魔法少女を抹殺するため日々研究に励む博士ちゃんが、ふとした思い付きで造った怪人少女に振り回される話。暇つぶしにでもどうぞ。

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こういうの読みたいなーと思ったので書きました。
よろしくお願いします。


敵組織の博士ちゃんと倫理

 

 人にはいろいろな面がある、という極々当たり前のことを実感とともに噛み締めたのは二年前のことだ。私が十歳になったばかりの頃だった。

 

瑠璃(るり)、今日からここで暮らすんだよ」

「良かったわね、瑠璃! あのお方のお役に立てるのよ」

 

 その目に異様な光を灯しながら、両親は私にそう言った。案内されたのは、最先端の機器が所狭しと詰め込まれた研究室。リノリウムの壁に白っぽい蛍光灯の光が反射する部屋の中で、二人は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。背の低い私からは、二人の顔が陰になって真っ黒く見えた。

 

「この部屋にある機器の使い方は分かるだろう?」

「はい、お父さん」

「自分が何をすべきか、分かっているわね?」

「はい、お母さん」

 

 私の両親は、言ってみれば敬虔な信者みたいなものだった。ただ純粋にあのお方を信奉していて、自分たちの持つ全てのリソースを捧げなくては気が済まないようになっていた。実の娘だって例外じゃない。それは悪意とか善意とかいう段階の話ではなくて、もっと深くて変えようのない部分の話である。

 

 私も数々の英才教育を受けてきた中で、何となく両親の歪みに気づいていたけれど、結局放置したままここまで来てしまった。いつか起こると分かっていたことが現実になっただけで、少し動揺している自分に驚いた。

 

「あのお方のため、魔法少女を抹殺するため、有用な発明ができるよう尽力します」

「うん、それでこそ僕の娘だ」

「ああ、それでこそ私の娘ね」

 

 私の宣言に、両親はもう一度にっこりとほほ笑むと研究室を出ていった。あれから両親には会っていないし、会おうと思ったことも無い。別に会いたくないわけじゃなくて、会いに行けば二人はきっと「そんな暇があるならあのお方のために研究を続けなさい」と言うに違いなかったからだ。そんな二人だけれど、私にとっては良い両親だった、と思う。同じようにはなりたくないというだけで。

 

 両親と繋いでいた手を念入りに除菌シートで拭きながら、当時の私は一人の実験室でため息をついた。

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

 あの日から二年が経った。幸いにも私の研究は順調で、魔法少女たちに中々の痛手を与えているそうだ。あのお方からも、時々お褒めのメッセージが届く。

 

 だけど同時に、私には危惧していることがあった。それは、研究が順調すぎることである。何を馬鹿なことを、と笑われてしまうかもしれないが、私は本気でこれを危惧している。様々な発明をしていく中で、私の中で踏み越えてはいけないラインというものがぼやけ始めているように思ったからだ。研究のためなら何でもするとなれば、それはあの両親と同じになってしまうということである。

 

 だから私は、一体の怪人を作り上げた。その名も「警告ちゃん」。怪人とは言っても、それは私が生み出した人工生命体の総称であって、一般の人々が思い描くような禍々しい姿はしていない。見た目は私と同程度に小柄な少女を模していて、戦闘能力もほとんどないのだ。怪人っぽい要素をしいて挙げるとすれば、全体的に色素が薄くて真っ白いことと、背中から鳥のような純白の翼が生えていることくらいだろうか。

 

 この「警告ちゃん」は、私の研究が一般的な非難に値すると判断される場合に警告してくれる。要するに、一般人の感性を持った存在を研究室に置いておこうという思いつきである。まあ、今のところ私は非難されるような研究をしているつもりはないし、しばらくは口を開くことは無いだろう。そう思っていたのだが。

 

「あるじ。それ駄目」

「えっ」

 

 「警告ちゃん」を製造してから、実に五分後のことだった。彼女は舌っ足らずな声で、しかしきっぱりと告げた。

 

「ふむ……」

 

 私は顎に手を当てて考える。視線の先では、檻に入れられた魔法少女が怯えた目でこちらを見ていた。次に自分の手元に視線を移すと、鋭利なメスがある。

何か、まずかっただろうか。

 

「待ってくれ、警告ちゃん。行き違い、というか思い違いをしていないかい?」

「してない。あるじ、アウト」

「むむ……」

 

 私はしばし考え込んでから、ぽんと手を叩く。それに合わせて、檻の中から「ひっ」という声が漏れた。鎮静剤をもう少し多めに打っておくべきだっただろうか。

 

「やっぱり、警告ちゃんは思い違いをしているんだよ。私が今何をしようとしていたと思う? 説明してごらんよ」

「捕まえた魔法少女を改造して、怪人にしようとしてた」

「ふむ……誤解していたわけではないのか」

 

 私は再び考え込む。だけど、私の優秀な頭脳をもってしても、なぜ警告ちゃんがアウトと言っているのか分からない。仕方ないので、私は直接聞くという手法をとった。やっぱり、分からないことは聞くのが一番である。

 

