【完結】追放演義 ~無能者と大富豪の屋敷から追放されて野良道士となった俺、異国の金毛剣女と出会ったことで、皇帝すらも認めるほどの最強の仙道使となる~   作:ともボン

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第五十八話  喪失

 最初に意識が戻ったとき、目の前は暗闇に包まれていた。

 

 失明したのではなく、(まぶた)が重くて開けられなかったのだ。

 

 うん、だったら大丈夫。

 

 私は心中で(うなず)いたが、それはあくまでも意識だけの問題だった。

 

 じゃあ、肝心の身体のほうはどうだろう?

 

 私は首から下へと意識を広げていったが、どうも肉体の感覚があるのかないのか微妙に分からなかった。

 

 となれば、まずは呼吸だ。

 

 呼吸が正常に働けば、人間の身体は活動できるように作られている。

 

 これは剣術を習った師匠の口癖(くちぐせ)だった。

 

 なので私は頭の中で規則正しく数を数えながら、その数に合わせて呼吸をはっきりと正確に行う。

 

 口呼吸ではない。

 

 鼻から吸って鼻から吐く。

 

 この鼻呼吸を小さくてもいいので延々(えんえん)と繰り返す。

 

 慌てる必要はなかった。

 

 ゆっくりと呼吸に意識を集中させ、肺に新鮮な空気を循環(じゅんかん)させていく。

 

 そうして何度も正しい呼吸を繰り返していると、自分の肉体の感覚が徐々に目覚めてくるのが分かった。

 

 同時に鈍い痛みをあちこちに感じるようになる。

 

 よく知っている打撲(だぼく)の痛みだ。

 

 そしてその痛みとともに身体の感覚が戻ってくると、今の私の身体に起こっている異常なことも明確になってきた。

 

 私の身体は何度も左右に揺れていたのだ。

 

 最初は船の上にでもいるのかと錯覚したものの、どうやら誰かが私のお腹を中心に両手で揺さぶっているようだ。

 

 それだけではない。

 

「……ア……シア……」

 

 五感が正常になってくると、誰かの声が聞こえてきた。

 

 大人の男の声ではなく、慌てふためくような少女の声だ。

 

 おそらく、その少女が私の身体を揺すっているのだろう。

 

「シア……リシア……アリシア……」

 

 しかもその少女は、懸命に私の名前を呼んでいるらしい。

 

 でも、一体なぜ?

 

 そこでようやく私は、後頭部や背中の部分に冷たくて固い感触を感じた。

 

 まさか、私は床の上に仰向(あおむ)けで寝ている状態なのか。

 

 だとすると背中側に感じる感触や、お腹を中心に身体を揺さぶられていることにも納得できる。

 

 とりあえず、まずは起きないと……。

 

 私は少女の声に(こた)えるべく身体を動かそうとする。

 

 だが、何だかおかしい。

 

 自分ではすくっと立ち上がったつもりだったが、そんな私の意識に対して身体を上手く動かせなかった。

 

 あれ、おかしいな?

 

 そもそも、私は何で仰向(あおむ)けの状態で床に寝ているのだろう。

 

 私は鼻呼吸をしつつ、記憶の引き出しを(あさ)った。

 

「――――ッ!」

 

 直後、私は声にならない声を発した。

 

 記憶の引き出しから勢いよく飛び出てきたのは、黒焦げだった魔王からの攻撃を受けた自分の姿だったのである。

 

 思い出した。

 

 私は魔王の攻撃で吹き飛ばされたんだ。

 

 かっと目を見開き、私は慌てて周囲を見渡す。

 

「気がついたんか、アリシア!」

 

 すると視線の先に見知った少女――春花(しゅんか)の顔があった。

 

「アリシア、大丈夫やんな? 死んでへんよな?」

 

 そんな春花(しゅんか)は心配そうに私を見つめている。

 

「死んでたらこうして目覚めていないわよ」

 

 そう言うと私は、春花(しゅんか)の身体をざっと確認した。

 

 顔や身体に目立った外傷は見当たらない。

 

 先ほどの爆発に対しても、柱の陰に隠れたことで難を(のが)れたのだろう。

 

 良かった、と私はほっとする。

 

 そして意識と身体を完全に覚醒(かくせい)させた私は、何とか腕の力を使って上半身を起こしていく。

 

「痛っ……」

 

 上半身を起こしただけで、全身の筋肉が悲鳴を上げた。

 

 強烈な打撲の痛みのせいで、身体が(なまり)のように重くて満足に動かない。

 

「あほか、まだ動いたらあかん。あんな場所から柱に叩きつけられたんやぞ。普通の人間なら下手すると死んでたところや」

 

 などと春花(しゅんか)は心配してくれたが、それでも呑気(のんき)に寝ている場合ではなかった。

 

 ようやく宿敵である魔王を見つけたのだ。

 

 今度こそ、元ではあるが勇者としての責務を果たさなければならない。

 

 私は気力を振り(しぼ)って立ち上がり、魔王がいた場所へと意識を向ける。

 

 すると――。

 

 ガギンッガギンッ!

