「いや、ちょ、ちが……!?」
あまりにも予想外の事態に困惑した俺だが、すぐに頭を振って思い直す。
そもそもここは俺が作り出した秘密基地で、こいつは後から勝手に入った侵入者だ。
なのになぜ、俺が責められるような形に!
「こ、ここは俺の隠れ家だぞ!?何を勝手に──」
「とりあえず後ろ向いてもらえますか!?」
「ごめん!」
咄嗟に謝り、後ろを向く。
色々考えることはあるのだろうが、とりあえずは世間体を優先した。
幼い子供の裸を見て、欲情するような男だと思われることは一生の恥だ。
「ああ、もう。いきなり来られても服が……ええい、しょうがない!」
というかもしかして、外で干しているあれはこの少女の服だろうか?
まだ寒さが残るこの季節に、家内とは言え素っ裸なのは正気の沙汰ではない。
だとすれば、まさか彼女は着衣を一着しか持ってはいないのだろうか。
ならば背中を向けるよりも、一旦小屋を出て少し遠くの場所まで退避した方がいいのでは?
そう考え、声をかけようとすると。
「よし!入って大丈夫です!」
「え。だ、大丈夫なのか!?外に干してるやつ以外にもちゃんと服はあるのか!?」
「大丈夫ですから。あんまり変な想像されるのも嫌なので、さっさと振り向いてください」
服を着替えたにしては手際が良すぎるし、タンスを開いた音もしなかったが。
とはいっても、これ以上目を背けるのもなんだか居心地が悪くなる。
意を決し、閉じた眼を開いて向きを戻すと、そこには確かに服を着た美少女がいた。
まあ、その服もあんまり布面積が多くはないので、少し目のやり場に困るが。
「どうやって着替えたんだ、今の合間で……」
「……魔力で服を作りました。あんまり使いたくは無かったですけど」
「魔力で」
となれば、この女やはり魔術師だ。
魔力で物体を編むなど、俺の周囲ではロレッタくらいしかできなかった芸当だ。
見た目は幼いが、決して油断してはならぬ相手だと気を引き締める。
「それで?一体何者ですか、あなた。隠れ家だのなんだの言っていましたが」
「聞きたいならば教えてやろう。我が名はケッチ!ケッチ・ジャックだ!ジャック・モレンの長子にして、その跡を継ぐ者!」
「ああ、貴族の方ですか」
「ふん。流石は魔術師というべきか、俺から溢れ出る高貴さを解するだけの知恵はあるようだな」
勘当されかけているけど、という余計な言葉は引っ込めておいた。
ちっぽけなプライドではあるが、俺にも恥はあるのだ。
「魔術師?……ああ、私のことですか。初めてそう呼ばれましたね」
「なに?お前は魔術師ではないのか?」
「魔術を使う者という意味では合っていますが。あなた達は私をこう呼ぶでしょう」
少女はどこか憂いを帯びた顔で、己の胸に手を当てる。
「私は魔女ですよ、貴族様。最新の魔女、アリストライ。それが私の名でございます」
「……」
「おや。驚きで声も出せませんか?」
「いや、こう。反応に困っている」
「え、なんで」
多分彼女の様子からして、その魔女という名称には特別な意味があるのだろう。
魔女狩り部隊とかいう奴らの存在からして、何か凄い存在なのだろう。
ただまあ、結局ロレッタからも魔女の存在については何も聞けていないわけで。
「魔女という存在についての知識が無いんだよ。魔女というのはなんだ?」
「……ほんとに知らないんですか?魔女ですよ魔女」
「なんだよ!そんなに知らなきゃおかしいのかその魔女とやらは!」
しょうがないだろう、本当に知らないんだから!
村の外のことを知る機会なんて本を読むくらいでしか無いし、父上の方針で俺と妹はただの一度も遠出させてもらったことは無い。
知らないことがあるのも仕方のないことなのだ!
