森に引きこもる、歴代最高魔女   作:うたた寝犬

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第8話「国宝級の名前」

 絶対捕まえる、と意気込んでユニコーンを追いかけ始めた姫花だが、

 

「ちょっ、待っ、もう、無理……っ!」

 

 四足歩行生物の脚力に敵うはずもなく、30分の大健闘の末に白旗を振る羽目になった。

 

 息も絶え絶えに膝に両手をついて息を整える姫花を見て、ユニコーンは満足げな足取りでトコトコと近寄り、咥えっぱなしだったリュックを姫花の足元へと下ろした。

 

「あはは……よだれでベトベトだね」

 

 涎まみれのリュックを見て苦笑する姫花だが、後で洗えばいいやと思ってそれは気にしないことにした。

 

 疲れきった姫花が草の上に座り込むと、ユニコーンはその背後で膝を曲げて身体を伏せた。

 

 背後で休んでいるユニコーンの気配を感じながら、姫花は少し躊躇うそぶりを見せてから身体を預けてユニコーンへともたれかかる。

 もし機嫌が悪くなるようならやめるつもりだったが、ユニコーンから感じられる気配は特に変わる事なく、姫花はホッと胸を撫で下ろす。

 

 背中から感じられるユニコーンの身体はぽかぽか温かく、このまま気を抜けば眠り込んでしまいそうな心地よさがあった。

 

「……」

 

 なんの気無しに、姫花はユニコーンの横腹の辺りをそっと触った。雪原のような純白な色合いをした体毛は柔らかく、そよ風に靡いていて姫花の指先に絡むことはなかった。

 

「……ゆっきーの毛は不思議だね。サラサラというかフワフワというか……触り心地はもちろん良いんだけど、それを上手く表現できないというか……」

 

 ちょっとしたイタズラ心を込めた独り言に、寛ぐように脱力しきっていたユニコーンの身体がピクッと反応した。

 

 半ば予想していた反応を見せたユニコーンを見て、姫花はニヤ〜と笑う。

 

「いつまでも『君』って呼ぶのもどうかと思ってさ。でも君に名前があるかとか魔女さん言ってくれなかったから……とりあえず、『ゆっきー』って呼ぶね」

 

『ゆっきー』という言葉を聞いた途端、ユニコーンは首を縦に振って反応した。

 

 姫花はユニコーンのその仕草がどう言う意味を持つのかは知らない。ただ、その言葉に反応したことだけは分かった。

 

 見据えてくるユニコーンの瞳をしっかりと見つめ返しながら、姫花は照れ臭そうに笑いながら語りかける。

 

「どうかな? 名前……というか、あだ名みたいな感じだけど、気に入ってくれたかな?」

 

 再度名前を呼ぶと、ユニコーンは……ゆっきーは、鼻先を器用に姫花の首元へ押し付けた。その仕草に嫌なものを感じなかった姫花は、それを受け入れてゆっきーの首筋に手を添えた。

 

「多分本当は、こういうのダメなんだよね。私は君の……ゆっきーの飼い主でもなんでも無いしさ。でも……ずっと、君って呼ぶのも、なんだか寂しかったから」

 

 ゆっきーから言葉や反応は返ってこないものの、姫花はもうそれを気にすることなく、半ば一方的に語りかける。

 

「ってかさ、ゆっきー……君、めっちゃお利口さんだよね? 明らかに、私の言葉わかってる反応を昨日からちょいちょい見せてるけど……」

 

 話しかけながら、姫花は左手を涎まみれになったリュックへと伸ばす。ゴソゴソと手探りでリュックの中を漁り、目的の物を探し当てて掴み取ってゆっきーへと見せる。

 

「ねえゆっきー、見て見て。こういうのもあった方いいかなって思って、昨日買ってきたよ」

 

 姫花が取り出したのは、動物用のブラシだった。

 

「当たり前だけど、ユニコーン用のは売ってなくてね。馬用で良いのかなとも思ったけど、それも無かったから……犬用のやつ。だから、まあ……ちょっと我慢してね」

 

 姫花はそう言って笑った。

 

 それはどこか申し訳なさそうで。でもそれ以上に、イタズラを楽しむ子供のような純粋さがある笑顔で、見る者全てを捉えて離さない魅力があった。

 

 ゆっきーにその笑顔を独占させながら、姫花は鼻歌交じりにブラッシングを始めた。

 

「ふーんふふん♪」

 

 柔らかい毛質用のブラシだが、ゆっきーの体毛はそれに絡まない。この毛並みを漉く意味があるのかと一瞬思った姫花だが、嫌ならゆっきーの方から何か動きがあるかなと思い、そのままブラッシングを続けた。

