その彼岸花、劇毒につき注意されたし。 作:ビターエンドは美しくあるべきだと思う
ーーとはいったものの、どうしましょうか。
ハッキングされているなら大本を切ってしまうのが一番手っ取り早いですけど……
「ルーターどこよ?」
『知らん。僕の車じゃないんだ。』
となると、此方側からネットワークを切断をするのは不可能か。
時間があるならじっくり探せるのですが、あいにくそんな暇はない。
気づけば海の藻屑になってました〜なんてゴメンですからね。
では作戦を変えて、向こう側の通信を断ち切ってしまいましょうか。
「千束社長。」
「社長ってなによ。」
「後方よりドローンの追跡を確認いたしました。」
「なんやて工藤!?」
「井ノ上です。」
千束さんのボケにツッコミを入れつつ後方に視線を促す。
そこには、一定間隔を保ちながらこちらをつけてくる一台のドローンの姿が見えた。
状況からして、あのドローンを介してこちらをジャックしているようですね。
ナットさんの話のとおりであれば、車の制御を取り戻すと同時にアレを破壊すれば万事解決。ゲームクリアとのこと。
どうです千束さん。見せ場はお譲りしましょうか?
「今回は遠慮しとこうかなぁ……。たきなは行ける?」
そういえば
それならば、もちろん。
「
決まったァ……!
ね、ね、どうです?最高にクールじゃないですか?
「あ〜……、うん。」
『……ほら。制御を取り戻すぞ。』
む。なんですかその微妙な反応は。
あのですね……
『はい、3!』
あ、ちょっと!
ぬぐぐ……。
帰ったら覚えといてくださいよ!この台詞についてみっちり語ってやりますからね。
『2……』
ハァ……。
それでは気持ちを入れ替えて。
お願いしますね千束さん。
「まっかせろい!」
『1ーー!』
ナットさんのカウントが完了したと同時に、車内に響く発砲音。
それと同時に赤い粉末を撒き散らしながらひび割れる窓ガラス。千束さんの非殺傷弾だ。
次いで、千束さんが体制を低くしたと同時に私が窓ガラスへ突撃するーー!
派手にガラス片を撒き散らしながら身を乗り出し、車体後方に向けて愛銃を構える。
狙いは、完璧。
計算通りにドローンを捉えた。
突然ドローンの動きが変化する。逃げるおつもりですか?
もっとも、逃がす気はありませんが……
「ねっ!」
喰らえ。
三度、引き金を引く。
手応え、あり。
その証拠に、一拍おくれてドローンが火を吹いた。
へっ。きたねぇ花火だぜ。
……って、見てる場合じゃないですね。
視界の端で、着ぐるみが思い切りブレーキを踏み込もうとしているのが見える。このまま身を乗り出していたら、仮に車外にふっ飛ばされても文句は言えまい。
頭を引っ込めて座席にしがみつく私と千束さん。
良い子のみんな!ここで一つ、お姉さんとのお約束です!
車に乗るときは、いついかなる時でもきちんとシートベルトをしておくこと。じゃないと……
ギギャギャギャギャギヤッッ!!!
「うひゃあぁぁ!?!?」
「あら〜〜。」
こうなるので。
目が、回る…………。
◇◇◇
さて。状況を整理しましょうか。
色々省いて結論だけ言うと、まず私達は大きな怪我もなく生きている。
高速道路並みのスピードが出ていた車体に急ブレーキをかけたせいで、めちゃくちゃ気分が悪いことを除けばほぼ無傷と言っていいでしょう。
いやー、実に朗報ですねコンチキショー。
まあいいです。命あっての物種。
そこはこの際おいておきましょう。
では次に、車の状態。
「落ちるね。」
「落ちますね。」
片側の車輪が海に投げ出された状態で、なんとか陸地に踏みとどまっている。
……いや、踏みとどまっているというより、奇跡的にぎりぎり落ちずに済んでいるといったほうが正しいか。
ものすごく簡潔に言うと、ものすごく危ない状態です。
シートベルトもせずに暴走車両に乗り合わせてしまった気分である。
とにかく、さっさとこんな車降りてしまうに限りますね。
しかし誰か一人でも動いたら海に真っ逆さま。とはいえのんびりしていたら追手が来てしまう。
……仕方ないか。
ドアに手をかけ、開け放つ。
「たきな?」
「千束さん。ちょっとすいません。」
私が車から下りると同時に、ギリギリバランスを保っていた車体が軋みながら海の方へと傾きはじめた。
「うぇ?……ってちょいちょいちょい!」
『おいっ!?何考えてーー!』
まぁまぁお二人さん。ちょっと落ち着いて。
「ほっ。」
ドアのヘリに両手をかけ、片脚で車体を抑える。最後に空いた方の足をーー
ダンッ!!
