その彼岸花、劇毒につき注意されたし。 作:ビターエンドは美しくあるべきだと思う
こんなに接近するまで気が付かなかったなんて、自分の未熟さが恥ずかしくて仕方がない。
上から降ってきたのは、人の身の丈ほどはある長大な鋼鉄の刃。
その柄を握るのは、ライダージャケットにフルフェイスのヘルメットを被った一人の男。
「いい剣ですね。どこ製ですか?」
「……。」
私の軽口には反応を示さず、目の前の男はただ無言で体重をかけてくる。
ぐ……。重い。
思わず食いしばった歯の端から空気が漏れる。
さっきの乗用車の比じゃない。ダンプカーでも上に乗ってるのかと思うほどの重圧だ。
骨がきしむ嫌な音とともに、目に星がちらつく。
本当に人間か?この人。
実は人型ロボットでした〜(ぱふぱふ)とか言われても納得してしまう自信がある。
「人の相棒に何してんのさ!」
と、そこに千束さんが間に割って入ってくる。
構えた銃の引き金はすでに引き絞られ、逃げる暇も与えずに銃口が火を吹いた。
弾丸はそのまま男の顔面へと……あ?
「うっそ……!?」
怒涛の至近距離射撃をうけて、男はなんと無傷。
ウッソでしょあの距離で?
なんて反応速度してるんですか。
今の一連の流れで、私達の男に対する警戒度は一気に跳ね上がった。ナメてかかれる相手じゃない。
そんな私達を見据えたまま、男はまた無言のまま剣を構えーー
「……容赦ないな。お嬢ちゃん。」
ーーいや喋るんかい。
「悪いか?」
「いえ、別にそういうわけではないですが。」
無言で殺しにかかってきた相手が急に喋りだしたら驚きますよそりゃ。しかも割とイケボとか言うおまけ付き。
あー、護衛対象もあのよくわからないキグルミよりこのイケボだったら良かったのになー。
「たきな。事実でも言って良いことと悪いことがあるよ。」
『そこは否定してほしかった。』
なんだか今ので一気に気が抜けましたね。向こうも剣を降ろしているし、そこまで敵意があるわけではないのかも?(出会い頭に殺されかけたことには目をそむけつつ)
一応交渉を持ちかけてみましょうか。
「口がきけるついでにお聞きしますが、貴方の目的は?」
「そこのキグルミを殺せってさ。」
なるほどなるほど。それで、見逃してくれる気はないかなぁって。
「残念。仕事だ。」
「ですよね。」
駄目で元々。そもそもあんまり期待はしてませんでしたけど、やるしかなさそうですね。
「そっちこそ引く気、ないか?」
ほう?このキグルミを置いていけば私達は見逃してくれる、と。
随分とお優しい。
そういう人嫌いじゃないですよ。
もっとも、
「こちらも仕事ですので。」
隣で千束さんが頷く。
リコリコ初の大仕事だ。失敗なんてゴメンですね。
報酬額も見なかったふりができるほど小さくない。
リコリコって結構経営難っぽいんですよね。
店長のコーヒーを飲み続けるためにもこの仕事はゆずれない。
それに……
「これ、どうしてくれるんですか?」
先の一撃を無理やり防御したせいで、半ばひしゃげた私の
結構気に入ってたんですがねぇ。
また、打ち直さなければならない。
結構バカにならない金額するんですよ?
「知らん。俺ならそんなヘマはしない。」
………。
…………。
………………。
「はあ?」
へー。へぇーー!!??!
なに?自分はそれくらい普通にできますよーって?そんなこともできない私は貴方よりも劣っていると、そう言いたいんですか?!
「あぁ。」
あ、今プチーンと切れました。
私のマリアナ海峡よりも深く、青く澄み渡った空よりも広い堪忍袋の尾が真っ二つに引き裂けました。
「千束さん……。」
「な、何でございましょうか?!?!」
どうしたんですか?急に敬語なんて使っちゃって。
顔色も悪いし、体調が優れませんか?
『お前のせいだろ。』
あぁ。そうですか。
すみませんねぇ。ちょーっと今ブチギレちまっているもので。
この男をボドッボドにしてやらねーと気がすまないんですよぉ。
でもひとかたまりの団子になるのは良くないと思うのでぇ、ナットさん連れて先に行っててもらえますか?
「い、イエッサー!!」
「おいおい。折れかけのそれで俺に勝つつもりか?随分な自信だな。」
「貴方の首筋掻っ切るくらいなら問題ないですが?」
「……ほーん。言うな。」
男が剣を構える。
今の煽りが効いたのか、バイザー越しに視線が捉えているのはナットさんではなく私だ。
随分沸点が低いようで。
『お前が言えたことか?』
おだまりなさい!
