「けどまあ、流石に人の全てを真似できる人形を作るにはそれ相応の労力と素材が必要ですね。素材として一番適しているのは、ドッペルゲンガーでしょうか」
「ドッペルゲンガー?」
「悪魔の一種です。人の姿を真似ることしかできないような下級の、ですが」
悪魔は恐ろしき神の宿敵だが、人間の一部は悪魔すら利用し利益を成そうとする。
上級悪魔ならば人間の毒牙にかかることはまずないが、下級の悪魔達は別だ。
彼らは弱い分簡単に人間界に渡ることが出来、知恵も無いため死を厭わない。
己の欲望のままに人間を襲い、そして害獣として駆除される程度の存在。
「ドッペルゲンガーは生物の影に潜み、その影を喰らって魔力を得ます。やがて十分に魔力を貯めた時、ドッペルゲンガーはその人間の姿を真似、成り代わろうと企むのです」
「なかなかに危険だな。それで下級か」
「戦闘能力はさほどありませんし、知識があるならば十分対処できる魔物ですから。ですが、そう簡単に出会える魔物でもありません。限られた時間内に捕まえるとなると……」
「それに関してはご安心を。これを使ってください!」
アリストライトは小さな瓶を俺達に差し出す。
瓶には『Ⅱ』と書かれたラベルが張っており、中にはピンク色の靄が入っていた。
「なんだこれは」
「私の姉が開発した、『悪魔ヨビヨセール君Ⅱ』です!これを振りかけて暫く待っていれば、あら不思議。普段は人間社会の影に潜み、悪事を企んでいる沢山の悪魔達が、我さきにとあなたに寄ってくるのです!」
「奇妙なものを開発してるんだな、お前の姉は……」
しかし、どういう原理なのだろうかそれは。
魔術に関してはからっきしなので、聞いても多分無駄だろうが。
「それを人気の無い路地裏とかで使えば、多分その内寄ってくると思いますが……時折、ドッペルゲンガーよりも高位の悪魔が寄ってくる可能性もあります」
「分かった、その高位の悪魔とやらも捕まえた方がいいのか?」
「いや、危険なので素直に逃げてください。絶対に戦おうなんて考えないでくださいよ?ドッペルゲンガーは見つければ棒で叩けば殺せるくらいの悪魔ですが、熊より強い悪魔が寄ってくる可能性もあるんですから」
「了解した。とりあえず行ってくる」
そんなこんなで、ドッペルゲンガーとやらを捕獲することになった。
◇◇
「これでいいのか?」
というわけで捕獲してきた。
「はっや。翌日に持ってくるとは思いませんでしたよ」
「お前の言う通り、戦闘力は大したことが無かったし。他の悪魔とやらも、さほど強くは無かったからな。殺せば消えるから楽だ」
「ご主人様は人間は殺せないのに、他の生物はあっさりと殺せるから難儀ですね。人間も同じ要領で殺せばよいでしょうに」
ドッペルゲンガー自体はすぐに捕まえることができた。
村から少し離れた場所で使ってみたが、驚く程に効果がある薬だ。
十分もしない内に小さい悪魔やそれなりの大きさの悪魔が湧いて出てきた。
普段は隠れ潜んでいる臆病者たちだが、一度出てきてしまえば殺すのは容易い。
「しかし驚いたな……本当に影に潜むんだな、ドッペルゲンガーとやらは。一見すれば何の変哲も無くて驚いたぞ」
「見分ける方法が難しいですからね。本体の動きに少しだけ遅れたり、動きが違ったりするのを見逃さない必要がありますから」
「妙な感覚だったが、さっさと捕まえられてよかったな。影を引っぺがす経験などこれっきりにしたいものだ」
地面に映る自分の影を掴み、剥がすなど今後一生体験することは無いだろう。
まあ何はともあれ、これで人形作りの準備は整ったというわけだ。
「ひとまずは、人形の素体はこれで大丈夫です。後は森で採れる材料を使えば問題無く作れるので、あと二十日ほど時間をください」
「二十日か……充分間に合うな。よし、頼んだぞアリストライト!」
「お任せを!魔術の素人が看破できるレベルではない、完璧な魔術人形を作って見せますとも!あ、ロレッタさんには動作や口調を再現するために、少しだけ付き合ってもらいますね」
「……その程度であれば喜んで」
よしよし、ロレッタの方はなんとかなる芽が出てきたな。
悩みの種が一つ解消された、ようやく一息つくことができる。
「では、また五日ほど経ったらロレッタさんをここに連れてきてください。人形の形だけならその頃にはできていると思うので」
「分かった。五日後だな。……そういえば、報酬はどうする?素材はこちらで用意したが、手間はかかる作業なのだろう。無償でやらせるのは少し後ろめたい」
「報酬ですか?そうですね。それなら、適当な本が数冊程欲しいです」
「本か。分かった。……流石に、魔術書は用意できないからな?」
「いらないですよそんなもん。物語が欲しいのです。できれば恋愛物とかを!」
恋愛物。そんな物が果たして我が家にあるのだろうか?
