一応ルビとかで補足はしていきますが、わかりづらければ感想とかで指摘していただけると嬉しいです。
次の週末。
佐久間大毅は同居人に貸し与えたPCに、
「まあ当面バンドの曲作るだけならフリーのソフトでいけんだろ」
かつて作曲の勉強を始めようと思い立ったときに「まずは形から」とばかりに結構根の張るソフトやキーボードを購入したものの、最近のDAWはフリー版でも最低限の作曲であれば十分すぎるほどの機能も備えているのだ。
「なるほど……現代ではこういうものを使って作曲するのか」
「まあ、人によるとは思うけど、流石に今日日こういうの全く使わないで書く人はあんまりいねえ気がするな」
「もう楽譜を書くのは廃れてるのか?」
「どうなんだろうなぁ。何なら楽譜読めないけど曲作れるやつとかもいるけど、今でもちゃんと手書きで譜面書いてる人もいるっぽいし、人によるんじゃねえかなぁ」
「大毅たちはどうしてるんだ?」
「うちは…まあ俺はまだほとんど書けねえから置いとくとして、義彦はコード譜しか書けねえし……正治は割とちゃんと譜面書いてくるな。康彰に至っちゃDAWから音源書き出しておしまいにしやがるんだよな」
「なるほど、本当に千差万別なのだな」
「プロで飯食ってる連中がどうなのかはわからねえけど、結局演奏する人間がいいならそれでいい、ってところもあるからなぁ」
「そんなもんなのか」
「アンタの時代と違って録音で聴けるようになったから、必ずしも楽譜が必要なわけじゃねえんだよ、特に歌なんかはな」
「つくづく便利な時代になったものだな」
「その分競争も激しいんだよ。言ってしまえば誰でもできるようになったってことは、それだけライバルが増えるってことだからな」
「だがその分聞き手も増えているのだろう?」
「多分、な」
「それなら聞き手に届く曲を書けば良い話、何も心配することはない」
「それができりゃ苦労はねえんだが……まあアンタならやってのけるんだろうな、確かに」
その日の夜、大毅はスタジオ練習を終えて向かった居酒屋で刺身盛をつついていた。それぞれ平日はしっかりサラリーマンとして働いている我狼にとってしっかり腰を据えて音楽活動ができるのは週末くらいのものであり、こうして集まれるのも月に2~3回といったところである。
「そーいや大毅、作曲家と知り合ったっつってたっけ?」
そう声をかけたのはベーシストの中田正治。ジャケットスタイルのステージ衣装が半ばトレードマークの彼はセットされた黒髪に黒縁眼鏡という相貌も相まって、メンバーからもファンからも「バンドマンらしからぬ雰囲気」ともっぱらの評判である。
「ああ、ちょっとした縁でな。とはいえ元々バンド畑の人じゃないし、条件面含めてどうなるか分かんねえってのが現状だな」
グループ内のチャットで少し話を出しはしたものの、その作曲家がモーツァルト本人であるなどという荒唐無稽な話はともかく、現時点で大毅の家に居候させている話も伏せ、単に「知り合った」程度の報告しかしていない。
「相変わらず謎の人脈してんなぁ。いいから一曲書いてもらえばいいじゃねえか」
横からツーブロックでガタイの良い男が笑いながら突っ込む。こちらは神野康彰、同じく我狼のドラマーである。口調が多少乱暴なことも含めて初対面の人間からは怖がられがちだが、実際にはまさに豪放磊落といったタイプの男だ。
「ま、大毅にも考えがあるんでしょ。書かせちゃったらそれはそれでお金もかかるし、そうそう無碍にできなくなっちゃうし」
「相変わらず義彦はシビアだな」
そう康彰にツッコまれたのが野沢義彦、ギタリストである。ウェーブのかかった長めの金髪に幼さの残る整った顔でファンからの人気は高いのだが、如何せん日頃からこの調子ですぐ現実論・正論を相手にぶつけがちなせいか、メンバーの誰よりも(ファン以外の)女性ウケが悪い男だ。
「まあカネの話はともかく、どんな曲が出てくるのかわかんねぇからな……まあでも近いうちに一旦デモっぽいものはやってもらおうかなと思ってるよ。あくまでお試しってテイでな」
「まー任せるよ、俺に難しい話はわかんねーし」
正治はそう言いながら飲みかけのビールを飲み干して、目にも留まらぬ速さで4人分の次の一杯を端末から注文する。
「そうだね。また進捗あったら教えてよ……あ、鍋来たじゃん」
「おい鍋来るなら日本酒飲みたかったんだけど、ビールもう頼んじゃった?」
「あ、じゃあそれ俺飲むわ」
