バンド活動だけでは暇になったモーツァルト君が新たな活動に挑戦するようです……?
第四話: こういう風来坊の連中ときたら(1)
「大毅、作詞を教えてくれないか」
「何だ藪から棒に」
我狼の活動もそれなりに安定し、ようやくモーツァルトの独立が視野に入ってきた頃。新しく調達したパソコンのセットアップをしていたモーツァルトがふと思い出したかのようにそう切り出した。
「ようやく色々機材を揃えたわけだし、そろそろ我狼以外の曲も形にしていきたくてな。昔書こうと思っていた曲のモチーフやら最近思いついた曲のたたき台やらで色々もうストックが結構な数になってきてるんだが、必ずしも我狼向きじゃないものをこのまま眠らせておくのは惜しいんだよ」
「なるほどな。でも作詞したところで歌はどうするんだ?アンタあんま歌う方じゃねえだろ?」
いくらピアノが上手で他の楽器も多少弾ける程度には演奏の才もあるとはいえ、歌は持って生まれた声質やフィジカルといった他の要素の寄与するところも大きい。残念ながらモーツァルトのそれは――酒の飲み過ぎや不摂生でフィジカルがまったく充実していないという理由も少なからずあるが――お世辞にも歌向きのそれではない。
「この時代に来て本当によかったと思ったのはそれだよ。このボーカロイドとかいう技術、とんでもないな」
20世紀の頃から音声合成という技術は開発されてきていたが、四半世紀ほど前にリリースされたそのエンジンはそれまでの製品とは一線を画しており、実際に有名声優の声をサンプリングしたりキャラクターイメージをあしらったりといったプロモーションの成功も相まって一躍DTM界の主流となっていた。昨今では人工知能技術を搭載することでより簡単に人間らしい」表現をできるようになっている。
「なるほどな、確かにアンタにはちょうどいい道具かもしれねえ」
「私もいくつかオペラを書いたが、作詞は他の作家に頼んでいたからな…。今後自分で歌モノを書いていくことを考えると、そろそろ自分で書けるようになっておきたいんだよ」
「まあ構わねえけど……とは言え俺の作詞ってあんま教えられるような方法論があるわけじゃねえからなぁ。自分で歌いたいこと書いてる感じだから、あんま参考にならねえ気がするんだわ」
作曲に関してのそれと比べると、作詞のそれは方法論に関する情報も決して多いとはいえない。他人が歌うための歌詞を書く職業作曲家ならまだしも自らが歌う前提でやっているボーカリスト・シンガーソングライターの多くはあくまで「自分自身の感情」がその根底にあり、大毅自身もまた今まで手探りの感覚でやってきていたため「教えてくれ」と言われてもおいそれと首を縦に振ることはできなかった。
「そうだなぁ……。知り合いのボーカリストでたまに依頼受けて歌詞書いてる奴いるから、今度そいつ紹介しようか」
「それは助かるな、ありがとう」
後日、モーツァルトを待っていたのは意外なことに若い女性であった。
「どうも、佐久間の紹介でやってきましたゴッドリーブです」
彼が訪れたのは都内某所のマンションの一室。シンガーソングライターとして単身活動するかたわら作詞家・作曲家として多くのアーティストに楽曲を提供する彼女にとっては居宅であるとともに仕事場でもあり、制作機材が置かれた部屋は同時に応接室としても機能していた。この日は簡単な顔合わせをしつつ色々話を聞くためにやってきたモーツァルトだったが、今後新居をどのように作っていくのかというところで思わぬ収穫を内心喜んでいた。
「よく来たね。さゆりだよ、はじめまして」
年齢としては大毅より少し上といったくらいのはずなのだが、長いことメジャーの世界で活動しているがゆえの貫禄が感じ取れる落ち着きっぷりである。
「よろしくお願いします」
「作詞について聞きたいんだって?」
「曲はそれなりに書けるんですけど、歌詞の方はまったく不案内で……。将来的には自分で両方書けるようになりたい、というのもそうですが直近やっぱり人にお願いした方が良いのかな、とかそういうところまで含めて今の日本の状況を教えていただきたいんです」
「なるほどね。そうだね、作詞のコツとかそういう話はまあおいおい個人レッスン的な話をするかどうか考えるとして……直近誰に頼むのどうのって話だと結構ピンキリなんだよね、昨今の状況。私の単価も発注元とか状況、用途とか見て結構変えてるし、そういう人多いんじゃないかな」