ーーと、思い切り地面に突き立てて準備完了。
せーの……
よいしょおおおお!!
「お……おぉ?!」
『……マジか。』
傾いていた車体が水平に戻っていく……ってあぁやっぱり重たい!
ほらそこのお二方!惚けてないでさっさと降りる!
「降りるから!揺らさないで〜!」
それから程なくして、ズブズブと海に沈んでゆく車。
それを見送る我ら三人。
よくやってくれた。君の頑張りを無駄にはしない。
あ、ちょっと悲しいかも。
ーーえ?不法投棄?仕方ないでしょう流石に陸地まで引き上げるほどの力はありませんよ。
文句ならロボ太、とかいうネーミングセンス皆無のハッカーにでもいってください。
あー疲れた。
……っと、それよりも
「あれ、敵か……。」
先程から感じていた視線を辿って振り返ると、少し離れた場所からこちらを見ている複数の影が見えた。
どうやら彼らがナットさんを狙う傭兵らしい。
こちらを一瞥すると車に乗り込んで、……おや。
「あの方角って……」
たしかあっちにはミズキさんとの合流ポイントがあったはず。
十中八九待ち伏せ、でしょうね。
となるとこちらの行動は予測済み、と見て良さそうですか。
同じハッカー同士、なにか思考や行動に通ずるものでもあるんでしょうかね。
ともかく、
「とりあえず場所変えよっか。」
まったく、休む暇もありゃしない。ですね。
◇◇◇
「ここで傭兵さんがたを巻きましょう。」
『一つ聞くが、巻ききれなかった場合どうなる?』
「全員揃って地獄行き、運が良ければ天国に行けるかもしれませんよ。試してみます?」
「やめてよ縁起でもない……。」
ふむ。場を和ませようと思ったのですが、かえって湿気た雰囲気になってしまいましたね。
やはりジョークというのは難しい。どこかに教材でも売っていないものでしょうか。
ちょうどここ、スーパーですし。……もっとも、大分前に潰れてますけど。
「あ、今のはちょっと面白かったかも。」
「やったぜ」
作戦はこう。
まずこの廃スーパーに立てこもったと敵を錯覚させ、わざと包囲させる。
すると自ずと戦力は分散し、相手の人数から見ても接敵するのは一度に一人が二人程度になるでしょう。
そうすればあとは簡単。敵を各個撃破しつつ裏口に回り、脱出。
『おいまて。今
はて何のことでしょう。
電波受信なんてしていないで、さっさと行きますよ。
『誰のせいだ、誰のっ!』
はてさて、なにをいっているのや……ら?
