ウルフギャング!   作:zoe.

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敬語でやり取りするようになると、誰が喋ってるのか本当に分かりづらくなります。
ここらへんは修行が必要ですね……


第三話: 窓辺に出でよ(2)

月も変わり、多少なりとも気温が下がるとともに雨の日が増えてきた。

先日のイベントで繋がった関係者の中でもトップクラスに重要だった縁は有名インディーズレーベル、四畳半レコーズのプロデューサーであるマーク池籐だろう。自身も若手の作曲家やギタリストとして活動するかたわら、かつて系列のライブハウスでアルバイトしていた頃の繋がりからプロデューサー業にも手を出すようになった彼は、新人バンドの発掘を主に担当していた。

「本日はお時間ありがとうございます」

理想的にはメンバー全員揃うべきなのだが、如何せん我狼のメンバーはみなそれぞれに他の用事も多い人間であり、今日この場に集まったのはリーダーである大毅と時間に余裕のあったモーツァルトの2名のみであった。

「こちらこそ。あのSukeさんからの紹介だしね、結構気になってたんだよ」

少し毛足の長い黒髪ウルフカットの「今どきの若者」といった雰囲気の池籐は見たところ大毅とあまり年が変わらなく見えるが、とはいえ方や一バンドマン、もう片方はインディーズとはいえレーベルでそれなりの立場にある者であり、必然コミュニケーションは対等という雰囲気にはならない。

「まあそんな固くならないでいいよ、年も近そうだし」

「ありがとうございます」

「とりあえず今リリースされてる曲は聴いたよ。結構数字出てるんだって?」

先日初めてレコーディングやマスタリングをプロに外注して作った曲は初動でも3桁のセールスを記録していたが、Sukeのイベントで知名度が向上したおかげか今やその売上は4桁に到達していた。

「おかげさまで今までとは桁違いって感じです。こんなに出るとは思いませんでした」

「今の時代は話題になれば早いからね。いい時代って言えばそうだけど、その分競争相手も増えるって考えれば難しい部分もあるのさ」

「確かに僕らがこうやって出てきたってことは、この後もまた別の人達が同じように出てくるってことですもんね」

「そう。だから早いうちにちゃんと興味持ってくれた人を定着させた方がいいのさ。…ってことでね、仕事の話をしよう」

言うまでもなく、この日は別に雑談しに来たわけではなく、我狼についてのビジネスの話をするべく時間をとっているのだ。

「まあ話は単純さ。このご時世、僕らレーベルがしてあげられることも限られるし、その分アーティストの取り分は増やしてあげよう、ってのが僕の方針でね。まあ悪く言えば放任主義ってことなんだけど」

そう言いながら条件を説明するための資料を取り出す。

「まあ詳しくはここに書いてあるけど、そんな厳しいことはしない主義さ。うちの場合ハコが自前であるから、そっちの方のバックアップが他よりは手厚いってのが強みかな。ライブは今後もやってくんだろ?」

「はい、基本ライブの方が好きなんでそっちメインにしたいと考えてます」

「じゃあちょうど良いかもね。まあ数字に関しては売上の状況とか見ながら適宜改定していいと思ってるから今の数字は参考値って感じで考えてもらっていいと思うよ。今は皆普通に働いてるんだっけ?」

「だいたいそうですね。最近はいったこいつはちょっとふらふらしてますが」

そう言いながら大毅はモーツァルトの方を指差す。

「そうか、新しく作曲家が入ったって言ってたよね」

「ゴッドリーブです、よろしくお願いします」

「元々クラシック出身って聞いたけど、経験浅い割にいい曲書くじゃない」

「ありがとうございます。クラシック以外の音楽に興味持って『それなら』って感じで日本に飛び込んできたんですよ」

現代日本に転生してはや数ヶ月、色々な人と会話しそのたびに出自の話をしている関係で、こうした出任せをもっともらしく言うことには大分慣れてきたモーツァルトである。

「このバンド以外の音楽ってやってるの?作曲家業とかさ」

「今のところ地元の店でたまにピアノを弾かせてもらってますけど、それくらいですね。まだまだこちらでの基盤があるわけではないので」

「興味あるなら今度そういうのも紹介するよ」

「……引き抜きですか?」

少し冗談めかしつつ、大毅は口を挟む。

「おっと、そんな話じゃないさ。ただ、俺が思うにまだまだ曲書く余裕あるんじゃないかな、って思ってさ。働きながらやってるバンドの制作ペースって、作曲家が書くペースについていけるわけじゃないでしょ」