「そういうものなんですか」
「最近だとネットのサービスを介してセミプロからプロまで結構個人から仕事受けてる人も多いしね。そういうルートだと必然的に単価は安い仕事になりがちだし、本当にピンキリなんだよ。もちろん予算もピンキリなら出てくる作品の質もピンキリだし、かけた金額に比例するとも言い切れないところが難しいことなんだけど」
歌詞のクオリティというのは曲のそれ以上にわかりづらいものであり、そういう玉石混淆の中から好みに合う、そして費用に見合った質の作り手を探すというのは思ったより難しい話である。「高ければ良いものが出てくる」とわかっていればその方がまだ楽な話だが、実際には「自分の値付け」がそれぞれに委ねられている関係上割安な者もいれば割高な者もいるのが現状だ。
「っていうかゴッドリーブ君だっけ、曲は自分で書いてるんでしょ?まずそっち聴かせてよ!」
「これは……すごいね。DTMで作り始めてまだそんなに経たないんでしょ?」
バンド用のもの以外にある程度作り溜めていた曲を聴いて、しほりは素直に感心を口にした。大毅からある程度の――表向きの――プロフィールは聞いていたが、実際に作品を聴いてみるとにわかには信じがたいものであった。我狼の方の曲は既に聴いていたがそれとも大分違った雰囲気の楽曲であり、作風・守備範囲の広さが存分に発揮されていた。
「そうですね。バンド用の曲作ってるうちに思いついたのをストックしていただけなので、まだまだ細部の作り込みはできてないんですけど」
「いやー、私も曲書いてるけど、ものの数ヶ月でバンド活動しながらこれだけ書いてるのはすごいと思うよ。これ、どうするつもりなの?」
「せっかくだから何かで公開しようかと思ってます。ボーカロイドっていうのに興味惹かれてるんで、一旦そっちで作って出してみようかと思うんですけど」
「なるほどねー、確かにそうなるとあんまり予算はかけられないのか」
「そうなんですよね。人に聴いてもらうにはいいんでしょうけど、基本が無料配信ですから予算かけたところで回収できないって問題が……」
動画配信サイトで投稿されるような「ボカロ曲」というのは基本的に無料公開が普通であり、CDや楽曲配信での販売収入である程度費用が回収できるものとは予算の余裕が変わってくる。もちろん今の世の中であれば再生数に応じて配信サイトから広告収入が還元されるのは事実だが、そうは言ってもコストの回収効率は決して高いとは言えない。
「まあ作詞を本気で覚えたいなら個人レッスンでもいいんだけど、当面出す曲の方はそれじゃ間に合わないよねぇ」
「レッスンとかやってるんですか?」
「一応何人かは教えてる子いるんだよ。専門とかで講師やって教えてる人もいるけど、私はそこまでやるのはどうも苦手でね……。興味あるなら後で条件とか送っておくよ」
「よろしくお願いします」
「で、とりあえずは当面の件だよね……面白そうだし一曲目は私がやろうか」
「いいんですか?!」
「なかなかインスピレーションが浮かぶ良い曲だったしね、流石にいつもってわけにはいかないけど……作詞が私、ってことになれば宣伝にもなるでしょ?」
例えばミュージックビデオで利用するイラストであるとか作詞であるとか、はたまたレコーディングで生楽器のトラックを録るであるとかといった形で他のクリエイターを起用することは、当然その分コストは増すが作品の質が向上するだけでなく露出の機会が増えるという利点もある。それが著名な人間であれば尚更その宣伝効果は高くなるだろう。
「でもいいんですか?流石に本職の方にお願いするような予算は……」
「いーよいーよ、遠くない将来何か別の形で返してもらえそうな気がするから今回は初回お試し価格ってことで」
しほりはそう言って笑う。
「これだけの曲書いてるなら、そのうち『こっち側』に来るでしょ」
曲の骨格が既にできていたこともあり、モーツァルトの「ボカロP」としてのデビュー曲は順調に仕上がっていった。元々バンド向けでない曲ということもあり基本的には打ち込みサウンドだったため特段楽器のレコーディングも必要なかったことが更に順調さを加速したと言えるだろう。幸い我狼の方のファンで絵を趣味にしている人がいたためそちらの手配もスムーズに終わり、残るは最終工程といったところまで来ていた。