殺されかけるは刀折られるは煽られるはで腹立ってるんですよ!
それに、それにーー
「似てるんですよね……。」
「ほへ?」
ああ、何でもありません。
さ、いつ新手が来るとも限りません。早く。
……うん?どうかしました?そんな神妙そうな顔で。
「たきな。」
「なんですか?」
「命、大事に。ね?」
ーーええ。わかっていますとも。
殺しませんし、死にませんよ。
「わかってるなら良し!」
走り去る二人の背を見送り、男と再び対峙する。
バイザーのせいで見えないが、その視線は私を射抜いて離さない。
「追わなくてよかったんですか?」
「背中向けたらどうなるかわかったもんじゃないからな。それに、下手に追うよかお嬢ちゃんの足止めをしたほうが良さそうだ。」
まあ、そりゃそうですよね。
向こうからしてみれば、たった一人人員を裂くだけで戦力を半数に減らせるわけですし。
うまいこと分断されたような気がしなくもないが、
「あなたをさっさと倒してしまえば問題ないでしょう。」
ホルスターから愛銃を引き抜く。
刀は温存だ。とどめを刺すだけならば十分に使えますしね。
え、殺しはしないんじゃないのかって?
フフ。再起不能にするのはアリでしょう?
とりあえずベルトにでも固定しておきましょうか。
男もまた、大剣の鋒をこちらに向けてくる。
「一つ、聞いてもいいか。」
「手短に。」
さっさとあなたをぶっ潰して千束さんと合流しなくてはならないんですから。
まぁ、そこんじょそこらの相手に彼女が遅れを取ることはないと思いますがーー
「俺が誰に似てるって?」
「……」
まさか、聞こえていたとは思わなかった。
今一度男を見る。その顔は、バイザーのせいでよく見えない。
それなのに、その奥にはよく知った顔が写っていた。
今から殺し合う敵同士、何を教えてやる義理もない。
ない、はずなのに、
「ーー私の、大嫌いな人です。」
口は勝手に言葉をこぼす。
「約束をすっぽかされて、どこにいるのかと雨の中を探し歩いた。」
本当に、やめておけばよかったと思う。
どうしてあそこまで必死に探し回ってしまったのか。
約束を破った最低なやつだと、それで見切りをつけてしまえばよかったのに。
「見つけたときには、もう手の届かない場所にいた。」
触れられるし、言葉も交わせるのに、どうしても手が届かない。
挙句の果てには自らの手で殺せなどと言う。
「そんな人に、よく似ている。」
その掴みどころのない口調が、
その剣の構え方が、
その何気ない仕草が、
どことなく彼に似ている。
「死人が生き返るはずもないでしょうにね。」
だからなのでしょう。こんなにもイライラするのは。
未だに彼のことを引きずる自分が、
彼が重なって見える目の前の男が、
どうしょうもなく気に食わない。
「そうか。」
チッ。やっぱり話すんじゃなかった。
余計に鬱憤が貯まっただけですね。
早く発散しないと、爆発してしまいそうだ。
「ああ、みっともない。」
こんなのはただの八つ当たりだ。なんの意味もない。
リコリスとしてなら落第点。うっかり殺してしまったともなれば、リコリコの面々にも顔向けができない。
けれど今は、無性に誰かと殺し合いたい気分だ。
「消えてください。」
「断る。」
まずは一発。
男の胸に、その奥の心臓を狙って引き金を引く。
が、しかし男は当然のごとく傷一つ追わず立っている。
千束さんのときと同じだ。狙いはあっているはずなのに、弾だけが当たらない。
続けざまにさらに数度引き金を引き牽制をかけ、距離を離す。
「いいね。」
男が動いた。
散らした弾丸には掠った様子も見せず、しかしその足が停まることはない。
開いたはずの間合いは一瞬で消え去り、次の一歩は剣を振るうための踏み込み。
繰り出されるは突き。
一歩後ろに下がってーー
「シイッ!」
ーーいや、伸びるっ!