「?どうしーー」
いま後ろからイヤーな音がしました。正確に言うと。音を建てないように細心の注意を払って銃を構えたような音が。
確認している暇はないッ。
私は反射的に手に持っていたスーツケースを商品棚の奥へ蹴り飛ばし、着ぐるみを抱えて棚の隙間へ飛び込む。
振り返った千束さんもその目に写った光景に一瞬で顔色を変え、私達につづく。
直後、私達の直ぐ側を駆け抜ける銃弾の雨霰。
うわー、あと、コンマ数秒遅れてたら蜂の巣でしたね。ギリギリセーフ。
「千束さん。敵の数は?」
「二人。人数は同じだね。」
「いいですね。実にフェアーじゃないですか。」
さて面白くなってきた。
ここでの定石は、相手が弾の切れたマガジンを取り替える一瞬のスキをつき、反撃すること。
だけれど、そんな待の姿勢は私の趣味じゃぁない。
「千束さん。カウント3で合わせて。」
「何すんの?」
「ちょっとプレゼントをね。」
私は手に持っていたそれを千束さんに見せる。
「なにそれ?」
「スモークグレネードです。」
目くらましから煙幕、撹乱。その用途は幅広く、非常に使い勝手の良い私の愛用品だ。
それのピンを抜き、火線迸る敵の方へと棚越しに放り投げる。
3、2……1
「っなんだ!?」
銃撃が、止んだ。
◇◇◇
「今っ!」
たきなはそう叫ぶと棚から飛び出し、すぐさま狙撃体制に入った。
でも、敵だってそれなりの死線はくぐり抜けている。すぐにたきなの方へと銃口を向け、しかし何をさせるよりも早くたきなが引き金を引いた。
改めて思うけど、たきなの射撃センスはずば抜けている。
とてもじゃないけど真似しろって言われても無理。
今も、たった一発の弾で敵のライフルを撃ち落とした。
まぁ、だからって引けを取るつもりはないけどね!
「くそっ!」
まだライフルを持っているもうひとりが、煙の中からたきなに銃口を向けている。
流石に判断が早い。あのままパニックになってくれれば楽だったんだけど、そううまくは行かないか。
でも、たきなが先んじて反撃してくれたおかげで私はノーマークだ。
「よっ……と!」
棚の上から飛び出し、銃を構える。
この距離なら外さない。喰らえ!
「ぐ……!」
ありゃ、あんまり効いてない。防弾チョッキでも着てるのかな?
つっても関係ないけど……
「ねっ!」
「ぐほっ……!?」
鳩尾に至近距離で3発。
防弾チョッキは、弾の直撃は防げても衝撃までは殺せない。
堪らず男は空気の塊を吐き出し、倒れ伏した。
へへん。ざっとこんなもんよ。
パチパチパチ
と、後ろから手をたたく音が聞こえる。
振り返ると、たきなが私に向けてサムズアップをしていた。
どうよ。千束様って呼んでもいいだぜ。
「それはまた今度ね。さ、行きましょう。」
あらら、振られちゃった。
まぁしょうがない。それよりもさっさとここから離れよう。
いくつか足音が近づいて来ている。
「ス、スーツケースを……」
「あなたも大概たくましいですねぇ。」
やれやれ、と首を振るたきな。
それは同感。ハッカーってみんなあんな感じなのかな。
私はウォールナットさんを、たきなは蹴り飛ばしたせいで横倒しになっていたキャリーケースをひったくって走りだした。
隣を走るたきなの顔を見て、思わず自分の顔がニヤけるのを感じる。
あぁ、やっぱり誰かと肩を並べて仕事をするのは楽しいな。
先生とミズキもいるけど、先生はむかしの怪我で、ミズキは言わずもがな前線に出て戦える人じゃない。
だからこうやって、隣を走ってくれる
「あの、なにか?」
へ?!い、いやなんでもないよ!
「そう?」
ふぅ。相変わらず鋭いというか、何というか。
あんなこと考えてたなんてバレたら顔から火が出るわ!
気をつけなきゃね。
そうこうしているうちに裏口まであと少しだ。
あそこの角を曲がればすぐそこに見えるはず。
まずは私が先に出て、通路の安全を確認して……
「ッ!?待って!」
「へ?……っうひゃあ!」
突然、たきなの静止とともに、私は腕を掴まれて後ろに引き戻される。
それにすれ違うようにして、たきなが前に。
なにを……?
たきなの手が背中に回っている。
たしかあそこには刀が隠してあったはず。
そんなことを考えていた、その時。
何かが振り下ろされる、風を引き裂くような鈍い音が耳に刺さる。
「シッ!」
鞘から引き抜かれ、振り上げられた刀身が、上から降ってきた巨大な何かとかち合った。