「具体的に、どの部分が駄目なのか教えてくれないかい?」

「ぜんぶ。人間を改造するのは、やっちゃ駄目」

「ぜ、全部だって……? やっちゃ駄目……?」

 

 私が手元のメスを檻に向けると、それだけで「警告ちゃん」は手で大きく×印を作った。檻の中身がガタガタうるさいが無視だ無視。鎮静剤も有限なんだぞ。

 

 この瞬間、私と「警告ちゃん」の間で、カーンというゴングの音が高らかに鳴った。

 

「ふふふ……被造物の分際で、随分と生意気じゃないか? 警告ちゃん」

「知らない。警告するのが使命。そう設定したのは、あるじ」

「ああそうだとも! 私は自分の発明には誇りを持っているからね。君を壊したりはしないよ。それは野蛮人の行ないというものだ……そこの魔法少女みたいな、ね。いつもいつも私の発明品を壊してくれちゃってさ」

「ひとを野蛮人とかいうのも、駄目。あるじ、駄目なことばっかりしてる。だめ人間」

「……危なかった。一瞬、野蛮人に成り下がるところだったよ」

 

 思わずメスを向けそうになった手を止めて、深呼吸を一つ。私は軽く手を叩くと、「警告ちゃん」のぼーっとした目を見据えた。クールにいこう。クールに。

 

 理性的に、合理的に、筋道立てて説明すればきっとこのポンコツとも分かり合えるだろう。

 

「やっぱり、警告ちゃんは思い違いをしているよ」

「してないよ?」

 

 こてんと首をかしげる「警告ちゃん」をつとめて無視しながら、私は続けた。

 

「君はさっき『改造しようとしている』と言ったけど、それは間違いだ。正しくは『改良』だよ」

「は?」

「その反応の仕方は止めなさい……いいかい? 私がそこの魔法少女を『改良』すれば、彼女の魔力は今の約二十倍に跳ね上がるだろう。それどころか、素の身体能力だってオリンピック全種目を余裕で優勝できるレベルになるはずさ! どうだい? これでもまだ、駄目と言うかい?」

「むむむ」

 

 「警告ちゃん」は両腕を組んで唸った。背中の羽がバサバサと揺れて、積まれた書類が宙を舞う。

 

「ほんとに、それだけ?」

「……魔力が変質したり、人格が変わったりする可能性がちょーっとだけある。かも。あと、うちの組織への忠誠心も刷り込まないと怒られるから、ちょーっとだけ洗脳も」

「じゃあ駄目」

「こいつ……!」

 

 流石は私の作った怪人と言うべきか、そう簡単には言いくるめられないようだ。だけど、私は次の策をすでに用意していた。

 

「よし分かった。じゃあこうしよう」

「ん?」

「そこの魔法少女自身から同意を得ようじゃないか。彼女の方から『改良』に同意してくれれば、もう警告ちゃんも文句ないだろう?」

「うーん……まあ、それはそう」

 

 私は内心でガッツポーズを決めた。口の端が吊り上がっていくのを感じる。やった。この勝負は私の勝ちだ。

 

 だけど、そんな気分をぶち壊しにする声が、横合いから飛んできた。

 

「い、嫌です!」

「ん?」

「私は怪人になんてなりません!」

 

 檻の中の魔法少女は、涙ながらに叫んでいた。まったく、うるさいことこの上ない。彼女の意見なんて聞いていないというのに。

 

「はいはい、大人しくしててねー。この注射を打てば私に逆らえなくなるから。その後に、たっぷり『同意』してくれればいいから」

「ひぃっ!」

 

 さて、さっさと「同意」の下準備を済ませるか。そう考えて注射器を持った私の腕を、「警告ちゃん」が掴んだ。

 

「どうしたんだい? 今から『同意』してもらうから待っててくれよ」

「あるじ。それは同意とは言わない」

「な、なんだって?」

 

 じとっとした目で見つめてくる「警告ちゃん」の視線が痛い。いや、だって、同意ってアレでしょ? 「いいですかー?」って聞いて「いいですよー」って言うやつ。書面があればなお良し。

 

「それは形式の話。じぶんの意思で『いいですよー』って言わなくちゃ意味ない」

「えー……」

 

 なにそれ面倒くさい。大体、それなら魔法少女がこの状況で自分から同意するはずないじゃないか。……いや、ものは試しか。

 

「なあ、私に『改良』される気はないかな? メリットは先ほど提示した通りだけど——」

「嫌です!!」

「はぁ。無理でしょ、コレ」

「無理に決まってるでしょ。あるじ、バカ?」

「……」

 

 ぶん殴りてー!! この! 私に! あろうことが「バカ」だと!?

