ウルフギャング!   作:zoe.

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第一章: バンド編
第二話: 男たちはいつもつまみ食いしたがる(1)


週末、大毅はスタジオでメンバーに「新曲」を共有した。

「すげえなこれ、試しにって割には普通にウケそうな感じじゃねえか」

ドラマーの康彰は驚きを隠せずにそう言う。全パートベタ打ち、シンセサイザーの音色で作られてはいるものの、わかりやすく爽やかなロック調の曲であることが手に取るようにわかる曲だった。どう考えてもものの試しなどと言ってどこかに放置してよい出来ではないと感じられた。

「ホントだよね。これ書いた人、単価高そう……」

相変わらずそうした面を気にしてしまうのはギタリストの義彦。確かに、現代になって参入障壁が下がった結果単価の安いセミプロが激増している音楽業界ではあるが、それでも売れ筋の曲を書ける人間の単価が下がっているわけではない。

「っていうかこの譜面、黒いなぁ……。クラシック出身か?」

メンバー内で唯一まともに譜面慣れしているベーシストの正治は、バンド系のみならず色々な楽器を通ってきており、持ち込まれた譜面がオーケストラの文法で書かれていることに気づいていた。

「そのはずだぜ」

「クラシックってことはピアノもきっと弾けるんだよな」

確かにクラシック出身者は幼少時代から一度はピアノに触れている人間が多数だし、それこそ音大や専門で作曲の教育を受けてきたような人間であれば最低水準より遥かに高いレベルでの演奏ができて不思議はない。

「あー、まあかなり弾けるはずだけど」

「だとしたら、将来的にはその人シンセでメンバーに入れちゃえたらいいな」

「確かにそうすればバンドメンバーってことで一蓮托生だし」

正治と義彦が盛り上がる。

実際には「両手の鍵盤と足のペダルをフルに使って強弱含めて生楽器を演奏する」ピアニストのスキルと「場合によっては片手演奏になるが電子楽器ならではの音色のコントロールの知識も必要になる」シンセ奏者のスキルは別物なのだが、彼らがそこに気付くのは先の話である。

「そういやその手もあるんだな……いや、流石にそりゃ失礼じゃねえか?」

康彰は一瞬同意しかけたものの、義彦が言外に費用やリスクを――言葉を選ばずに言えば――誤魔化そうとしていることに気づいて思わずツッコミを入れる。

「どうなんだろう、まあ興味あるかは聞いてみるよ」

「まあメンバー加入は半分冗談だけど、一回会ってはみたいよね」

「確かに」

 

アルコールのお陰で覚束なくなった足取りで帰った大毅はメンバーからのフィードバックをモーツァルトに共有していた。

「ふむ、メンバー加入か」

「まあ半分冗談だけどな。実際今のアンタの立場考えたら、あんまり目立つとアレって事情もあるからな」

「そういえばそういうのもあるか……。現代では人間の身元をしっかり管理しているんだったな」

「そうなんだよ。実際タイムスリップなんてことに対応した法律は多分ねえから、ちょっと厄介事になりそうなんだよなぁ……」

「まぁ、先のことはそのとき考えれば良いだろう。メンバー加入というのもなかなかに面白そうじゃないか」

「いいのか?自分で言うのもなんだけどうちのバンドってアンタに見合うほどのバンドになるかわかんねえぞ?」

「なに、元々流れ着いた身だし、名誉欲もとっくに満たされているからな。あとは人生を無事平穏に、好きな音楽をしながら送れるならそれ以上に望むことはないさ」

「そう言ってくれりゃ嬉しいが……じゃあ今度の練習、来てみるか?」

「よろしく頼むよ」

 

翌日。

「そう言えばメンバー加入の話で思い出したのだが」

仕事帰りの大毅にモーツァルトが話しかける。

「大毅がいない間とか、たまにいつぞやのピアノ弾きに行きたいのだがどうだろうか…」

モーツァルトは現状大毅宅の鍵をもっていないため、彼が不在の間は家から出ることができないのだ。

「また藪から棒にどうしたんだ?」

「君のバンドに入るかどうかはともかくとして、久々に『人前で弾く』機会が欲しくてな」

確かに至極もっともな要望ではある。

が、駅前のストリートピアノと言うのは本来特定の人間が定期的に、あるいは長時間居座って、他人に聴かせるために弾くことを前提としたものではないし、何よりそんなことをしてSNSで大騒ぎにでもなろうものなら大問題に繋がりかねないリスクがあることを考えると、そう簡単に許可できる話ではない。

