「あれはないですよ、ご主人様。どの口が安心して見守っていろとか言ったんですか」
「あんまりにもあんまりな言動過ぎて悩む間も無く拒否しちゃいましたね」
「いや、待ってくれ。違うんださっきのは」
当然ながら、ロレッタからもアリストライトからもボロクソに批判された。
気絶した後、桶に入った水をぶっかけられるという雑な起こし方で目を覚まし。
現在は正座させられ、二人からの説教とアドバイスを受けている所である。
なんでアリストライトから説教されてるかは分からない。
「『俺に惚れろ』って言う態度が実に気に入りませんでしたね、ええ。言っておきますけど私、だれかれ構わず恋したいとかそんな頭お花畑ではありませんからね?ちゃんとした恋愛がしたいんです!」
「……そもそも、そのちゃんとした恋愛とやらはなんなんだよ」
「そりゃあ巷で流行りの……いやまあ捨てられていた本を拾っただけなので流行りかどうかは知りませんけど、恋愛小説みたいなあれですよ。二人で逢引きして、少しずつ会話を重ねて、やがて自然と二人の想いが一つになって……とかそういう!」
「なんだそりゃ」
「フフフ。よくぞ聞いてくれました!私の出生の都合上生涯において三冊しか読めてないですが、恋愛ド下手なケッチさんのために、私が語ってあげましょう!恋愛のなんたるかを!」
アリストライトは目を輝かせて語る。
ロレッタと俺は、その勢いに圧倒されるがままにその語りに耳を傾ける。
「まず、恋愛というのは積み重ねなのです。一目惚れなんてのはきっとフィクションだけの存在ですよ。ある時、些細な切っ掛けで出会った男女がお互いの境遇を知り、少しずつだけど歩み寄る。その過程で様々なドラマが展開され、それを二人で乗り越えて愛を掴み取り!やがて大きな式場で結婚式を!それが恋愛というものです!」
「なあロレッタ。一目惚れってなんだ?」
「初対面で相手に恋をしてしまうことです。まあそう多いことではありませんが、フィクションというほど非現実的なものではないと思いますよ」
「いいえあり得ませんね!恋というのは時間が物を言うのです!一目惚れだのどうだのなんて、ナンパ慣れした人が異性を口説く時に使う方便です!」
「知識の偏りがなかなかに酷いですねこの方」
ロレッタの苦言にも耳を貸さず、彼女は自慢げに己の恋愛観とやらを語る。
そのどれもが、俺にとっては遠い世界のことのようだった。
「その点で言えば、ケッチさんのあれはマイナス百点です!たった一回会っただけの人に『好きになれ』なんて言われて誰が『はい!』と頷くんですか!どういう思考回路でそこまで至ったのかが謎ですよ、まったく」
「……そもそも、好きになるとやらがよく分からん。おそらくは、その恋愛とやらのゴールは結局結婚なのだろう?」
「まあ、そうですね。過程が最も重要ですが、やっぱり恋愛物の最後は幸せなウェディングドレスと決まっています!」
「俺も結婚式は何度か見た事あるが、それほど幸せそうでも無かったぞ」
父上に連れられ何度か結婚式を見たり、式場でパーティーに参加したことはある。
しかし幸せそうな顔をしている新郎新婦など、俺は一度も見ることは無かった。
「貴族様の結婚とやらはそうかもしれないですけど!普通の街娘なんかは──!」
「借金をこさえた近くの村の農家の娘が、油でギトギトの豪商と結婚しているのを見た事はあるな。それもあまり幸せそうには見えなかったが……」
「どうしてケッチさんは不幸な結婚ばっかり目撃してるんですか!もう少し幸せな恋愛関係を目にしてくださいよ!」
「いや、そうは言っても……」
以前にも話したが、俺にとっての結婚はそう大したイベントでも無い。
例え父上から、自分より二倍以上年上の老婆と結婚しろと言われても俺はそれを承諾する覚悟はあるし、妹もそれで利益が得れるなら同じようにするだろう。
俺達にとっての結婚は、家を大きくするための策略の一つでしかない。
「周りに恋愛結婚をするような奴なぞいなかったしな。恋愛小説とやらも、俺は読んだことが無い。ちゃんとした恋愛と言われても、どうにもピンと来ないんだよ」
「す、すさまじく嫌な恋愛観……!結婚が手段の一つと化している……!」
「普通そういうものじゃないのか?」
「そんな普通悲しすぎますよ!恋というのは、もっとキラキラ、ドキドキするものです!」
分からん、何がキラキラして何がドキドキするんだ?
「まず何より、淑女に対する礼儀がなっておりませんでしたね。普通求愛というものは花束を手に、己が下手になるように行うものです。あれでは相手に下手に出ろと言っているようなもの。まったくなっておりませんでした」
「うぐっ!……そんなにダメだったか」
「ええ。まずは相手への好意を伝えるべきでしたね」
「とは言ってもだ、ロレッタ。別に俺は……こいつに好意など抱いていない」
「よくそれを本人の前で言えますねあなた」
無実の罪で殺されていいような人間ではないが、恋人になりたいと思う程ではない。
俺が守りたいのは己の正義であり、こいつ自身を守りたいとは……少ししか思っていない。
もし彼女が人を殺している凶悪な女なら、俺は躊躇なくこいつを教会に突き出している。
「俺は父上の跡取りだからな。嘘は好まん。処刑人とは、常に清廉潔白でなくてはならんのだ」
「本当に清廉潔白なら、私をすぐにでも突き出すべきだと思いますよ?」
「何度も言うが、お前は罪人ではない。ただの少女だ。教会が決めた以上その決定を覆すことはできないが、せめて奴らから逃がし、別の場所に送り届けるくらいはしてやりたい」
「余計なお世話だと思いますよ?別に私はこのまま殺されてもいいですし」
「いいわけがあるか!」
生まれもって持つ罪など、肯定できるわけがない。
処刑人である以上は、人の罪には誰よりも真摯に向き合わなくてはならない。
そして何よりも、己の正義に背く人間が処刑人になどなれるわけもない!
