ウルフギャング!   作:zoe.

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もう一月も中盤ですが今年もよろしくお願いします。
こちらの方は頑張って隔週更新を続けていきたいと思います。

なお本作は(言うまでも無いですが)フィクションです。
実在の人物・場所・企業等とは一切関係ありません。


第三話: 窓辺に出でよ(1)

「なんだこの暑さは……。日本は拷問装置の実験でもしているのか?」

夏も盛りの8月頭、機材を抱えて駅までの道を歩きながら、モーツァルトは完全にグロッキーといった様子であった。無理もない、現代の関東都市部ではこの時期気温が35度に到達することも日常茶飯事であり、比較的寒冷であったモーツァルト時代のヨーロッパと比べればそれはもう洒落にならないほどの高温地帯であることは言うまでもない。

「いやー、ホントキツいよな。とは言え室内に入りゃアンタの時代にはなかった空調ってもんがあるんだからもうそこは諦めてくれ」

「まあわかってはいるんだが……それでもこれは相当厳しいぞ」

新体制下1曲目が過去の曲と桁違いの大当たりになったことに気を良くした我狼は7月の中旬にもう1曲リリースし、そちらもそれ以上の数字が出たことから少しずつ大きなライブハウスに出る話が来るようになってきていた。以前はせいぜい100人規模の会場が関の山だったが、今日の会場は300人強規模のそれなりに名の知れたところで、バンドとしては大分成長を感じられる状況である――もっとも、この時期は日本各地で大型のイベントが開催されており、半ば「裏番組」のような状態であることは否めないが。

「ま、帰る頃には涼しくなってるだろ。ありがたいことに夜のイベントに呼んでもらえるようになったからな」

「その分会場入りがこの酷暑なのだろう?どちらにしろ辛いことに変わりはないじゃないか」

「まあこれが現代日本に暮らすってことだ。冬は冬で結構キツいから覚悟しとくんだな」

「つい最近までやたら雨が多かったと思えばこれだし、一体日本人は何が楽しくてこんな極端な天気の場所に住んでるんだ……??」

 

「おはようございまーす!」

会場に入ると、大毅は大きな声で挨拶する。多少箱のキャパシティが増えたところで――時間帯を問わず「おはようございます」から始まるという謎の慣習を含め――大きな流れがそうそう変わるわけではない。

「ああ、よろしく」

落ち着いた雰囲気でそう返してきたのは、今日のイベントでトリを務めるバンドのベーシストであるSukeだ。腰ほどまであるストレートロングの黒髪がトレードマークの彼は日本のロック界では極めて有名な所謂「ベースヒーロー」の一人であり、本来この時期は各地のフェスを飛び回るのに忙しいはずなのだが、そうしたスケジュールの合間を縫って老舗ライブハウスでのイベントにも顔を出すようにしているらしい。

「今日は呼んでいただきありがとうございます」

「そんなかしこまらなくていいよ。ネットで動画見かけて面白いな、って思ったからね。若手の子達と会えるのがこういうイベントの醍醐味なんだから、今日は楽しんでいってよ」

「はい!」

Sukeの目に止まって呼ばれた身とはいえ、まだ実績も数字もない我狼は当然この日のイベントではトップバッターである。本来トップバッターはそのままセッティングした状態で開場を待つ関係でリハーサルが最後になるため早く会場に来る必要は一切ないのだが、なにぶん自分達以外は「格上」であり礼儀として早めに行っておくべきだろう、という一種の遠慮や、それを抜きにしてもより経験を積んでいるバンドマン達のリハーサルから何かを学び取ろうという意識もあり、大分早く到着して他のリハーサルを見ていた。

「いやー、やっぱ違えな、あの人達」

大毅と並んで見ていた康彰が心底感心した様子で言う。

「ちゃんと箱のサイズに見合った音量でやるのってプロの仕事って感じがするよな」

言うまでもなくライブハウスのサイズは千差万別であり、いくらマイクとスピーカーで音量を増幅するのが前提と言ってもステージ上で作るべき音量もまた状況次第で変わってくるものだ。不慣れなバンドマンは常に爆音のセッティングをしてしまいがちな一方で、場数を踏んでいるバンドはそうした音量感のコントロールにも長けている。