 

「これ、気持ち良い?」

 

 返事は、もちろん無い。

 

 けれども、それで良かった。

 

*** *** ***

 

「おお、いたいた」

 

 背後から聞こえたその声に、姫花は喜んで振り向く。

 

「魔女さん、どうしたの?」

 

 そこにいたのはやはり森の魔女で、彼女はいつものように柔らかな笑みを浮かべながら答える。

 

「迎えに来たんだよ。11時にはまだ早いけど、こっちの方が良い感じの区切りになったからね」

 

 話しながら森の魔女は姫花の隣に座り込むと、キョロキョロと辺りを見渡した。ユニコーンが見当たらなかったのだ。

 

「……ところで姫花、ユニコーンは?」

 

「ん? そこら辺にいるよ? 呼べば戻ってきてくれる」

 

 呼ぶ? と姫花が小首を傾げながら尋ねると、魔女は頷きながら呼んでくれと答える。

 

 姫花は立ち上がり、意識して息を吸ってから、

 

「ゆっきー! 戻っておいでー!」

 

 と、響かせる声で呼びかける。

 

 呼びかけが響いてすぐに、川の下流からパシャパシャとした水音が聞こえたかと思えば、ユニコーンが元気よく駆け上がってきた。

 

 ずぶ濡れの脚のままユニコーンは姫花のそばに駆け寄り、嬉しそうに身体を擦り寄せる。

 

「ちょっ、もー、ゆっきーズブ濡れじゃん……楽しかったみたいだけど、寒くなってきたらこんな風にズブ濡れになって遊んじゃダメだからね?」

 

 姫花が穏やかでいて芯のある口調で嗜めると、ユニコーンはまるでその言葉の全てを理解したかのように視線を落として落ち込むような仕草をしてみせる。

 

 そんな姫花とユニコーンの様子を見て、魔女は一瞬キョトンとしてから笑みを溢した。

 

「随分と仲良くなったみたいだね」

 

「うん、まあね。ゆっき……この子、お利口さんだしね」

 

 姫花は微苦笑を見せながらリュックからタオルを取り出し、ズブ濡れになったユニコーンの脚を拭き始めた。

 

「お利口さん、か……。ところで姫花」

 

「はい?」

 

 ユニコーンの脚を拭きながら振り返らずに姫花は魔女との会話を続ける。

 

「さっき、そのユニコーンのことを『ゆっきー』って呼んでたけど……もしかして、名前付けた?」

 

「あー……うん。あだ名、くらいのつもりだったんだけど……」

 

 指摘された姫花はユニコーンの脚を拭く手を止め、バツの悪そうな表情で振り返り、俯き気味な視線を魔女へと向けた。

 

「……ごめんなさい。この子、本当の名前とかあったの……?」

 

 申し訳なさそうに謝る姫花だが、そんな彼女の謝罪を魔女は笑い飛ばした。

 

「あっはっは。別に謝らなくていいよ。本当にやっちゃダメなことなら、私からあらかじめ禁止にしてるしさ」

 

 快活に笑いながら魔女は姫花の頭を撫でてから、言葉を続ける。

 

「この子にはまだ、名前が無かったし……むしろ丁度いいよ。ただまあ、名づけたなら今後はそうやって私も呼んでいこうと思ったってだけさ。えっと、『ゆっきー』……でいいのかな?」

 

「うん、ゆっきー。ひらがなで呼ぶ感じで」

 

「ああ、その辺も大事だねぇ。ゆっきー、と、ユッキー、夢ッ鬼ーじゃだいぶ違うし」

 

 そう言って魔女は小さな声で何度か呼び方を反復してから立ち上がり、ユニコーンへと視線を合わせた。

 

「じゃあ……改めて、君は今日から『ゆっきー』だ。よろしくね、ゆっきー」

 

 ユニコーンに……ゆっきーに言い聞かせるようにそう言った魔女は、視線を再度姫花へと合わせた。

 

「さてと……姫花、とりあえず先に戻ってて」

 

「はーい。道は来た時のと同じような場所歩けばいい?」

 

「うん、それでいいよ。夏の間は家と川の道は変わらないように(まじな)いを組み直したから、来た道をそのまんま歩いて帰ればいい」

 

「ん、わかった。……先にってこては、魔女さんは後から来るの?」

 

 姫花の問いかけに対して森の魔女は「まあね」と答えてから、川の下流を指差した。

 

「一応、向こう側にゆっきーのボロが無いか確認してから戻るよ」

 

「あー、そっか。あっちの方以外はちゃんと回収したんだけど……」

 

