彼女でもない女の子が深夜二時に炒飯作りにくる話   作:道造

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第11話 猫と桐原3

 

 高架下に足を踏み入れる。

 若干薄暗くはあるが、暗闇というほどでもない。

 猫の鳴き声と、少女の雄叫びの発生源へと近づいていく。

 足音を、かつかつと立てた。

 

「藤堂君! やはり助けに来てくれたんですか!?」

 

 頬に軽い引っ掻き傷のある桐原が俺に振り返り、明るい声で叫んだ。

 この時を待っていたのだと言いたげな声である。

 

「ええ……」

 

 お前、俺が来ることわかっていたのかよ。

 桐原の知能であれば、まあ俺がわざわざスマホを持たせた理由も理解したであろうな。

 こっそり尾行していることも予想したであろう。

 そこまではわかる。

 なるほど、俺は桐原が何かトラブルに巻き込まれているものであると考えていたし。

 場合によっては社会の闇と戦うつもりではあった。

 ただし。

 

「いやだよ、お前なんか猫さんに噛まれて破傷風になって狂ってしまえ。元々おかしいんだから、逆にまともになるかもしれん」

 

 猫さんとの決闘などに助勢する気など無い。

 桐原など畜生に食われて死んでしまえばよかったのだ。

 

「なんですか、その言い方は!?」

「俺の真摯な気持ちだ。受け取ってくれ」

 

 はあ、とため息をつきながら猫を見る。

 桐原の眼前には警戒音を発しながら、のしりのしりと近づいてくる猫さんがいた。

 でけえな、おい。

 体長は1メートル50センチに近く、通常のキャットショーでは見ないような巨大な猫である。

 猫種は詳しくないが、あの大きさで長毛種となるとメインクーンかノルウェージャンフォレストキャットのどちらかの混血だろうと思うが、それにしてもデカい。

 体格に似あった長い尻尾はかぎしっぽであり、途中で折れ曲がっていた。

 あまり気品漂うといった感じではなく、目つきなどは鋭くてやさぐれている。

 俺の姿が視界に入ったようで、みゃあと一鳴きした。

 

「あの生意気な野良猫をとっちめてやってください」

「いや、いないだろ、こんな野良猫。ギネス世界記録の猫よりデカいぞ」

 

 こんな糞でかくて立派な長毛種の野良猫いねえよ。

 どこかから逃げ出してきたんじゃないのか。

 俺は桐原を訝しげに見るが、飼い猫を虐めるなんてリスクを桐原が行う可能性はゼロに近い。

 なんらかの事情があると思えた。

 

「めちゃくちゃ野良ですよ、この子。近くの猫愛好家が先日懸賞チラシを配り始めまして、捕まえて持っていったら50万もらえます」

「うん、お前らしい理由だ。そうでもなきゃ猫なんぞ追っかけんわな」

 

事情は把握した。

 要するに、猫と決闘するというのは彼女が生来なんらかの因縁があるとかではなく、ただの金を目当てにした野良猫捕獲作戦なのだ。

 この猫さんとは顔見知りかもしれないが、まあ憎しみあう理由はないだろう。

 

「思えば、この子――ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン卿との出会いは中学二年生のことでした」

「なんで神聖ローマ帝国で最も有名な強盗騎士の名前なんか付けてるの? しかもフルネームで」

 

 猫につける名前じゃねえよ。

 教会に火薬を放り込んで爆破したり、司教領を襲ったりしたり、最終的には神聖ローマ帝国皇帝にまで出張らせて仲裁させた人の名前だよねそれ。

 思わず変な名前をつけるなよと口走るが、児童文学「ルドルフとイッパイアッテナ」のルドルフだって名前の由来はハプスブルク家のルドルフでしょうに、めっちゃ神聖ローマ帝国ですよと冷静に返される。

 

「あの神聖でもローマでも帝国でもなんでもない神聖ローマ帝国由来の何が悪いんです! 何か文句でもあるんですか!!」

 

 桐原は強く言い放った。

 別に神聖でもローマでも帝国でもなんでもない神聖ローマ帝国に不満はないが。

 どうして日本人は特に思い入れなどない神聖ローマ帝国由来の名前を、猫さんにつける変人がいるのだろうか。

 モモちゃんとかタマちゃんとかでいいじゃん。

 変人である桐原を眺めて、少しだけ落ち着くのを待つ。

 桐原は怒鳴り散らすのをやめて、急に説明口調で呟いた。

 