「まあ、そりゃそうですけど」

実際バンドという形で、しかもフルタイムの仕事をしながら活動をしている中で楽曲を作るとなれば、作曲家が書いてきた曲をものの数時間でレコーディングしておしまい、というようなスタイルでやれるわけではなく、そうなってくると当然月に何曲というペースでアウトプットしてくる作曲家とはペースが合わなくなってくるだろう。

「もちろんバンドの活動に支障が出るような仕事の振り方はしないさ。うちはあくまで『ロックバンド』のレーベルだからね、そっちがおろそかになるようじゃ俺が怒られちゃうさ」

池籐は笑いながらそう言う。

「何にせよ、まずは我狼の方がちゃんとレールに乗るのが先決だね。一旦メンバーと相談してもらって、また後日って感じでいいかな?」

 


 

「てな感じなんだけど」

後日。

大毅は池籐から受け取った資料を見せつつ、四畳半レコーズ所属のオファーについてメンバーと共有していた。

「いやー、まさかこんなトントン拍子に来るとはねぇ。ゴッドリーブのおかげだな」

「そう言ってくれるのはありがたいが、私が書いた譜面に息を吹き込んでくれる皆の演奏があってこそだろう」

「また嬉しいこと言ってくれるじゃない」

ドラマー康彰は――例によって飲んでいるアルコールの影響以上に――上機嫌といったふうである。

「ところで正治は大丈夫なの?僕や大毅の会社はまあそんな厳しくないし、康彰はまあいいけど正治のとこってそれなりにお固い会社じゃなかったっけ」

「おい」

「だってそうでしょ、不動産業なんて宅建持ってりゃ最悪個人でもやれちゃう仕事じゃない」

「まあそういう側面がねえとは言わんけど、つったってまだ若手の俺としちゃそうそう独立や転職なんかしたかねえぞ」

「で、どうなの?」

義彦は康彰のツッコミを軽くいなしながら正治に問いかける。

「まあインディーズレーベルなら『給料』が出るわけじゃないし大丈夫だろう。まあ、そもそも余程下手をうたなければ会社にバレることもないと思うがな」

「じゃあ大丈夫か。料率とか気になる人いる?」

「まあこんなもんじゃない?うちら別に当面これで食うわけじゃないし、あそこならハコも持ってるからそういう面でもフォローしてもらえるってなら悪い条件じゃないと思うよ」

メンバーで一番数字や書面に厳しい義彦は大毅が持ちこんだ書類を唯一人真面目に読みながらそう答える。

「義彦がそう言うなら大丈夫だろうな。んじゃあ今度全員で都合して正式契約って感じになると思うから、後で日程調整回すよ」

 

「そういや桜花(おうか)ちゃんっつったっけ、あの子どうしたん?」

しばらく酒が進んだのち、ふと思い出したかのように康彰が切り出した。

「また随分いきなりだな……。言わなかったっけ、とっくの昔に別れてるぞ。ちなみに名前は桜花(さくら)だ、あの字でな」

「あー、やっぱりそうなったか」

半ば笑いながら義彦が混ぜっ返す。

「やっぱりってなんだよ、やっぱりって」

「えー、だってあの子割と『そういう』子って評判じゃん。っていうか正治もわかってて付き合ってたんじゃなかったの?」

「……まあそういう面がないと言えば嘘になるな」

「ほーら」

「何かトラブルでもあったのだろうか?」

決して根が上品とは言えないモーツァルト、この手の話になると首を突っ込まずにはいられない。

「大したことじゃねえよ、なんか知らねえけどどっかに別の男作って出てっただけだ」

「それを『だけ』で済ませちゃうのが正治らしいよねぇ」

「そりゃ褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」

「いや、普通そういう時って怒ったりなんだりするもんじゃないのかなって」

「んなめんどくせえこと誰がするかよ。気持ちが離れたって言ってる相手に更にリソース突っ込んで得るものはねえだろ」

「ま、たしかにそりゃそうか。結婚でもしてりゃあお金になるんだろうけど」

「そういうこった」

「……なんだろう、今俺には『そういうとこだぞ』って言葉しか出てこねぇんだが」

バンド内ではどちらかというと現実派といった立場の二人がそう結論づけているのを見て、ロマンチスト側にいる康彰はツッコミを抑えきれないといった雰囲気だ。

「安心しろ、俺もそう思ってるよ」

大毅もまた、ため息をつくのであった。

 