こうしてまたいつも通りの飲み会が進んでいくのだった。
最終的に、酔い潰れた義彦をタクシーに押し込みつつ散会したのは日付が変わる直前の話で、這々の体で帰宅したときにはもう既にモーツァルトは就寝した後であった。
二日酔いで痛む頭を抱えながら起きてみると、同居人は既に作業に没頭していた。
「もう使い慣れてんのか、すげえな」
「いや、まだまだだよ。とりあえず昔書いた曲を思い出しながら入れてみてるんだが、やはり楽譜を手で書く方がよほど早いのは確かだな」
「まあそりゃそうだろうな。こういうソフトの良いところは『作りながら聴ける』ことだから、『楽譜を見れば頭の中で音楽が鳴り出す』アンタみたいな人間には手間の方が多いかも知れねえよ」
実際のところ「録音」という技術が一般人の手元にまで広がったのはここ100年の話であって、それまでは「作曲家一人が同時に鳴らせる音の量」というのはせいぜい両手両足で同時に演奏できるところまででしかなかった。そうした時代に――それも楽器の種類が極めて多種多様なオーケストラ編成などの――音楽を作っていた作曲家達にとってみれば「頭の中で想像で音を同時に鳴らす」ことができて当然だったのだ。DAWという技術によって「実際に鳴らす」ことがより容易にはなったものの、そうした過去の厳しさのなかで生きてきたモーツァルトにとって、その旨味は――少なくとも現代人にとってのそれほどには――大きくないのは事実だろう。
「とはいえ、複雑なハーモニーやリズム楽器まで考えると頭の中で鳴らせる量にも限りはあるんだ。鍵盤で入力できる以上、その手間というのもそこまで大きいものではないしな」
「それができちゃうのがおかしいんだよなぁ、アンタ。普通の人間にはそもそもそんな正確に鍵盤弾けねえんだよ」
「まあ、そればっかりは昔取った杵柄というやつだろうな。物心つくころからずっとピアノを弾いて暮らしてきたお陰で、思った通りに弾くことはそこまで難しくない。まあ、このDAWとやらで作るとなるとやたら正確なテンポが要求されるとこは苦労するがな」
「ああ、それなら……ほら、このクォンタイズって機能があるぜ。指定した音符に合わせてくれんだよ」
「ほう……凄いな。細かいニュアンスは死にそうだが、作曲用途では十分実用性ありそうだ」
「だろ?まあそういうニュアンスとかはDAW上で音楽を完成まで持ってくならそのうち必要になるんだろうけどな。一旦作った後で人間が別途演奏する前提の曲作りなら当面問題にはならねーだろ」
「確かにそうだな。これ、譜面は書けるのか?」
「できなくはねえけどオススメはしねえな。どうしても読みやすい譜面にはならんし、それをやるために頑張って調整する時間あったら多分手で書いた方が早いよ、とくにアンタならさ」
「確かにそうかもしれないな」
ひたすらDAWと格闘する同居人を後目に、大毅もまた久しぶりに作曲というものに久々に向き合った。元々自分自身も音楽をやり始めて「シンガーソングライター」という生き方に憧れたことさえあり、「なんとか自分でも曲が書けるようになりたい」という目標意識は常に持っていた。しかしながら、結局のところメロディが浮かぶくらいが関の山で、楽器隊にざっくりとした指針を示す程度のリズムやコードすら作れないまま数年が経過していた。同居人の方は一心不乱に鍵盤を叩いて何やら凄いスピードでモノをを進めているらしいが、自分の方は――作曲用の
「なあ、やっぱり作曲ってピアノなりなんなり弾けないと難しいのか?」
大毅は作業を終え、夕食の準備をしながらそう問いかける。
「弾けないよりは弾けるに越したことはないし、ピアノという楽器は特に作曲に向いているとは思うが、だからといって弾けないと曲が書けないかといえばそんなことはないと思うぞ」
「自分でもたまに書こうとするけど、結局楽器隊に何を弾いてもらえばいいかわかんねえんだよな」
「それは……そもそも大毅、ちゃんと音楽を聴いているか?過去の作品もそれぞれの楽器が何をしているかとか、どういう構成になっているかとか、そうやって分解して聴き込むことで色々な楽器のすることがわかってくるはずだ。私の時代には『聴いて知る』のではなく『楽譜を読んで知る』ことが必要だったが、まあ先達のやったことをしっかり分析して自分の血肉にするという点では基本的に同じだよ」
「なるほど……」
