ウルフギャング!   作:zoe.

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第一話: 私は行く、だがどこへ(2)

週末の大半は、モーツァルトに現代日本の常識を教え込むことに費やされた。生活習慣であるとか、各種の電子機器であるとか、そうしたものを一切知らない人間にものを教えるのは思ったより骨の折れる話であった。勿論その中で彼が――つまり「神童」ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが――現代においてどう扱われているのかについても教えたわけだが、「天才的な才能に恵まれた作曲家」という評価についてはむしろ憤慨していた。

「作曲というのは才能やひらめきだけでどうこうできるものではないんだ」

出会ってからあまり感情を出して来なかった彼が珍しく不機嫌を隠さずに言う。

「先発の数多くの巨匠の作品や名作を研究し、今評価されている作品を研究し、その上で分析結果から出力するのが作曲というものだ。それもわからぬ人間に、軽々しく才能だなどと言われたくはない」

そう語気を強める彼は、その延長として「自身の後の有名な作品」や「現代の音楽」へのアクセスを求めてきた。

「大毅、曲を求めるなら必要なのは『現代』の音楽を形作っているバックボーンを知ることだ。もちろん今の流行だけを知ることでもそれらしいものを書くことはできなくはない…が、本当に良いものを作るためにはそこまでに積み上がったものも知っておくことは必要なんだ」

モーツァルトは饒舌にそう語る。

「君がどういう聴き方をしているのかはわからないが、とりあえず当面私はまず聴き込むことに力を入れたいんだが、どうだろうか」

「ああ、任せるよ。ありがたいことに現代は簡単にいろんな音楽が聴けるからな」

さきほど貸し与えた型落ちの――しばらく前に買い替えて使わなくなっていた――ノートPCでも動画サイトで音楽を聴き漁るだけなら十分過ぎる程だろう。一昔前なら音楽を聴くためにはやれ光学ドライブだ物理的なCDだと色々必要だったのだから、本当に良い時代になったものである。

「ところで……このパソコン?とかいう機械、あっちにある大きいのも同じものなのか?」

モーツァルトは机の上に置かれたご立派なデスクトップPCを指さしながらそう聞く。

「あー、まあ似たようなもんだ。あっちの方が大分やれることは多いけど、流石に色々大事なもん入ってるからアンタに触らせるわけにはいかないんだ、すまんな」

「ああいや、それは構わない。その手前にあるピアノのようなものはなんだ?見たところ弦も何も繋がってないみたいだが……」

「電気の力でやるのさ。俺はあんまり弾けないんだけど、作曲やるのに便利でな」

「ひょっとして記録とかもできるのか?」

「その通り。あと、これで弾いて別の楽器の音を記録したりもできるぞ」

「なん……だと……」

「まあ世の中はそんだけ進歩してるってこった。まあそこら辺の使い方は今後教えるよ」

「ああ、ありがとう」

余談だが、この数日間適当なレトルト飯・インスタント食品を与えてみたところ涙を流さんばかりに感激していた。どうやら18世紀のヨーロッパというのは貴族社会であっても我々現代の日本より相当食文化が貧相だったらしい。この調子だとまともな外食に連れて行ったら死ぬんじゃなかろうか。

 


 

休み明け。

当然ながらいつも通り出勤する必要のある大毅は、家にモーツァルト一人を置いていくことになった。

「とりあえず電子レンジの使い方は教えたから飯は大丈夫だろ」

「ああ、助かるよ」

「それじゃあ行ってくる」

 

一人残されたモーツァルトは、早速貸し与えられたパソコンに向かう。

家主からは「流石に鍵は預けらんねえから家は出るなよ」と言われているが、正直家を出ている暇などない。

まずは教わった事典サイト上で自らのいた時代以降の音楽がどのように変遷していったのかを読み漁る。どうやら自分自身は今や「古典」と言われているようで、評判を何度か聞いた覚えのある北の方出身のベートーヴェンなる若手も、自分がいなくなってまもなく名声を得るようになったらしい。それ以降もとにかく多様な音楽家が次々と現れてこの200年以上、音楽は発展を続けてきたことがよくわかった。

