ウルフギャング!   作:zoe.

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第二話: 男たちはいつもつまみ食いしたがる(2)

大毅がモーツァルトを伴ってスタジオのロビーに現れたときには、他のメンバーは既に集合していた。

「どうも、ゴッドリーブです。よろしく」

モーツァルトがいつもの名前で名乗ると他のメンバーも相次いで自己紹介をしていく。一通りの挨拶が済んでもまだ予約時間までは余裕があったこともあり、ひとまずテーブルを囲んで雑談の時間になった。

「随分日本語上手だけど、こっちに来て長いの?」

「いや、まだこちらに来たばっかりだからわからないことも多いんだ。たまたま向こうで日本語を学ぶ機会があってな」

言葉の流暢さや現代日本社会への慣れのなさについては早晩に目立ちそうなところであり、モーツァルトと大毅はこうした質問への「模範解答」を予め考えていた。将来的には――特に身内であるバンドメンバーに対しては――ある程度の情報は共有するつもりではあったが、とはいえ今の段階で転生などという荒唐無稽な話をするのは信用を失いかねないという判断である。

「へぇ。まあ最近海外でも日本注目されてるみたいだからねぇ」

そうした事前準備が奏功したのか、ギタリストの義彦は特に違和感を覚えるでもなく回答を受け入れる。実際のところ昨今日本のポップカルチャーにハマって日本語を学ぶ外国人は相当増えているので、特段おかしな話にはならなそうだ。

「それじゃこっちで特に何か活動しているわけじゃねぇんだな」

「うむ、ようやくこちらにも慣れてきたからそろそろ何か始めよう、という感じでね」

「そーかそーか。まあこっちの生活で何か困ったら言ってくれよ、仕事柄弁護士とかの知り合いもいるからな」

面倒見のよさに定評のあるドラマーの康彰もまた、モーツァルトの置かれた状況を気遣う。日本に不慣れなモーツァルトにとっては、確かに万が一の際にそうした助けがあるというのは大事なことかもしれない。

 

色々雑談をしているうちに時間になったため、メンバーは部屋に入りそれぞれのセッティングを進めていく。

「今日やる曲は見てきてくれた?」

「一通りは」

まだまだ自前の曲が十分にない――しかもあったとしても出来が微妙で客の受けがよくない――我狼は、普段のスタジオでは客受けの良さそうな流行曲を触ることがそれなりに多い。色々と流行りどころを押さえた上で、演奏のクオリティに満足がいくものを次のライブでやる、といったスタイルで活動しており、今日も数曲の候補が課題として各メンバーに配られていた。

今まではキーボード不在でギターも1本という編成の制約からやれる曲がかなり限られていたが、今回はモーツァルトがお試しとはいえ参加するということで、ピアノやシンセサイザーのある曲中心に選曲されている。

「まあシンセサイザーの扱いはまだ不慣れだし、機材も今回はスタジオのレンタルだからそっちの方は多めに見てもらえると助かる」

「ピアノとシンセってそんなに違うのか?」

正治は現在はベーシストとして活動しているが、メンバー中では唯一非バンド系のものを含めいろいろな楽器の経験がある。とはいえ鍵盤楽器については幼少期にピアノを少しやった程度のため、鍵盤楽器の機微については他のメンバー同様あまり詳しくないのが実情だ。

「ピアノであれば音色のコントロールは指先のタッチと足でアナログにやるものだが、シンセサイザーの音作りというのは色々なパラメータの設定や元々登録されている音色の知識といった違うものが要求されるんだよ。実際に演奏するための鍵盤は似ているが、ほとんど別物の楽器と思った方が適切だろう」

「なるほどなぁ」

モーツァルト自身もシンセサイザーという楽器に触れてから一ヶ月と経っていないのだが、そこは音楽の経験値の差と適応力であたかも「歴戦の演奏家」のような説得力を感じさせる。

