彼女でもない女の子が深夜二時に炒飯作りにくる話   作:道造

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第21話 ミニスカと桐原1

 

 学生食堂にて、カレーうどんを啜りながらに桐原が呟いた。

 ぱちくりとした目の、下まつげが長い彼女の瞳を見つめながらに言葉を聞く。

 

「週一ぐらいで七輪を使って肉を焼きたいのですが、どうでしょうか? 仕方がないので椎茸も焼いてあげます。肉以外は七輪で焼くべきではない宗派である私には耐えがたいのですが。キノコの旨味もちゃんと理解できる桐原ちゃんはこれを許してあげます。藤堂君、これは歴史的な譲歩と言ってよいですよ」

「いや、どうでしょうかと言われてもだな」

 

 真面目な話、俺がそんなことに付き合う義理はないのだ。

 肉を焼きたきゃ勝手に焼いて食えばいいだろうに。

 俺はカツ丼とカレーうどん、おにぎり三個、加えて桐原が作ってくれたお弁当、「一日分の野菜がとれる」を売り文句とした野菜ジュースを目の前に並べながらに呟く。

 昼食の摂取カロリーは2500を超えている。

 

「腹が減ったので、先に飯を食べたいんだが」

「食べながら聞いてくださいよ。藤堂家は別に会話をしながら食べるのが下品というマナーの家庭ではないと伺っています。それにしても、よく食べますねえ。そんなに」

 

 この身長2m、体重130 kgにして新陳代謝の良い体では毎日8000キロカロリーは摂取してくださいと医者に言われているのだ。

 生まれつき筋肉が発達しやすい性質だと医師に診断されており、俺は三日に一度だけジムで健康の為に身体を鍛える程度なのだが。

 明らかにアメフトなどをやっていそうなマッチョマンを体現する体つきをしている。

 ジャガイモだって握りつぶすことが出来た。

 ちなみにそれを一年生の頃に学校の入学自己紹介で呟いたら、まだ特に親しくもない桐原に「気色悪いですよ貴方」と普通に罵られた。

 あれには本当に傷ついた。

 批難の目を桐原に向けるが、それに気づいた様子もなくて、ふと桐原が呟く。

 

「桐原君、良い身体をしているんですからスポーツとかはやらないんですか? まあ、ウチはちゃんとした進学校だからスポーツ強くないですけどね。プロになれば莫大なお金が入りますよ?」

「スポーツ自体は嫌いじゃないが。本当に世界で百人に入るくらいの才能があって、寿命を縮めるぐらいに訓練をして、人生全てスポーツの為に投資した人間じゃないと何十億も稼げないだろうが。稼いだところで、俺にはその意味もない」

 

 金がそれほど欲しいと思ったことはない。

 藤堂家は超富裕層である。

 厳密に言えば、その中でも上澄みに位置していて。

 さすがに東証プライムにおける実業家クラスの富豪には届かぬが、そもそも超富裕層と言われる基準が純金融資産5億ぽっちである。

 俺に現在譲渡されている資産だけでも、その程度など小学生の頃に超えていた。

 それを俺が稼ぎ出したわけでもなければ、必死に運用して資産を増やしたわけでもない。

 ただひたすらに父が資産管理会社などを活用して叩きだした成績により、俺の資産は増大していた。

 将来、どこか会社に勤めて働いて金を稼ぐ意味すらないのだ。

 遊んで暮らせる以上は、事業を起こす意味すらないだろう。

 あれ、これ桐原は知っているんじゃないのか?

 そのままにそれを告げて、桐原は頷いた。

 

「知っています。藤堂家の資産総額までは知りませんが、すでに藤堂君と私が一生遊んで暮らせる程度の額は藤堂君に譲渡してあるとお義父様に伺ったので。というか、それを知らないと色々と藤堂君に奢らせるわけないじゃないですか」

「……まあ、そうだが」

 

 桐原は強欲な人間と言うわけではない。

 俺に食事をたかるのも、別に強請り集りを働いているのではなくて、このような額を俺が支払ったところで蚊が刺すほどの苦痛もないと知っているから支払わせているだけだ。

 いや。

 それだけではなくて、多分桐原は誰かに、何かを買ってもらうという行為の方に執着している気がする。

 俺に色々と強請ることそのものを、快楽と感じている節がある。

 それは別に数十万するブランド物のバックではなくて、なんならコンビニで売っている200円もしない飴玉のパックでも大差はなくて、そもそも前者などは彼女にとって要求の範疇に無いのだ。

