森に引きこもる、歴代最高魔女   作:うたた寝犬

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第9話「魔物」

 蝉が元気よく鳴き、道端で人を驚かせる季節。

 

 今日も今日とて、姫花は森の中の魔女へと会いに来ていた。

 

「夏だねえ」

 

 魔女は高校球児が甲子園で頑張る姿をテレビで見ながら呟き、

 

「夏ですねえ」

 

 夏休みの宿題を片付けながら、朝花姫花は相槌を打った。

 

 姫花はユニコーンのゆっきーの世話をするため、ほぼ毎日魔女の家を訪れていた。午前中はゆっきーのお世話をしたり、遊んだりして過ごし、午後はゆっきーが食休みをしている間に宿題を片付け、夕方にまた少し遊ぶ。

 ほぼ毎日そんな生活を送るため、夏休みの宿題は優等生並みのハイペースで消化されていた。

 

 それに加えて森の魔女が、

「魔法のことを教えて欲しかったら、先に学校の宿題をある程度終わらせるように。やるべきことを疎かにして、魔法を教えてもらえると思わないことだ」

 と、わりかし真面目にルールを課したので、姫花はモチベーションを落とすことなく夏休みの宿題へと取り組めていた。

 

 そして今日も今日とて、1日分のノルマを順調に消化しすぎた姫花は、少し早めの休憩を入れようとしてノートを閉じた。

 

 それと同時に、テレビから歓声とも悲鳴とも取れるような声が聞こえてきて、姫花は半ばつられるように画面に目を向けた。

 

「うわー……マジか。やっぱ性格悪いなぁ……」

 

 テレビの前で頭を抱える魔女に向けて、姫花が尋ねる。

 

「魔女さん、何があったの?」

 

「んー、勝ってる側のチームが9回裏でエラーしちゃって、大ピンチ」

 

「わー……。勝ってる側はピンチだけど、負けてる側はチャンスだね」

 

 あまり野球のルールに詳しくない姫花だが、かなり大変な場面であることは何となく理解した。

 

「まあ、そうだね。ちなみに、勝ってる側は12年ぶりに出場の古豪で、負けてる側は春選抜を打撃力で制した超名門だよ」

 

「そうなの? 魔女さんはどっち応援してるの?」

 

「古豪。投手がいい子でね。抜群の制球力と変幻自在でキレのある変化球が素晴らしいんだ」

 

 姫花は魔女の隣に移動して座り、並んでテレビを見つめて、実況と解説に耳を傾ける。

 

『……高校、ここで一点差二死満塁の危機を迎え、今タイムを取ります! マウンドの地木投手の元にナインが駆け寄ってきました!』

 

『堅守で勝ち上がってきたチームが、ここで不運なヒットとエラー。満塁で逃げることのできないこの局面で4番という、まさに作られたような展開になりましたね』

 

『ここまで安定した守備を見せつけてきましたが……甲子園の魔物が悪さをしたか、まさかのエラーが出てしまいました』

 

 そんな言葉を聞いた姫花は少し、ほんの少しだけ不満を覚えた。

 

「……」

 

 無言でテレビを見続ける姫花だが、魔女はそんな姫花の何かを感じ取ったのか、視線をテレビから外して姫花へと向けた。

 

「姫花、どうしたの? なんか、納得いかない〜、みたいな顔してるよ?」

 

「んー……今、テレビの人が、甲子園の魔物って言ってじゃん」

 

「言ったね。それが?」

 

 姫花は自分の中にあるモヤモヤした気持ちを整えて、言葉として魔女に伝えた。

 

「誰だってミスはしちゃうし、不運なことってあるじゃん。それをなんかさ、魔物がいるからしょうがないみたいに言われるのは、私的には納得いかない」

 

「ああ〜、なるほどね」

 

 魔女は隣に姫花(未成年)がいるため、野球見ながらビールを飲みたい欲を抑えつつ、代わりにキンキンに冷えた麦茶を一口飲んでから会話を続ける。

 

「確かに人はミスもするし、紛れもない不運ってのは、確かにあるよ。でもコレはしょうがないよ。甲子園の魔物のせいさ」

 