「ほんとに知らないんですね。かなり驚きました。初めて見ましたよそんな人」
「煩いなぁお前は。で?その魔女とやらは何なのだ」
「私が説明しなきゃならないんですかこれ……」
「お前以外説明できる奴がいないだろう」
アリストライと名乗った少女は、げんなりとしながらうーんと頭を悩ませる。
「面倒くさいので簡潔に言いますね。産まれたことが罪な少女達の総称です」
「なんだそれは。バカにしてるのか?」
「いえ、ちゃんとした説明ですよ?産まれた時からあらゆるの者達から死を望まれ、生きている限り罪を背負うことになる。それが魔女という生物です」
アリストライは至極真面目にそう言った。
けれど、俺はどうにもそれが信じられそうに無かった。
「生まれながらにして罪を背負う者など居るものか。罪人の子でも、生きることは罪にはならない。その者が行った悪行こそが罪となるのだ」
「……今までその価値観で生きてこれたこと、なかなか凄いですね。箱入り息子ですか?」
「馬鹿にしているのかお前!」
「褒めてるんですよ。まあ、色々と理由はあるんです。詳しいことは親にでも聞いてください。わざわざ自分の罪をひけらかす程、恥知らずなわけでもありませんので」
なんて態度だ、魔女だとかそういうの抜きにしても無礼者だ!
「けど、知らないということは。別に私を殺しに来たわけではないんですね、ケッチさんは」
「……お前が罪人ならば、嬉々として殺しにかかっていたのだがな。別にそんな様子は無いしやめておこう。無礼なだけの少女を斬る程、血に飢えているわけでも無い」
「ああ。なら、殺した方がいいですよ」
「話を聞いていなかったか?俺は罪人以外は──」
「そこに鍋があるでしょう?」
少女が指さした方向には、たしかに大きな鍋があった。
精工とは言い難い、でこぼこだらけの蓋がされてある鉄製の鍋。
それがどうしたのか、と返そうとして、鍋から少しだけはみ出たそれに気づいた。
少しだけずれた蓋の隙間から覗く、枝か何かのようなそれは。
人の、子供の腕だった。
「そこにあるの。私の姉妹達なんですよ」
剣を抜き、後ずさった。
呼吸が荒くなり、剣を握る手が汗で濡れる。
「戦闘態勢に移るのが速いですね。もしかして、思ったより強かったり?」
「……」
剣を構えて、震える足を必死に言い聞かせてどうにか相手を見る。
実の姉妹を鍋で煮た畜生とは思えぬ程に可愛らしく、落ち着いた顔つき。
「魔女というのは。人間を喰らう趣味でもあるのか」
「いえ?別にそんなことはありません。動物を食べても生きてはいけます。野菜を食べることも問題なく。あなた達よりは少しばかり頑丈ですが、あなた達と同じ生活を送ることは可能です」
「では何故!」
「さあ、何故でしょう?当ててもらっても構いませんよ」
アリストライは、ゆっくりと足音を立てながら近づいて来る。
剣を持つ手が震える。少女の気配に、不穏なものが混じり始める。
剣を振れ。でなければ死ぬぞと、生存本能が訴えかける。
殺せ
「どうしました?ほら、罪人なら殺すのでしょう。私は罪人ですよ?ほら、ほら」
「来るな」
殺せ
「……何をしているんですか?ほら、その剣を──」
「来るな!」
殺せ
「いたっ」
軽い声が上がった。
彼女の頬に、小さな切り傷ができていた。
鉄の剣からポタリ、と赤い何かが落ちた。
人間の、彼女の血だった。
「何をそんなに、怯えて……あの。ケッチさん?」
息が止まる。
呼吸を忘れる。
傷つけた。
人を傷つけた。
俺の剣が、人間を傷つけた。
「ハッ、ハッ、ハッ──」
「ちょっ、ケッチさん!?なんでそんなに息が荒いんですか!?おーい!」
膝を突いて、崩れ落ちる。
無数の手で首が絞められるような、極寒の冷気を肺が吸い込んだような。
いつも感じる、人を害した感覚が、代償が、全身を走った。
「なんで剣振った方がそんなんになってんですか!ちょっ、死なないでくださいよ!?」
意識が死んでいく、声が遠くなっていく。
立っていなければならないのに、人の血の匂いを嗅いだ途端にこれになる。
途方も無く不出来な自分が嫌になっていく。
「ちくしょう」
俺は、人を殺すことができない