「じゃあとりあえずやってみようぜ」

ドラムのセッティングを終えた康彰がカウントを取る構えをしながら言う。

「そうだな、とりあえず1曲目!」

大毅の掛け声からカウントが始まり、最初の――ちょうど先日モーツァルトがベタ打ちで作っていた――曲がスタートする。

原曲を出したバンドは以前から流行曲をいくつも飛ばしており、我狼もファンからカバーをよくリクエストされていたはもののキーボード不在のためやれていなかったのだが、今回モーツァルトが来るということで「じゃあやってみようか」となったのだ。しかしながらこの曲は――それなりに難曲揃いで知られる彼らの曲の中でも――相当難度の高い曲で、一発目からやるには少しカロリーが高い。特にこの高速な店舗の中で縦横無尽に動き回ることになるベースの負荷は相当なもので、正治は顔をしかめながら弾いている。

とはいえ元々演奏技術だけは相当高い我狼のメンバーにとって、この程度の曲は「しんどい」程度でこそあれ、決して「不可能」ではない。多少の粗はあったものの無事一曲の演奏を終えると、メンバーはそれぞれ緊張を緩める。

「いやー、きっちーよこれやっぱ」

手を握ったり開いたりしてほぐしながら正治がそう言う。

「こっちも大概だぜ。これ実質倍テンじゃねえか」

ドラムの康彰も疲れを隠せない。

「とはいえ一発目でちゃんとついてくるの、流石だよね。心強いよ」

相対的に疲労度が低い義彦がモーツァルトに声をかける。

「ありがとう。幸いこの曲は結構細かく音を取ったからな、割とやりやすかったんだ」

「それでこんな速い曲やれるのがすごいよ」

「ピアノ単体で言えばもっと難しい曲は沢山あるからな。大変なのはみんなとちゃんと合わせることの方だと思う」

「うちのメンバー、何だかんだそれなりに弾けるつったろ?」

大毅が横から誇らしげに口をはさむ。

「さーて、次の曲、行こうぜ」

 


 

「そういやシンセ買うか?」

「何事だ、藪から棒に」

いつも通り練習終わりにしこたま飲んだ帰り道、大毅が突然そう聞いてきた。どうもこの家主はバンドメンバーとの場では相当に酔うまで飲む傾向にあるらしい。どうやら日本人は自分達西洋人に比べると酒に弱いらしく、それでいて自分と同じかそれ以上のペースで飲んでいるのだからそれは酔いが回って当たり前というものだろう。

「いや、今日は結局スタジオのレンタルだったじゃんか」

「もう加入する前提なんだな」

「あんだけ盛り上がってたし、来るだろ?」

確かに他のメンバーと酒を酌み交わして意気投合したのは事実であるが、とはいえ明言したわけでもないのに加入が決まったかのような前提で話をし始めるあたり、この男は結構勢いで物事を進める傾向にあるらしい。まあ、思い返せばあの日会ったばかりの自分を家に連れ帰ったあたりでそういう傾向はこの上なく現れていたわけだが……。

「まあ加入の方は前向きに考えたいが、とはいえ楽器を買うとなると流石にそう簡単な話ではないだろう。良い楽器というのはそれなりに値が張るわけでな」

「つっても仕事始めたわけだし、なんとかなるんじゃねえのか?」

「まだまだ始めたばかりで収入が安定しているわけではないからな。ある程度軌道に乗ったら考えるよ」

「まあ、それもそうか」

そもそもDelfinoで働き始めるにあたって散髪や服の調達にかかった費用は――普段の生活費とは異なり――大毅に「借りている」建前であり、モーツァルトとしては機材より先にそちらをどうにかしたいという思いもある。

「今日、どうだったよ」

「楽しかったよ。当時の私は所詮ソロのピアニストで、ろくに音楽もわかりはしないお高く止まった連中の前で一人ピアノを弾くだけのことしかしていなかった。ちゃんと真面目に音楽をやっている仲間と一緒に演奏するのは本当に楽しいんだ」

「そりゃよかったよ。アンタがどうしてこの時代に来たのかは分かんねぇけど、来ちまった以上は楽しんでって欲しいからな」

「あぁ。とりあえずは、次のライブだな」

「よろしく頼むぜ」

 

