MASA、マイ擁するAESTHETIC PRINCESS――通称「エスプリ」と呼ぶらしい――は我狼の次の出番であった。元々は地元沖縄で活動していた
「あー、見ててくれたんですね!」
ステージを終えたマイはフロアに戻りモーツァルトに声をかける。
「見かけによらず、結構ハードな音楽をやるんですね」
「私もこういう音楽あんまりやってこなかったんですけど、たまたまひょんな縁で誘われて。思ったより楽しくてハマっちゃったんですよね」
実際のところ楽器隊はそれぞれ低音域が広い多弦ギター・ベースであり、時としてデスボイスまで使われる男性陣の奏でる音楽の上にマイの声が乗ることで少しマイルドな印象へと変わっており、所謂「一般受け」に繋げた立役者と言っても過言ではないだろう。
隣を見ると、大毅は大毅でもう一人のボーカル、ヨウスケと話し込んでいた。どちらかと言えばクリアなハイトーンを売りにしている大毅と彼とでは発声から何から相当違う歌い手だが、逆にそうであるが故に色々技術的にも話すことがあるのだろう。
「そういえばさっき聞くだけ聞いてそのままになっちゃいましたけど、日本に来て長いんですか?すごい日本語お上手でびっくりしました」
「まだ一年も経ってないですよ。ただ、向こうにいる頃からそれなりに勉強はしていたので、そのおかげだと思います」
出番前に廊下で遭遇した時同様、大分押しの強さを感じさせる人である。モーツァルトにとって――半分は物珍しさから、残りの半分は曲や演奏といった音楽的なスペックの高さから――色々な人に声をかけられることが多いが、こういう感じのは久しぶりかもしれない。実際我狼のファンの女性陣から声をかけられることが多いのはどちらかと言えば大毅や義彦の方であって、少しきまりの悪ささえ覚えるほどである。モーツァルトにとってしてみれば結婚どころか転生前の人生では多くの子を産ませるまでに至っているのだから尚更なのだが。結局、その後も出身地であるとか過去の仕事であるとか根掘り葉掘り聞かれることとなり――虚実交えつつ――応対するのであった。
「そういえば、義彦は多弦ギターは使わないのか?」
後日、スタジオで練習しながらモーツァルトはふとした疑問を投げかけた。先日エスプリのステージを見て以来、多弦楽器を多用するジャンルを聴き込んでおり我狼の曲作りにもそれを活かせるか気になったのだ。
「んー、持ってはいるんだけどね。あんまり好きになれないんだよねぇ……。あれミュートは大変だし気持ちよくコードストロークするって雰囲気にならないから」
弦が増えるということは音域が広がるということだが、一方当然注意を払うべきことも増えるということであり、ミュート――つまり本来鳴らしたくない弦の音をしっかり止める技術はその筆頭であった。元々ギターにおける
「そもそも義彦が多弦持ってることの方に驚くな。一度も持ってきたことないだろ?」
「まあ、昔気の迷いで買っただけだからね。稀に遊びのバンドで使うこともないわけじゃないけど使ってて楽しいかって言われると……。まあ僕のスタイルじゃないよね」
義彦は元来どちらかと言えば古き良きタイプのロックギターといった感じのギタリストであり、例えば多弦ギターの低音域でベースと張り合うような低音を鳴らしたり、逆に高速フレーズで注目を集めたり、といった現代的なギタリストらしいプレイは確かに専門外といえばそうだろう。
「いや、正治はたまに5弦を使ってるしどう違うのか気になったのさ」
「あー……まあギターに比べるとベースの多弦ってもう大分『普通』になってきてるからなぁ。ジャンルによっては5が事実上標準になってるとこもあるらしいし」
ベースもギター同様弦の本数に関してはそれぞれの奏者によって考え方が違っている。頑なに4弦しか使わない者もいれば必要に応じ5弦を使う者もいるし、中には6弦以上の多弦であるとか3弦・2弦といった少弦を使う者もいるため、ギターよりも選択肢は広いとさえ言えるかもしれない。