「あー…やりたいことはわかるんだがなぁ」

「やはり難しいか」

モーツァルト自身、なかばダメ元での依頼だったのか答えあぐねる大毅を見て色々察した様子である。

色々考えた大毅は、一つの可能性に思い至る。

彼がたまに飲みに行く地元の店の中に、ライブバーがある。夜の時間や休日は基本的にイベントやプロの演奏、オープンマイクセッションなどで賑わっているのだが、一方平日昼は音楽なしの普通のランチ営業をしている店だ。オーナーのこだわりのおかげでライブバーとは思えないほどのクオリティの食事が人気のため平日昼であってもそれなりに客は入っているらしい。交渉次第ではあるが、そこで演奏させてもらうことはできるかもしれない。

「あそこはちょっと難しいが、別の方法はあるかもしれない」

「そうか!」

モーツァルトが目を輝かせる。

「だが…そうなると、流石にそのナリじゃあ厳しいだろうな」

なにぶん現代に流れ着いてからというものほとんど外に出ない生活を送ってきている関係で、服は大毅のお下がりの部屋着、髪も荒れ放題といった状況では、流石に客の前で弾くわけにはいかないだろう。

 


 

幸運にも翌日は祝日だったため、一通り身なりを整えたモーツァルトを連れて大毅はそのライブバーに向かっていた。

「こんなことにまでお金を使わせてしまって、よかったのか?」

「なーに、その分くらいは近いうちに自分で稼いで返してもらうさ。アンタの腕ならそんな難しい話じゃないだろ」

「そう願いたいね」

昨夜の内に、大毅は店主に電話して大まかな話をつけていた。実際店側としても平日の昼にも何かしらの音楽的な付加価値をつけたいというのは以前から考えていたことだったので、今回の話は十分に興味を惹かれる話である。今日の昼営業はちょうどオープンマイク(自由参加)のイベントの予定だったため、腕を見つつ「面接」をすることになっていた。

「なんか急に決まったけど、ジャズとかわかるのか?」

「こっち来て最初に色々調べていたときに、メジャーなところは一通り勉強させてもらったよ。我々の時代の音楽とはちょっと文法は違うが、基本的には『お約束』の上にある音楽のようだからそこまで苦にはならなそうだ」

「へぇ…俺なんかからするとなんもわからんって感じなんだけどな」

「ロックの世界にも影響が及んでたりする部分もあるようだし、余裕があるなら聴いてみることをおすすめするよ」

 

「ようこそDelfinoへ」

二人を出迎えたのは、ライブバー"Delfino"の店長吉松愛梨だ。既に30代半ばに差し掛かろうという年齢のはずだが、幼い顔立ちと黒髪ロングぱっつんというトレードマークになっている髪型のせいで大分若く見られがちである。

「今日はお世話になります」

「佐久間君、お久しぶりー。そっちが例の彼?」

「ゴッドリーブといいます。今日はよろしくお願いします」

「日本語上手だねー。今日のイベントはオープンセッションだから、適当なところで何曲か入ってもらうよー。それまでは適当にご飯でも食べて待ってて」

「ありがとうございます。ここのカレーは本当に美味しいんだよ、ゴッドリーブ」

「お、嬉しいこと言ってくれるじゃん。いつものでいいかい?」

「お願いします。ゴッドリーブは……同じものでいいか?」

「ああ」

 

席でビールを飲みながらしばらく待っていると、店長が二人分のカレーを運んでくる。このカレーは店長が半ば趣味でスパイスの調合から作っているこの店の看板メニューの一つで、そこにトッピングでエビフライを追加するのが大毅にとっての定番である。

「エビフライカレー2人前、お待たせー」

「これだよ、これ」

「それ食べ終わった頃くらいに声かけるから、よろしくね」

「あっはい、わかりました」

 

「確かにこれは素晴らしいな。このカレーとやら、確か家でも食べた記憶はあるがそれとは大違いだ」

「店長のこだわりで作ってるやつだからなぁ。しっかりスパイシーなんだけど辛すぎない、絶妙のバランスなんだよ」

「この揚げ物とのバランスも良いな。カレーの方が少し水分が多めだから、それを衣が吸って良い感じに調和しているんだろう。料理というのも、もしかすると音楽と通ずるものがあるのかもしれない」

「なるほど……?でも店長はたしか音楽ほとんどやらねえはずだぜ?」

「なんだ、そうなのか」

「どっちかってとあっちで音響やってる副店長の方だな、そっちの担当は。あの人はめちゃくちゃうめえぞ」

「ほう……どこかで聴く機会があるといいな」

 

昼食を食べ終わって一息ついたところで、お呼びがかかった。

「そのままピアノで入っちゃってー。有名所の曲、どのくらいわかるんだっけ」

「まあ、多少は」

「とりあえずそこに定番曲リストあるから、わかるやつ選んでくれていいよ。多分他の人はみんなやれると思うから。ということで皆さん、新人さんなんでよろしくお願いねー」

「どうも皆さん、よろしくお願いします。それでは…本当に定番ですが『枯葉』いきましょう」

枯葉。元々はフランス映画の劇中歌として作られたシャンソンだが、今やジャズの超スタンダード曲として有名であり、多少なりともジャズというジャンルに携わったことがあれば一度は弾いたことがあるだろう、という程度には知られている。