翌日から、モーツァルトは本格的な作曲作業に取り掛かり始めた。ようやく全員とアンサンブルがとれたことで各メンバーの演奏上の得手不得手も知ることができ、それぞれの状況に合わせた編曲が可能になったのだ。中期的にはライブ数本分の曲ストックを持つことだが、まず当面は代表曲と言えるレベルの曲を作り、レコーディングまで進めて音源を公開することだろう。そのためには、自らの強みを理解するとともに「今の流行」をしっかりと理解する必要があった。

モーツァルトにとって幸運であったのは、我狼のメンバーの演奏スキルが総じてそれなりに高いことだろう。元々自身の曲の評判が高くないという理由から流行曲のカバーを続けてきた結果多様なジャンルに対応できるレベルの腕があり、それは作曲家の視点からすれば書くフレーズにあまり遠慮をする必要がない、ということである。

もちろんあまりにテクニカルな要素を曲の中に盛り込みすぎれば当然「一般受けする」曲調からはどんどんかけ離れていくため、少なくとも当面書くべき曲の方向性ではなくなる。ただ、せっかく演奏力のあるメンバーがいるのだから、スポット的にそうした側面をアピールできる部分を入れることにはそれなりの意味があるだろう。

 


 

幸い週3日Delfinoでの演奏をしている間以外は時間が有り余っていたモーツァルトは、この一週間で3曲ほど書き上げた。とはいえそのうち1曲は前週に「お試し」として出した曲のモチーフを流用したものなので新規で作られた曲は2曲なのだが。

「ペース早すぎん?」

デモテープを一通り聴いた正治は驚きを隠せずに言う。

「本職の作曲家は月何十曲と書いているのだから、このくらいはなんとでもなるよ」

通常職業作曲がそれだけのペースで書いているとは言っても細かい編曲まで作り込んでいるわけではないので、全パート分の編曲までこの期間で仕上げてくるのは十分に早い方だろう。

「とりあえず、これなら次回のライブに間に合いそうだな。新メンバーのお披露目と合わせて新曲投入と行こうか」

ちょうど翌週末に久しぶりのライブの予定が決まっていたため、そこでの予定を大毅が提案する。前回のライブから二ヶ月近く空いており、モーツァルトの加入を出すのは確かに一つの目玉となるだろう。

「新曲3曲全部まとめてやるってのもちょっと微妙かね……。1曲は次回に回して、残りはコピーで埋めるか?」

「3つ全部やっちゃっていいんじゃない?出し惜しみする必要ないと思うよ」

「作曲ペースの問題だよな。今後もこんなペースで書けるのか?」

新曲は大事に公開していきたい、という大毅に対して義彦はよりアグレッシブに出していくことを主張する。確かに康彰の言う通り、今後の作曲ペースがある程度見込めるのでなければある程度大事に出していく必要はあるだろう。

「私の方は特に問題ないが……」

「現実問題歌詞はそんなペースで書けねえよ、まだ」

モーツァルトの方は対応できたとして、曲を歌にするためには当然に歌詞が必要である。基本的に我狼で歌詞を書けるのは大毅だけであり、――一日中作曲をしているモーツァルトと違い日中は仕事があるという事情もあり――そうそうハイペースで作ることは難しいのだ。

「確かに作詞の方忘れてたね」

「おい」

「実際どの程度で書ける?」

「2曲なら1週間でなんとかするよ。来週のスタジオで仕上げればとりあえずお披露目ライブレベルの完成度までは持ってけるだろ」

「おっけー、じゃあその方向で行こうか。あとはコピーの方の選曲だな」

 

2週間後の週末、メンバーは下北沢のライブハウスに集まっていた。現状モーツァルトはまだ自身の機材を持っていないため、今回は機材がレンタルできるという点で選ばれた、初顔のライブハウスである。

