その彼岸花、劇毒につき注意されたし。 作:ビターエンドは美しくあるべきだと思う
「たきなちゃん。コーヒー一つ。」
「少々お待ち下さいな。」
リコリコに
はじめのうちはおぼつかなかった喫茶店の仕事も、それなりにこなせるようになってきたと思う。
常連さんたちとも良好な関係が築けているし、何ならDAにいた頃よりもよほど順風満帆と言える。
リコリスとしてそれはどうなんだとは思うこともありますが、
「店長。注文入りました。」
「……聞こえている。」
そんなジト目しなくてもいいじゃないですか。
イケオジフェイスが台無しですよ。
ほら、スマーイル。
「シンジ。私に直接言えばいいだろう。」
「ふふっ。嫉妬かい?ミカ。」
「冗談はよせ。」
カウンター越しに談笑する二人。店長をからかうのは白いスーツの男性、吉松シンジさん。リコリコの常連で、何より私が最初に対応したお客さんでもある。
「うん。今日もいい味だ。」
「ふっ。まあな。」
二人の楽しげな声が聞こえてくる。
前々から思っていたがこの二人、やけに距離が近い気がする。やはり、そういう関係なのだろうか。
愛の形は人それぞれ。二人の関係に口を挟むつもりはないが、朝から随分見せつけてくれる。
おぉっと。こんなところにいては二人の邪魔ですね。
「それではごゆっくり〜。」
「ッたきな……!」
厨房に引っ込み、シンクの蛇口をひねる。
今日はこれから
あぁ、先に言っておきますけど、けして店長をからかう意思はありませんよ?
あくまで真面目に仕事をしているだけですので♪
「お待たせぇっ!千束が、来ましたー!」
おや。やっとお寝坊さんがやってきたようですね。
そろそろ時間もいい頃合いでしょうか。
「店長。そろそろ。」
「あぁ、もうそんな時間か。」
拭いた食器を棚に戻し、着替えに行くついでに千束さんの額にデコピンをお見舞いしておく。
「あいてっ!」
「遅刻のバツです。」
全く。準備もあるから遅刻をするなとあれほど念を押しておいたのに。
涙目で赤くなった額を抑える千束さん。
そんな姿も可愛らしい…、って違う違う。
この人、どういう原理かは知らないが、普通にデコピンをしてもまるで未来でも見ているかのような精度で躱してくる。
おかげで今の所、命中度は60%ほどしかない。
今日は吉松さんに意識が向いていたおかげで簡単に当たったが、いつもこのようにはいきません。
流石は最強と言われるまでのことはある。そのうち百発百中で当ててやりますからね。
……って、どうしました?吉松さん。そんな呆けた顔をして。
「あ、あぁ。もう店を閉めるのかなってね。」
「野暮用でな。夜にはまた開けているから時間があるなら来るといい。」
……何かをはぐらかされた気がしますが、まぁいいでしょう。
「ほら、千束さんも早く準備してください。」
「うぇえ、もうちょっとお話させてよ〜。」
「遅刻しなければもっとお話できたでしょうね。」
「ぐはっ!」
必殺正論の刃。もう一発食らわせてあげましょうか?
「結構です!」
ハイよろしい。
……ってこら、そこのお二人さん。微笑ましい顔でこっち見るんじゃありませんよ。
なに?お母さんみたい?失礼ですね。私はそんなに老けてません。
「たきなママ〜!」
「しばきますよ。」
「しばくって何!?」
信じられます?コレが最強のリコリスなんですって。
◇◇◇
今回の仕事の内容をざっくらばんに纏めると、とあるハッカーの護衛である。
名を「ウォールナット」。日本語でクルミと言う。
この
そんな彼だか彼女だか知らないが、ウォールナットは今現在、とある武装集団に追いかけ回されているらしい。
何をしでかしたかは知らないが、ハッカーが追いかけ回される理由なんて一つしかないだろう。
一体誰の秘密を解き明かしてしまったのやら。
ともかく、現在進行系で物理的に命を狙われている哀れなハッカー殿は、国外へと逃亡するべく羽田空港へと向かっているらしい。
羽田までの直通ルートはミズキさんが確保済み。そこへたどり着くまでの護衛をするのが今回の仕事だ。
ーーという懇切丁寧な説明を、遅刻したせいでミーティングに参加していない千束さんにしているのですが……
「聞いてます?」
「いらいぬひってすごうではっかーなんれひょ?どんなひとかなぁ?」
まったくもって今の説明と関係のないことを口にしながら、特急に乗る前に購入していた駅弁をせっせと口に運ぶ千束さん。
間違いなく聞いてませんよね、これ。やれやれ。
「はしたないですよ。飲み込んでから喋ってください。」
「むぐ……、やっぱり痩せててメガネの小柄な男かな?」
ふむ。だいたいハッカー、と言われて思い浮かべるのはそういった容姿でしょうが……もう少しひねりがあってもいい気がする。
例えば、そうですね。
「案外、ゴリラみたいなマッチョだったりするかもしれませんよ?」
「ゴリラって……ブフッ。」
千束さんが吹き出す。
きっとどんなに厳重なプロテクトであろうと、パワー(物理)でこじ開けてくれるでしょう。
「物理でこじ開けてどうすんの。」
「力こそパワーって言うじゃないですか。」
大丈夫ですよ。セキュリティロックを力技でこじ開けた上に、それを正規解除方法にしちゃう人もいますし。案外なんとかなりますって。
「ゴリラ……」と時折呟き、笑いをこらえながらも駅弁を口に運ぶ千束さん。
私も小腹が空きましたね。目的地につく前に私もなにか口に入れておきましょうか。
「う〜ん?たきな、それ何?」
「ゼリー飲料ですが。」
本日私の昼食に選ばれた栄誉ある食品、十秒でチャージできる便利なやつである。
食べる片手間に本を読んだりスマホを見れたり、本当に便利ですよねこれ。
今日みたいなスケジュールの日には重宝する。
「いやいやいや、たきなさん。今の状況わかってる?」
「特急で現場に向かっていますね。」
はて、何を言いたいのだろうか?