 

 ……危ない危ない。もう少しで野蛮人に堕ちるところだった。しかしどうすれば。

 

「あっ」

 

 その時私に下りてきたのは、シンプルなアイデアだった。

 

「じゃあ、全ての前提が間違っているとしたらどうだろう?」

「は?」

「だからその反応は止めなさい……あのね、『人間』という前提が間違っていたんだよ」

「あるじ、おかしくなった?」

「なってない!」

 

 今度から怪人に発声機能を付けるか迷うことになりそうだ。

 

「いいかい? 人間には魔法なんて使えないんだよ。手の平に火を灯すことも、触れずに物を持ち上げることも、生身で空を飛ぶことだって出来やしない。でも、それでこそ人間というものさ」

「うん」

「でも、そこの魔法少女はそれができる。いや、できてしまう。そんな存在は最早人間とは呼べない。そうだろう? 言ってみれば、人間と姿かたちが似ているだけの新種の生き物さ。それを私が多少いじったところで、実験用マウスを相手にしているのと変わりないよ」

「……うーん」

 

 「警告ちゃん」は、今度こそ考え込んでしまった。全身を覆い隠すように背中の羽をたたんでしまって、今はその表情は伺えない。時折その羽が、妙に神経質そうにピクリと動いていた。

 

 私は勝ちの確定した戦いを前に、上機嫌で実験器具の手入れをしていた。特にメスは念入りに拭っておく。切れ味が命だからね。

 

「……でも」

 

 五分ほど経った頃に、やっと「警告ちゃん」が言葉を発した。相変わらず羽で全身を覆い隠しているせいで、顔は見えないままだ。

 

「それでも、この子は話をすることができる。自分が何でここにいるか分かってるし、これから何をされるのかも分かってる。ちゃんとした、意思が、ある」

「だから何だって言うんだい? マウスにだって意思はあるだろうさ」

「……うん。これはとっても難しい。でも」

「ん?」

 

 それは、細くて消え入りそうな声だった。

 

「この子みたいな存在を、あるじに手にかけて欲しくない。そういうあるじを見るのは、多分悲しい気持ちになる。わたしが、悲しい」

 

 それっきり「警告ちゃん」は黙ってしまった。しばらく、誰も何も言わなかった。檻の中の魔法少女でさえ固まっているようだった。冷徹な研究室に、三人の呼吸音だけがかすかに聞こえる。

 

 私は「警告ちゃん」を見た。未だに羽で顔を隠している彼女だけど、その白さを見ているとあの日のことを思い出す。両親に連れられて、初めてこの研究室に入った日。ひとりぼっちの研究室で、私は何を思ったんだっけ。

 

 そう考えると同時に、私は反射的に叫んでいた。

 

「あー、分かったよ! 私の負けだ」

「あるじ!」

「そいつは仲間のところへ帰す。怪人にはしない。これでいいんだろう? まったく、思い通りにいかないことばかりだよ」

 

 「警告ちゃん」の羽がバサリと広がるのを見て、私は長い長い溜息をついた。それはもしかしたら、安堵から漏れ出たものかもしれない。

 

 檻の鍵を探している私に、「警告ちゃん」がとてとてと寄ってくる。

 

「お土産もあげてね?」

「はっ? お土産?」

「そう。さんざん怖い思いさせたから。お詫びの品」

「あー、はいはい。分かったよ!」

 

 こうなればもうヤケだ。敗者は黙って従うのみさ。

 

 過去の発明品を漁りはじめた私に、「警告ちゃん」がひそりと言った。

 

「……あるじ、ありがと」

 

ふん。

 

「今回は君の言い分が()()()()()()から従ったまでだ。次はこうはいかないぞ」

「うん!」

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

 夜の住宅街。弱々しい街灯と、わずかにカーテンから漏れた光しかない真っ暗な空間が、一瞬昼のように明るく照らされる。少し遅れて、温度差で発生した風が辺り一帯に吹き付け、道端に捨てられていた空き缶を空高く飛ばした。

 

「うわあ……」

「なんて火魔法だよ……」

 

 人間の四肢をくっつけた巨大な魚、といった見た目の魔獣が黒コゲになっているのを見て、引いたような口調で二人の魔法少女が呟いた。二人が恐る恐る視線を向けた先では、もう一人の魔法少女が目を真ん丸にして硬直していた。

 

「なに自分で驚いてるんだよ、日葵(ひまり)

「そうよ。あなた、こんな魔法使えたの?」

 

 二人の問いかけに、日葵と呼ばれた魔法少女はぎこちなく首を振ってから、手元のワンドを指し示した。

 

「た、多分これのせい。なんか、勝手に凄い威力になるんだけど……」

「そういえば……日葵ってそんなワンド持っていたかしら?」

 

 問いかけに、日葵は困ったように答えた。

 

「いや、よく覚えてないんだけどさ。数日前に貰った……ような気がするんだよね」

「貰ったって、誰に? そんなヤバイもの作れる人なんていたっけ?」

「それも、ちょっと……」

「覚えてないのね?」

「うん」

 

 正直、怪しさ満点である。だけど、日葵がこれを使っているのにはわけがあった。

 

「このワンドと一緒に手紙があってさ。それを読んだら……なんていうか、悪いものじゃない気がしたんだよね」

「日葵の直感か……まあ信用できるかもな」

「その手紙、私も見たいわ」

「あっ、うん。えっとね」

 

 日葵は収納魔法の中から、その手紙を取り出して二人に差し出した。

そこには、達筆な文字で簡素に一言。

 

『みやげだ』

 

 そして、その下にうって変わって幼い子供のような字で一言。

 

『ごめんね』

 

 と書かれていた。


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