久しぶりのライブは大盛況のうちに終わった。
正治の目論見通り「大事なお知らせ」と言った瞬間にはファンは悪い知らせかと身構えたものの、新メンバー加入という予想外の告知で反転大いに湧き上がった。しかもその新メンバーが誰の予想にもなかったであろう西洋人――それも謎に日本語が堪能な――という話題性のある人間だったことで、元々我狼目当てで入っていた人以外の客にも我狼というバンドを認知させることに成功したと言えよう。
「おー、結構バズってんなぁ。初めて見てくれたお客さんでうちのことツイートしてくれてる人多いぜ」
ライブハウスから撤収したあとしけこんだ居酒屋で、ビールを片手にSNSをチェックしていた正治は状況を共有する。一部には「わざとらしいパフォーマンス」とか「変なサプライズで白けた」という否定的な意見もあったが、大多数は好意的なもののようだ。
「曲の方の反応はどうだろうか。次以降の参考にしたい」
「そっちも好感触だぜ。今までうちらが無い頭絞って作ってたのがだいたい不評だったこと考えたら大進歩だ」
実際以前の我狼についての感想は熱心なファンですら「有名曲のコピーは上手いのに」「新曲も微妙だったよね」といった温度感であり、そこからの差たるや相当なものだ。モーツァルト本人としては「売れ線の曲の要素を適当に組み合わせただけでまだ自分らしさをまるで作れていない」と謙遜しているが、「当面のライブ活動で客を集められる"強い"曲を持つ」という目的は十分に達成したと言えるだろう。
「ありがたい、それなら当面こういう方向性で進めれば良いのだな」
「ああ、多分な」
「折角だしもう少し細かいところ詰めて、早いうちに音源出したいね」
やり取りを聞いていた義彦は今後のプランについて提案する。以前であれば十分な曲数を作ってからCDを出すというのが標準だったが、現代ではネット配信で1曲からリリースできるということもあり「曲を溜める」必要は薄い。
「レコーディングか、久しぶりだな。今回も自前でやるか?」
我狼は今まで何度かネット配信用に音源を制作したが、たまたま正治や大毅が機材面になんとかついていけるということでセルフレコーディングで進めていた。セルフレコーディングは当然コストを安く抑えられる反面、プロのエンジニアを起用するのに比べるとどうしてもクオリティ面では差ができてしまう。
「うーん。この一曲は勝負かける曲だし、ちゃんとやりたい感じもあるよね」
バンドの「金庫番」と言えるほど、一番コスト意識の高い正治が珍しく出費の多い提案をする。
「まあなぁ…とはいえ結構高いからなぁ」
「配信ということはちゃんと売るのだろう?なら、売上をちゃんと出せばちゃんと回収できるのではないか?」
「そうそう簡単な話じゃねえんよ。今まで出したやつ、どれも10や20とかしか売れてねえだろ」
康彰が横から口を挟む。
配信で1曲売れて100円ちょっと、レコーディング費用はエンジニアを使えば簡単に数万の単位に乗ってしまうことを考えると、確かに10や20しか売れなければほぼほぼ全額が自己負担といった予算感になってしまう。
「この曲なら売れるだろ」
大毅はそう言い切る。今回のライブは普段の馴染みの会場ではなかったにも関わらず、この新曲はそのまったく知らない客からの感触も上々だったことを考えれば、今までとは一線を画する数字が出せると確信していた。
「まあ、一曲しっかりやってみるのはアリかもな」
翌週末、各メンバーは都内某所のスタジオに集合していた。
流石にプロ向けのスタジオは高価にも程があるが、リハーサル用のスタジオが提供しているレコーディング用のパッケージであればそれなりにお手頃価格になっている。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね」
今回は1曲しか録らないとはいえそれなりの時間一緒に過ごすことになるエンジニアと、まずは顔合わせや進行に関する打ち合わせをする。ある程度の流れは決まっているものの、我狼のメンバーはスタジオレコーディングが初めてということでそうしたところの説明からすることになった。
「なるほど、じゃあ基本的にはバラバラに録るんですね」
