主人は、続けて問う。

 

「君は?」

 

 と。

 

 白いユニコーンは、これに答えることが出来ない。声を発することはもとより、そもそもまだ名前が無いのだ。

 

 名付けられるということもまた、主従を結ぶ儀式の一つで、軽々しくできるものではない。

 

 でも、それでも。

 

 もし自分に名前をつけてくれるなら、それは貴女(姫花)がいいと、彼は思った。

 

 *** *** ***

 

 姫花がゴミを集め始めたのを、ユニコーンは草食動物特有の広い視界で捉えていた。

 

 相変わらずご主人様(姫花)の行動から読み取れる感情は、

自分(ユニコーン)がゴミを踏んで怪我したり、間違って口にしたりしないように)

 という、優しさ100%で構成された純粋すぎる思いのみ。

 

 特別な存在が、怪我をしないように。

 特別な存在、が機嫌を損ねないように。

 

 そんな下心が一切感じられない姫花の行動は、白い彼にとってとても心地良く、嬉しいものであった。

 

「……」

 

 そう、嬉しいものであるはず……なのだが……。

 

「……」

 

 ユニコーンは草を食むのを辞めて、軽やかな足取りで姫花へと近寄る。

 

 姫花のゴミ拾いがユニコーンを純粋に心配した気持ちから来ているのだと、彼はわかっている。

 わかってはいるし、もちろんその気遣いは嬉しい。でも同時に、

『ご主人様が構ってくれないのは、それはそれで寂しい』

 という、拗ねた思いがあるのも、また事実。

 

「んー? どうしたの?」

 

 背後から近寄ってきたユニコーンに、姫花が気づいて振り返り、柔らかな笑顔で声をかける。

 

 構ってほしいな、という思いを込めてユニコーンは鼻先で姫花のお腹の辺りを軽く小突く。

 

「あはは、なになに? 構ってほしいの?」

 

 ユニコーンと同じように姫花もまた気持ちから滲み出たであろう気持ちを読み取り、優しく首筋を撫でる。

 

「んっと……君が、私の言葉をどれだけ理解してくれてるのか分かんないけど、一応言っとくね」

 

 慈しむように撫でながら、姫花は一音一音丁寧な言葉遣いで話し続ける。

 

「この辺に落ちてる、こういう……草じゃないのは、食べちゃダメだよ? 魔女さんが、君たちの身体は馬とそれなりに一緒って言ってたから、多分食べても消化できないからね?」

 

 ユニコーンは姫花の言葉を、正確に理解しているわけではない。いくつかの覚えている単語(おと)と、言葉に乗る感情を組み合わせて、人間が伝えたいことを認識している。今の言葉も、

(今、ご主人様が集めてるようなものはあんまり触らないでおこう)

 程度の認識である。

 

 姫花の優しさから来る行動に理解を示すユニコーンだが、やはりそれはそれとして、もっと構ってほしいという思いは消えない。

 

「んー……伝わってるかな……?」

 

 自分の注意が伝わっているか悩む姫花の周りを、ユニコーンはクルクルと歩き回る。

 

 そして、

 

 カプ、

 

 と、姫花が背負ったままのリュックに優しく噛み付いた。

 

「あー、ダメだよ? それは君の食べ物じゃないの。離して?」

 

 背後からリュックが噛まれたことに姫花は驚き、思わずリュックを引っ張ったがユニコーンは離してはくれなかった。しかしそれは、力いっぱい噛まれているという感じではなく、甘噛みに近いものであり、ユニコーンが本気で噛んでいるわけではないと判断して姫花は少し落ち着いた。

 

「もー、離しなさい」

 

 リュックを背負ったまま身じろぎしつつ、最初より強めな口調で注意する姫花だが、ユニコーンは言う事を聞いてくれない。

 

 どうしたものかと姫川が悩んで油断したその瞬間、ユニコーンは器用に首を左右に動かし、姫花の華奢な肩からリュックを引き剥がした。そして、そのまま軽く走って姫花から距離をとった。

 

「あ! こら!」

 

 姫花の強めな口調に従うかのように、ユニコーンは姫花から離れるのを止めた。

 

「それ、返しなさい」

 

 手を差し出しながら近寄っていく姫花だが、ユニコーンはある程度近づかれると再度軽く駆け、姫花から距離を取った。

 

 ユニコーンが姫花(人間)の言葉を理解できていないのと同じように、姫花もユニコーンの意思を理解できていない。

 

 そして、ユニコーンが姫花(人間)の言動の奥に潜む感情や意思を読み取り想像しているのと同じように、姫花もユニコーンの行動や仕草から滲み出る感情を読み取り想像している。

 

 そんな姫花は、ユニコーンの軽やかな足取りと、毎回測ったように取る距離と、何より滲み出る楽しそうな雰囲気から、ユニコーンの意図を察する。

 

 うーん、と、軽く唸ってから姫花は腰に手を当てながらユニコーンに問いかける。

 

「なに? 追いかけっこして遊びたいの?」

 

 もちろん、話すことが出来ないユニコーンから答えは返ってこない。ただその場で、楽しそうに駆け足を踏む仕草を肯定と勝手に捉えて、姫花は笑う。

 

「いいよ。じゃあ、追いかけっこしよっか。絶対捕まえるからね」

 

 そう宣言して、姫花は駆け出す。

 

 無邪気な幼子と遊ぶ気持ちで、姫花は夢中になってユニコーンを追いかけ回した。

 




ここから後書きです。

2人の出会いのユニコーン視点版になりました。
作中で彼と表記しましたが、ユニコーン君は男の子です。

作者は実家にヤギを飼ってますが、彼らの気持ちはよくわかりません。わかるのは食の好みくらいです。
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