これ以上に簡潔な説明もないと思うのだけれど。
「だからぁ、その前にお昼食べとかなきゃ!」
「食べてるじゃないですか。」
「えぇ〜!特急といえば駅弁でしょ〜!」
あぁ、そういえばこの人なんにも話聞いてなかったな。
お弁当の減りが妙に遅いと思ってはいたが、まさか目的地も聞いていなかったとは。
「あのですね。千束さん。」
そういいかけたところで、唐突な車内アナウンスが流れる。
『ご乗車ありがとうございました。間もなく、北千住、北千住です。お降りの方はお手荷物などお忘れ物に気をつけてーー』
……どうやら、時間切れのようですね。
特急の速度が緩んだ行くのを感じながら、膝の上に置いておいたカバンを背中に回して席を立つ。振り返ると、ぽかんとしている千束さんの顔が見えた。
「さ、降りますよ。」
「うぇ!?もう!?!?」
「10分足らずで乗り換えだと、お弁当買うときにも言ったでしょう?」
はいはい、と聞き流していたから、てっきり完食する自信があるものなのかと思っていたのですが……。
ともかく。もう止まりますし、行きますよ。
「ちょっとまってよ〜!」
いやで〜す。
◇◇◇
「やっぱり私が運転するぅ!」
「いいえ私が運転します!」
ぐぬぬ。頑固な人ですね。さっき私が逃走用の車の運転をするってことで話がついたじゃないですか。
「だって!」
言いたいことはわかる。わかりますよ……!
「あんな車、運転できる機会なんてそうないでしょ!」
私達からフェンスをはさみ、向こう側に見えるのは真っ赤に輝く流線型のボディ。
いわゆるスーパーカーと言うやつだ。
アレが逃走用の車らしい。
あんなもの見せられて、運転できないなんて生殺しもいいところでしょうが!
……いいえ落ち着きなさい井ノ上たきな。貴方は今なぜここにいるのですか?
そう。哀れな迷える
こんなところでわからずやな先輩と口論している暇などありません。
かくなる上は……
「千束さん。」
「なに?」
この世で最もシンプルかつ、誰もが平等に天より授かる「運」によって全てが決する勝負事。
その名は、
「じゃんけんで決めましょう。」
これならば何も文句はあるまい。
「うしし。よーし行くよ〜!」
さあ行きますよ。私は握った拳を突き出し……ん?
「最初はーー「ちょっとまって。」ーーんもう。何?」
「なにか来る。」
「ほえ?」
少し耳をすますと、それの正体は車の走行音ようだ。
しかし、妙に音が激しい。
この付近の道は皆、そこまで広い道ではないはずなのだけれど。
それに、こちらに近づいてきているような……?
そう思っていると、私達の目の前に一台の乗用車が飛び出してくる。
えぇ……。乗用車が出していい排気音じゃないでしょう。あれ。
それに、そもそもあんなきれいなドリフトができるような車種じゃないはず。改造車でしょうか?
その車は、ゴムとアスファルトが削れる音を響かせながら私達の目の前で急停止。勢いよく空いた運転席から、一体の着ぐるみが姿をーー着ぐるみ?
「なぜ……?」
「というかなに?」
表情、というより全身気ぐるみなせいで最早何もわからないのだが、私達の疑問をよそに彼(彼女?)は声を張り上げた。
『ウォール!』
ウォール?ウォール……壁?
はてなんのコトでしょうか?
……ん?ウォールですと!?
「……ナット。」
できれば人違いであってほしいのですが……あ、御本人?あ、そうですか。
『早く乗れ!追手が来ているッ!』
「……了解です。」
いやー、このシュチエーションは予想していませんでしたね。
というより着ぐるみのハッカーが乗用車でアクロバティック全開の運転をしながら護衛を迎えに来るってどういう構図?
いくら多様性が求められる時代とはいえ、これは少々想定外がすぎる。
て言うよりあの真っ赤なスーパーカーは何?