また、オーケストラ楽器やピアノなど自分がそれなりに知っている楽器を用いないスタイルの音楽は、旋律やハーモニーのこそ自分の知る音楽に近いが、ギター属の楽器や電子楽器を多く使うという目新しさが特に印象的だった。確か家主もこうした方向の音楽をやっていると言っていた気がするが、実際に曲を書くのであればそれぞれの楽器の特性を知る必要がありそうだ。

それにしてもこのパソコンなる機械はとにかく素晴らしい。

自分が生きていた時代、他人の作品を聞くためには楽譜を手に入れて自分で弾いてみる必要があったのだが、この時代は――たとえ80人にもなるような大編成のオーケストラでさえ――聴きたいと思えばすぐに、本来の演奏規模のまま聴くことができるのだ。この200年分を追いつくために色々インプットする必要はあるが、この技術があればかなり効率よくできるだろう。もっとも、気がかりな点もまたそこにある。家主のために曲を書くとして、当然それは他の人間が書いた人間との競争になるだろう。現代で曲を書いている人間は言うまでもなく最初からこの恵まれた環境で育っているわけで、同じように曲を聞いているだけでは差はできないのではないか。果たして自分自身の強みは一体どこに出せば良いのか…そんなことを考えながらひたすら後輩たちの曲を聴いていたところ――

 

「ただいまー」

家主が帰ってきた。

「おう、元気にしてたか?」

どうやら食べることすら忘れて没頭していたらしい。気がつけばもう外は暗くなっており、確かに相当腹が減っている。

「なんだ、飯も食わずにやってたのか」

「そんな時間が経ってると思わなくてな……」

 

「すげえ集中力だな、アンタ…。そしたら飯、食いに行くか」

「ほう!」

休みの間にも何度か連れられて外出して知ったこととして、この時代の日本では自分が暮らしていたウィーンより遥かに「町中の料理店で食事をする」ことが一般的なようであった。当時そうした場所は基本的に旅行客向けのものであり、そのような食文化がいったいどのようなものなのかには非常に興味があった。この三日間家主が用意してくれた食事は本人曰く「こんなのは料理じゃない」とのことであったがそれでも今まで食べたことがないほどの美味であり、果たしてそれを本業にしている料理店での食事がどれほどのものなのか、非常に興味深い。

 

5分ほど歩いて来たのは緑と赤の光に彩られた店だった。「普段はあんま洋風の店来ねえけど、まだ箸ちゃんと使えないしこっちの方がいいだろ」とは家主の弁だが、確かにあの「箸」とかいうものはどこをどう考えても食器として欠陥品であり、あんなものを器用に使いこなして食べているここの人間は何かがおかしいとしか思えない。…もっとも、私の知る限り食材を切り分けるときにしか使わなかったフォークが今や食器として使われていることを考えても、食に関する文化は音楽以上に発展しているのかもしれない。

 

「イタリア料理はわかるか?」

そう言いながら、冊子を手渡してくる。

「若い頃に何度か行ったな」

見てみると、どうやらここから選んで注文するらしい。品揃えがやたら多く、こんな多様なものが気軽な食事の場で選べるということにまず驚く。そして、半ば予想はしていたことだが、やはり写っている料理の写真もまた自分の記憶にあるイタリア料理とは大分異なっている。

「あー…どうも私の知るイタリア料理ではなさそうだ。適当におすすめを頼んでくれないか」

「わかったよ、酒は飲めるか?」

「それなりには」

とは答えたものの、実際には「それなりに」程度ではない気もしないではない。が、この異国の地で現在人々がどれだけ飲んでいるのかがわからない以上は控えめに答えておくのが最善だろう。拾われた身でいきなり痛飲して醜態を晒してしまったらあまり良い結果にはならないことは確かなのだから。

 

―結論から言おう。

頭が痛い。

明らかに飲み過ぎである。

食事も酒も、自分が父とともにヨーロッパを回って口にしてきたものとは比較にならなかった。特にワインは自分の記憶では「アルコールをそれなりに感じる入ったぶどうジュース」だったはずだが、葡萄の風味にしろアルコール感にしろ、どちらも遥かに強く感じるものだった。家主が「やっぱ向こうの人は酒強いんだなー」などと言いながらどんどん勧めてくるからついつい飲みすぎてしまったのだ。私は悪くない。こんなものを一般庶民が日常的に飲み食いできるというのだから、やはり世の中は相当に豊かになったのだろう。