「んー、いいよいいよ。ぶっちゃけ残っててもあんまし問題じゃないし」

 

 笑みを崩さず答えた魔女はそのまま軽やかな足取りで歩き出し、躊躇なく川へと脚を踏み入れる。川の流れは緩く浅いため、溺れるようなことは無いが、姫花は一応魔女へと声をかける。

 

「魔女さん、気をつけてね」

 

「うん。んじゃ、後でね」

 

 ひらひらと手を振り、魔女はそのまま川を歩いて下流へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 川のせせらぎ、木々の間を駆け抜ける風の音、鳥の声。

 姫花たちの声が聞こえなくなるほど離れたところで、魔女はポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「……はぁ」

 

 ため息を一つ吐いてから、意を決して番号をコールしてスマートフォンを左耳に当てる。

 

 数回の呼び出し音が鳴った後、相手が電話を取った。

 

『もしもし?』

 

 低い、男の声だった。しわがれた……と言うほどでは無いが、若いとは到底言い難い深みと渋みがある声だ。

 

「久しぶりだねえ、学長殿?」

 

 口元に笑みを浮かべてその声に答える魔女だが、

 

『いや、2日前に会ったばかりじゃないですか。適当なこと言わないでください、師匠(せんせい)

 

 相手は間髪入れずに突っ込みを挟んできた。

 

 ぷはっ、と電話口で魔女は笑う。

 

「相変わらずノリが悪いなぁ、お前は。弟子の中で歴代1、2を争う堅物め」

 

『面白味が無い堅物ですみませんね』

 

 電話の声は淡々としているが、これでもだいぶ柔らかくなったと魔女は内心思いつつ、通話を続ける。

 

「んー、まあその辺は置いといて……。今、電話大丈夫?」

 

『ええ。今は夏休みで、学校も少し落ち着いてますので』

 

「そっか。つっても、学長にまでなればそこまで忙しくないだろ?」

 

『そんなことありませんよ? 学長という地位をなんだと思ってるんですか? 師匠(せんせい)が学長をしていた頃とは、色々違うんですから』

 

 言葉の語気が僅かながらに強まったのを感じた魔女は、話長くなるかなとのんびり構えたが、

 

『……まあ、それはさておき、です。どうですか、師匠(せんせい)。そちらに預けたユニコーン、元気にしてますか?』

 

 いきなり話題が本題へと切り替わり、油断していた魔女は軽く咽せ込んだ。

 

『……? 師匠(せんせい)? 大丈夫ですか?』

 

「ん、ああ……大丈夫だ。ユニコーンは元気にしてるんだが……まあ、ちょいと報告しなきゃならないことがあって、電話したんだ」

 

『報告……ですか?』

 

 電話相手……『学長殿』が訝しんでいるのを感じつつ、魔女は歯切れ悪く言葉を続ける。

 

「いや、まあ……そんな致命的な問題とかじゃないんだ。今すぐ死にそうだとか、脱走を試みてるとか、そういう類いの報告じゃないから、その辺は安心してほしい」

 

『はぁ……それにしては、やけにバツが悪そうですね?』

 

「うぅー……ん。まあ、な」

 

 相手に見えていないのを分かっていながら、魔女は苦笑いを浮かべる。

 

師匠(せんせい)……勿体ぶらずに、その報告とやらをしてください』

 

 学長殿に急かされた魔女は、意識して1つ呼吸をしてから、口を開いた。

 

「あー……幻獣種との主従の儀、あんじゃん?」

 

『ありますが……いくつか交わしてしまった、とかですか?』

 

「うん、ぶっちゃけそう」

 

 魔女のそんな報告を受けた学長殿は、少しの間を空けてから電話口で小さな笑みを響かせた。

 

『そのくらいでしたら、報告しなくても大丈夫ですよ。一緒に過ごすにあたって、主従の儀を結んでいた方がスムーズなことだってあるでしょうし……今時は飼育員でも、面倒を見る幻獣種とは簡易的な主従の儀を結ぶのが一般ですから』

 

「お、おう……そうか」

 

 思いの外、学長の態度が柔らかいことに魔女は安堵したが、

 

『それにまあ、一口に主従の儀と言っても種類や重要度の違いはたくさんありますからね。最も重要で格式高く、金銭的な問題も発生する「命名の儀」でないなら、問題ありませんよ』

 

 油断したところに、冷や水をかけられるような事を言われて、魔女の表情は固まり言葉が止まった。

 

『……? 師匠(せんせい)? どうされましたか?』

 

「ん? ああ〜……。なあ、学長殿? ちょっと確認したいんだが……」

 

『なんですか?』

 

「……今、あのユニコーンの命名権って、どんくらいする?」

 