「ぶー……魔女さんも、そうやって言う……」

 

 ありもしないもののせいにするなんて……と姫花は不満を態度に出すが、それを見た魔女はパチパチと数回瞬きした後、真剣な顔で言った。

 

「あれ、これも姫花には言ってなかったか? 甲子園の魔物ってのは、本当にいるんだぞ?」

 

 と。

 

「……え?」

 

 困惑の色を見せる姫花に向けて、魔女は真剣そのものな表情で言葉を続ける。

 

「んー……せっくだし、一から解説しようか?」

 

「うん、して」

 

「よろしい。真面目に夏休みの宿題をしてる姫花に免じて、特別サービス……魔物について、教えてあげよう」

 

 試合の展開を気にしつつ、魔女は姫花へと説明を始めた。

 

「魔物ってのは、魔力が意志を得た存在の一種なんだけど……その前に姫花、魔力の説明はいる?」

 

「えー……多分だけど、魔法使うために必要なエネルギー?」

 

「あ、それでいいよ。いわゆるRPGに出てくるMPみたいなイメージね。ってことで、その辺の説明を今はすっ飛ばすね」

 

 本当はそこも解説してほしいと姫花は思ったが、大人しく説明を受けることにした。

 

「意志を持った魔力の塊、けれども実体は持ってない。そんな奴らの一種が、魔物ね。実体が無い分、人や物を派手にぶっ飛ばしたりとかは出来ない。けれども魔力というエネルギーは持ってるから、それを使って世界に何らかの干渉はすることが出来る。そしてこの手の魔物は往々にして、多くの人が目撃してる何かを邪魔するのさ」

 

「なんでですか?」

 

「人の感情を揺さぶりたいから」

 

 魔女の説明を聞いた姫花は、

(やっぱ魔女さん、説明上手く無いな)

 と思った。

 

 魔女の答えは多分、本当に答えなんだと姫花は思っている。

 でも姫花にはその答えが伝わらない。

 前提となる知識が、恐らく不足しているのだ。

 だからきっと、この魔女の説明は分かる人には分かるんだろうなと、姫花は心の中で嘆息した。

 

「魔女さん。魔物が人の感情を揺さぶると何が起きるの?」

 

「え……ああー……感情が揺れるとね、魔力が流れ出るんだ。魔力の概念がない人でも、魔力自体は大なり小なり持ってるからね。そして魔物は、そうやって流れ出た魔力を食うんだよ」

 

「なるほど。つまり魔物がしてるのは……木を揺らして、木の実を落とす的な?」

 

「そうそう、そんな感じ」

 

 テレビの向こう側で、試合が動く。

 

 タイムを終えて、ナインが再びグラウンドに散る。守備位置へと戻っていくチームメイトに向けて、投手が笑顔で声をかける。

 

「ピンチなのにめっちゃ笑顔だね、投げる人。なんて言ってるのかな」

 

「楽しんでこーぜ、って言ったね」

 

「……魔女さん、なんでわかるの? それも魔法?」

 

 魔女が苦笑する。

 

「姫花はなんでもかんでも魔法に結びつけようとするね。こんなのはただ、口の動きを読んだだけだよ」

 

「この前の木組みの時も思ったけど、魔女さんって変に色んな技術持ってるね。覚えるの、難しくないの?」

 

「んー……魔法、木組み、読唇術。その人自身の才能とか適性があるから一概に難しさの比較できないけど……でも、今のは簡単じゃん?」

 

 2人の会話はテレビの向こう側、高校野球の聖地には何の影響も及ぼさず、試合は何事もなく再開される。

 

 相手チームの4番を、マウンド上のエースが不敵に笑いながら見据える。

 

「簡単かなあ?」

 

「試合の状況とか、表情とか、見るべきものをちゃんと見てれば答えは自ずと見えてくるよ。あとまあ、日本語はちょっと特殊な分コツがいるけどね」

 

 力みを見せずに投球フォームに入り、しなやかに左腕が振るわれる。

 

「特殊なの? 日本語って」

 

「特殊だよ。音の多さに読み書きの難易度、文法めちゃくちゃで自由度が高い。正直、使いこなせてる日本人がクレイジーなのさ」

 

