彼女でもない女の子が深夜二時に炒飯作りにくる話   作:道造

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第24話 ミニスカと桐原4

 

 「教えてよ! なんで私にこんな酷いことしたのか教えてよ! どうして裏切ったの!?」

 

 雲丹亀が叫んだ。

 食堂で叫ぶのは良くないと思うが、なんなら対面している桐原も先ほどから叫んでいるのでお互い様だった。

 食堂の皆は無視して飯を食っている。

 べーちゃんなどは、ラーメン半炒飯セットを食べ終えており、デザートである杏仁豆腐にスプーンを伸ばして顔を綻ばせていた。

 この状況でなんら動じないウチの学校の生徒もなんかおかしいと思うんだが。

 死ぬほど他人に興味がないんだな、お前ら。

 進学校の闇だった。

 

「事前に言ってくれるなら許したよ! 実は私も、その、なんだとか、躊躇い気味にそういう話をしてくれるなら許せたよ! ちゃんと二人どちらかを選んでくれるようにお願いする淑女協定さえ結んでやったけど!! 私の相談に乗った翌日に、お前なんつった! きーちゃん何て言ったか覚えてる? 覚えてるよね!?」

 

 俺は煮物を食べている。

 桐原が作った里芋と人参と竹輪の煮物であった。

 雲丹亀の作ったお弁当は、まあ後で我慢して食べようと思う。

 どうしても駄目なら、最悪は桐原に食べてもらおうと思っている。

 

「アンタは、こう私に告げたじゃない。本日から藤堂破蜂君と付き合うことになりました。つきましては、まあ、なんだ。わかるじゃんって、こう言ったわ。もうすでに勝負は終わったんだと、私に言い含めたんだ! それはあまりにも卑怯すぎるでしょう!?」 

 

 ヒャア! と桐原は鳴いた。

 返事をしているのかしていないのか、それは俺には判らん。

 10年以上の付き合いである雲丹亀ならわかるかもしれないが。

 泣きそうな顔をしている彼女の顔を眺めながら、ふと思う。 

 今まで特に意識したことなかったが、なんで雲丹亀は化粧なんかしているのだろうか。

 俺の見込みだが、スッピンでも普通に美人だと思うんだが。

 化粧する意味あんまりないだろお前。

 

「何とか言ってみなさいよ! 小学一年の頃から何一つ嘘だけはつかない奴だったでしょうが!!」

 

 雲丹亀が叫ぶ。

 珍しくも、桐原は「ヒャア……」と力弱く鳴いた後に。

 ぶんぶんと首を左右に振って、ぱん、と両頬を手で叩いた。

 そうして気合いを入れた後に、叫んだのだ。

 

「ヒャア! うっせえなあ、うにちゃん。じゃあハッキリ言ってやるよ、現実世界はお前みたいな甘っちょろいガキ向けに出来てねえってことだよ!!」

「なんですって!?」

「社会は厳しいんだと。私が元親友であるうにちゃんに、ハッキリと教えてあげましょう」

 

 桐原は胸を張って――まあ、貧乳なので胸などないのだが。

 平坦に乳首があるだけの胸を張って答えた。

 桐原の胸は平原で起伏がなく、まな板であった。

 俺は時々、彼女の肢体を見つめては人間の成長とは惨酷だなと感じるのだ。

 では未成の桐原の肢体に性的に興奮しないのかと言われれば、全く別だが。

 

「うにちゃん。かつて武士にとって嘘は恥であったそうです。この桐原もそう感じており、出来る限りは嘘など吐かぬように生きてきました。上下万民に対し一言半句にても虚言を申すべからず。仮初めにも有のままたるべし、虚言を言つくれば、癖になりてせらるる也、人にやがて見限らるべし、人に糺され申しては一期の恥と心得べきなり。この程度の言葉は、この進学校の生徒クラスならば誰でも知っていることでありましょう」

 

 確か、北条早雲の言葉であったろうか。

 北条家の家訓であり、酷く含蓄ある言葉である。

 戦国武将の先駆けとなる北条家らしい家訓であった。

 日本人の嘘は良くないという感性は、だいたいこの言葉から来ている。

 

「私も北条早雲公の言葉は身に染みております。嘘は良くない。そう思って、この16の齢まで生きてまいりました。ですがね、明智光秀は言いましたよ。仏の嘘は方便と言いて、武士の嘘は武略と呼ぶと。ならば、ならばですよ」

 

 桐原は辛そうに言った。

 本当に必死の表情で、この言葉だけは嘘紛れないと。

 明らかな真実であると桐原は告白した。

 

「武士の嘘を武略と呼ぶならば、女子高生の恋の駆け引きは、卑怯は恋愛そのものと呼ぶべきです」

 

 そうはならんやろ。

 嘘は嘘だし、まあ卑怯は卑怯だよ。

 何も変わらないよ。

 里芋を口に含みながら、俺はそう思う。

 だが、雲丹亀はそう思わなかったようだ。

 

「女子高生の卑怯は恋愛そのもの!?」

 

 ズガン、と雷鳴に撃たれたように雲丹亀はのけぞった。

 いや、卑怯は卑怯で何も変わらないと思うよ。

 