『…………』

 

「…………」

 

『…………』

 

「…………」

 

 長い、長い沈黙が流れた。

 川のせせらぎや木々の間をかける風の音すら鬱陶しく思えるような、気まずい空気が流れた。

 

 そして、

 

『……名づけた、んですか?』

 

 相手が、沈黙を破った。

 

「いや、名づけたというかね、なんか気づいてたらというか『名づけたのですね?』

 

 言い訳をしようとしどろもどろになった魔女の言葉に、相手は遠慮なく言葉を被せて確認してきた。どう答えれば怒られないかな……と考えた末に魔女は、

 

「……うん、名づけちゃった。てへぺろ⭐︎」

 

 全力で戯けてみせた。が、

 

『あ、貴女という人はーっ!!!!』

 

 相手は鼓膜が破けんばかりの怒号と共に怒り出した。

 

 あまりの声の大きさに驚き、魔女はたまらずスマートフォンを右手で放り投げる。そして続けざまに自由になった右手を口元に持ってきて人差し指の先に息を吹きかけ、

 

《風よ、舞え》

 

 その言葉と共に指先をスマートフォンに向けて素早く振るう。するとスマートフォンは下へ落ちることなく、ふよふよと空中を漂い、魔女から数メートルほど離れたところで静止した。

 

 スマートフォンからは絶えず、

『規則というのは何のためにあるのか云々』

『貴女は昔からそうやって何食わぬ顔でルールを云々』

 といった怒りの声が出力され続けていたが、魔女は、

(相変わらずお説教長いな……早く終わんないかな……)

 といった気持ちで聞き流していた。

 

 5分に及ぶノンストップお説教が終わったところで、魔女は指先で引き寄せるような動きをして、スマートフォンを手元へと移動させた。

 

「やー……すまん」

 

 説教の大半は聞き流していたが、魔女は改めて謝罪をした。

 

『いえ……こちらこそ、ついカッとなってしまいまして、申し訳ない……』

 

「いやいや、その怒りは正しいよ。ルール破ったのはこっちだしさ」

 

『いえ、それを言い出したら……()()()()()()()が、わざわざこちらのルールの中で過ごしてもらってるので……普段ルールを守っていただいてることに感謝しなければならないので……』

 

「それは道理に合わないよ、学長殿。メジャーリーガーだろうが、サッカーをするならサッカーのルールに従わなきゃだろ?」

 

『……そう、ですね』

 

 学長の答えに含むものを感じていた魔女だが、敢えてそれに触れず、気づいていないフリをして会話を続けた。

 

「ま、そんなわけだから……勝手に名前付けちゃった罰は受けるよ。とりあえず命名権を支払うことからだと思うが……あの子の命名権、どんくらいすんの? 億?」

 

『億は余裕で行きますね』

 

 億かぁ……と、魔女は呟く。

 

「まあ億なら支払える範疇だ。詳しい金額が出たら払うから連絡してくれ。……あと、詫びという意味で私が個人的に所有してる国宝指定相当の魔道具をいくつか譲るよ」

 

 魔女がそう言った直後、ゴトンッ、という電話を落としたような音が響いた。

 

「おーい? 大丈夫か?」

 

『いや、すみません……つい驚いてしまって……』

 

「驚かせるつもりは無かったんだが……私に出来そうなわかりやすい詫びってこんなもんだしな。なんか欲しいのある? とりあえず妖刀?」

 

『そんな、居酒屋でとりあえず生で、みたいなノリで国宝級を譲る話をされても……』

 

「あっはっは、いいねえ居酒屋。呑もうよ……呑みながら、話そう。色々とね」

 

『……ええ。近いうちに、そちらに伺います』

 

 そちらに伺う、と言われた魔女は思わずと言った様子で笑い始めた。

 

「あっはっは、私の家までたどり着けるかなぁ〜? 前は森の(まじな)いを突破できなくて泣きべそかいてたのに?」

 

『何年前の話ですか、もう……今は迷いません』

 

「生意気言うねえ、二級魔法使いさん?』

 

『準一級です』

 

「一緒だよ。……私にとっちゃ、最低限一級になってなきゃ、どれも一緒」

 

 退屈げに魔女はそう言い捨て、「じゃあ、近いうちに来なよ」と言って電話を切った。

 

「……」

 

 無言で魔女はポケットにスマートフォンを入れて、元来た道を帰っていく。

 

 川を遡り、川のほとりから自宅へと続く道を戻っていくと、白い影と小柄な少女の姿があった。ゆっきーと姫花に追いついたのだ。

 

「随分のんびりだね、2人とも」

 

