「やっぱ心は変わらねえか」
「ごめんね」
「まあ仕方ねえよ。ここまで一気に来ちまったし、そりゃ色んなところに歪みが来ようってもんだしな」
長期連休で一気にアルバム制作のためのレコーディングを進めていた中で、大毅と義彦は珍しく一対一で――酒も入れずに――話をしていた。
「数字が出てきたのはいいことだし、それでちゃんとお金になってるのも嬉しいんだけどね。ただ、バンド一本で食えるかって言ったらまだその自身が持てる程じゃないのに、このまま行くといろいろなところで無理が出ちゃうんだよ」
「それはわかる。俺も最近流石に時間的なところでしんどいからな…。実際今回のアルバム制作だってたまたま連休にぶつからなかったらスケジュール死んでたしな」
「たまたま……っていうか多分池籐さんそこまで考えてるでしょ。本業がある僕らのこと、ちゃんとわかってくれてるんだよ」
「まあそれもそうか」
「社会人バンドマンの宿命だよねぇ、こういうの」
「間違いねえな」
「そうか、そっちならまだよかったよ」
後日、メンバーが揃って報告に訪れた場でマーク池籐は安堵の表情を浮かべた。
「まあ多分わかってると思うけど、どうしても社会人やりながら活動してて一気に売れたりすると『そう』なるのはそんなに珍しい話じゃないんだ。ここで『続けられないから解散します』とか『脱退します』って言われなかっただけ良かったと思ってるよ」
「ご面倒をおかけしてすみません……」
「いいのさ、結局メジャーと違って僕らは生活を支えてあげられるわけじゃないからね」
頭を下げた義彦にそう声をかける。
「でもどうするんだい?休止ってことは、何か環境が変わるアテでもあるのかい?」
「知り合いからギターの仕事とか少し紹介してもらえそうな話にはなってるんですよ。そっちの方がそれなりに数字取れそうなら、こっちと合わせて当面の食い扶持にはなるんじゃないかなって」
「……なるほど、確かに君たち演奏の腕はちゃんとしてるもんね、そういう手はよさそうだ。そういうのでよければ僕らも力になれるかもしれないよ」
「というと……?」
「僕はバンドしか担当してないから詳しいところは後で確認しないとわからないけど、うちのレーベル自体はソロのボーカリストとかも見てるからね。そっちでは当然プレイヤーや作家の力を借りてやってることを考えたら、もしかしたら紹介できる仕事もあるかもしれないんだよ。他の皆はどう?そういうの、興味あるかな」
「「もちろんです」」
話を振られた正治と康彰は異口同音に答える。
「よしわかった、後でそっちの部署に確認回しとくよ。そしたら、とりあえず直近の予定とか練り直そう」
連休直前、我狼の公式SNSでいくつかの発表が行われた。
一つは――以前からライブやSNSで多少話は出されていたが――ファーストアルバム発売の詳細について。もう一つはアルバム発売に合わせてのツアー情報。そして最後は、そのツアー後の活動休止についてであった。
「各メンバーの都合により」という理由の元に発表されたそれは、アルバム発売に合わせたツアーが終了したら数ヶ月の間ライブや新曲のリリースを休止する旨の、至極あっさりした内容である。あくまで短期的なものという表現であったため各メンバーの個別のコメント等もなく、ファンの間ではさっそく色々な憶測が飛び交い始めていた。
「心配してくれるファンがいるってのは嬉しいとこだけどねぇ」
SNSの反響を見ながら、義彦はため息をつく。
「とは言え本当のこというわけにもいかないしな」
「そりゃあせっかく新しいファンも集まって推してくれてるってときに『今後も売れ続けられるか自信ないから他の活動にも手を出す準備します』なんて言ったらあっという間にすれられるよね」
「そうそう。まあ、そもそも他のバンドとかと比べても俺らが保守的すぎるのかもしれないけど」
「良くも悪くも年食ってるからなぁ、うちら。今売れ始めたバンドって俺らより相当若い子ばっかじゃねえか」
「間違いないね。まあ、でもそのおかげで競合しないファン層がいるって考えれば悪いことばっかりじゃない気がするけど」