 桐原は、子供の頃に欲しかったものを俺に買ってもらうことを快楽としていた。

 この分析が正しいのかどうかは知らないがね。

 だが、俺は俺で、桐原に何か飴を買ってあげるという行為そのものが嫌いではなかった。

 人に何かを奢らせるなんてという意見もあるだろうが、俺個人は桐原の願いと、俺がそれに応じることを尊いものだと思っていた。

 恥ずかしい話かもしれないが、俺は桐原に世間的価値は無いささやかな物を、買ってあげる行為自体が楽しいと感じている。

 たとえ、それが利益関係に基づいた偽物の愛情関係による下で構築されているとしてもだ。

 

「藤堂君、どうしたんですか急に私を優しい目で見て。箸が止まっていますよ」

「なんでもない」

 

 俺はじっと桐原を見つめていたらしい。

 少し慌てるが、それを悟られたくはなかった。

 ゆっくりと桐原が作ってくれたお弁当箱を開けて、中身を見る。

 里芋と人参と竹輪の煮物が箱一杯に詰まっている。

 俺は一言呟いた。

 

「粗野だな」

「ぶっ殺すぞ」

 

 桐原はキレた。

 反撃するようにして、俺の野菜ジュースを奪ってストローをそれに刺す。

 そして、俺にそれをちゃんと返した。

 ストローが刺さっただけで、特に悪戯されたわけではない。

 その行為に何の意味があるのだろうか。

 何か自分が子供のように甘やかされているような気分がして、少し恥ずかしくなっている。

 ああ、多分そういう反撃なのか、これ。

 

「桐原君、最初は私がポテトサラダ作ってきたとき何と言いました?」

「マヨネーズが嫌いといったな」

 

 なんか酸っぱくないか、あれ。

 レモンなどによる果実の酸味には耐えられるが、ワインビネガーやマヨネーズの酸味に俺は耐えられなかった。

 たこ焼きやお好み焼きのソースに混ざった場合はなんとか食べられるが、正直それも好きでなかった。

 できればマヨネーズを混ぜるのは止めて欲しいのだ。

 

「では次に、野菜不足だろうとサラダを作ってきたときは何と言いました?」

「サラダドレッシングをかけるなと発言した記憶がある。野菜だけならなんとか食べられるんだが」

 

 野菜そのものが嫌いではない。

 ただ、サラダドレッシングが嫌いなのだ。

 だって酢が明らかに混じっているタイプが殆んどなんだもの。

 同じ理由でトマトも酸味があるから生で齧るのは嫌いだった。

 トマトジュースだとちゃんと飲めるし、ミートソースなんて死ぬほど大好物なのだが。

 

「私はもう貴方の偏食願望を叶える行為に疲れました。藤堂君が好き嫌いを直すまでは、煮物オンリーです。里芋と人参と竹輪の煮物とか食べていなさい」

「俺はそういう偏食家に差別的な社会が好きではない」

「桐原ちゃんは宗教的理由が左右しないベジタリアンは皆死ねばいいと思っている差別主義者です。でも野菜も取らないと人間は死ぬんですよ。煮物でいいから野菜食べろ」

 

 ああいえばこういう。

 俺は里芋も人参も竹輪も嫌いではなく、さらに言えば煮物も大好きだと桐原に答えている。

 要望は全て叶えられている。

 だから、まあ食べることは嫌ではない。

 粗野だとは言ったが。

 弁当箱一杯に覆いつくす煮物という、お弁当という日本特有の言葉を汚す行為も酷いとは思ったが。

 ていうか、弁当ではないなこれ。

 ただの煮物だった。

 

「よく噛んで食べなさい」

 

 お母さんみたく、桐原が言う。

 そういえば、母はなんとかして私に好き嫌いをやめさせようとしていたのだが。

 もう酢の物を食べると俺が何度も嘔吐するのを見て、父が「諦めなさい」と口出ししたのを覚えている。

 あの頃からだろうか、父がなんだか俺に対して、なんかコイツと反りが合わないなと冷たくなったのは。

 そんなことを考えながらに、食事を続けようとしたのだが。

 

「食堂でイチャついてんじゃねえよ、きーちゃんのカス」

 

 そう、桐原の背後から声がかかったのを見た。

 アレは、そう。

 桐原と同じ中学校出身という、そして以前は友人だったという。

 化粧のケバいミニスカのクラスメイトだった。

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