「何故反撃しなかったんですか」
「開口一番それか、貴様」
ようやくジェームズ達が飽きて、帰って行った後。
ロレッタは心底理解できないと言った風に話しかけてきた。
「殴り返してしまえばいいでしょう。あんな奴ら程度なら、あなたなら問題無く殴り倒すことが出来たでしょうに。何故されるがままになってるのです」
「やり返したら父上が苦労するだろ」
貴族としての地位は、父上よりも領主のがよっぽど高い。
もし俺が領主の息子を傷つけたと知られれば、父上は領主に訴えられ、面倒ごとを増やす羽目になってしまう。
「そうなったら。父上から、失望されてしまうかもしれない」
「……あなたは、本当に」
これみよがしに溜息を吐いて、俺の傷の応急手当てをする。
情けない主人で悪かったな、フン。
「いいから今日はもう帰るぞ。酷い目に遭った」
「そうですね。どうせ案も何も浮かばないでしょうし」
「お前は本当に、生きることに無頓着だな……」
「別にそう言うわけでは無いのですけどね」
俺にはそうにしか見えないが。
そんな風に会話をして、いざ帰ろうとしたところで、見慣れないものが視界に映った。
黒十字の紋章だ。
真っ白な背景の中に、ドス黒い十字架を描いた奇妙な絵。
そんな特徴的な紋章の入ったサーコートと鉄鎧を着た、十数名程度の馬に乗った集団が、村の中を悠々と闊歩していた。
「なんだあいつら。随分と物々しいが……」
「魔女狩り部隊」
苦虫を噛み殺したような声で、ロレッタはその名を口にした。
「魔女狩り……?」
「教会が有する異端審問会の中でも、一際戦闘力が高い者達を集め作られたエリート部隊です。あまり関わらず、早急に帰った方がいいと私は判断します」
異端審問会とは、神に仇なす異端者やこの世界に現れた悪魔達を討伐するために作られた、教会が誇る武装集団だ。
この世界において最も権威のある教会が保有する戦力とあって、一国が保有する程度の軍事力を軽々上回る正真正銘世界最強の戦力。
それくらいは子供でも知っていることではあるが……。
「その、魔女とやらはなんなんだ?」
「……驚きました。まさかご主人様がそれほど常識知らずだとは」
「しょ、しょうがないだろ!都内に出向くことなんて滅多に無いし、この村も碌に旅人が来ないような場所なんだから!」
俺達が住んでいるカリス村は、王都から遠く離れた場所に存在するド田舎だ。
辺境というには中途半端だが、王都から人が訪れる程近くも無い。
外から人が訪れることも滅多になく、情報もあまり入ってこないのだ。
「まあ、そうですね。たしかにこの村で魔女騒動が起きたこともありませんでした。ご主人様がそれそ知らぬのも、無理からぬことでしょうか」
「いちいち嫌味を挟まなければ気がすまんのか!」
そうやって騒いでいるのは、遠目からでも目立ったのだろう。
唯一顔を兜で隠していない、風貌の整った男が近づいてきた。
「少しいいだろうか、君達」
「は、はい。なんでしょうか」
見るからに立派な鎧と、いかにも高貴そうな身なりに顔つき。
明らかに己よりも上の身分で、腰に下げたメイスも見るからに豪華だ。
自然と緊張し、声が上擦るのも仕方がない話であろう。
「この村の近辺で、そうだな。十歳前後くらいの、金髪の少女を見なかったかい?」
「少女?」
「申し訳ございません、私達も村の外に出ることは無く。他の人に当たってみるのが良いと思いますよ。それでは、失礼します」
「ちょ、おいロレッタ!」
いきなり何を言い出すのかと思っていると、俺の代わりにロレッタが笑顔で返答して。
無礼にも俺の手を引き、さっさと歩きだそうとする。
「まあまあ、そう言わずに。他にも聞きたいことが──」
「触らないで」
パシッ、という音が響き、男が驚いた顔でロレッタの顔を見た。
ロレッタの肩を掴もうとした男の手を、叩いて弾いたのだ。
(なにをしてるんだロレッタ!?)
異端審問会というだけでも、かなりの地位にいる相手だ。
それに加えてロレッタの話が本当だとするならば、相手はその中でもエリートらしい。
そんな奴に危害を加えるなど、普段のロレッタならば考えられないことだ。
もし相手から何か言われれば、こちらは何も言い返すことは──
「……失礼。不用意でしたね、ダークエルフのお嬢さん」
しかし、意外にも相手の対応は紳士だった。
優雅に一礼して、そのまま馬上に戻っていく。
「他を当たるとしよう。ああ、それと。この近辺で魔女の目撃情報が報告された。君達も、出来る限りの警戒を続けてくれ」
「あ、はい。ご忠告、感謝します!」
言いたいことを全て言ったのか、彼らは歩き去って行った。
「おいロレッタ!お前一体何を」
文句を言おうとロレッタの方を振り向き、驚愕した。
彼女は普段の様子からは考えられない程の焦燥し、動悸が出て大粒の汗をかいていた。
「……だ、大丈夫か?」
「問題、ありません。帰りましょう、ご主人様」
思わず心配して声をかけるが、次第に彼女は息を整え、いつも通りに戻って行った。
先ほどの様子が幻覚ではないのかと思えるほど、凄まじい変わりようであった。
「なら、いいが。……帰ったら少し休めよ」
「かしこまりました」
言葉短かに、ロレッタは俺の手を引いて屋敷に帰る。
普段ならば俺が子供のように見えるので嫌だったのだが、今日だけはおとなしくしておいた。
なんだか、彼女自身がお化けに怯える子供のように見えたのだ。
(これ言ったら多分怒られそうだなぁ)
結局、お父様の考えを改めさせるような考えは浮かばず、ジェームズに殴られただけの損な一日ではあったが。
何年も連れ添った従者の、新たな一面を垣間見た気がした。