空気を割る音とともに首筋に迫る鋒。
今から飛び退いては間に合わない。
「ッ!」
刹那に耳のすぐ横で鳴り響く鈍い金属音。
「へえ……。」
男と、文字通り鼻先が触れそうなほどに顔が近づく。
突き出された刃と首の隙間には、銃身が滑り込んでいた。
危なかった。一瞬でも判断が遅れていたなら串刺しどころの話で済まなかったかもしれない。
とりあえず、
「離れなさい……っ!」
刃の上で銃身を滑らせて男に銃口向ける。
仕切り直しです。
狙いを定め、引き金を引く頃には男の姿はそこにはない。
あいも変わらず馬鹿げた反応速度だ。
でも、お陰様でようやく弾除けのカラクリがわかった。
「見えているんですか。」
攻撃に移るほんの一瞬。そこに生じる視線の動き、筋肉の緊張、銃口の向き。それら全てを見極め、次の一手を見切る。後の先を取る。
所謂「見てから回避」、というやつですね。
それを男は、ほんの半歩横にずれるだけで実現していた。
銃弾が当たらないわけだ。
しかし困りましたね。タネがわかったところで銃弾が当たるわけではありませんし……
まぁ、仕方ないか。
「出たとこ勝負は嫌いなんですがね……。」
引いてだめなら押してみろ。え?逆?知りませんねそんなもの。
ほらほらボケっとしてる暇はありませんよ。
「おっと。」
横薙ぎに振るわれた刃を前に倒れ込んで回避。次いで踏み込んで一気に懐に滑り込む。
狙うは鳩尾。ピタリと拳を添える。
「フンッ」
拳を突き出すほんの寸前、男の体が横にずれる。
かわされた。
しかしまだ予想内……!
勢いのまま前進し、踏み込み。
上から降ってきた刃を体をよじって無理やりかわす。
「ーーここっ!」
その動作を助走とし、ベルトに固定しておいた得物の柄を掴む。
そのまま刃を振り上げてーー!
「よっと」
男が跳ぶ。
剣を掴む腕を軸に足を振り上げ、身体は上に。私の間合いより高く遠くに跳ね上がる。
ギリギリ、届かない。
地面に突き刺さっていた鋒はするりと抜け、背後に男が降り立った。
「まだやるか?」
「……やめておきましょう。」
急速に自分の中で高ぶった熱が冷めていくのを感じる。
バカみたいに引き金を引いて、剣を振り回して。何をしているんでしょうね私は。
「そろそろ、終わりでしょうし。」
私の声に被さるようにして、スーパーの外から激しい銃撃音が聴こえてきた。
あぁ、やはりそうでしたか。
「こっちの勝ちみたいだな。」
「そのようですね。」
「随分あっさりしてるな?」
うるっさいですね。自覚はしてますよ。
「今更生き死にでどうこう言ってたらやってられないでしょ?」
「そりゃそうか。」
そうなんですよ(圧)。
ともかく、これでもう戦う理由もない。
貴方は私の足止めに成功し、私は護衛対象を逃がすのに失敗した。結果がすべて。それでいいでしょう。
「さっさとどこかに行ってください。」
「随分と嫌われたな。」
カラカラと腹の立つ笑い声が聞こえたあとに、足音が遠ざかっていく。
それを少しでも残念だと思う自分に、余計に腹が立つ。
一体全体、どうしてここまで感情をかき乱されなければならないのか。あんな無様な戦い方をしてしまったのか。
どれもこれも、全部あの男の仕業なんだ。
あの男が彼と似ているから……
「何を今更。」
殺したのは私でしょうに、何をほざいているのやら。
思わず目を掌で覆い、天を仰ぐ。
「……もう二度と会いたくないです。」
久々に心の底から漏れた本音だった。
◇◇◇
ちらりと周囲に目を向け、道端に止まっていた緊急車両のドアを開ける。
別に盗もうってわけじゃないですよ?スマホに転送された集合場所がここだったってだけです。
中に入ると、そこには案の定酷く落ち込んだ様子の千束さんと、その目の前には真っ赤に濡れたキグルミが寝かされている。そしてその縁に置かれたキャリーケース。
「千束さん。」
「たきなぁ……。」
彼女は涙で目を潤ませ、「ごめん……」と頭を下げてきた。
あらやだなにこのかわいい生き物……って違う違う。
「そんなに落ち込まないで。」
私が単独で動いたせいでもあります。二人でかかればこんなことにはならなかったかもしれません。
「あなたが責任を感じる必要はありませんよ。」
「ありがと……。」
それでもやはりシュンと肩を落とす千束さん。
もう……見ていられないですね。
全くみなさんも人が悪い。
「そろそろいいんじゃないですか?」
「?」
私の予想が正しいのなら……
「うぇ!?」
千束さんの奇妙な悲鳴。原因は、目の前でムクリと状態を起こしたキグルミにほかならない。
というか血濡れのキグルミが起き上がるとか完全ホラーですよね。
次いで頭がスポンと外れ、中から出てきたのは、見慣れた長髪の女性。
「ヴェ!ミズキ!?!?」
「あっつぅ……ビール!!」
そう彼女が叫ぶやいなや、運転席の方から缶ビールが飛んできた。
「は、あ、え、」
「落ち着け千束。」
「うぇええ?!先生まで!?」
千束さんのキャパシティが完全にオーバーしている。
頭の上にはてなが数本浮かんでるのが見えますね。
『お前は驚かないんだな。』
「まあ、大体察しはついていたので。」
「!?!?」
突然聞こえてきたナットさんの声に、千束さんの頭の上のはてなが更に増える。もう叫ぶ余裕もないらしい。
ほら貴方もさっさと出てきたらどうですか。
『わかった。わかったから蹴るんじゃない!』
私が足場にしていたキャリーケースの口が開き、中から金髪の……子供?