 

「おめでとう、レーベル所属決まったんだって?」

数日後、Delfinoに出勤したところで店長の吉松愛梨から声をかけられた。

「ありがとうございます。先日Sukeさんのイベントに出た縁が繋がりまして」

最近のモーツァルトは以前より良い条件で演奏するようになっており、自身が出演するときはたまにこうして開店前の準備にも加わるようになっていた。もちろんまだマイクの取り扱いなど電気・機材を使う部分に関しては触れないのだが、一方でピアノの軽微な調整・調律は自分で行えるようになっており、そうした準備時間に雑談を交わすのが習慣になっていた。

「音源できたらうちでも扱うか。最近結構ゴッドリーブ君目当てのお客さんも増えてきたし、ジャンル的にも新しい市場開拓になるんじゃない?」

「良いんですか?助かります」

「四畳半なら由香里のツテあるしね」

そう言いながら照明機材の点検をしている山本由香里の方に目をやる。

「あー…まああるっちゃそうだけどさ」

「でしょ?」

「つってもアイツ今どんな仕事してるのかとか知らないからなー、まあ聞いてみるけど」

「知り合いがいるんですか?」

「アタシの元カレが働いててね。どっかのハコの店長やってたとか聞いたけど、今何してんのかは聞いてないわ」

「へぇ……世の中狭いですねぇ」

「まああそこ結構大きい会社だし、ゴッドリーブ君たちと縁があるかはわからないけどね」

 

 

「ご無沙汰してます、由香里さん」

昼の部の閉店間際、客の一人がPA卓へと挨拶に来ていた。

「お、マサじゃん久しぶり」

「あー、どこかで見た顔だと思ったら赤嶺君か!」

フロアの片付けをしていた吉松もまた思い出したかのように声を上げる。受付で顔を見てはいたものの、最後に会ったのは数年前ということで誰だか思い出せずにいた。

「愛梨さんやっぱり気づいてくれてなかったんすね」

苦笑いしながらそう返すこの男は、がっしりした体格や束ねた長髪、そして何より黙っていたときの強面からは想像できないような明るい喋り方で話を続ける。

「まあ数年ぶりですし仕方ないですけど」

「そもそもお前は愛梨とあんまり会ってなかったろ。最初に会ったのはどっかの打ち上げだっけ?」

「どうでしたっけ。なんかの酒の席だったのは確かですけど、ライブの打ち上げだったのか普段のサークルの飲み会だったのかは覚えてないっす」

「あー、まあ確かにあのサークル飲んでばっかりいたからねぇ。由香里もよく肝臓やらなかったよね」

「本当に痛めてないかは年をとるまでわかんないけどな」

そう言いながら二人は笑い合う。

「マサは今なにしてんの?」

「まあバイトしながらバイトやってるんで学生時代とあんま変わんないっすね」

「まだ続いてるの?あのバンド」

「続いてるっちゃ続いてますけど結構変わっちゃいましたね。というか由香里さんこそやめちゃったんですか?」

「細々やってはいるけどな。こっちはこっちで楽しいもんだぜ」

学生時代色々教わった先輩が今や現役ではないというのは少し残念なところでもあったが、実際のところその先輩が旧友と一緒に店をやっているというのはそれはそれで良いものだし、何よりこの店の雰囲気の良さには心惹かれるものがあった。

「それにしてもいい店ですね、ここ。相変わらず愛梨さんのメシは美味いし」

「ありがと。褒めてくれてもおまけはしないけどね」

そう茶化しながら答える。彼女自身は由香里や赤嶺が所属していたサークルのメンバーではなかったが、たまに由香里の家でやっていた飲み会に参加してはつまみを作っていたこともあり、実際この店のルーツの一つはその時代にあると言えるだろう。

「お知り合いですか?」

弾き終わったピアノを掃除していたモーツァルトが盛り上がっているところに合流する。

「ああ、アタシの学生時代の後輩でね。バンドでベース弾いてるんだ」

「どうも、赤嶺昌和と言います。ピアノお上手ですね」

「ありがとう、ドイツから来たゴッドリーブです」

二人は握手を交わす。

「最近うちでちょいちょいピアノ弾いてもらってるんだけど、彼もバンドマンだからね。仲良くしてあげてよ」

 

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