「いい着目点だと思うよ」

近くで見ていたSukeが口を挟んでくる。

「中音を引き算で作れるようになるのをまず当面の目標にするといいんじゃないかな」

「引き算、ですか?」

「そう、返しの音を上げるんじゃなくて、余計な音を減らすんだよ」

中音(なかおと)、つまりステージ上で本人達が出し、あるいは本人達が聴くために出しているステージ側向きの「返し」(モニター)の音は、もちろん最前列にいる客に聞こえはするものの、PAが調整して客席に向かって出している外音(そとおと)と違いあくまで本人達が演奏のためにあるものだ。当然まず気になるのは「自分の音」だったり「目印にしたい他のパートの音」だったりするわけだが、それらが聞こえづらいとなったときにその音量を上げてしまうと全体の音量がどんどん上がってしまう、という事態を引き起こす。

「結局返し上げたってあんまり聞こえやすくならないからね。他の人が聞きづらいなら自分の音を下げる、みたいなコントロールができるんだ、お互いの音がわかってるバンドならね。特に大事なのは音域……つまり音作りでどこを前に出すのか、ってことだと思うよ」

「なるほど……。それ、外音には影響しないんですか?」

「むしろ、そのためのリハーサルなんだよ。中音の方いじって出音が変わった分を含めて、PAさんが外音をある程度調整してくれるものだからね」

「ありがとうございます、勉強になりました」

 

「なるほど、引き算か。それはライブだけではなく、それ以前の曲作りでも必要な視点かもしれないな」

メンバーで再集合して――流石に今日はイベントの性質上酒を入れずに――腹拵えをしながら先程Sukeから聞いた話を共有していると、モーツァルトがその話に反応した。

「もちろんレコーディングの後工程、ミックスの段階でもある程度そういう調整の仕方をしてくれているのだろうが、曲作り――つまり編曲の段階からちゃんと音の住み分けとかを考えるべきなのだろう」

「なんかきいたことはあるな、そういうの。クラシックの方ではそういう概念はあんまりないのか?」

モーツァルト加入前は作曲を担当していた正治も興味を示す。

「ないわけではないが、クラシックの楽器は基本的に得意な音域は決まっているし、出る音色はそんなに変わらないからな。原理的にどんな音でも出せてしまう電気的な楽器とは勝手が違うよ」

義彦の疑問にそう答えるモーツァルト。確かに、弦楽器隊もエフェクターを使えば音色を大分変えられることを考えれば、クラシック音楽と比べれば自由度が高い分気を配らねばならないことも増えてくる。

「まあ、音色づくりに関しては義彦や正治が気を配る部分でもあるんだがな。流石にまだ私にはギターやベースの音はわからんよ」

 


 

イベントのトリ、Sukeのバンドの出番が終わり物販や挨拶回りをこなしていると、ライブハウスの中は半ば打ち上げのような様相を呈し始める。出番を終えた出演者たちはめいめいに酒を片手に客や他の出演者と立ち話を始めており、先程までの熱狂的な空気とはまた変わった雰囲気になっている。ふと目を向けると、モーツァルトは既に他のバンドのメンバーたちと大分ペースの早い飲み方をしているようだ。様子が気になって近寄ってみると、相当品のない会話をしているようでよろしくない単語が頻繁に耳に入ってくる。身内だけが残る打ち上げの場ですら顰蹙を買いかねないような放送禁止用語が飛び交うのは流石にまずかろう。

「おいゴッドリーブ、まだお客さん残ってるんだから少しは慎め」

流石にこれは酷い、とばかりに大毅がツッコミを入れる。

「ああすまん、つい楽しくなってしまってな」

元々過去作にド直球の下ネタの曲名があるようなモーツァルトなので、周りの人間が悪ノリしてしまうとどうしても素の部分が出てしまうようだ。

「まあ、もう少ししたら客もハケるしそれまで待とうや」

流石にまずかったか、と一緒に盛り上がっていた他の人間もそう声をかけあう。一方の周囲の者からしても、見るからに西洋人にも関わらず流暢な日本語で下品な会話にすら混ざってくる人間というのが非常に興味深かったのか、ついつい油断してしまったのだろう。

「とりあえず片付けるか」

そう言うと、それぞれ楽屋に仮置きしていた自身の機材などの片付けに向かっていった。酒が回りすぎる前に片付けを済ませておかないと、後々自分や他のメンバーが苦労することになるためベテランほどこうした意識は高い。もっとも、Sukeをはじめとしてそれなりに大物になってくればローディー(自前のスタッフ)がいるのも確かで、そうなってくれば自力で準備や片づけをすることも減っていくのだが。