「明智光秀はこのように言っています。仏の嘘は方便。武将の嘘は武略。女子高生の卑怯は可愛いものなり。戦国武将ですらこのように言ってるんですよ!?」

 

 明智光秀、最後の言葉は絶対に言っていないと思うよ。

 戦国時代に女子高生なんていないよ。

 正しくは「仏の嘘は方便。武将の嘘は武略。これをみれば、土地百姓は可愛いことなり」だと思う。

 女子高生じゃなくて弱い立場の百姓の嘘だけは許す、優しさや憐れみの言葉じゃなかったかなあ。

 

「女子高生の卑怯は恋愛ですよ。何が淑女協定だ、何が二人から好きな方を選んでもらおうだ、馬鹿が! 無能が! うにちゃんはだらしがないんだ! そんな選択肢なんかないんですよ。いいか、二つに一つで、うにちゃんと私ならば、私を選ばせる。それが女子高生の恋の駆け引きっていうもんじゃないですか!?」

 

 凄いこと言うなあ、桐原。

 べーちゃんが俺の表情を凝視しながら、杏仁豆腐を食べている。

 俺は竹輪を箸で挟んで、口に運んでいた。

 

「きーちゃんは私との友情より、藤堂さんを選んだと?」

 

 雲丹亀は、震える唇でそう呟いた。

 

「そう言っているじゃないですか。これ以上言わせないでください」

 

 桐原は、震える唇で返事を吐いた。

 べーちゃんは杏仁豆腐を相変わらず口に運んでいる。

 おれは米が冷めないうちに、カツ丼を食べている。

 冷めたカツ丼は美味しさが半減するからだ。

 

「きーちゃんの馬鹿! 私たち、ずっと親友だと思ってたのに!!」

「うにちゃん!?」

 

 雲丹亀が食堂を飛び出していった。

 桐原はそれを追いかけようとして、そして躊躇った。

 どうにもならないだろうと、諦めの顔に満ちていた。

 さて、どうしようかと少し悩んだが。

 発言権などないけれど、俺は口を挟んだんだ。

 

「追いかけろよ、桐原」

「藤堂君!?」

 

 桐原が、俺を驚きの目で見た。

 俺は追えと呟いた。

 二の口は告げぬ。

 桐原は俺の表情を伺った後、それでも自分の足を止めきれずに走り出した。

 

「まって、うにちゃん!!」

 

 桐原は、雲丹亀の後を追いかけたんだ。

 ばたばたとした足音を立てて、二人は食堂を去っていったのだ。

 これで静かになった。

 

「ヘイ、藤堂君」

 

 べーちゃんが杏仁豆腐の器を片手に持ち、もう片手にスプーンを持ちながら近づいてきた。

 俺も杏仁豆腐頼もうかなと思う。

 

「なんだ、べーちゃん」

「一応聞いておくけど、さすがにここまでの話の流れならば、学年二位の成績を誇る藤堂君なら状況が理解できていると思うんだが」

 

 言いたいことは判っている。

 理解できている。

 話の流れくらいは、当然のものとして最初から理解できているのだ。

 全く以て、罪深いものだと思う。

 

「俺のせいだろ」

  

 ハッキリと告げてやる。

 俺が何もかも悪い。

 

「いや、まあ、藤堂君が何もかも悪いとまでは誰も思わないけれども。原因だから一方的に悪いって話でもないしさあ、この手の話は」

 

 べーちゃんが優しく呟く。

 判っているならいいんだけど、とそういった声色だった。

 べーちゃんの優しさが身に染みる。

 いや、俺が悪い。

 何もかも、俺が悪い。

 そうはっきりと口にする。

 べーちゃんは優しい目をして、まあわかってるならいいんだよとばかりに、うんうんと頷く。

 

「桐原が――俺のことなど全く好きでもない桐原が、理事である俺の父親からの生活援助を盾に脅されて、俺との恋愛交際を強制されたのは本当に申し訳ないと思う」

 

 べーちゃんは頷くのをやめて、何故かぴたりと動きを止めた。

 

「桐原の人間的尊厳に侮辱を与えるだけに留まらず、交友関係にある雲丹亀との縁まで割いてしまったのは俺の本意ではない。本当に申し訳ないと思う」

 

 謝罪の言葉はとどまらない。

 本当に申し訳ないとは思っているのだ。

 だからこそ、俺は桐原に雲丹亀を追えと呟いた。

 そのような事でしか、俺は状況を改善する術がない。

 

「桐原は俺のことなど好きではないというのに。彼女は生活的苦難に対して抗う術がなく、雲丹亀との友人関係を裏切ってまで、俺との交際を申し出たというのだ。本当に申し訳ないと言うしかない。自裁してもまだ許されぬ罪だと思っている。いや、雲丹亀からの好意は理解しているつもりだ。仮に雲丹亀に交際を申し出られても俺は受けたかどうかは判らないが……だが、とにかく二人には悪いとは思っているんだ」

 

 俺の罪は計り知れないのだ。

 べーちゃんはそう罵りたいのだろう?

 俺はべーちゃんに視線を返した。

 

「ええ……何でそうなるの? 藤堂君と桐原の間に何があったのさ」

 

 だが、べーちゃんの意には沿わぬようで。

 ただ、戸惑いの言葉を寄せるばかりであった。

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