彼女でもない女の子が深夜二時に炒飯作りにくる話   作:道造

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第32話 雲丹亀と桐原3

 

そろそろ昼休みが終わって授業だから、一度戻ろうという割と冷静なツッコミをべーちゃんが吐いて。

決闘は放課後に持ち越された。

持ち越されたんだが、放課後の屋上には、何故かやる気満々のべーちゃんが居た。

フィンガーグローブを手にしっかりと装着した、べーちゃんが佇んでいたんだ。

ムエタイで試合前に行われる踊りである『ワイクルー』を模したダンスを踊っている。

ムエタイの選手は師(クルー)に合掌する(ワイ)という意味であれを踊るが、べーちゃんは何に対して合掌しているのだろうか。

これから眼前で死にゆく者に対してだろうか。

俺は悩んだが、一応は尋ねたんだ。

 

「べーちゃん、俺の事べつに好きでも何でもないよね? 桐原と雲丹亀の争いに混じる理由ないよね?」

「うん。でも人を殴れるから」

 

べーちゃんはいい笑顔だった。

桐原と雲丹亀はマジで関係ないじゃんと叫んでいたが、べーちゃんは聞く耳持たないので頑張って抵抗していた。

身長180cmの巨躯で、下手なスポーツ選手などよりもよほどに恵体を誇るべーちゃん相手には頑張った方だとは褒めていい。

でも、結局は駄目だったよ。

ツープラトンで殴りかかっていたけど、一方的に蹴散らされていた。

なんというか、自転車がダンプカーに跳ねられている交通安全動画みたいなシーンが何度もあった。

二人は悲鳴を上げていたし、何度かお互いを盾にしたり、最後には命乞いもしていた。

でもべーちゃんは全く聞いてないんだ。

命乞いする雲丹亀の顔などを前蹴りで蹴とばしたり、倒れた桐原の足を踏みつけたりして、苦痛の喘ぎ声を楽しそうに聞いていた。

完全に暴力に酔いしれていたんだ。

強いな、べーちゃん。

俺も本気を出せば同じことができるが、あそこまで人を無慈悲に殴れない。

どうしても「これをやれば相手は死んでしまうのではないか」というストップがかかる。

べーちゃんのように、無抵抗の相手の頭に全力で金属バットを叩きつけるような真似はできないんだ。

だから、桐原と雲丹亀は降参したんだ。

 

「貴女が正妻でいいです!」

 

と。

でも、べーちゃんはこう言ったんだ。

 

「私、別に藤堂君のこと好きでも何でもないし……」

 

じゃあなんで混ざってるんだよ! と雲丹亀が叫んでいたが、そりゃ暴力を振るえるからだろうな。

人を殴るという行為にべーちゃんは快楽を感じているそうだ。

拳が相手の肉骨を殴打し、軋む音が生じたときに自分は生を満たされている感覚があるんだと呟いた。

その言葉を最後に、何もかもが満足したといった風情で立ち去って行った。

もちろん、ボコボコにされた桐原と雲丹亀を放置したまま。

二人は重傷とまでは言わないが、全身打撲の状況であり、マンホールで日干しになったアマガエルのようにひっくり返っている。

流石にこれを放置するわけにもいかんので、仕方なく二人を背負って帰ろうと考えている。

雲丹亀を背に背負い、空いた左腕に桐原を抱えることくらいはできる。

校門まで運んで、タクシーで家まで連れて帰ってやるか。

俺は雲丹亀の家知らないけど。

逆に、雲丹亀のお爺さんの家である空手道場なら知っているのだがね。

そんなことを考えながら、桐原と雲丹亀が屋上で大の字になりながら喋っていた。

会話のやり取りを横で聞く。

 

「べーちゃん頭おかしくない? 絶対サドだよ。いつか暴力事件起こすよ」

「あんなにおっぱいが大きいんだから、悪人であることは間違いないよ」

 

べーちゃんの乳の大きさは、別に罪悪が理由では無いと思うが。

決して現世で悪いことをしたからおっぱいが大きくなったり、前世で徳を積んだからおっぱいが大きくなったわけではないんだ。

まあ、あれだけ暴力的でも、どこかでどうしようもないマゾの男ぐらいなら捕まえられるだろう。

俺はマゾじゃないが。

彼女が俺に興味ないのと同様、俺の側だってべーちゃんは御免だった。

死にたくないもの。

 

「うにちゃん、勝負はお預けですね。また後日」

「きーちゃん、またやろうね。阿部さんのいないところで」

 