「今日はよろしくお願いします」

リハーサルが終わったあと、フロア内で各バンドの顔合わせが行われた。見るからに外国人がいるバンドというのは物珍しいようで、他のところのメンバーからも声をかけられている。今日は午後のイベントで、我狼の出演順はトリ前であった。

「さーて、顔合わせも終わったし飯でも食うか」

バンド内で一番の肉体労働になるドラマーの康彰は、待ちかねたとばかりに外に出ようとする。

「他の出演者のステージは見ないのか?」

「まあ飯食ってからだな。そもそも10分後に開場して開演は30分後だからそれなりに時間の余裕はあるし」

「皆お互いの演奏見てるもんだと思ったけどそうでもないんだな」

「そこは箱…というか主催がどういうイベントにしたいかとかにも寄るんじゃないかなぁ。コピーバンドイベントとかだと結構友達多いからお互い見てたりするけど、こういうイベントだと逆に自分達の出番終わったらさっさと清算して帰っちゃうとことかもあるよ」

日頃我狼の活動以外にもコピーバンドで遊んだりしている義彦が日本の音楽シーンの現状を教える。

「今回は結構ドライな感じのイベントだし、僕らもここの箱に深入りする予定もないからなー。まあ戻れるタイミングで戻ればいいんじゃない?」

「そんなものか。じゃあ食事に行くか」

 

 

「ラーメン半チャーハンとビール」

「餃子定食とビール」

「油淋鶏定食とメガハイボール」

「お前らなぁ…」

中華屋の席につくなり酒を頼み始めたメンバーを見て、いつものことながら大毅は呆れ顔である。無論大毅も普段は他のメンバー同様酒クズと言われる側の人間なのだが、本番前のボーカルは流石に飲むわけにはいかないのだ。

「なるほど、担々麺大盛りとビール大でお願いしよう」

「アンタまで張り合う必要はないんだぞ?」

「いや、本番前の景気づけは大事だ。君も一杯引っ掛けたくらいの方が声が出たりはしないか?」

「無茶言うなよ……」

「いいじゃねえか、大分うちらに溶け込んできたって証拠だ」

正治が笑いながらそう言う。

「そういや向こうにいた頃はどんな感じでやってたんだ?」

「やっていた音楽が違うからな……こんな自由な雰囲気ではなかったよ。色々仕来りもあるし、仕事とは言えなかなか窮屈だった」

「へぇ、やっぱクラシックは大変なんだな」

「君も多少はやってたのではなかったか?」

「あー、まあな。とはいえやってたのは子供時代だし、ああいうお高く止まった雰囲気が苦手で早々に逃げ出したからな」

「なるほどな。まあその気持ちはわかるよ」

モーツァルトが生きていた時代の音楽家の息苦しさは現代のクラシック演奏家のそれとは全く質が異なるものであるのは確かだろうが、一方で「芸術」が単なるエンターテインメントではなくなった世界で起きる問題としては想像できるものでもあった。恐らくそれは音楽の世界に限らず芸事の世界ではどこでも起きていることだろう。

「ま、せっかくこっちの世界に来たんだ。楽しんでやってこうぜ」

正治は届いたビールを勢いよく煽りながらそう締めくくる。

「そういや今日はどーいう流れなんだっけか。新メンバーの話ってSNSで流してたっけか?」

一方餃子を突きながら康彰が今日の進行について確認する。バンドのSNSに関しては正治が主に管理しており、自身であまりSNSを利用しない康彰はどういう告知が流れているかについてはまったくと言っていいほどわかっていない。

「今日は最初がキーボード無しの曲だから、まず一曲演ってからMCで『大事なお知らせが』つって、そこでお披露目だな。SNSでも一切匂わせてすらいないから、フロアをざわつかせてからが勝負だ」

「なるほど、毎回飲み会の写真のときも4人分しか写らないようにしてたのはそういう意図なんだね」

「どうせサプライズやるなら徹底しないと面白くねえからな」

「たーしかに。あ、ビールもう一杯!」

「まだ飲むのかよ……:」

「あと一杯だけだって。アルコールは燃料だからな!」

 

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