誰もが聴いたことのあるフレーズでメインテーマを一周すると、お約束のようにソロ回しが始まる。今回はモーツァルトの腕を見る場ということで店長が多少の差配をしたのか、他のメンバーも実力者が集まっているようだ。

ギタリストのソロが一通り終わると、次はついにモーツァルトのソロである。ジャズのソロというのは一定のお約束の元ある程度即興で組み立てるもので、フレーズを作る能力と(ジャズと言う分野の)音楽の知識の両面が必要となる。先日来から「新しいジャンルであってもインプットとアウトプットの精度が異常に高い」というモーツァルトの才能は何度も目撃してはいるものの、やはり演奏という一発勝負の場でどこまでやれるのかについては全く心配していないといえば嘘になるだろう。

 

まあ、結論から言えばその心配はなかった。

回ってきたソロでも周りと遜色ない演奏を見せつけたモーツァルトは、曲が終わると他のメンバーに挨拶して回っていた。

「へえ、本当に上手いねぇ。ちょっと教科書的すぎる感じはしたけど、逆にジャズ初心者でここまでできるってことは本当に対応力高いんだね」

PA(音響装置)を担当していた副店長の山本由香里が大毅に話しかける。

「アイツほんとに守備範囲の幅が広いんですよね。普段はクラシックばっかり弾いてるんですけど、ほとんどやったことのないジャンルもすーぐ対応するんで……」

「いやー、よくこんな人見つけたねぇ」

「不思議なご縁ってのはあるもんですよ」

後ろでそんな話をしていると、次の曲が始まった。やはり音楽人同士大して会話をしなくとも一緒に音楽をやるだけでコミュニケーションが成立するのだろうか、ステージ上のメンバーはみな楽しそうである。

 

「さて、ゴッドリーブ君。演奏技術の方は一通りわかったんだけど」

イベントが終わり参加者が帰ったあとで、簡単な面接が始まった。

「大毅君から聞いてるかもしれないけど、うちとしても平日昼に何か定例でやるってのは初挑戦なんだよね」

「あ、それは聞きました」

「そうなると待遇の話がちょっと問題でね。率直な話、腕に見合ったものを払える保証がないんだよね」

「そこに関しては特に気にしていないので大丈夫ですよ。人前で弾く機会をいただけることの方が大事ですから」

「こっちにいい話すぎて不安になってくるね…。まあ、常連さん結構気前いい人多いから、うちからの謝礼に加えてお客さんからの投げ銭も期待できるとは思うんだけど……そしたら細かい条件とか、あとは具体的な時間とかはこっちで細かく詰めて連絡する感じでいいかな」

「はい、お願いします」

 

「っつーことで、これがうちの合鍵だ。失くすなよ?」

そう言いながらモーツァルトに家の鍵を渡す。

「ありがとう」

「さっきの電話、どんな感じだったんだ?」

「とりあえず週3回の昼時間ということになった。軌道に乗ったらまた後日話し合いってことで、当面はそこまでの稼ぎにはならなそうだ」

「まあ焦ることじゃねえからな。少しずつ現代日本の生活に慣れてもらうのが先だ」

実際、現時点では大毅の家に居候しているとはいえこの生活を永劫続けられるわけでもなく、どこかでちゃんと独立してもらう必要はあるだろう。もちろん、そのためには彼の「身元」をどうするのかという大きな問題があるのだが……。

「どうだったよ、久しぶりに弾いて」

モーツァルトが大毅の家に居候し始めてもう三週間になる。出会った日に駅前のストリートピアノを弾いて以来、人前で演奏するのは相当に久しぶりのことであった。

「やはり良いものだな、音楽をやるのは。引きこもって曲を書いているのも楽しいが、人前で演奏する楽しさはまた別格だ」

そう言いながら、モーツァルトは翌週から使う譜面の準備を進めていく。当面はこれといって演奏する曲のテーマは特に決めずにやるということだったので、客受けの良さそうな流行曲のピアノアレンジと、自作を含む過去の定番曲を織り交ぜておこうという予定らしい。

「とはいえ、作曲の方もちゃんと進めるから安心してもらって構わないよ。この間教えてもらったバンド譜面の書き方なら清書の手間が相当減りそうだしな」

先日「お試し」の曲で"真っ黒な"譜面を書いて渡した彼だったが、その後バンドメンバーが必要とする譜面のレベルについてのフィードバックを大毅から受け取り、より簡略的な譜面で良いと知ったのだった。音符をいちいち細かく書き込む必要が無いのであれば、最終譜面を書くための時間は相当減るだろう。

「おう、頼むぜ」

 

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