「アリストライトは罪人ではない、俺がそう決めた。ならお前の首を撥ねる必要は無いし、お前が殺される必要も無い!」
「……へんてこな処刑人ですね~。まあ、教会に告発しないのは助かりますけど」
俺個人の正義と、何よりも処刑人としての矜持がこの少女の死を許せなかった。
ロレッタの件もそうだが、俺は父上の跡を継ぐ、者として……?
「あ」
そういえば、そうだ。
アリストライトもそうだが、一番重要であるはずのことを忘れていた!
俺はバカか!?この森に来た原因も元を辿ればそれだろうに!
「ん?どうしました、ケッチさん」
「あ、いや。……というか、そうだ。自然に話しているが、ロレッタとアリストライトはもう自己紹介は済ませているのか?」
「いえ、倒れたご主人様を介抱するために飛び出し、そのまま流れで会話に参加しました」
「そういえば名前聞いてませんでしたね。私の名前はアリストライトと言います。あなたは?」
「ロレッタと申します。ご主人様の従者で奴隷です」
「……奴隷?」
心なしか、彼女が俺に向ける視線の温度が下がった気がする。
奴隷なんて貴族なら当たり前のように持っているものだが、気に障ったのだろうか?
「奴隷、ですか。……乱暴されたりしてません?」
「いえ、特にそういったことは。少しポンコツな人ですが、物の扱いは心得ている人ですよ」
「……なら、いいかな。ちょっと軽蔑しかけました、すいません。その様子なら、私が心配しているようなことは無いだろうし安心ですね」
「奴隷が嫌いなのか?」
「奴隷というより、奴隷を人のように扱わない奴が嫌いです」
何やら嫌な思い出があるようで、眉間に皺をよせ物思いにふけるアリストライト。
まあ彼女のような立場の人間なら、色々と辛い思い出もあるのだろう。
それを深掘りしないくらいの礼儀は心得ている。
「まあ、お互い特に忌避感は無いようで助かった。ダークエルフというだけで犯罪者のように扱う奴もいるからな、世の中には」
「ダークエルフが何なのかも分かってませんしね、私。見たのはロレッタさんが初ですし」
「別に知らなくていいし問題無い。胸糞が悪くなる話だ」
脇道に逸れた話を戻すため、コホンと咳払いをする。
無論アリストライトの件も早急に解決しなければならないが、その前にもう一つ。
父上が提示した、例の狂ったような試験をどうにかする必要がある。
「アリストライト。お前は魔術が使えたりするのか?魔女って言うくらいだし」
「はい、多少は使えますよ!お墓に張ってある結界も、私が作ったものですし!」
「なら、少し手伝ってほしいことがあるんだが……」
「手伝い?」
◆◆
「ヤバイですねあなたのお家」
「普段はちゃんとした人なのだ。ただ、今回は……俺の不出来が原因だ」
事情を説明し、ロレッタを殺さずに済む代案を一緒に考えてもらうことにした。
助けようとする相手に助けを求めるのも変な話だが、俺達だけでどうにかできる気もしなかったし、魔女というくらいなのだから魔術にも秀でているのだろうと相談してみることにしたのだ。
「ロレッタも魔術を使うことはできるが、大抵の場合隠密向けだしな」
「そういう種族ですから」
ダークエルフは、基本的に人間の五倍程の魔力と隠密魔術への高い適正を持っている。
ロレッタもその例に漏れず、足音を消す魔術や、姿を透明に変える魔術などを扱えるし、強力な殺傷力を持つ恐ろしい闇の魔術を扱うことができる。
しかしそれ以外はからきしで、エルフに比べると汎用性が低いのが弱点だ。
魔力はダークエルフの方が強いが、殺すことや悪だくみ以外の適性が低いエルフの亜種。
それが人々から忌み嫌われるダークエルフという種族の特徴だ。
「つまり、あなたのお父さんを騙す方法を考えればいいんですか?」
「……まあ、そうだな。どうにか騙して、ロレッタを殺したと見せかけるしか方法は無さそうか」
父上を騙すなど本来なら言語道断だが、今回はそうも言っていられない。
ロレッタを生かすために、生涯で一度だけ父上を騙す覚悟を決める。
「なら、人形を作りましょうか!」
「人形?まさか、人形に身代わりをさせるつもりか?」
「そのまさかですよ。彼女そっくりの人形を魔術で作って、その首を斬ればいいんです」
「……無理だろう、流石に。すぐにバレるぞ」
父上は人体の構造を把握しているし、ほんの僅かにでも違和感があればそれに気づく人だ。
下手なものでもすぐバレてしまうだろうし、あまり現実的な案とは言えない。
「なぁに、バレない物を作ればいいんですよ。私に任せてください!」
「だ、そうですが。どうしますか?ご主人様」
「お前はもう少し当事者の自覚を持ってくれ……。本当に、そんなんことできるのか?」
「フフン、まあ見ていてくださいよ!」
アリストライトはドンと胸を叩き、むふーと鼻息を鳴らして宣言した。
「あなたのお父さんが騙されるような、完璧な人形を作って見せますとも!」
こうして、アリストライトの恋人になる作戦と、ロレッタの生存計画。
その二つが、同時進行で始まったのであった。