 外角低めに放たれた直球が、捕手のミットへ収まる。ボール。

 

「んー、そんな感じしないけど……」

 

「姫花は純日本人で、生まれも育ちも日本だからね。実感は薄いだろうさ」

 

 捕手がボールを投げ返し、投手が笑顔で捕球する。野球少年独特の、青春真っ只中にいる眩い笑顔だ。

 

「そういうものなのかな。……あ、ところでさ、魔女さんはどこ生まれで、どこ育ちなの?」

 

 バッテリーがサインを交わす。捕手が出したサインに投手は首を振らずに頷き、再度投球フォームに入る。

 

「どこだと思う?」

 

「わ、出た。魔女さんそれさ、『私いくつに見える?』って聞くのくらい面倒くさいよ?」

 

 外角甘めに入ったように見えたボールが、鋭く変化してさらに外へ動き、バットから逃げていく。

 

「はは、一回くらいはそれ言ってみたいもんだねえ。絶対当てられない自信があるし」

 

「まあ、魔女さんならそうかもだけど……。で、結局どこ生まれでどこ育ちなの?」

 

 捕手が再度ボールを投げ返す。平常心を装っているが心の内の動揺が返球に現れ、軌道が少しだけ投手から逸れる。

 

「えー、ナイショ」

 

「そんな、お茶目全開な顔にならなくていいから教えてよ」

 

 ボールを右手のグローブで受けた投手が空いている左手を口元へと持ってきて、人差し指と親指で口角を広げてみせる。笑っていこう、と言わんばかりに。

 

「だって言っても姫花には分かんないだろうし」

 

「私、社会科の成績良いし地理とか特に得意だよ」

 

「はは、そうか。じゃあ、尚更ダメだね」

 

 そしてバッテリーは笑顔で、ピンチと強者へと立ち向かう。

 

「なんで?」

 

 姫花が少し苛ただしげに言うのに合わせたように、画面の向こうで投手が三度投球動作に入る。

 

 そして姫花の苛立ちを、魔女はまるで愉しみ、喜んでいるかのような蠱惑的な笑みで、

 

「だって私、この世界の生まれじゃないからね」

 

 と、答えた。同時に投手の手からボールが離れ、鋭い金属音が画面から、そして甲子園球場に轟いた。

 

 音に釣られて、魔女と姫花はテレビに視線を移す。打ち上げられた白球が、高く、高く登っていく。

 

「ホームラン?」

 

「際どいな。フェンスギリギリ」

 

 2人だけでなく、球場で、テレビで、試合を見ていた人全てが白球の行方を固唾を飲んで見守る。

 

 頂点を迎えた白球は、重力に従って落下を始める。右翼側から流れ込む浜風とせめぎ合いながらフェンス際目掛けて、加速度的に落ちていく。

 

 スタンドに届くか、届かないか。ギリギリまで白球は人々の視線を奪い続ける。

 

 そして最後に白球は、背番号9を付けた選手のグローブへと飛び込んだ。

 

『試合終了ー〜っ! 絶体絶命満塁のピンチを乗り越えての劇的勝利っ!!』

 

 アナウンサーの声を掻き消さんばかりの歓声が甲子園球場に響き渡り、グラウンド上で爆発する勝利の喜びと、敗北の悔しさを包み込む。

 

 その様子をテレビで見ていた魔女は、ナイスゲームと言わんばかりに拍手を送った。

 

「紙一重の、良い試合だったよ。今のところ今大会のベストバウトじゃないかな?」

 

 純粋に試合を楽しんだ魔女に向けて、姫花は一つ問いかける。

 

「ねえ魔女さん」

 

「ん? なに?」

 

「最後のも、甲子園の魔物の仕業なの?」

 

 問いかけに対して魔女は、コップに残っていた麦茶を飲み切ってから答えた。

 

「姫花は野暮だねえ。今回だけは答えてあげるけど、こんな良い試合見て出てくる感想がそれならスポーツ観戦を楽しめないよ?」

 

「魔女さんが魔物のこと教えてくれなかったら楽しめたんだけどね」

 

「はは、なら私のせいか」

 