「それはあるな。ほんと最近対バンしてる若いバンドのファン層、すごいもんね」
決してバンドメンバーの年齢とファンの年齢は近くなければならないというわけではないものの、感性の近さなどの理由も相まって――特にファンとメンバーの距離が近いインディーズでは――それなりの相関関係が出てくるのも確かである。実際、特にビジュアル面に優れた若いバンドのファン層ともなれば酒も飲めないような年齢からライブハウスに足繁く通うような若者も珍しくなく、相対的に年齢層の高いファンの多い我狼メンバーから見ればその熱量の高さは圧倒されるものではある。
「ま、とりあえずこれで一旦区切りだしレコ発はちゃんと盛り上げてかないとね」
「そりゃそうだ」
レコ発、つまり音源の発売に合わせたライブは我狼にとって初めて都心部を離れた現場となる。四畳半レコーズが経営する横浜のライブハウスを筆頭に関東近県の有名なライブハウス数カ所を回るツアーとなり、将来活動再開時に向け足元を広げておくことを視野にいれていた。
「本当は関東の外も入れたかったけどねぇ」とはマーク池籐の言で、確かに四畳半レコーズは名阪のみならず福岡や那覇にまで勢力を広げているし、それ以外の都市圏でも多くのライブハウスに縁がある以上全国ツアーの開催もそう難しい話ではない。
ただネックになるのはスケジュールの話で、当然遠征となればそうそう日帰りでやれるものでもなくなる関係上社会人として日々普通に働いている我狼のメンバーにとってはおいそれとやれる話でもなかった。
「まあ、全国ツアーは復帰時にやろうよ」
「地方か、楽しみだな!」
モーツァルトが俄然楽しそうに会話に入ってくる。彼自身は現代に転生してからというもの東京近辺から出たことは当然ないため、全く違う街に行けるというだけで当然心踊るものだろう。幼少期から父に連れられて欧州諸国を旅して回っていた彼にとって、音楽を披露するために各地を回る「ツアー」という行為自体、心の奥底に植え付けられたものを再び芽生えさせるものなのだ。
バンドの方が一旦休止する事になったとはいえ、モーツァルト自身の生活はあまり変わらなかった。日々ピアノの演奏を仕事にしている以上はどの道技量維持のための練習はするものだし、作曲に関しても浮かんだ曲がバンド向きであれば我狼用のストックにし、そうでなければ「シュティーグルP」の方のストックに回すというスタイルも相変わらずである。とはいえ、当面バンドの方の曲を覚える必要がなくなったことで多少余裕は生まれたのか、新しいものを導入したようだった。
「なんか変なもん持ってきたな」
新アルバムのレコーディングもそろそろ最終盤というある日、彼はその新機材を持ってスタジオに現れた。
「せっかくだからこの曲は打ち込みじゃなくて実際に弾いてみようかと思ってな」
「それは……バイオリンか?」
「所謂エレキバイオリンというやつだな。エレキギターよろしく弦の振動を電気的に出す楽器だから生のバイオリンとはまた違った音になるが、その分割と自由な形状にできるのが面白いところだ」
実際彼の持ち込んだそれは全体が透明な樹脂で構成されており、我々のよく知る木製のバイオリンとは似ても似つかない姿をしていた。
「っていうかバイオリンも弾けるのかよ」
「最近は弾いてなかったからあまり指は動かないが……とはいえクラシックをやっていた人間としてはまあよくある嗜みの一つだとは思うぞ」
「へぇ、そんなもんなのか」
「これが使えそうなら今後普通のバイオリンを前提とした曲も書けるだろうし、大分やれることが広がると思うんだよ」
「せっかくならライブでもやったらどうだ?鍵盤と違って前に出られるし目立つだろ」
「確かに…キーボードだとどうしても設置した場所から動けないからなぁ」
「おいおい、それ言ったら俺はどうなるんだよ。お前ら皆前行ったら俺だけ残されるじゃねえか」
当然ドラマーはステージ中央後方に設置されたドラムキットの前から動くことはできないため、自由に動きやすいボーカルやギター・ベースに比べると元々聴衆からは遠いところにいることになる。これでモーツァルトまでバイオリンを持ってフロントに行ってしまうと、確かに康彰としては寂しいことになるだろう。