またやるのかお前ら。

何処からか、またべーちゃんが聞きつけてきて、君らを意味もなく殴打するオチが付きそうな気がするのだが。

 

「嗚呼、でもよかったよ。うにちゃんと仲直り出来て。少なくとも私の心は晴れた」

「私もそうだよ。これで仲直りだよ。きーちゃん」

 

まあ、とにかく二人が仲直りできたというならば良かった。

それで何もかもが終わりになれば、少なくとも俺は幸せなのだが。

 

「で、どうします。これから」

「そうですね」

 

さっさと校門まで運びたいのだが、俺は空気を読んで立っている。

何せ、二人に対しての発言権が無かったし、何か抵抗できるようでもないのだ。

俺はずっと考えている。

 

「まあ、なるようになるんじゃないですかね」

「なるようになるかー」

 

まだモラトリアムは残っていると考えている。

桐原や雲丹亀などは将来の展望だとか、何になりたいだとか、どうしたいとか。

そういった子供の頃からの具体的な願望があり、それを実行しようとしているのだろう。

この進学校に入学し、知識を積み上げ、おそらくは最高学府にでも入って夢も何もかもを掴むだろう。

俺としては、眩いばかりだった。

 

「まあ、とりあえずやりたいことはあります」

 

俺にはこれといってやりたいことなど、何もない。

なりたい職業も、人生を懸けてやり遂げたいこともない。

かといって、将来への不安もない。

育ててくれた、親から望まれていることさえもなかった。

優秀に育つべきであることは望まれたが、別にこうしろだの、ああしろだの指図されたことはない。

ただ一つだけ、どうしても俺が理解できないことが、父が俺の事を認めてくれないことだけだった。

人生で一度も褒められたことはない。

それだけが心に引っかかっていた。

 

「うにちゃん、『新世界秩序(ニュー・ワールド・オーダー)』を知っていますか」

「知っているよ。あの何故か私たちの通学路途中に都合よくある高級ラブホテルのことだね」

 

だが、もうどうでもよいことだろうとは思っている。

心残りはあるが、俺は高校で桐原銭子という女性に出会ってしまった。

恋をしてしまったんだ。

利己主義そのものの俺が、利他的な愛を知った存在そのもの。

俺にとっての初恋で、彼女が幸せになれるという条件が達成できるのならば。

俺はどんな道を歩いても良いと覚悟ができる存在だった。

 

「今から三人で行きませんか! ほら、べーちゃんに負わされた擦り傷や、痣などが浮き出てきましたよ。もう、これはド変態の藤堂君にとってはとんでもないご褒美ですよ!」

「ド変態の藤堂君にとってとんでもないご褒美!?」

 

桐原を手に入れるためならば、俺はどんな汚い事でも可能な気がしている。

自分のプライドを売り払って、父が契約したとおりに、桐原を穢してしまうことだって悪くないと思っている。

どうしても悪をやるならば、それこそ徹底してやるように、桐原という人間を鎖で繋いでしまいたいと思っている。

だが、その結果として桐原に少しでも嫌われてしまうのならば、俺はもう何もできないだろう。

そこまで俺は彼女に惚れ込んでしまった。

 

「まるで藤堂君が性欲の顎を開放して、私たちを力づくで無茶苦茶にして、泣きながら抵抗する私たちを凌辱してる感が出ますよ! もう藤堂君の性癖を無茶苦茶に捻じ曲げるには十分な状況が整っています!!」

「なるほど、藤堂君が私たちの傷口や痣を舌で舐め回すたびに、快感とも痛みともとれぬ喘ぎ声を耳元で囁いてやると! そういうわけだね!!」

 

俺は桐原が好きだ。

愛しているんだ。

心の底から愛しているんだ。

 

「二人で藤堂君の性癖のシャフトを捻じ曲げてやるんですよ!!」

「ウォオォオオオオオオ!!」

 

それはそれとして、桐原は頭がおかしいと思っていた。

それも嘘ではなかった。

その親友である雲丹亀も大概頭がおかしかった。

 

「さっさと帰るぞ」

 

俺は二人の戯言を無視して、家に連れて帰ってやるつもりだ。

まあ、なるようにしかならんだろうなと。

このまま、桐原や雲丹亀にちょっかいをかけられて、流されるように高校時代は終わるだろうと思っている。

いつか、何か、大切な物を切り捨てたり、どうしてもこれだけは欲しいというものを選ぶ時が、決断は迫られるだろうが。

モラトリアムが終わる日は来るのだろうが。

俺の青春はきっと桐原を愛したときに始まって。

同時に、まだ始まったばかりに過ぎなかった。

 

 

第一章 完

 

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