「アンタもついにボカロPデビューか…。そういえば、名義はどうするんだ?あのモーツァルトがボカロPなんて言っても誰も信じないと思うが……」
「そういえばそうだな……逆に信用されるわけがないことを逆手に取って本名を出すか?」
「それはそれで微妙な気もするな……。本人に言うのもなんだがアンタは音楽家の間じゃ半ば神格化されてんだ。その名前使うってのは挑発と受け取られかねない気がする」
「なるほど。評価してもらって嬉しいところではあるが、それは確かに面倒だな……」
額に手を当て、モーツァルトはしばし頭を悩ませる。確かに、過去の偉人を騙る人間がいきなり現れたら「ヤバい奴」扱いされても仕方ないだろう。普段使っている「ゴッドリーブ」という名乗りでさえ、広大なネットの海ではモーツァルトが使っていた名前の一つということを知っている人間がすぐに現れるはずだ。他のバンドメンバーにこちらの活動について相談しているわけではないことを考えれば共通の名義を使うことは避けた方が無難、ということも考えれば尚更別の名義を考える必要がありそうだ。
「調べてみた感じ有名なボカロPの名前は大分個性的な人が多いが、どういう由来なんだろうな」
「最近の人は元々のハンドルネーム等々を自分で名乗っているケースが多いみたいだけど、昔の人は結構『リスナーにつけられた』って話を聞くなぁ。最初に話題になった曲からだったり、特徴的な自己紹介文だったり、その元ネタは色々あるっぽいけど」
「なるほど……。いっそのこと昔の人のように名乗らずに出すのもありか」
「でもアレだろ?作詞はさゆりに頼んだんだろ?作詞の方はちゃんとクレジットに名前あるのにメインの作曲者のクレジットがねえってのはなんか微妙な気がするな」
「それもそうか、今や自分以外の協力者もクレジットに書くわけだからな……」
どれだけ他のクリエイターの力を借りたとしても、最終的にボーカロイド曲の「主役」となるのは言うまでもなく作曲者である。黎明期に比べそうした協力者の名をしっかりクレジットに表記するのが一般的になった現在「作曲者が名乗らない」というのは余り見栄えのする形ではないし、比較的新しいボカロPの名前がリスナー主導ではなく自ら名乗ったものである要因の一つがそこにあるのは事実だろう。
「そうだな……じゃあこれを名乗るか」
そう言ってモーツァルトが指さした先にはビールの瓶が置かれている。
「ビールP、とでもする気か?こう言っちゃなんだが多分先達がいると思うんだが……」
「いや、銘柄だよ。ちょうどこのビールは私が以前から愛飲していたものだからな、『わかる』人間が万が一いるならそれはそれで面白いだろう。作風に私の姿が浮かぶようなことがあったとしても『ああ、モーツァルトのフォロワーか』と思ってもらえるのではないだろうか?」
ウィーン生まれのそのビールは「生前」のモーツァルトが好んでいたものとして知られており、確かにそのエピソードを知っている人間からすればちょうどよい「匂わせ」かもしれない。
「万が一私本人と何か関わりがあるのかも、なんてことまで考えて追ってくる人間がいるのなら、それはそれで面白いことだしな」
「まあそうかもな。確かに、酒の名前を名乗るってのはアンタらしくて良いと思うぜ」
「だろう?」
数日後、モーツァルト改め「シュティーグルP」のデビュー作が公開された。黎明期ならいざ知らず、昨今のレッドオーシャンと化したボーカロイド界隈でデビュー作から注目を集めるというのはそうそうある話ではない。ただ、幸い今回モーツァルトはさゆりという既に有名になっている作詞家の力という「バフ」を得ており、実際彼女がSNSで仕事の一貫として告知したことにより結構な流入を記録していた。モーツァルトが昨今の流行としっかり向き合って作った以上は曲の出来も――「新人」の作品としては規格外なほどには――良くなっており、界隈のファンから一定の注目を集めるに至ったのであった。
ちょっと昨今多忙なので、こちらの方1週間ほど休載になるかもしれません。
(その場合次回更新は3/31ではなく4/7になります)