「まあ、そうは言っても曲によってはピアノやシンセサイザーも使うしな。これを投入するのは一部の曲だけだよ」
「ま、それで盛り上がるなら良いけどよ」
結論から言えば、バイオリンパートはモーツァルトの見込み通りの出来であった。弦楽器の使い方として、ストリングスアンサンブルの方は打ち込みで作りやすい――というよりそもそも普通は生で収録できるはずもない――が、ソロパートとなるとやはり打ち込みで作るよりも人間らしさ、表現力を出しやすいのだろう。
大分難産になった最後の曲も――期せずして活動休止前最後の曲というラベリングまでされることになったが――定番曲のひとつにできそうな雰囲気に仕上がった。
「よーし、これで全曲完成だな!」
自主制作と異なり「CD」という物理的なメディアに落とし込むための仕事はすべてレーベル側のスタッフが担当してくれるため、これで我狼メンバーのタスクは――レコ発のライブまで――一旦終了である。当然と言えば当然だが懸案片付いたメンバーは打ち上げの準備を始めている。
「すんません、機材は明日取りに来るんで一旦今日は置かせてください!」
「お、良いよ良いよ」
「池籐さんも来ますか?」
「俺はまだ仕事あるから皆で行ってきなよ」
レコーディング最終日ということでスタジオに来ていたマーク池籐にも声をかけるメンバーだが、忙しさのせいか加われないと答える。
「ま、どうせライブの打ち上げもすぐ近い時期にあるんだし」
「それもそうですね」
それなりに忙しかった制作時期が一段落し、モーツァルトは久しぶりに作詞の師匠であるさゆりの自宅スタジオを訪れていた。
「よし、今日はここまでだね」
お互い忙しいところを縫ってレッスンを設定している関係上あまり回数は経ておらず、まだまだ「座学」的なところである基礎的な知識や技能を教わっていた。
「ありがとうございました。やはり作詞は考えることが多いですね……」
「いや、日本語が母語じゃないってのに大分飲み込み早くてびっくりしてるよ。自分で歌う曲の歌詞を書くならまた別だけど、そうじゃないとなると結構気を遣うことは多いよね」
「やはりそうですか」
「こう言っちゃなんだけど、自分で歌う歌詞だったら『自分の歌い方でかっこよくなればいいや』っていう割り切りもアリだからね。私も自分の曲は結構雰囲気で書いてること多いし」
「なるほど……」
「そういう面じゃボーカロイドの曲は一番難しいよ。誰か生身のシンガーがいるならその人をイメージして言葉を選べばいいけど、人間がいないってことは何でも許される反面一本芯を通すのが難しくなるからね」
「芯を通す、ですか」
「言い換えればその歌はどういう背景を持つ、誰の視点で紡がれたものなのか、ってことかな。クラシック通ってきてるなら、オペラとかそういうのだと思えばイメージしやすいんじゃない?」
「なるほど、長さはあれど誰かの台詞と本質的には近いってことですか」
「そう。オペラだと全体の作劇っていう大枠があるわけだからまたちょっと違うだろうけど」
「あー…そう考えるとしっくり来ますね。何ならその方向でならスタート地点になるのでは?」
モーツァルトはふと思いついたことを口にする。
「逆に誰が歌っても同じ背景に入り込めるように作るんですよ」
「なるほど……?」
「曲を強制的に物語の中に置いてしまうんです。前後の曲を作るかはさておき、歌の主人公の『設定』を決めて、その『役』に歌わせれば必然的に通すべき筋が決まると思うんです」
「そうだね。いやぁ、そのうち教えようと思ってたところに自分で到達されちゃうとはね」
そういってさゆりは笑い出す。
「あ、すみません……」
「別にいいんだよ。これで予定してたレッスンの内容が一部飛ばせるってことだからね。君も早く実践的な内容に移りたいだろう?」
「はい。……でもちょっとインスピレーションが湧きました。ちょっとやってみたいことができた感じです」
「それは何よりだよ。特にそれを仕事にしているわけでもないなら結局『作りたいモノ』がないと始まらないからねぇ」
「確かに、それもそうですね」