「魔女さん〜、ゆっきーめっちゃ道草食べるんだけど」

 

 ほんの少しだけ呆れつつ、それでいて楽しそうな笑顔で姫花が言い、魔女もそれに釣られて笑う。

 

「まだまだお子ちゃまだからねぇ、ゆっきーは。たくさん遊んで、お腹いっぱい食べて、すやすやと寝るのが仕事なのさ」

 

「あはは、それは子供だね」

 

 言いながらゆっきーを先導してゆっくり歩き続ける姫花を見て、魔女は小さな声で、

 

「ああ、でも……姫花(きみ)は特別かな。何級の魔法使いになっても、なれなくても……魔法を使えなかったとしても、君だけは、特別だ」

 

 そう、呟いた。

 

 魔女の呟きは、歩き続ける姫花の耳には届かない。

 

「も〜、やっと森抜けた〜……って、ええ!? 魔女さん魔女さん!? なんかめっちゃ立派な小屋あるんだけど!?」

 

 森を抜けた姫花は、今朝まで無かった立派な小屋を見て驚きの声をあげる。

 

「大袈裟だなぁ、姫花。馬が5、6頭のんびりくつろげる大きさってだけじゃん」

 

「いや、その例えはイマイチ分かんないけど……サイズ感がおかしいじゃん。魔女さんのお家と大差ないじゃん……」

 

「あー、あれよ。下手に1人分の料理作るより、3〜4人分の料理作る方が楽的なやつ。一頭分の広さにするより、こんくらい大きい方が作るの楽だったの」

 

 2人の話をよそに、ゆっきーは広々とした寝床が嬉しかったのか、ウキウキとした足取りで小屋へと入り、敷き詰められた根藁を脚で弄り微調整するような仕草を取り始めた。

 

「大きさもそうなんだけど……こんな大きさの小屋、半日も経たずに完成してるのおかしくない……?」

 

「まだ細々とした部分が残ってるから未完成だけどね。 でも、これでもだいぶ時間かかったぞ?……木組みとかやるの、久々だったし」

 

「木組みってなーに……?」

 

 首を傾げて尋ねてくる姫花は本当に知らなさそうで、魔女は意外そうな表情を見せた。

 

「ああ、知らない? こう……木の切り方を合わせて、パズルみたいに嵌め込むやつ。釘とか使わないで建物組む技術で……今日、釘用意するの忘れたから、それで組んだんだよ」

 

「逆に、魔女さんはなんでそういうの知ってるの……? ってか、こういう時こそ魔法の使い時なんじゃないの……?」

 

「んー? ……んん、なるほど。姫花はあれか、魔法をかなり万能なものだと思ってるね? それこそ、呪文を唱えたら家が勝手に出来上がる、みたいなレベルの」

 

「……え? 違うの?」

 

 驚いたような表情の姫花に向けて、魔女はニッコリと言い放つ。

 

「いや、違わないよ? 少なくとも、私は出来る」

 

「違わないじゃん! 騙された!」

 

 さっきまでの驚いた表情とは打って変わった憤慨の感情を浮かべる姫花を見て、魔女は楽しそうに笑う。

 

「あっはっはっは! 姫花は本当に魔法のことを知らないね」

 

「知らないよ〜、だって魔女さん教えてくれないし……」

 

「んー、それもそっか。じゃあ……ゆっきーのお世話係をしてくれてるお礼ってことで、魔法についてレクチャーしようか?」

 

 魔女としても姫花に直接賃金を渡す訳にはいかないので、それこそバイト代の代わりになるくらいの軽い気持ちのでの提案だったが、

 

「え!? 本当!? 教えて教えて!」

 

 姫花はまるで幼子のように目を輝かせて食いついてきた。あまりの食いつきのよさに魔女はキョトンとした後、どこか呆れたような表情をしてみせた。

 

「知りたがるねぇ……たかが魔法だよ?」

 

「知りたいよ、魔法だもん!」

 

「あはは……そっか。魔法はそんな便利なものでも無いけど……知りたい、学びたいと本人が願うなら、それは最高のタイミングだ」

 

 魔女はそうして姫花の頭へと手を伸ばし、

 

「じゃあ……とりあえず夏の間、秘密授業してあげるよ、姫花」

 

 優しくて、そしてとびきり妖しい笑顔で、そう言った。




ここから後書きです。

本編中の補足になりますが、「命名の儀(命名権)=所有権」の扱いになります。
「私がこの子を所有するので、主従の儀式の中で最上級の効力を持つ命名を行う権利を買います!」
的な考えです。
ウン億円のペット、飼ってるだけで胃がキリキリしそうだな…とか思いながら書いてました。
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