 困ったような笑顔でひと笑いしてから、魔女は麦茶のお代わりを飲もうか迷いながら答えた。

 

「最後のあれ、魔物はノータッチさ。あんまり試合でイタズラしすぎると、魔法協会が干渉してくるの分かってるからね、奴ら。そんな頻繁にイタズラしないよ」

 

「魔法協会……って?」

 

「この国の魔法使いやら、魔法関係の諸々を管理してる団体。魔物も管理対象だし、度が過ぎた奴らは協会が封印したり消したりしてるよ」

 

 魔女は立ち上がり、冷蔵庫で冷やしていた麦茶を取り出しコップにドボドボと注ぐ。それを見た姫花が、「魔女さん私も飲む」と言ってコップを差し出した。

 

「魔物って消したりできるの?」

 

「できるけど、あんまりやらないかな。色んな条件が整って出来上がってる魔力の塊だから、保持してる魔物の数やら質が、国ごとの力の指標の一つになってるんだ。だからよっぽどタチ悪いやつじゃない限り、消されることはないよ」

 

「へぇ……」

 

 なんか話が面倒くさい感じになってきたな、と姫花が思ったところで、魔女の顔色が変わった。

 

「あー……でもな姫花、聞いてちょうだい」

 

「なに?」

 

 お互いに麦茶がなみなみと注がれたコップを持ち、元々いたテレビ前に戻ってきたところで、魔女は真剣そのものな表情で語り始めた。

 

「基本的に魔物ってのはその国毎で管理されてるから、他所の国の魔物には基本的に手を出しちゃいけないことになってる。なってるんだけど……私には、どうしてもブッ殺したい魔物が一体だけいるんだ」

 

 魔物の数え方は『体』なのか、と姫花が思う中、魔女は語り続ける。

 

「もうね、私はソイツだけは本当に消し去りたい。毎年……毎年ね、自分でも引くくらい、しつこくこの国の協会を通して討伐申請を出してるんだけど、もうずっと受理されない……。だから毎年、秋になると全部無視して現地に行ってこいつブッ殺したい……ってなる思いを、私は必死に堪えてるんだ」

 

 語りながら魔女が視線で姫花に、『どんな魔物か聞いてくれ』と訴えかけてくる。姫花はもちろんそんな魔女の視線の意図に気づいて、

 

(こうなった魔女さん面倒くさいな……)

 

 と思いつつ、要望通りに魔女へと尋ねた。

 

「んー……魔女さん、それは一体どんな魔物なの?」

 

「ロンシャン競馬場の魔物」

 

 端的に名称だけ返された姫花は、一瞬戸惑ってから聞き返した。

 

「えーと……パリのロンシャンにある競馬場にいる魔物ってこと?」

 

「そうだけど、ロンシャンがパリなの知ってるんだ?」

 

「私、地理得意ってさっき言ったじゃん」

 

 そういえば言ってたなぁ……と魔女は思い出し、熱弁が再開する。

 

「なら話は早い。このロンシャン競馬場では毎年秋にね、凱旋門賞っていう競馬の大会があるんだが……いいところでさ、このレースで魔物が悪戯するんだよ……」

 

「あー……魔女さんの馬券外された的な?」

 

「私の馬券が外れるのは別に良いんだよ。いつものことだし」

 

 魔女さん博才無いんだ……と、かつてロト66の番号を当てたことがある姫花が、魔女に勝てる要素を一つ確信した。

 

「あの魔物……腹立つことに、日本馬をピンポイントで狙うんだよぉ……。金色の暴君がさぁ……あとちょっとだったのにさぁ……」

 

 私はあの日、祝杯をあげる用意までしてたのに……と、魔女は延々と悲しげに、パリロンシャン競馬場の魔物と、凱旋門賞に挑んだお気に入りの馬たちの思い出を姫花に聞かせ続けたのであった。




ここから後書きです。

引き魔女を考えるきっかけになったのが「甲子園の魔物」という言葉だったので、やっと載せれた〜って気持ちです。

少しずつ世界の輪郭がハッキリしていくこの感覚は楽しいなと思いながら最近は書けてます。イエイ。
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