「4と5は確かに違う楽器っちゃそうだけど、ギターほど演奏性が変わるとは思えないからなぁ。とはいえ常時5使うのも好きになれないから使い分けざるをえないんだよな」
「そうなると、なるべく下の音域は使わない方がいいのか」
「そこは任せるよ。もし音楽的にそっちの方が良いと思うなら、そっちを使うのはやぶさかじゃない、くらいの感覚だからな」
「なるほど、わかったよ」
「そういやゴッドリーブ、なんかあそこの女の子と仲良くなってたよな」
真面目な音楽の話をしていたはずが、康彰が思い出したかのように言い出したことでいきなりいつもの雰囲気に戻る。
「それほどでもないさ」
「でも連絡先は交換したんだろ?」
大毅もまた話に乗ってくる。
「まあな。そのうち一緒にメシ行く話にはなったが……」
「流石向こうの人だけあってやることやってんねぇ!」
康彰が盛り上がる。
「それは偏見というやつだな。ラテンの連中と違って私たちはそこまでではないよ……まあ日本人は奥手らしいし、それと比べたら世界中どこの人間とて積極的な方になるのかもしれないがな」
「なるほど、そんなものなのか。俺らからするとそこら辺区別つかねえからなあ」
「それは康彰が雑なだけじゃない?僕からすれば結構わかりやすい違いあると思うんだけど」
「ま、大丈夫だとは思うけどほどほどにな。そういうトラブルって結構後々めんどくさいことになるからな」
世の中のバンドで起きるトラブルの多くは――それこそ世界的な某ロックバンドを筆頭に――異性関係に端を発することは少なくなく、それはバンド内だけでなく他バンドや客を含む関係者であっても火種になりうるものだ。大毅はもちろんモーツァルトが以前の人生で妻子あった身であることは知っているとはいえ、それでも念のため釘を差しておきたくなるのは人情というものだろう。
「ああ、そこはわかってるよ」
「お、揃ったね」
数週間後。我狼のメンバーは――モーツァルト以外は――仕事帰りに四畳半レコーズの応接室で集まっていた。普段はテキストチャットやメールのやり取り、あるいはオンライン会議で済ます事が多いが、マーク池籐の主義として大事な話をするときはこうして顔を突き合わせる場を作るようにしていた。
「年末のことなんだけど」
そう、彼らが四畳半レコーズに所属して早数ヶ月。もう年の瀬も目前といった時期である。この短い間にライブを繰り返し新曲を作りと多忙な毎日を送っており、大分「本業」との両立も大変になってきていた。
「帰省とかの予定入ってたりするかな」
「幸いうちは全員……いや、ほぼ全員こっちの育ちなんで大丈夫ですよ。ゴッドリーブは……」
「私も特に帰る予定はないよ」
元々首都圏育ちの4人と違いモーツァルトは「外国人」ではあるものの、現代の故郷に彼の帰るべき場所があるとも思えない以上帰省の必要はないだろう。
「それは良かった。今年の年越しライブ、興味ないかい?」
音楽を始めとしたエンターテインメント業界からすればイベントごとというのはかきいれ時であって、クリスマスから年末年始までの期間というのはその筆頭である。その中でも大晦日から年明けまでの間のカウントダウンライブというのは定番中の定番であり、メジャー・インディーズ問わず恒例開催しているアーティストや事務所も少なくない。四畳半レコーズもまた、毎年自社所属バンドを集めてライブを開催しているのであった。
「いいですね!いつものとこですか?」
「いや、流石にそれじゃ狭いよ。年末のお祭りだぜ?今回はWattを押さえたんだよ」
「Wattですか!豪勢ですね」
「うちのアーティストだってたまにやってるんだよ?」
Wattというのは日本全国主要都市に点在する大型ライブハウスのチェーンである。2000人規模のキャパシティを誇っており、他のところとは一線を画する規模と言えるだろう。自社の運営する会場ほど自由に使えるわけではないが、インディーズながらもメジャーアーティストに匹敵するような集客力を持つバンドのライブでは――他に選択肢もほとんどないこともあり――頻繁に使っている会場である。もちろんこうした会場はそれなりに日程の争奪戦も激しいのだが……。