「そうですね。まず全体でモニターから流すためのデモ、ガイドを録りますが、その後はだいたいパートごとにやっていきます。まあ、最初のドラムとベースはなるべく一緒に録りますけどね」
「なるべく、というのは……?」
「一発でキレイに行けばいいですけど、大体あとから修正が必要になりますからね。そうなったらバラバラに録り直したりはします」
「なるほど」
説明にあった通り、まずは大部屋に集まって全パートまとめての一発録音をする。ここで録った音は最終的な音源にミックスされることはない。何に使われるかと言えば、この後のパートごとのレコーディングをするときに、各メンバーの
それが終わると次はリズム隊、つまりドラムとベースのレコーディングになる。曲全体のグルーヴ感を考えるとこの両パートは一緒に進めた方が好ましいと言われているのだ。ドラムのマイクセッティングとベースアンプのセッティングを済ませ、二人がスタジオに戻ってくる。
「さーて、やるか」
康彰は久しぶりのレコーディングということで気合十分といった様子だ。セルフレコーディングに比べるとやはり使うマイクの本数も多く「プロ」という雰囲気でやることになるため、いつも以上にテンションが上がっている。
リズム隊の収録が終わると、次はキーボードやギターの番が来る。
これらのパートはライブでは1人分のパートしかないが、音源では何人分かのパートが用意されていることが多く、言い換えれば一人で何回か録る必要がある。
「キーボードさん、こちら生で録るパートは1本で良いですか?」
「いや、もう既に録ってあるから今日録る分はない。録音1本と打ち込み1本、トラックはこれに入っている」
そう言いながらモーツァルトは音源の入ったUSBメモリをエンジニアに手渡す。
キーボードの場合、いわゆる「打ち込み」、つまりコンピューター上の合成で作られたパートもあり、どこを人間が弾いてどこをコンピューターに任せるかは編曲者のセンス次第である。人間が弾くにしてもピアノやアナログシンセサイザーのような「現物」の音を録るわけではないパートに関しては事前にデジタルな形で収録してしまえる分、レコーディングのときの負担は小さい。
「それじゃ次は僕の番だね」
「面白いものだな、現代の録音作業というのは」
義彦がギターの録音をしている中、ゴッドリーブは自分の出番を待つ大毅に話しかける。
「そうか、そりゃアンタの時代には録音自体がなかったもんな」
「それもそうだが、こうやってバラバラに録ってるのに一つの曲になるというのは、理屈で仕組みはわかっていてもやはり面白いものだよ。だが、バラバラに作れるならむしろこんな全員揃ってやる必要もないのではないか?こうして待っている時間、少しもったいない気もするのだが」
「実際、2日にわけてやってるところとかもあるみたいだし、それこそ宅録ならみんな自分の環境で録った音源でやるから、全員が集まる必要は確かにねえんだ。ただ、ちゃんといい音で録ろうと思うとやっぱりああいうプロのエンジニアさんにお願いした方がいい出来になるし、そうなるとやっぱりある程度まとめてやった方が良いんだよ」
「なるほどな」
「何曲かまとめて録るってなると、大体リズム隊と上モノ、歌でそれぞれ別に集まったりするみたいだな。うちらもそのくらいまとめて作れるようになりたいもんだ」
そしていよいよボーカルの順番がやってくる。
最初はコーラス、つまりいわゆる「ハモリ」を録り、最後にメインボーカルを録る流れだ。
「よろしくお願いします!」
大きな声でエンジニアに挨拶すると、大毅はスタジオのブースへと入っていく。既に機材の片付けを終えた他のメンバーはコントロールルームに集合し、大毅のレコーディングを見守ることになる。
「そういやゴッドリーブ君はドイツ出身なんだっけ?」
「近いが、一応オーストリアの方だ。まあ日本の人には区別が付きづらいところだとは思うが……」
かつて大毅と会ったときには自らをドイツ人と名乗ったモーツァルトだったが、外に出るようになり――自身がウィーンで暮らしていたということから――現代として正しい「オーストリア出身」を名乗るようにしていた。
「実際どのくらい違うの?」
「元々は一つの国だからな……あまり違うようには思えないが、やはり南の方の地域だからおおらかな人が多い印象だな。あとは……どうだろう、外国の文化が溶け込んでいるのはオーストリアの方な気がするな」