 

来場客の退場後、済ませて楽屋に戻った大毅は煙草を吸っているモーツァルトと顔を合わせた。

「あれ、お前煙草吸うんだっけ?」

「こういうスタイルの煙草はこっちに来てからだな。私達の頃はパイプだったし、そのうちそれも買えたらとは思うのだが」

「へえ、意外な趣味だな」

大毅自身は喉を気遣う意味もあり煙草に手を出したことはないが、ライブハウスに出入りしていれば周りに喫煙者は多く煙草に対する忌避感はさほどない。もちろん昨今の風潮で禁煙のライブハウスも増えており、副流煙に燻されることも大分減ってはいるのだが。

「酒もそうだし、この煙草もそうだし、我々の時代とは比べ物にならないほど進歩してるからな。これほど新しいものがあふれているのだ、手を出さずにはいられまい」

そう楽しそうな顔で語るモーツァルトの手にあるものが、一般的な紙巻き煙草と少し違う雰囲気のシロモノであることに気がつく。

「ん、お前それ何吸ってるんだ?」

「Sukeさんからもらったんだ。私が普段吸っていたものと違って、吸ってると落ち着くんだよな、これ」

「馬鹿野郎、それは吸っちゃいけねえやつだからさっさと捨てろ」

大声を出すわけにもいかない状況だが、大毅は精一杯語気を強めてモーツァルトに迫る。

「おいおい、ただ事じゃない雰囲気だな。何かまずいのか、これ」

「そりゃ外見は似てるが日本で使ったら捕まるやつだよ。いわゆる違法薬物ってやつだから危険性もあるし、いいから早く捨てとけ」

「そうなのか、あまりに堂々としてるからそんなまずいものだとは知らなかったよ」

「あー……まあ、あの人はなぁ……ちょっとアレだから、そういうとこ」

 

 

 

『人気ロックバンドGRØWのボーカリストMACKEYと同バンドのベーシストSukeがそれぞれ大麻取締法違反の容疑で逮捕されました――』

何の気なしに見ていた夜のニュース番組でそんな報が流れたのはしばらくあとのことだった。報道によれば一ヶ月ほど前から内偵捜査が入っていたとのことで、実際のところあの時点でライブハウスに踏み込まれていたらモーツァルトも巻き込まれた可能性がないわけではない。

「いやー、ホント危なかったぜ」

「なるほど、あれは大麻と言うんだな」

「そうか、アンタの時代ってそういう薬物ってなかったんだっけか」

「強いて言えば阿片が多少、という程度だろうな。本来は医薬品のはずだった阿片をそれ以外の目的で飲んでいる者がいたとは聞くが、私の周りにはあまりなかったと思う」

モーツァルトの時代の直後頃からアジアで阿片の吸引というのが流行し最終的には戦争にまで発展する事態となったが、一方それを持ち込んだヨーロッパの側では経口摂取が主だったこともありそこまで深刻な問題にはならなかった。現代でも欧米の一部の国では大麻が認められていたりする点も、薬物に対する歴史的なトラウマの有無というのが響いているのかもしれない。

「知らずに使っただけでも法に触れるのだろうか」

「厳密にはそうかも知れねえけど、現実問題何も知らなかったならしゃーないだろうし、そもそももう大分経ってるから検査しても出ないだろ」

「なるほど、そういうものか」

「まあ、次から気をつけるんだな。流石にあそこまでやべえものを堂々とやってる人はそうそういねえと思うけど、とはいえあそこまでじゃないとしてもアングラなものに手を出してる人はたまにいるからな。知らない人の誘いにはあんまりホイホイ乗るものじゃねえよ」

「間違いないな。心配をかけてすまない」

 

結局、数日間身構えていたものの、警察その他の公権力が接触してくることはなかった。幸いあのイベントでは――不幸にして主催した本人は現在塀の中に行ってしまったものの――各メンバーとも先輩バンドマンとの繋がりを広げることもできたし、何より普段の客とはまったく違う層に我狼をアピールすることができたことでSNSのフォロワーも配信の売上も順調に伸びていた。多少肝を冷やす事態ではあったものの、我狼一同にとっては次のステップに進む上で重要なイベントであった。

 

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