「へぇ、アンタの時代のワインってこれより不味かったのか」

現在二人が来ているのはチェーンのイタリアンレストランであり、飲んでいるワインも500ml400円の決して上等とはいえないものである。大毅自身あまりワインの知識があるわけではないが、とはいえこれが「感動するほど美味しい」ものだとは思っておらず、過去のヨーロッパというのが自分のかつての想像よりも貧相であったことにカルチャーギャップを覚えていた。

「まあ、ドイツはどちらかというとビールが主体で、ワインはそこまで飲んだ方でもないが……それでも明らかに違うのはわかる。恐らく、製法からして違うのだろうな」

実際、例えばコルク栓とガラス瓶により瓶熟成をするようになったとか、そもそも発酵というプロセスが科学的に解明されたとか、そういった色々な事情によりワインの質は当時から飛躍的に向上しているのだが、それはまた別のお話。

結局その日は家に帰ってから水をしこたま飲んで寝てしまい、音楽の話はまた翌日以降に先送りになってしまった。

 


 

翌日。

この日も仕事に出る家主を見送ると、モーツァルトは音楽を探しては聴くことに熱中した。

色々と調べていくと、どうも現代の音楽というのは和音の働きというものがかなり重視されているらしい。自分より少し前の時代に「和声論」というものが提唱されていたが、その先に発展しているものかもしれない。また、多様な音色・音域をカバーできる楽器が増えてきたことで、曲ごとの自由度も上がってきていると言えるだろう。一番変化がないのは人間の声の音域だが、それでさえ電子的な手段によって「音量が出せない」音域の声を使う技術によって、自分の時代よりも遥かに広い表現が可能になっているらしい。少なくとも、自分の時代に3オクターブを超えるような声域を持った歌手など聞いたことはない。大毅がどの程度歌える人間なのかはわからないが、まずは自分の引き出しを増やすことが必要だろう。

昼食を―今日も危なく忘れかけたが、家主に言われてセットしておいたアラームのお陰で―摂った後は、音楽を聴くだけでなく、現代の理論や楽器の特性について調べることにも時間を費やした。打ち込み技術によって「人間が弾く」必要のない旋律を作ることさえもできるため、やりたいことのピントがボケないように色々な裏付けを増やしておくことが大事だと思われた。結局、この日はひたすら調べ物と音楽の聴き漁りで時間を費やしている間に家主が帰宅した。

 

「どうだ、200年のブランクは埋まりそうか?」

夕食の食卓――この日はまた家主が料理してくれた――を囲みながら家主がそう聞いてきた。

「私が生まれる前の200年より遥かに物事が進歩しているようだが、まあ一通り追う見込みはついてきたよ」

箸と格闘しながらモーツァルトはそう応じる。

「幸いなことにこの時代の人々は勉強家らしいからな。少し調べれば理論にしろ歴史にしろすぐに綺麗にまとまったものが見つかる。こんなにありがたいことはないよ」

「そりゃあいいことだ。何か必要なモノはあるか?楽器とかは流石にすぐ用意はできねえけど……」

「そうだな、紙とペンがあると助かるな。本格的に書き始めるわけではないが、思いついたことをメモしておきたいんだ」

「お、いいぜ。五線紙と普通の、どっちがいい?」

「五線紙があるのか!」

モーツァルトが色めき立つ。

「あんま使ってねえけど、一応ミュージシャンとして持っておくべきだろうとは思ってな。買っといて良かったわ」

「あとは…そうだな、ビールはあるか?」

「そういやビール文化圏出身だったな、アンタ」

現代日本人のイメージではヨーロッパと言えばワインという印象もあるが、実際には――特にドイツ文化圏では――ビールも一般的な飲み物であった。

「うむ。家において貰っている身で言うのもなんだが、とはいえワインがあれほどに進歩していたのだ。ビールもさぞ美味しくなっているに違いないと思ってな」

「あー、まぁそのくらいなら構わねえよ。明日買ってくるわ」

「ありがとう」

 

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