「何だいきなり、大事な話があるって」
長雨のシーズンも終わりに近づく頃、大毅はライブ翌日の日曜に改めてメンバーを招集していた。
「ライブ翌日なんて疲れてるときに大事な話ってのも穏やかじゃないよね」
最近はレーベル経営のライブハウスのステージに出られるようになったこともありライブの頻度が上がっており、大分集客数も安定してきた。四畳半レコーズはライブハウスを複数備えたビルを一棟経営しているのだが、そこの一階にある200人規模のハコではそろそろ手狭になり、そろそろ一番大きい地下の方のステージが視野に入ってきている。
「まあ、そこまで重大な話じゃないんだけど……ただ康彰にはちょっと力を借りたいんだ」
「ん、俺か?ってこたぁ家絡みか。結婚でもするのか?」
ドラマー神野康彰はその――きれいなツーブロックに整えた髪型という――見た目通り不動産業界で働いており、他のメンバーの住居探しにも多少手を貸した経験がある。
「相手がいねえよ、まず」
大毅は顔の割にまったくと言っていいほど女性に縁がなく、それはよくメンバーにもネタにされている。当然康彰もそれをわかった上で冗談を振っているのだが。
「話っつーのは、俺じゃなくてこいつの話なんよ」
そう言いながらモーツァルトの方を指差す。
「こいつのことあんま話してなかったけど、ちょっと厄介な事情があってな。メンバーとして定着た以上はちゃんと共有しといた方がいいと思って」
そうしてモーツァルトと大毅はここまでの話をメンバーに共有し始めた。
流石に「あのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが現代に転生した」などという正気を疑われかねない話はまだ伏せてはいるが、それ以外の――たとえば正規の手段で日本に入ってきたわけではなさそうであるとか、現在大毅の家に居候しているであるとかの――話は正直に明かす。本人の素性に関しては流石にまだ早いという判断から、「記憶喪失」というご都合主義の言い訳を使ってしまっているのだが。
「へぇ、つまりそろそろちゃんと自分で暮らしたい、ってことか?」
康彰は話の流れから、自身が関わるであろう範囲の話を推測する。
「まあそんなところだ。ようやくこいつもちゃんと稼げるようになってきたし、今すぐにってわけでもねえけどそろそろ独立させたいんだが……如何せん身元とかどうにもならねえからどうしようかな、って」
「ゴッドリーブ追い出したいってことはやっぱり女か」
正治が横から混ぜっ返す。
「だから違うっての。外国人だとその時点で家借りるのめんどくさそうだけど、挙げ句ちゃんとした手続き踏んでないとなると銀行口座とかも作れないだろうし、どうしたもんかなーって」
「一番手っ取り早いのは別の人間の名義で契約して、そこに住まわせることだろうな。契約上アウトっちゃそうだけど、愛人囲うマンションとかでも普通に使う手だし大家次第ではそうそう難しいことじゃない。まあ、名義貸す奴がリスクを背負うことにはなるけどな」
半ば仕事モードになった康彰は珍しく真面目な表情で答える。
「まあ、審査が甘い貸主とか心当たりはあるし、それなりに力になってやれるとは思うぜ」
「助かるよ」
「それにしても中々凄い度胸だよね、記憶喪失でいきなりこういう不安定な仕事始めようってのも」
「ありがたいことに音楽の知識だけは抜けていなかったからな。以前どのように飯を食っていたのかさえ記憶は抜けているんだが、それでも音楽に対する自信は残っていて助かったよ」
「まあそのおかげで僕らがここまで一気に来れたんだから、めぐり合わせってのもわかんないもんだよね」
「右も左もわからなかった私の面倒を見てくれた大毅のおかげだよ。あそこで拾ってもらえてなかったらどこかで肉体労働でもする羽目になっていたかも知れん」
「ま、お互い様ってことだな」
後日康彰から必要な初期費用等々について聞いた二人は、モーツァルト独立に向けての計画を立てていた。幸い大毅の今の住まいからほど近いところにちょうどいい物件がありそうということで、早晩遠くない時期に引っ越しができそうな状況である。幸い現代日本に転生してからというもの大してモノを増やしてこなかったモーツァルトにとって、「引っ越し」というタスク自体はそこまで大きな負担ではない。