うぅむ、謎だ。
まぁ、これが任務だと言うなら仕方あるまい。
かくして私は、後ろ髪引をひかれながらも千束さんを後部座席に押し込み、自らもその後に乗り込むのであった。
◇◇◇
『予定と違って済まないな。僕がウォールナットだ。』
予定というより色々斜め上です。
「はいはい、千束で〜す」
「たきなです。よろしくお願いします。」
先ほどのスーパーカーのこともあってか、未だにふてくされた様子の千束さん。
お気持ち、わかりますよ。憧れますよね。かっこいい車で敵の追撃を躱し、主人公よろしくその場から颯爽と消え去るカーチェイス。
まぁ、任務なので諦めます。諦めますけど?
……ぐぬぬ。誰だあんなところにスーパーカーなんて駐車したのは。変な希望を持ってしまったではないか!
持ち主見つけたら文句言ってやりましょう(八つ当たり)。
「てか、思ってたハッカーさんとだいぶ違いますね。」
『底意地の悪い痩せた眼鏡小僧とでも?だとしたら映画の見すぎだよ』
だとしても着ぐるみのハッカーとか誰が想像できますか。さっきも言いましたけど予想の斜め上です。
そういえば、この着ぐるみなんの動物なんでしょうか?妙に間の抜けた顔面のせいで判別がしづらいのですが。
『ハッカーは顔を隠した方が長生きできるってだけさ。――それよりも、僕としてはJKの殺し屋の方が異常だよ。リコリス』
リス?いや、リスはもっと可愛げがありますし、どちらかといえばネズミでしょうか?なんとなく底意地の悪そうな顔面からそんな気がしてきた。……いやまて、クマっぽい気もするぞ?う〜んーー。
「ゴリラのハッカーより良くない?」
『ごり……!?』
「なるほど。」
ゴリラ、ゴリラ。千束さんあなた天ッ才ですか。
もうゴリラにしか見えない。
ゴウリ的なゴリラ……ハイ、千束じゃ〜ないと。
「ちょ〜いちょいちょい!なんで私発案みたいになってんの?」
「………ッッ!!」
まあまあ、そうカッカしないで。ほら、ウォールナットさんも肩震わせて笑ってるじゃないですか。
『ゴリラじゃない!リスだッ!』
わっ、びっくりした。急に大声を出さないでほしい。
というより、またまたそんな御冗談を。
「コングナットさん。」
「ブフォッ!」
『ウォールナット!
もう。そんなカリカリしないでください。体毛剥げますよ。
え?無理?
仕方ないですね。キャンディーいりますか?あぁ、着ぐるみだから食べられないんでしたね。代わりに私が食べておきます。
『こ、こいつ……!』
「あ、あはは……。」
飴うま。
「ところでコングナットさん。」
『ウォールだって言ってるだろ!』
「それは一体?」
『ハァ……もういい。それは僕の全てだ。国外逃亡には身軽な方がいいだろう?』
「そのカッコがすでに身軽じゃないよね?」
ごもっとも。正体を隠すにせよきぐるみである必要性ってあるんでしょうか?少し大きめの服や、顔を隠すにせよもう少しやりようがあるような……。
まあ、私的にはアリよりのアリですが。主にネタ的に。
しっかし海外ねぇ……。あまり考えたことありませんでしたけど、よくよく考えてみると私達にとってはえらく遠い世界ですね。
『そうなのか?』
「戸籍がありませんからね。パスポートが取れないんですよ。」
『……』
あらら。気まずい空気になってしまった。
いやそんな黙りこくらないで……あぁもう!だから、前も言いましたけどこういう空気嫌いなんですってば。
「やだなぁ。しんみりしないでくださいよ。……トングナットさん。」
『もはや動物ですらないんだが!?』
そりゃまぁ海外っていうワードに憧れはしますけど、だからといって同情されるいわれはない。つまるところ余計なお世話、というやつですね。
『はぁ……。少しでも気に病んだボクが馬鹿だったよ。』
「私は行ってみたいけどな〜。」
「リコリコが潰れますよ。」
「あ、そっか。」
ファーストリコリスがいなくなったら支部の存続ができなくなるでしょうが。ミズキさんが怒りますよ?「男との出会いの場がー!」って。
……おや?
「ナットさん?行き先羽田ですよ。」
何故反対方向にハンドルを切っているんだこの人は?
『どうした?』
「いやそれこっちのセリフ。」
着ぐるみがハンドルから手を離す。しかしハンドルが勝手に動き、車はあらぬ方向へと進路を変える。
あー、これは、
「さてはハッキングされましたね。」
『らしいな。』
モニターに映り込む四角い箱に目と口をつけたようなマーク。
『ほう。ロボ太め。腕を上げたな。』
千束さんの悲鳴を後ろに置き去りにし、車はぐんぐんとスピードを上げていく。
あれ、たしかこの先には海があったような……。
このまま行くと我々、海の藻屑になってしまうのでは?
「ピンチですねぇ。」
『だな。』
「なんでふたりともそんな冷静なのさ!?」
冷静?いえ。そんなことはないですよ。
「面白く、なってきたじゃないですか。」
ノーコンテニューでクリアしてやりますよ。この