「年末のお祭りってことで若手のバンドにもああいうところをなるべく経験させてあげようと思ってね。まあ、若手は序盤の短い枠になっちゃうけど」
「それでも願ってもない機会ですよ。Wattのどこなんですか?」
「新宿の新しいとこだよ。お台場のとかはもう毎年押さえられてるからね」
イベント会場は予約開始が1年前から、というところが多いがその実「その日は毎年○○さんたちが使うから」という形で事実上の予約状態になっていることが少なくない。特に歴史のある会場ともなればそうしたところは少なくなく、今回四畳半レコーズが押さえられたのはまだ開業して日の浅い、かつ一番規模の小さい新宿の会場であった。……規模が小さいとは言っても1500人規模であり、以前出演した「草」の3倍に匹敵するのだが。
「そういえば新宿もオープンしたんですよね。新しいとこだし楽しみですね」
「それじゃあ当日の流れとか細かい話は後でスタッフから流すから、よろしくね」
「いやー、ついに俺らもWattか」
事務所からスタジオに移動して練習の準備をしている最中、大毅は感慨深そうに言った。前述の通りWattは全国最大規模のライブハウスの「ブランド」であり、そのステージに立つというのはバンドマンにとって一つのステータス、達成目標である。
「ま、お祭りステージの序盤戦だからまだまだ『自力で出た』って感じじゃないけどね。ここで大きなとこと繋がって、もっとちゃんとした出番で呼んでもらわないと」
「それもそうだな。多分終わった後打ち上げっつか新年会だろうし、ちゃんとコネ作っていかねえと」
「結局そういう繋がりが大事だからねぇ、この世界。まあ今回のイベントは事務所主催だし、そういう面ではあんまり新しい縁とかはないかもだけどね」
「そうは言っても常日頃大きなところでやっている先輩バンドと普段コミュニケーション取っているわけではないのだし、絡んで損はないだろう。何より新年会ともなれば事務所からきっと何かしら出るだろうし、そちらも楽しみにしておきたいところだな」
「間違いねえな、シャンパンとか飲めんのかなー」
「そういえば年末の話をする前にクリスマスって大イベントがあるわけだけど、どうしようか」
そう、12月のイベントといえば絶対に忘れてはならないのがクリスマスである。全国いかなる業界であってもクリスマスを無視しては通れないが、もちろん音楽業界もその例に漏れずそれにかこつけたイベントが目白押しになる時期だ。
「今年は平日だしねぇ……暇ならその後の週末とかにライブ入れてもいいかもしれないけど、うちのファンって結構クリスマス予定入れてそうな人多くない?」
我狼はインディーズのロックバンド界隈で言えばもはや若手とは言えない年齢層であり、そのファンもまたそれなり、である。当然その分それなりに「落ち着いた」人生を送っている人は少なくなく、クリスマスのような「ライブ以外の予定が入りやすい日」というのはどうしても集客に不安を抱えてしまう面もある。
「そもそも……クリスマスに予定のある裏切り者、挙手!」
康彰が他のメンバーを見回しながら問いかける。彼自身は人望こそ厚いもののまるで女性には縁のない生活を送っているせいか、こうした際に「独身ネタ」を持ち込むことが多い。誰も手を挙げないかと思われた時、モーツァルトが一人反応する。
「おいゴッドリーブ、やっぱ例のマイちゃんか?」
「残念、仕事だよ。普段弾いているDelfinoで店主催のイベントがあるとかでね。ありがたいことにピアノのお声がかかっているんだ」
「なんだ、つまんねぇ」
「せっかくだし、皆でそこ行って飲むか?席とか空いてんのかな」
「確かにそれは面白そうだね」
正治の思いつきでメンバーが盛り上がる。
「わかった、あとで確認しておくよ」
クリスマスディナー当日、飛び入り参加した我狼メンバーの演奏で客席が盛り上がったり、その後飲みすぎたモーツァルトが副店長山本に介抱される事態になったりしたのはまた別のお話。