「あとは機材類を調達しないとだな」
「確かにいい加減大毅のを借りているわけにもいかないからな。何なら引っ越し費用より高くつきかねないな……」
結局現状は大毅が使わなくなったノートPCと鍵盤をそのまま借りているのだが、大毅もまだ作曲を諦めてはいない以上モーツァルトが新居に持っていってしまっては流石に困るのが実際のところである。最低限のスペックを備えたPCやキーボードを買うだけでもそれなりのお値段にはなってしまうことを考えると、たしかに新居の初期費用に匹敵するくらいの金額にはなりそうだ。
「まあいい機会だし、お手頃なもの探しに楽器屋とかPC屋とか回るか」
「そうだな、私はそのあたりまだわからないから手伝ってくれると助かる」
「いいぜ、俺もちょっと見たいものあるしな」
次の休日、二人は電車に乗って都心部の電気街に来ていた。
「そうか、日本では賭け事はご法度なのか」
繁華街にはつきもののパチンコ屋の前を通りがかり、――大音量で流れる一昔前の流行曲に興味を惹かれた――モーツァルトにそこが何かを聞いたところからギャンブルの話になった。
「まあ、一応建前としちゃダメなんだがな。特にこのパチンコってのを筆頭に、色んな仕組みとか建前でそれなりにはあるってのが実際のとこだな。アンタはギャンブル好きなのか?」
「まあそれなりには好きだよ。お陰で大分金銭的には苦労してたんだ」
「へえ、意外だな。あんだけ名曲たくさん書いてたのに貧乏だったのか」
「まあこういう機械を使ったものではないが、色々な賭け事があったからな。私のような立場で仕事をしているとどうしても金を持った人間の遊びの場というのに顔を出せてしまう分、結構なレートでやってたんだよ」
実際のところ、彼はものの数日で普通の人間の月収分を消し飛ばすレベルに放蕩していたわけで「それなり」などというレベルではないのだが、普通の学校教育レベルで偉人のそうした一面を習うわけではなく、大毅がそうした事実を知るのは初めてのことだった。
「ギャンブルは大概にしといてくれよ?自分で稼いだカネを使う分には止められねえけど、ギャンブルで身を持ち崩すバンドマンはたくさん見てきたからな」
「そこは大丈夫だよ。前の人生の反省はそれなりにあるつもりだからな」
「どうだかなぁ、普段の飲み方とか見てるとあんまり反省を活かせてるようには見えねえんだが」
「それは……現代日本の飲み食いが美味すぎるのが悪いのさ」
結局機材等々見終わった後、外食の際にまた深酒になったのは言うまでもないだろう。
モーツァルトの新生活の安定という短期的な目標が一つ加わったとはいえ、我狼の活動自体は特に変わるでもなく順調に進んでいた。ライブの集客は右肩上がりだし、四畳半レコーズで作った最新の配信シングルの売上は以前独力で作ったそれの倍を超えており、何割かをレーベルに取られたとしても所属したメリットを感じられるだけの収入にはなっていた。
「んで、来週は草だったよな、確か」
「だね。久々に外部のハコかー、楽しみだね」
最近は四畳半レコーズ経営の会場でばかり活動していた彼らだったが、次のライブでは久しぶりにそれ以外に出演する。「草」という名前のライブハウスは、かつて映画館であったところを改修して作られた関係上フロアが多段構造になっているのが特徴で、キャパシティは500人と普段より一回り大きい規模だ。
「遂に俺らも500人規模のハコに出るようになったか」
「あっという間にここまで来たな」
最後のスタジオリハーサルを終えたメンバーは片付けながら口々に感慨に耽る。モーツァルトと出会う前、彼らは大学時代から長いこと売れないバンドとして細々活動してきていたわけで、そこから考えればこの数ヶ月での激変は青天の霹靂とさえ言えるものだろう。
「とはいえ俺らがやることはそうそう変わらないけどな」
大毅の言う通り、結局会場がどれほど大きくなろうとも会場に入って挨拶やセッティング、リハーサルを済ませて本番では目の前にいるお客さんを楽しませるべく全力でパフォーマンスをする、という基本が変わるわけではない。客席やステージの広さ、そして客席との距離が変わるとはいえ、確かにやることは同じといえばそうだろう。
「うーん、でも『やっちゃいけないこと』は増えるよ?」
「あー……確かに」
