よくある廃墟になった工場の中を、千束と二人で歩いている。
ここを溜まり場にしているならず者の集団を排除するのが、千束の認識しているDAからの依頼である。
殺しても構わないが、必ずしも殺す必要はない。そういう仕事は殺しを専門としているリコリスには案外少ないので、不殺の信念を貫いている千束に回ってきた。
相手が20人と、多いのもある。全員が銃を持っているから、DAの精鋭で討滅隊を組んだとしても、少なからず被害が出るだろう。
千束は銃を手にして、余裕の表情で歩いている。この人はいつだって楽しそうだ。才能と実績に裏付けられた余裕。実際、今回の仕事も千束なら難なく成し遂げられるだろう。
その後ろで、私はいささか緊張していた。これから始まる銃撃戦への恐怖ではない。千束には内緒で、もう一つ別の依頼を受けているからである。
依頼主は千束の恩人である吉松からで、この仕事の最中に、千束に人を殺させるというものだ。その方が本人も周囲の人間も安全だし、リコリスとしての使命を全う出来るということだが、本当の理由は単にアラン機関が彼女を一流の殺し屋にしたいだけだと知っている。
何故千束を殺し屋にしたいのかまではわからないが、持っている才能を最大限に活用して欲しいという、ただそれだけだろう。千束の才能が殺しに特化していることに異論はない。
莫大な報酬と表向きの理由の納得感から、私はこの依頼を受けた。そして吉松が考えた、千束が持つ予備のマガジンの中身をすべて実弾に入れ替えるという、なかなかエグい仕込みをした。
この後広間で銃撃戦が始まり、千束はゴム弾が尽きてマガジンを変える。そして何人か殺した後、異変に気が付いて私を糾弾する。マガジンの中身を入れ替えることが出来るのは私だけだし、実際に入れ替えたのは私なので、言い訳は通用しない。
千束とは喧嘩別れになるが、窮地に立たされた私を助けるために、千束は残りの人間をすべて殺害する。そして、依頼主のことを知り、ショックを受けて姿を消してしまう。
私はそれを知っている。だから、どうやってそうならないようにするか。その未来を変えられる一瞬を逃さずに捉えること。私が緊張している理由はそれだけだ。
「大丈夫だよ、たきな。私にまっかせなさい!」
私が硬い表情をしていたからか、千束が笑顔で私の背中を叩いた。
これが千束が私に見せた最後の笑顔にならないよう、私はこの依頼を完遂する必要がある。それが、私が自分に課した条件だ。
相手の数は丁度20。彼らもまた吉松から依頼を受けており、千束を殺すよう言われている。私には手を出さず、私もまた彼らを殺さないことが事前に取り決められているが、もし千束が戦いを放棄するようなら、彼らが私を殺すよう言われていることも、私は知っている。
私の死は、千束の原動力になる。吉松にとっては、フロアの20人はもちろん、私さえ道具の一つに過ぎない。もしかしたら、千束本人すらオモチャくらいにしか思っていないかもしれない。
実際、私が撃たれることで、千束は20人を殲滅する。私の存在が千束にとって信念よりも大事だというのは嬉しいことだが、私はそんな千束に人を殺させようとしている。千束の想いを踏みにじる私もまた、千束が出て行ってしまう原因の一つなのかも知れない。
20人の待ち構えるフロアに飛び込むと、千束がいつも通り軽快に数人を片付けた。そして実弾の込められたマガジンをセットして、至近距離から相手の胸や頭を撃つ。
やはり3人だ。そこで千束は自分が実弾を打っていることに気が付いて戻ってきた。私の腕を引いてフロアから離れ、憎しみに満ちた声で言った。
「どういうこと? なんで実弾が入ってる?」
私がやったことはもはや明白である。千束がバッグを用意してからここまでの間に、マガジンを入れ替えることが出来る人間は私しかいない。問題はその理由だ。
ここで吉松からの依頼の話をしてもいいが、千束は信じないだろう。出会って間もない私と、古くから付き合いのある吉松とでは信用が違う。それに、このタイミングで依頼の話をするのは契約に反する。報酬が支払わなければ、千束に嫌われてまで依頼を受けた意味がない。
「相手が20人もいるので、全力で戦わないと不安でした」
「いつもの弾だと、私が負けるって?」
「ごめんなさい」
丁寧に頭を下げる。そのまま顔を上げずに反応を窺うと、千束は苛立ったように息を吐いて、乱暴に言い放った。
「帰る。今日は武器がない。任務は失敗だ」
それだけ言うと、千束はもう、私の顔も見ずに来た道を引き返し始めた。
今度は殴られなかった。しかし、このままでは未来は変わらない気がする。千束が私を殴るかどうかは、未来の結末と何も関係がないだろう。
私は一歩も動かずに千束の背中を見送り、それからフロアに戻った。依頼は果たさなくてはならない。吉松の依頼もだが、DAの任務を放棄するわけにもいかない。
しかし、17対1で戦ったところで、蜂の巣になるだけだ。幸いにも、私と彼らの間にある取り決めはまだ有効であり、千束が戦いを放棄したことも知られていない。
「話がしたい」
フロアに入ると同時に、私は男たちに交渉を持ちかけた。