なんか思いついて書いちゃったので新連載開始です。
完結目指して頑張りますので、暖かく見守ってください。
ゴロン、と。
存外に重い音を立て、それは俺の足元に転がってきた。
勢いをつけすぎたらしく、それを収める箱に入らずに飛び跳ねたのだ。
父上の助手を務める男は、淡々とそれの髪の毛を掴み、血で汚れた箱にそれを入れた。
「次」
その日の処刑は、何の滞りも無く進んでいた。
死刑を受ける者達の罪状は、まだ幼い俺が知りえることはできない。
罪人が暴れた拍子に口枷が外れた。
汗と涙で顔中を濡らした男は、首を器具に固定されながらも叫ぶ。
「やめてくれ、助けてくれ!俺は無実だ、何の罪も犯してはいない!」
二つ目の首は、今度はしっかりと箱の中に納まった。
「次」
処理的にそれは続いた。
「次」
たった一度のミスも無く、罪人の首は斬り落とされる。
「次」
そんな、素人目に見ても見事な技を目の当たりにして。
俺はついに、我慢できずに胃の中のものを地面にぶちまけた。
「……ロレッタ。ケッチを屋敷に戻しておけ」
「かしこまりました」
見下げ果てるような冷たい目が、ロレッタに支えられている俺に向けられた。
一つや二つではなく、その場にいる罪人たち以外のほぼ全員から。
血のつながらぬ妹、父の従者、小姓、そして父上。
情けなさと胃の痛みで涙を流しながら、俺は屋敷に逃げ帰った。
◆◆
「流石でした、父様!あれほどの妙技を見せていただいたこと、レーサは誇りに思います!」
「そうか」
父はレーサからの絶賛を受けても眉一つ動かさず、牛肉のステーキを口に運ぶ。
相変わらずぶっきらぼうな父だが、レーサもその反応を分かっていたのか大して気にもせずに、美味しそうにステーキを頬張り葡萄のジュースに舌鼓を打っていた。
「実に良い経験になりました。ただ、まあ。少しばかり、不快なものが混じりましたが」
わざとらしく、レーサは俺の方を見ながらそう呟いた。
父はそれを聞いても、彼女を咎めることはしない。
食卓の周りで待機している使用人達も、当たり前のようにそれを聞き流している。
「待ってください!あれは、違います!死体を見てあのような無様を晒したわけでは……!」
「あら、無様だと自覚していたのですね兄様。ならもう二度とあの場所に足を運ばぬ方がよろしいのではなくて?甘美な血の匂いに、兄様のゲロの匂いが混じってしまいますわよ?」
「レーサ、貴様……!」
ドン、という鈍い音が響いた。
父が床を足で叩いた音だった。
「後にしろ。料理が冷める」
「……申し訳、ございません」
「ごめんなさい、父様」
父モレドは、かつて王国を脅かした魔族との戦争で、華々しい戦果を上げた。
その剣の技は王にまで届き、庶民の子でありながら騎士の勲章を勝ち取った英傑だ。
しかし父は、華々しい貴族であると同時に、処刑人という暗い役目も押し付けられた。
罪人の首を断ち、その命を神の元へと運ぶ大役だ。
何も知らぬ民衆や愚か者共は処刑人を蔑み、差別する。
だが俺は処刑人である父を誇りに思っているし、それを善き行いであると信じている。
誰もが簡単に行えぬその仕事が、国のためになると知っているからだ。
「ケッチ」
「は、はい!」
あまり俺に構わない父が、珍しく俺の名を呼んだ。
それが嬉しくて少しにやけてしまうが、父はそれを意にも解さず言う。
「まだ処刑人を諦めていないか?」
「はい。俺は、父上の跡を継ぎ、処刑人として生きていたいです!」
胸を張って言う俺に、レーサはクスクスと嘲笑を漏らした。
(笑うだけ笑えばいい。父上の跡を継ぐのは俺だ)
レーサは、俺が六歳の頃に父が拾ってきた養子だ。
貴族が実子に何かあった時のために、養子を育てるのはそう珍しいことではない。
ましてや俺の母親は、俺を産んですぐに亡くなってしまった。
父の血を継ぐ子が俺一人である以上、家のために備えをしておくのは当然だ。
(俺は実子で、お前は養子だ。どっちが家督を継ぐかなんて、分かり切ってる……!)
けれど、俺は十七になるまで何の病気も無く、無事成人間近まで育った。
養子であるレーサも優秀ではあるが、常識的に考えれば跡を継ぐのは俺だ。
だから何の心配も無い、はずだ。
「では。人を殺すことができるのだな?」
ドクン、と。
心臓を握られたかのように、息が苦しくなる。
「……勿論、です」
「嘘ばっかり」
レーサはナプキンで口を拭いた後、会話に割り込んで来る。
「父様が処刑する所を見た時ですら、あんな様子だったのに。どうやって己の手で罪人の首を斬り落とすつもりですか?」
「馬鹿にするな!罪人を殺すことなんて簡単にできる!あの時は、ただ」
「ただ、なんです?ねぇギルバード、あなたもそう思うでしょう?兄様が処刑人になんてなれるはず無いって」
ギルバードと呼ばれた白髪交じりの男性は、恭しく頷くだけだ。
俺達兄妹には、それぞれ一人ずつ、奴隷として買った従者が与えられている。
ダークエルフのロレッタと、人間とオーガとの間にできたハーフのギルバード。
父が俺の十歳の誕生日の頃に買ってくれた、それぞれの所有物。
「相変わらず無口で可愛げが無い男ね、ギルバード。ロレッタを見習ってほしいくらい」
「恐縮です、レーサお嬢様」
ギルバードは無口だが、ロレッタは無表情だ。
可愛げという意味では、ギルバードの方が優れているのではないだろうか。
少なくとも彼は、主人が嘲笑されているのを見過ごしたりはしない男だ。
忠誠心があり、そこそこに表情豊かで、甲斐甲斐しく世話を焼く。
(従者としては、ギルバードの方が優れているだろ、絶対)
彼女が無能というわけではないが、やはり己に無い物は羨ましく見えてしまう。
そんなことを考えていたからか、ふと隣を見ればロレッタから冷たい目を向けられていた。
主人に対して思いやりの欠片も無い、何の光も宿さぬ暗い瞳だ。
(レーサと話す時は、いつも笑顔を浮かべる癖に)
内心でそうぼやいていると、父がテーブルを立ち俺の方まで近づいてきた。
「父上?」
「お前達に大事な話がある」
「まあ。珍しいですね、お父様の方から大事な話なんて。何事でしょうか?」
父上はこれまた珍しく、俺達の目を見て重々しく口を開いた。
「次の当主を決めることにした」
ザワリ、と。
俺とレーサだけではなく、食事の片付けをしていた使用人までもが動揺を露わにする。
「当主を……!」
「ついに跡継ぎをお決めになるのですね!」
大きな声を出す俺達二人を、父上は手を上げ制す。
父上からの言葉を待つ時間が、随分と長く思えた。
「当主になる条件は一つ」
「一か月後の今日この日に。己の従者の首を斬れた者を、新たな当主とする」