 

 金属を打ち叩いたような音とともに、私の視界に異形の者と闘っている龍信(りゅうしん)の姿が飛び込んできた。

 

 異形の者。

 

 それは魔王に違いなかった。

 

 けれども、さっきまでとは姿かたちがまったく異なっている。

 

 人間の肉体、蝙蝠(こうもり)の翼、黒狼(こくろう)の身体の表皮がすべて()がれ落ちている異様な姿をしていたのだ。

 

 なぜ魔王がそんな姿になっているのかは分からなかったが、明らかに紅蓮水晶(ぐれんすいしょう)の爆発を受けてもほとんど損傷(ダメージ)を受けていない印象があった。

 

 これは大きな誤算である。

 

 紅蓮水晶(ぐれんすいしょう)の爆発を受けて黒焦げになったので、てっきり相当な損傷(ダメージ)を負ったものだとばかり思っていたのだけれど……。

 

 もしかすると、1年前に闘ったときよりも今の魔王は強いかもしれない。

 

 魔王は憑依(ひょうい)する人間によって強さが変わると言われていたが、おそらくあの魚鱗(ぎょりん)のような肌をしていた男が異常に強かったのだろう。

 

 加えて魚鱗(ぎょりん)のような肌をしていた男が、おそらくは魔王と相性の良い負の精神と身体を持っていたとも考えられる。

 

 だとすれば、今の魔王が1年前よりも強いことにも納得がいく。

 

 私は痛みを(こら)えながら、魔王と龍信(りゅうしん)の闘いを見つめた。

 

 そうなると、いよいよ呑気(のんき)に休んでいる場合ではない。

 

「あかんて、アリシア。どう見てもフラフラやないか。あの化け物は龍信(りゅうしん)に任せて大人しく寝とくんや」

 

「馬鹿を言わないで。龍信(りゅうしん)は私の事情を知って旅に同行してくれた協力者のよ。なのに、その協力者にだけ闘わせるなんてできないわ」

 

「そうは言うても、そんなボロボロの身体で闘うなんて無茶やで。今かて立ってるだけで精いっぱいやろ?」

 

 私は二の句を告げなかった。

 

 春花(しゅんか)の言った通り、今の私の身体は立っているのがやっとである。

 

 正直なところ、魔王と龍信(りゅうしん)の場所まで行けるかどうかも分からなかった。

 

 とはいえ、やはりここまで来て何もしないという選択肢はない。

 

 なので私は薬士(くすし)である春花(しゅんか)に頼んだ。

 

「お願い、春花(しゅんか)。どんな薬でもいいわ。私の身体を満足に動かせるような薬をちょうだい」

 

 これには春花(しゅんか)も目を丸くさせた。

 

「いやいや、ここに薬箱はあらへんよ。うちかてぎょうさんの悲鳴を聞いて何事かとここに来ただけなんや。せやから薬箱は別の部屋に置いてきてもうたし、仮に薬箱があったとして瀕死の人間の怪我を治すほどの薬は……あっ!」

 

 早口でまくし立てた春花(しゅんか)だったが、やがて何かを思い出したように(ふところ)から包み紙を取り出した。

 

 そして春花(しゅんか)は包み紙の中から1粒の丸薬(がんやく)を取り出す。

 

「それは……」

 

 私はその丸薬(がんやく)に見覚えがあった。

 

 春花(しゅんか)がこの東安(とうあん)に来る道中(どうちゅう)に作っていた薬だ。

 

 確か名前は……。

 

真種子(しんしゅし)

 

 春花(しゅんか)丸薬(がんやく)の名前を口にした。

 

 そうだ。

 

 あれは真種子(しんしゅし)という名前の丸薬(がんやく)で、滋養強壮(じようきょうそう)の効果が高く、怪我自体や怪我による体調不良なんかによく効くと言っていたはずである。

 

「……ちゃんと持ってるじゃない」

 

 私は渾身の力で春花(しゅんか)の手から真種子(しんしゅし)を奪い取った。

 

「待つんや、アリシア! その真種子(しんしゅし)瀕死(ひんし)の状態の人間には効き目が強すぎる! せめて半粒だけで様子を見るんや!」

 

 という春花(しゅんか)の静止の言葉を無視し、私は(わら)をも(つか)む気持ちで真種子(しんしゅし)を1粒すべて飲み込んだ。

 

 ……ドクン!

 

 真種子(しんしゅし)を飲み込んだ直後、私の心臓が激しく脈動する。

 

 同時に全身から力が一気に抜け、糸が切れた人形のように両膝から崩れ落ちた。

 

 冷たくて固い床の上にうつ伏せになる。

 

 やがて全身の悪寒とともに、激しい頭痛が襲い掛かってきた。

 

 加えて胃が逆流してくるような吐き気まで込み上げてくる。

 

 そして――。

 

 私の意識は、再び深い闇の中へとゆるやかに落ちて行った。

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