「恐らくこれは音楽に限らずどの芸術でも同じだと思うのだがな。知らない人間からはよく『なにもないところからものを生み出している』ように見られがちだが、その実は結局『それまでに蓄積された膨大な過去の作品のエッセンスを自分の解釈を通して新たな形にまとめる』と言った方が適切だよ。何を書いていいかわからないなら、まずは過去作品の分析を積み重ねることだ」
そう言いながら、作業中だったノートPCを食卓に持ってくる。
「ちょうど私も今日そんなことをやっていたんだよ。聴いてみるといい」
そう言いながら再生ボタンを押すと、ちょうど昨今話題のアニメ主題歌が流れ始めた。所謂「ベタ打ち」、つまり強弱の情報もなければタイミングも
「すげえな、これ一日でやったのか」
「なに、それ自体は本質ではない。大事なのは、これを『何のために』やったかだ」
モーツァルトは再生を止めると、
「わかりやすい例で言うならこのドラムだろうな。言うまでもなく、実際に手足を動かしてドラムを演奏するためには訓練も時間も設備も必要になるが、頭の中で『どう叩くか』をイメージして入力すること自体はそこまで難しくない。単に『聞こえた音でそれっぽいものを打ち込む』のではなく、『聞こえたフレーズをどう演奏するか考えてから入力する』ことで、そのフレーズが自分の中に蓄積されるんだ」
「なるほど……?」
「実際に曲を書くときも、演奏方法をイメージしながら書くことは大事なんだ。物理的に演奏できないようなフレーズを書いたらそれはまあ批判されるだろうからな」
「あー、確かに」
「そうやって自分の中の蓄積を増やしていけば、そのうち『ああ、ここであのフレーズっぽい感じにできないかな』みたいなことを思いつくようになる。いわゆる『引き出しを増やす』というやつだな」
「なるほどなぁ……。俺もやってみるか」
「まあ、あとはとにかく数を書くことも大事だよ。結局アウトプットを増やすことに勝る経験はないんだ」
「とりあえず試しに1つ書いてみたが、どうだろう」
翌週の金曜日、仕事を終えて帰宅してみるとモーツァルトがそう言いながら譜面の束を手渡してきた。
「おぉぅ……??」
予想だにしていなかった大毅は言葉を詰まらせる。
明確に頼んですらいなかったのに曲が出てきたこと自体が驚きだが、それ以上に目に入った譜面がどこをどう見ても「バンド用」とは思えない譜面だったからだ。
通常バンド向けの市販される譜面は「タブ譜」というギター族楽器専用の記譜があったり、音色や奏法の指定があったりと五線譜以外にも色々と書き込まれているのだが、それ故に市販でない――つまり作曲家がバンドメンバーに渡すような――譜面はもっと簡素化されているのが普通である。
しかしながら、今目の前にあるものは……どうも全パートが五線譜にきっちり書かれているようにしか見えない。
「こりゃぁ……いわゆるスコアってやつか」
「日本ではそう呼ぶのか。どうもバンド用の譜面の作法もあるらしいんだが、どうもまだギターの譜面の書き方とかはよくわからないから一旦慣れた形で書いてしまったよ」
「ありがてぇんだが……うちの連中、あんまり楽譜読めねえんだよな……。これDAWで作ったなら音源もあるのか?」
「そういえばそんなことを言っていたな。もちろんあるぞ」
そう言いながらモーツァルトは曲を再生する。相変わらずいわゆる「ベタ打ち」だが、曲の特徴自体はちゃんとわかるように作られている。
「あくまで『試しに作ってみた』レベルのものだし、基本的には今の流行をそれっぽくなぞったくらいのものでしかないのだが、どうだろうか」
「いや、すげえよマジで。普通にこれ使えそうだぜ」
「流行りどころの曲というのは多くの場合色々な共通点があるものだからな。そういう要素をしっかり拾って取り込めば、『それっぽい』モノを作ること自体は難しい話ではない。一番大変なのはこの先で他者と差別化し自分の色を出していくところなんだ」
「なるほどなぁ…俺らはまず『流行りモノっぽい曲』すら書けずにここ数年やってたからなぁ……」
「それこそこの間言った曲の分析の話だよ。組み合わせるためにはまずその『流行の要素』をしっかり言語化して自分の引き出しに詰めていかなければいけないからな」
「ふーむ……。この曲、うちでもらっちゃっていいのか?」
「もちろんだ。タダ飯を食わせてもらっている身だからな。もう少し今の音楽を勉強して、早いこと水準以上の曲をしっかり提供できるようになるよ」
「そりゃありがたいわ。んじゃあこれは後でメンバーに共有するから、