「中学生の頃、私は鳩が食べたかったんです」

 

 話に脈絡のないセリフ。

 この猫と何の関係があるのか。

 

「私、この小さな体で結構ご飯は食べるもので、時々はくうくうとお腹を空かせていることがありました。駅前で土鳩がポッポーと鳴いているのを見て、多分あいつらは私よりマトモな飯を食ってると思ったもんです。人としての尊厳に対する汚辱を受けて、私は酷く腹を立てました」

 

 鳩の食事に嫉妬する女子中学生何ぞ、桐原ぐらいであろうと考える。

 お前はどこまで貧乏なんだよ。

 気にはなるが、話の本題ではないので続きを促す。

 

「それで?」

「ある日、ついに図書館で鳩の掻っ捌き方を調べたうえで、駅前の鳩を何匹かとっ捕まえて食おうと思いました」

 

 なんぼなんでも冗談だろうと思うが、そういった雰囲気でもない。

 桐原の事だから本気だったんだろうなあ。

 彼女は眉間に皺を寄せながら、それでも美少女然とした容姿を崩さずに叫んだ。

 

「でも、鳥獣保護法が私の前に立ち塞がったんです。あの憎き鳩どもは、日本の法律で保護されていたんですよ! どうして!? あの腐るほどいる土鳩を駆除するのに、何故お国の許可が必要なんですか!!」

 

 どうしても何も、何らかの根拠があって偉い人たちが保護対象としているか。

 それともお役所仕事で昔の慣例がまかり通って、そのまんまなのか。

 害獣駆除の会社に天下りポストがあるのか。

 お上がやることなど、そのどれかである。

 

「仕方なく私は諦めました。悔し涙を流しながら、くうくうとお腹を空かせて駅前の鳩を睨むだけの日々でありました」

 

 桐原は、もっと人生に有意義な事に時間を割いた方がいいと思うんだ。

 駅前の鳩を捕まえて食う計画考えている暇があったら、もっと何かやることあんだろ。

 世間を憂う無職のオッサンだって、もっとマシなことしてるわ。

 そう忠告したくて仕方ないが、話の腰が折れてしまうので口を閉じる。

 

「そんな時ですよ、この猫さんが現れたんです!」

「うなんな」

 

 返事するようにして、ゲッツ卿が奇妙な声で鳴いた。

 本当に変な鳴き声だった。

 

「この猫さんが、平和ボケした駅前の鳩の集団にダッシュで走り込んで、一匹の鳩を攫いました。そうして木陰に引きずり込んで、その爪と牙でバラバラにして食べたんですよ」

「グロイな」

 

 まあ、そのゲッツ卿の体格だと、鳩ぐらい襲わんと生きていけんだろう。

 もう豹とかチーターとかのネコ科の生物というだけで、イエネコでもなんでもない気がしてきたが。

 

「その時、私は自分の獲物を横合いから掻っ攫われた経緯から、この猫さんのことをゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン卿と呼ぶことにしました。強盗騎士の名に恥じぬ存在であります。通学路にて時々出会う時などには会釈だってする三年間でありました」

「うん、まあわかった」

 

 わかったこと。

 桐原はこの猫さんと会釈などする顔見知りであり、ゲッツ卿と名付けていること。

 このギネス級に立派な体格のゲッツ卿という猫さんは、懸賞金がかかったばかりのお尋ね者であること。

 桐原は金が欲しいこと。

 その三点が理解できた。

 

「要するに、お前は金のために三年間も挨拶などをしてきた顔見知りであるゲッツ卿を捕獲しに来たと」

「はい、金のために顔見知りのゲッツ卿を叩き売ります! このモトコーが彼の縄張りだと知っていたからな、ヒャア!!」

 

 桐原は力強く叫んだ。

 知っていたけど、本当に桐原はひどい奴だった。

 今回の件に何一つ協力する気が無いことを、俺は固く誓いながらに。

 ゲッツ卿が背後から桐原に襲い掛かろうとしていることに対し、心でそっとエールを送った。

 

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