「なるほどねー。あっちの方のコーヒーってトルコから入ったんだっけ?」
「らしいな。かつてトルコに攻められた時に入ってきたものだ、と聞いた記憶がある」
ウィーンにコーヒー文化が入ってきたのは17世紀末のことであり、ちょうどオスマントルコによるウィーン包囲がきっかけである。モーツァルトの時代からしてみれば100年やそこらの「少し昔」の話であるが、現代に暮らす者からすれば遥か昔の話。モーツァルトは事あるごとに、こうした時系列の話に関してもうっかり口を滑らせないように気をつけている。
「まあでも、本当に日本は美味しいものが多くて楽しいよ。世界中の料理がこれだけ簡単に食べられるなんて思いもしなかった」
「でも大体普段食べるものなんて何種類かになっちゃうのが普通だけどね。バリエーション多くても、そうそう毎日何食べるか考えるのなんて面倒なんだよ」
「いやー、それはお前ががさつなだけだろ。俺はだいたい毎日違うもん食べるぞ、何しろ飽きるからな」
正治が義彦にツッコミを入れる。正治はメンバー内でも食道楽で知られており、彼のSNSはだいたい食事と酒の写真で埋まっているとの評判だ。
「なるほど、人によるんだな」
「そーだろうな。俺なんてほっといたらラーメンしか食わねえけど、逆にラーメンだけはめっちゃ探究してるし」
そうしてメンバーが食事談義をしていると、大毅がブースから戻ってきた。
ここから先はエンジニアの独壇場である。
収録した各パートの音に必要なエフェクターをかけ、状況に応じて――特にボーカルの――音程やタイミングもこっそりと修正し、最終的に全体のバランスが良く聴こえるように調整する工程だ。
「いやー、やっぱりプロの仕事は違うなぁ」
エンジニアの後ろで見ている正治はしきりに感心している。今までセルフレコーディングで制作していたときは彼がこうした部分の技術的な所を担当していたが、やはり専門的な教育を受けてきたわけではないこともあり、どうしても自学自習で場当たり的なやり方をしてきたのも事実である。しっかり仕事として普段からやっている人の仕事を間近で見られるこうした機会は、彼にとって今後のために有益な経験になっていることだろう。
「こういうの見てるとソフトも欲しくなるよなぁ」
「高えんだよな、ああいうの」
こうした工程で使うエフェクターはソフトウェアとして販売されているが、一種類ごとに数千円を超えてくるため必要な分を揃えようとすると結構な金額が出ていってしまうのだ。
「セール時期になるとバカみたいに安くなるので、そういう時にセット買いしてしまうのが一番良いですよ」
作業をしていたエンジニアがヘッドホンを外して向き直る。
「特に重要なのは11月のブラックフライデーですね。何十%引きが普通ですからね」
「すご……」
「ということで、できましたよ。時間に余裕はありますから、何か気になることがあったら教えてください」
最終的な手直しを済ませて出来上がった音源は、確かにプロの仕事といった出来栄えであった。元々技術には定評のある我狼のメンバーがかの大作曲家の曲を演奏し、それがプロの手によって音源化されたということで、それは「勝負できる」ものになって当然ではあるのだが。普段馴染みのライブハウスのブッキング担当たちにも送って中々の好評を得られたことで自信を得たメンバーは――「せっかくだから」ということで撮影していたレコーディング風景なども使いつつ――プロモーション用のショート動画を作ったり、各種配信サイトに配信の登録を進めたりして数日が経過した。
決して多いとは言えないSNSのフォロワー頼りのプロモーションではあったが、SNSの投稿や動画公開などでしばらく期待感を煽ったのち、梅雨に入ろうかという6月半ばの水曜に、新曲が各配信サイトにて公開された。SNSでの反応も上々、初動一週間の再生数や配信サイトの販売数はどちらも今までの楽曲が発表後月単位で積み上げた実績を軽々と桁一つ上回る数字を叩き出し、作編曲・エンジニアリングに本職・プロを起用することの強さを我狼メンバー一同改めて実感することになったのだった。
これにて年内の更新は終了です。
来年もこっちの方は細々と続けていきますのでよろしくお願いします。
更新再開は1/6または一週間空いて1/13のどちらかになります。