闇鍋パロ 作:Amouve
「来ちゃった♡」
月色の瞳が嗤いかける。
あいにく、新月の空を星々が微かに照らす星月夜ではその貌までは窺い知ることは出来ない。
そう。今宵は星月夜。月無き空を星々が微かに照らす夜。
月は出ていない。
そのはず、だったのに。
いつの間にか、その男の背に僅かな欠けもない望月が昇る。
月はふたつの顔を持つ。
優しく、柔らかな黄金の顔。
冷たく、荘厳たる白銀の顔。
今宵の月は、そのどちらでもあり、どちらでもない。
気が触れそうな程に美しい、黄金にして白銀の月。
道理や摂理といった世界のルールを捻じ曲げ昇るこの月は、どうしようもなく見た者を魅了し、狂わせる。
「さて、皆さん頑張ってますし。我々も少し、本気を出すとしますか」
月光を背に受けた男……月詠が杖を掲げ、言の葉を紡ぐ。
詠唱に呼応するように、白銀にして黄金の望月に紋様が浮かび上がる。
それは、複雑怪奇にして幾何学的。整然として雑多。平面的にして四次元的。
だまし絵や錯視のように、ソレを正しく窺い知る事が出来ない狂気的な魔法陣。
「……いや、やっぱ無くてもいいですね。巻きで行きましょうか。
ふと、月詠が詠唱を止める。
この世界では、魔法や一部のスキルを使用するために言葉を紡ぐ……つまりは詠唱が必要となる。
例えば、雨葉ハジメの《竜化》や渚沙夏渓の《
スキルやアイテム、バフや環境要因により詠唱短縮や無詠唱で魔法やスキルを発動する事は珍しくない。そうでなくとも、元々スキル名のみの詠唱で十全な効果を発揮する能力も数多く存在する。
だが、大規模魔法ともなれば詠唱や触媒は必要不可欠。
しかも、その詠唱を突然中断するとなれば、その魔法の行く末は
使用者に被害をもたらし霧散する事は必定。
百鬼夜行というゲームにおいて、魔法や一部スキルを使用する際に用いられる詠唱は2つの意味を持つ。
それは、補助と増幅。
詠唱とは、本来人の手に余る超常を制御する補助器にして力を増し指向性を与える増幅器なのだ。
魔導を極めし者であるならば、大魔法の詠唱破棄が可能なのか。
その答えは、世界最高の競輪選手が競技中にペダルと車輪を失ってなお競技を続行出来るかを考えれば明確だろう。
ありえない。
そのはず、なのに。
月を侵す魔法陣は消えること無く、むしろその存在をより深く刻み込み、世界法則の冒涜に悲鳴をあげるように、空間が、世界が軋み胎動する。
夜空に浮かぶ月はまるで血を流すようにじわりじわりと赤く赫く染まり、黄金にして白銀の瑕痕を引き立てる。
冒涜的法則に侵され狂い啼く世界。
月の領域にて
──────月が、堕ちる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あっ………………………………ぶなっ!!!!!」
轟音と共に地表を穿つ大質量は、敵も味方も生物も無機物も強きも弱きも一切の区別無く蹂躙し尽くした。
それは、大技直後の松林も例外ではなく……。
「『豪運』の食いしばり無かったら僕死んでたよコレ!!!」
如何に身体操作に優れ『光陰矢如』による長距離転移が可能な松林と言えど、月の落下から逃げ切る事は出来なかったようだ。
しっかりと隕石ならぬ隕月に巻き込まれ、運良く。ほんっとうに運良く確率食いしばりスキルの『豪運』によって即死を免れていた。
「ダメージ喰らわない前提のビルドだから回復アイテムあんま持ってないんだよな……」
松林がボヤきながら、非常に毒々しい色合いの液体*1を一息に飲み干す。
みるみるうちに回復して行くHPバーを横目に周囲を見渡せば、見るも無惨に荒れ果てたクレーターの至る所に墓標のように白銀にして黄金たる深紅の月の破片が突き刺さっている。
周囲に漂う濃い霧は恐らく、衝撃によって吹き飛んだ《霧夜叉》の破片だろう。
流石の大規模レイドボスと言えど、雨葉の《竜化》から始まる大技の連続は堪えたに違いない。
散り散りになった霧は再び寄り集まろうと蠢いているが、その動きは緩慢だ。
「うーむ、まるで
草原の面影もない爆心地の中で松林が呟く。だが、彼はひとつ、勘違いをしていた。
白銀の破片が、黄金の欠片が、真紅の残骸が。荒れ果てた大地に突き刺さっている。
それは、その色は。決して月本来の色ではない。月詠の魔力に冒された狂い月の証。
砕けた月の亡き骸は未だ、魔導の色彩を纏っている。
キィイィィィィィィィィィイィィ──────
狂い月の骸が啼く。黒板に爪を突き立てる様な、ガラスを発泡スチロールで擦るような、そんな不愉快極まる怪音で。
無数に散らばる月の墓標が共鳴するように、鳴いて、哭いて、啼き喚く。
「あ? なん縺?縺薙l」
思考にノイズが走る。意識と感覚が乖離して、耳鳴りが響き視界はぐちゃぐちゃに歪み、UIすらも狂ったように暴れ出す。
「縺阪b縺。繧上k縺」。?!うれっとこあぎなねぢざめ」
HPだとかMPだとか以前にSAN値が削れそうな怪現象の中で、ぐちゃぐちゃに歪む松林の思考は、本能はただ一つの信号を発していた。
即ち、逃げろ。
だが、身体の自由が効かない。右足をあげたつもりが両目を閉じて、左足で踏み込んだはずが右手を上げていた。
荒れ狂う視界の中でMPが急激に減少していくのを頭の片隅で認識して──────。
「あ、やば。ごんにき巻き込んでた」
ポン。肩に手が置かれる。
その瞬間、狂い散らかしていた全てが嘘のようにすんと納まる。
「きぼちわる……。えー、これマキナさんの仕業です?」
「そうだよ。いやー、普段気軽にぶっぱ出来ないから忘れてた。この魔法、使用後に攻撃範囲内に狂気空間を付与するんだよね。失敗失敗」
たははと笑う月詠は、珍しく申し訳なさそうな表情で苦笑いを浮かべていた。
「なにそのデバフ僕知らない……。え、あのままだと僕どうなってました?」
「んー、多分、
「こっわ……。そんなクソヤバデバフ存在して大丈夫なの……?」
「さぁ。少なくとも私はこの魔法以外は効果弱めなのが一部ダンジョンの罠部屋にあるくらいしか認識してないから……かなり希少なデバフのはず」
「そりゃあんなのポンポン出てこられたらバランス崩壊どこじゃないですわ。んじゃ僕はまたアバらない内に撤退させてもらいますね」
「了解です。私は狂気の効果切れまでちょっと様子確認してますね。お二人の猛攻とごんにきがデバフかけてくれたおかげで完全レジストはされてないと思うんで出来そうなら追撃とかもしてみます」
「じゃ、まかせますね~」
そう言って、松林は後方の仮説要塞に向けて矢を放つ。数秒後、松林は無事に危険地帯から撤退することに成功したのだった。