「口を開けば失礼なやつだな!」
やだなー。若々しいって意味ですよー。
しっかしボクっ娘金髪ロリとは属性もりもりですね。
そういう界隈が盛り上がりそうな……うん?どうしました店長。
「いつから気がついていた?」
いつからというか、自ずとわかってしまったと言いますか。
最初に合ったときから気にはなっていましたが、ナットちゃん「ちゃん言うな!」……ナットさんの言動とキグルミの行動が合わない時がちらほらみうけられました。
車の制御が奪われたときとか、特にわかりやすかったですね。
ミズキさんではないにせよ身代わりが入っているだろうとは思っていましたよ。
「そもそもキグルミって時点である程度疑ってはいましたけどね。」
「死亡偽装に関しては?」
身代わりを護衛させる意味って何かなーって考えた結果です。
わざわざ逃走経路として敵の待ち伏せがしやすい場所を通ろうとしたのも一つ。
伊達にリコリスやってませんよ。
それと、一つだけ。
(休日のおっさんみたいにビールを飲み散らかしている)ミズキさん。
「なに?ていうかすごい悪意を感じたんだけど……」
「車を運転する前くらいお酒を控えたらどうです。」
「へ?」
「結構匂いましたよ。」
「うそぉ!?」
「ハイ。ウソです。」
「はめられた!?」
あんな分厚いキグルミの中からアルコール臭なんてするわけ無いでしょw。
「ミズキ……」
「ボクはこんなのに命を預けてのか……。」
うわあ、お二人の視線がどんどんつためたくなっていく。
やめたげてくださいよ!原因私ですけど!
え、何?昨日飲んだお酒が強くて?匂いが残ってかなって思った?
万が一にでも憲問にでも引っかかったら一発アウトですよそれ。
それに、今回がどうであれ常時酔っ払ってるでしょ貴方。
「辛辣すぎない?!」
はてなんのことやら。
言いがかりはその酒癖の悪さをなんとかしてからにしてくださいね。
「ちょ、ちょっとまって!」
わ、びっくりした。どうしました?千束さん。
「色々聞きたいことはあるんだけど!つまり、全部予定通りで?誰も死んでないってこと?!」
「そうだな。」
「そうですね。」
そう言うやいなや、千束さんはうつむいてプルプルと震えだす。
「……よ」
よ?
「よがっだぁぁああ!!!」
「うひゃぁ!?」
「死なせちゃったかと思ったしぃ!ほんとによかったぁうあぁぁ……!」
千束さんがナットさんに飛びつき、声を上げて泣き出す。
相変わらず、優しいというかなんというか……。
て、千束さん。涙と鼻水とその他諸々ですごい顔になってますよ。
「ほら。鼻かんでください。」
「うぇええ……ブーーン!!」
これは、慰めるのが大変そうですねぇ。
うん?なんですか皆さんその温かい眼は。
やっぱりお母さんみたい?
だから!私はそんなに老けてないですよっ!
◇◇◇
道端に止まっていた白いバン。
その運転席側の窓が開く。中から除いたのは、特徴的なボサボサの緑髪。
その持ち主である一人の男が、バンにもたれかかっていた人影に言葉を投げかける。
「うれしそうだなぁ。相棒。」
「まあな」
それに答えるのは、フルフェイスのヘルメットにライダージャケット。あの男だ。
相変わらずその表情は伺いしれないものの、彼を「相棒」と呼んだ男にはその考えが読めているらしい。
実際に、その口調はとても愉快そうに弾んでいた。
「例のガキか?」
「ああ。大分強くなってたよ。でも、まだ全部じゃないな。」
男は横に立てかけていた包を強く腕に抱き、薄っすらと見えたバイザーの奥ではその口角が不敵に釣り上がる。
「リーダー。あの子には手を出すな。」
「……相棒の頼みじゃ仕方ねぇな。」
「サンキュー。」
男が胸のあたり、ちょうど心臓が埋まっているであろう場所を上から指で掻く。
「次こそ頼むぞ。お嬢ちゃん。」
少女たちの活躍の裏で、何かが動き出そうとしていた。