その後、車の中でもリコリコでも、千束は元気に振る舞っていた。
珍しく血塗れになっていたので心配されたが、吉松のことも人を殺したことも話さなかった。吉松は真相はミカに聞けと言っていたが、千束は何も聞かなかった。
後日改めて二人の時に聞くつもりなのか、それとももう自分の中で何らかの答えを出したのか。
店ではいつものようにボードゲーム会が開かれていたが、仕事で疲れたからと言って、千束は仲間と常連客に手を振って店を出た。後に続く私にも同じように手を振って、「じゃあ」と笑って背中を向けた。
もし未来を知らなければ、私も何も疑問に思わずに「また明日」と言ってその背中を見送っただろう。しかし、私にはわかった。ここが重大な分岐点だと。
「千束」
静かに呼び掛けると、千束は「んー」とおどけたように振り返った。いつも通りの笑顔。それが無理をしているのか、それとも諦めた結果なのかはわからない。ただ、少なくとも心から楽しい気持ちで笑っているということはないだろう。
「私はまだ千束の相棒ですか?」
真っ直ぐ目を見つめてそう言うと、千束は一瞬息を止めてから、やはり茶化すように笑った。
「そりゃ、そうでしょ。今日のはちょっとビックリしたけど、でもまあ怪我もしなかったし、お金もいっぱいもらえたし、良かった良かった」
千束があははと明るく笑う。私はそれを無視して言った。
「それでは、今日、千束の家に泊めてください」
「なんでそうなる?」
「怖いんです」
瞳を伏せて声のトーンを落とすと、千束は意外だったのか、「へ?」と間抜けな声を漏らした。私は気にせず続けた。
「私は多くを知ってしまいました。吉松に命を狙われている可能性があります」
「いや、ないだろ」
千束が素で答える。あまりにも日頃と同じトーンだったが、今千束を一人にしてはダメだ。
私はふるふると首を横に振った。
「私は千束ほど吉松のことを知りません。だから、お願いします」
深く頭を下げると、千束は困ったように唸った。
「うーん。まあ、結局私もヨシさんのこと、全然知らなかったわけだし……。まあ、わかった。一緒に帰ろう」
あっさりそう言って、千束は私と並んで歩き出した。
予想外の快諾。もしかしたらまだ、千束はいなくなるつもりではなかったのかもしれない。
それでも、遅かれ早かれだ。家で一人になった千束は色々なことを考えて、きっと明日の朝はリコリコに来ない。
それっきり二度と、誰の前にも姿を現すことなく、この世界からいなくなる。
絶対にそうはさせない。今夜はずっと見張り続けるし、なんならそんなことを考える暇も与えない。
未来は必ず変える。私は唇を引き結んで拳を握った。