言うまでもなく、「大きな会場」ということは運営母体は相対的に大きい起業であったり、場合によっては自治体などの公共機関だったりするものだ。当然それは即ち「使い方」においてそれなりの制約が増えるということでもあり、そういう面では義彦が気にしているような部分では変化があるのも確かだ。
「そうか、この間みたいなことをやると大変なことになるな」
モーツァルトの言う「この間」というのはつい一週間前、正治の誕生日にかこつけたライブでの惨事のことである。いつも通り四畳半レコーズの経営するライブハウスでやっていたのだが、演奏中に――これ自体はまあそこまで珍しい話ではないのだが――ステージ上で誰からともなく酒を飲み始め、予定調和的な「サプライズ」でファンからケーキが持ち込まれたあたりからが酷かった。日頃どちらかと言えば正治はバンド内でも常識人的な立ち位置にいるにも関わらず、自分自身の誕生日祝いということでタガが外れたのか突如ケーキに向かって顔面からダイブを敢行。そこに火に油を注ぐかの如くテキーラを持ち込んだモーツァルトにより泥酔者が続出する阿鼻叫喚の地獄絵図と成り果てたのだった。結局、後からその日の収益がほとんど吹き飛ぶくらいの清掃費用を支払う羽目になり、メンバー一同流石に反省せざるをえない状況であった。
「あー…確かに。あのときは機材壊さずに済んだのがまだ幸運だったよな……」
言うまでもなく音楽関係の機材は相当に高価であり、一つ壊すだけで清掃費用などでは効かないレベルの金額が飛んでしまうだろう。
「また会いましたね」
当日。
ライブハウス「草」の楽屋周辺で各バンド間の挨拶回りをしている中でモーツァルトに声をかけてきた男がいた。先日Delfinoの店内で会った赤嶺その人である。
「どうも、お久しぶりです」
「あの時、どこかで見た人だと思ったんですよね。改めて、AESTHETIC PRINCESSのベースをやっている、MASAといいます」
「こちらこそ、我狼のキーボードのゴッドリーブです」
「お、知り合いー?っていうか我狼の人じゃん」
赤嶺の後ろから声をかけてきたのは黒髪ロングの若い女性だ。
「どうもはじめまして、ゴッドリーブです」
モーツァルトは改めて名乗りなおす。
「ネットで見てましたよー、曲作ってるのお兄さんって聞いたけどほんとですか?」
「ええ、作詞はうちのボーカルですが作曲は私がやってます」
「すごいですね!日本に来て長いんですか?」
「こらマイ、落ち着きなよ」
そう矢継ぎ早に質問を繰り出す女を赤嶺が嗜める。
「あっすみません、気になってた人と会えてテンション上がっちゃいました。はじめまして、ここのMASAと一緒にやってるボーカルのマイっていいます」
「この人は、俺の先輩がやってるお店でジャズピアノとか弾いてる人なんだよ」
「そっちのジャンルもやるんですか!ほんと多才ですね!」
その後もしばらくマイという女の質問攻めは止まらなかった。
「随分盛り上がってたじゃんか」
ひとしきり喋って解放され、ようやく楽屋に戻ったモーツァルトに康彰が声をかける。
「結構女の子に好かれるよな」
「まあ顔が良いからねぇ」
横からそう口を出してきた義彦も十分顔が良い側であり、康彰は「お前が言うなよ」というツッコミをギリギリのところで飲み込む。
「男女問わず、人に興味持ってもらえるのは芸事をやる人間としてはありがたい話だろう。よそのバンドに知り合いを作っておけば将来自分たちのイベントをやるときの役にも立つのだろう?」
「お、だいぶこっちの世界に慣れてきたな」
結局よほどの規模のバンドにならない限り日頃のライブというのは「対バン」形式、つまり一日に何組か出演する形である。ライブハウスやイベンターが出演者を募って、あるいは個別に声をかけて組むイベントも当然あるが、バンド自体が有名になればなるほどバンド同士の縁で組むことも増えてくる。そうした中では他バンドとの縁というのは必然的に重要になってくるといえるだろう。モーツァルトは以前Sukeに呼ばれた夏のイベント以降積極的に他バンドのメンバーと交流するようになっており――見かけに似合わず下世話な話ができるざっくばらんな性格と飲みっぷりの良さから――日本に来てまだ数ヶ月だというのが信じられないくらいには顔が広くなってきている。
第三話、あともう1回だけ続きます。