一定の地位を持ちながら生きていく以上、最低限の自衛は必要だ。
処刑人という、市民達から恨みを買って生きていく職ならば猶更に。
故に父上の跡を継ぐ以上は、最低限度以上の武芸は身に着ける必要がある。
「アハハ!どうしたの兄様、逃げてるだけじゃ何もできないわよ!」
「ッツ……!」
そうした自衛力を学ぶための訓練として一番手っ取り早い方法。
つまりは、実践的な試合である。
(相変わらずの馬鹿力……いや馬鹿魔力か?)
この世界で意思を持ち生きる全ての生命は、少なからず魔力を持ち産まれる。
神が星に生命を生み出す際に作り上げた、神が授けた生命への贈り物。
神に仇なす異端共に抗うための武器であり、発展していくためのエネルギー。
レーサは、その魔力を普通の人間よりかなり多く持ち産まれた女だ。
魔力は様々な形で力を発揮するが、最もシンプルで分かりやすいのがこれだ。
魔力を体中に行き渡らせ、身体能力を向上させる。
「技術は無い癖に、力だけは一丁前じゃないかレーサ!」
俺の魔力量は貴族としては平均的で、レーサのように無駄遣いはできない。
最小限の魔力使用でレーサの斧を受け流し、レーサを疲れさせる必要がある。
そうなると自然、俺とレーサの試合はいつも何十分も続く程長くなる。
「いい加減、何か反撃してきたらどうかしら!男の癖に情けないですね!」
「呼吸が荒いじゃないかレーサ。お前こそいい加減降参したらどうだ?父上に無様を晒さずに済むかもしれんぞ」
レーサが押し切るか、俺が耐えきるか。
そんないつも通りの試合が続き、お互いが限界を迎えようとしたところで。
「それまで」
父上の合図により、試合は終了した。
制限時間の15分を超えたのだろう、何十回目かの引き分けだ。
「互いに礼をし、剣を収めよ」
明らかに不満気なレーサも、父上の言葉には逆らうことが出来ない。
お互いが渋々といった様子で礼をし、それぞれの武器を従者に手渡す。
それでこの訓練は終了だ。
とは言っても、ロレッタは昨日の件で休ませているため、今日は自分で剣を元の場所に直す必要があるのだが。
生意気な従者ではあるが、やはり居ないと不便の方が多い。
「相変わらず逃げてばっかりで勝負する気が無いのですね卑怯な方と戦うと気が滅入って仕方ありませんねあなたもそう思うでしょギルバード!!」
「え、あ、お……!?」
ギルバードがたじろぐ程の早口でそう捲し立てるレーサ。
まあ訓練後に見るいつもの光景だ、相変わらずあの愚妹は負けず嫌いのようだ。
「従者をいじめるなよ、レーサ。攻めきれなかったのはお前の技量の低さのせいだろう?」
「攻撃も碌にできなかった男が偉そうに……!」
「フン、そもそもこれは自衛の訓練だ。別に相手を倒さずとも、時間を稼いで助けが来るのを待つためのものだ。父上が言っていたことをもう忘れてしまったのかレーサ」
「助けなど待たずとも、敵の頭蓋を割ってしまえば済む話でしょう」
相変わらずのバイオレンスさ、やっぱりこいつに家を任せるのは危険すぎる。
「ケッチ。お前は残れ」
「……?了解しました、父上」
最近は珍しいこと尽くめだ。
俺だけが残されることなんて、今まで滅多になかったのだが。
「あら。ようやく兄様の卑怯な戦い方が叱られるのかしら?」
皮肉を一言だけ置いて、ギルバードと一緒に屋敷に戻るレーサ。
軽口を叩いてはいるが、あの様子からして多分部屋に戻って休みたいのだろう。
あれだけの魔力を使いながらも、弱音を吐くことが無いメンタルは評価しよう。
「それで、父上。一体どんな御用が──」
「お前は何をやっている?」
突然の言葉に、訳も分からずビクリと肩を揺らす。
「何を、とは……」
「六十六回。これが何を意味するか分かるか?」
何の、と言われても。
数字だけ出されても、意味が分からない。
「えっと……」
「お前の剣が、レーサを殺せた数だ」
カラン、と剣が音を立て転がる。
鉄の剣だ。刃を潰してもいない、実戦用の武器だ。
「取れ」
「え?」
「取れ!!」
久しく聞いていなかった、父上の大声。
普段とはまるで様子の違う、怒気を纏う父上の言葉に思わず従う。
震える手で剣を取り、どうすればいいのかと父上の顔色を伺おうとして。
目の前に迫る、人を殺せる剣の刃。
「うわぁ!?」
咄嗟に剣でそれを防ぎ、一歩二歩と後退する。
「お前は、いつまでそうなのだ」
「ちち、うえ?何を……」
「いつになれば。人を殺せるようになる」
何故、今になってそんなことを。
「いい加減にしろ、ケッチ。お前は私を何度失望させれば気が済むんだ?」
「待ってください!何を言っているのか、俺にはまったく……!」
「処刑人の仕事はなんだと思う」
それは、何度も教えられてきたことだ。
「人を殺す咎を、背負うことです」
「お前にはそれができない」
「そんなことはありません!俺は正義の刃を振り下ろす覚悟が……!」
「誰がそんなものを持てと言った」
父上は、底冷えさせるような声で言った。
「何も考えず、刃を振るえ。それが処刑人の仕事だ」
「……けど、そんな」
「大儀。正義。情。そんなものを処刑場に持ち込むな、愚かなケッチ」
父上の持つ剣が、一瞬揺れ動いた。
鉄がぶつかり合う音が鳴る。
「俺は仕事であるならば、お前の首とて斬る覚悟がある。例えお前に罪が無くともな」
「罪人を救うことが、処刑人の成すべきことのはずです!」
「……ケッチ。お前は本当に、私を失望させることが得意なのだな」
父上は剣を投げ捨て、俺から背を向けた。
「何度もチャンスをやった。最後の機会だ、ケッチ。ロレッタを殺せ。己の従者を自らの手で殺めるのだ。そうすることで、お前はようやく私の跡を継ぐに足る男になる」
「無理です!ロレッタに何の罪があるんですか!?」
「罪など必要ない。それに、あいつは人ではない。奴隷という所有物だ」
もはや父上の目に、俺の姿は写ってはいないようだった。
追い縋ろうとする俺に構うこと無く、足速に訓練場を去って行く。
「できなければ、お前をこの屋敷から追放し、縁を切る」
「なっ……!?」
「人を殺せぬ出来損ないは、この屋敷には必要ない」
茫然とする俺を他所に、父上は一方的に告げた。
「殺せ、ケッチ。それでようやく、お前は処刑人として完成する」