もし入手するなら、少し遠出する必要がありそうだが……。
「分かった、恋愛物だな。必ず報酬として用意しよう」
「おお、太っ腹!楽しみにしてますね!」
◇◇
「ひとまず、家のことはどうにかなりそうだな、ロレッタ」
「……その場しのぎにしかならないとは思いますけどね」
希望の芽が出来て喜ぶ俺とは対照的に、ロレッタはどこか達観したように言う。
「どちらにせよ、あなたがお父上の家業を継ぐなら人を殺す経験は必要不可欠でしょう。それを先延ばししたところで、いずれガタが来ると思いますが」
「何度も言うが、俺は罪人が相手なら容赦することは無い。その時なれば、俺の刃は容赦なく、慈悲を以て罪人の首を断つだろう。そう心配するな、ロレッタ」
「本当ですかね……。普段の様子を見てると、あまり信用できませんが」
「……フンッ、言っておけ。俺はただ、無意味に人の命を奪いたくはないだけだ。それに意味があるなら、俺は刃を振るえる。意味無き殺しが、どうしようも無く嫌いなだけだ」
「私を殺す意味ならあるでしょう。あなたのお父上が意味を生み出しました」
「お前を生かす意味の方がよほど大きいだろう。だから、お前を殺すことに意味は無い」
人を殺すのは罪だが、誰かが背負わなければならぬ咎ではある。
それを担う処刑人という役職は間違いなく必要なものであり、名誉ある行いだ。
そのはずだ。そうでなければ、父上が今だそれを続けている理由が無い。
「それに、俺は人を殺したことが無いわけではない。過去に、一度だけ。己の手で、一つの命を奪ったことはある」
「……意外ですね。一応経験はあったのですか」
「ああ。もっとも、その時のことは俺も碌に覚えちゃいないがな」
「それはまた奇妙な。普通そういった経験は、忘れたくても忘れられぬものですが」
「普通はな。何せ、物心つく前だ。覚えてないのが当然だろうよ」
父上は滅多にそのことを口にしないし、父上以外にそれを知っている人間は屋敷には居ない。
どういう状況で殺したのか、何故そんなことになったのか、母上がどんな人だったのかも分からない。それでも、実感だけはこびり付くように残っている。
「産まれてすぐに、俺は母上を殺したらしい」
予想はつく。難産だったとか、体が弱かったから俺を生むことに耐えきれなかったとか。
子供を産むというのは大変なことだし、女性には精神力も体力も必要になってくる。
それで死んでしまうのは不幸な事故だとは思うし、父上も俺に責任を感じる必要はないと言う。
「多分、それが俺の初めての殺人だ」
それでも、俺はそのことをずっと覚えていなければならない。
俺は今、母上の命を奪って今を生き長らえているのだと。