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目が覚めた。
やけに喉が渇く。
「あ、起きました?」
「ッウァ!?」
ベッドから転げ落ちる、頭をぶつけた。
痛さで悶えながら、心配そうに俺を見つめる少女を睨む。
「あ、待って待って。別にあなたを害する意思はないですからね?なんか倒れたから看病しただけで。ていうかなんで倒れたんですか?」
「……持病の悪化だ」
「持病ってレベルですかあれ。そんなの患ってるならこんな森来ない方がいいですよ?」
「うるさいな!別にどうだっていいだろうそんなこと!」
問い詰めてくるアリストライから目を逸らし、己の身体を見る。
剣はテーブルに置かれているが、それ以外の服装や持ち物はそのままだ。
その剣だって、別に俺が手に取れないよう遠い場所に置かれたという風でも無い。
単純に、ベッドで寝かせるには邪魔だから適当なところに置いただけなようだ。
「それより、お前だ。さっきの話、説明しろ」
「姉妹云々の話ですよね。まあ、単純な話ですよ。姉妹を調理したものが、釜に入っているのです。十一人分あったけど、今はもう残り二人分くらいしか残っちゃいませんね」
「……お前が、殺したのか?」
「違いますよ」
最大の可能性であった、食べるために殺したという推測は外れてくれたようだ。
「私以外は、どうしようも無かったんですよ。アリスプリムも、アリスディオも死にました。アリステセラが最初に死んで、次にアリスペンテが。次に──」
「待て待て。別に誰が死んだか、を事細かに説明しなくてもいい。思い出して辛いだろ」
「そうでもないですよ。姉妹が死ぬ所は沢山見てきたので、慣れました」
「慣れるほど死んだのか、姉妹が」
「ええ、まあ。色々と特殊な家系ですから、私達」
ふと、気になったことがあった。
「姉妹全員に
「……家名、なんでしょうかね?いやけど家名とは違うか?」
「なんでそんなに曖昧なんだ……」
「ほら、色々と特殊な家系なので」
「全部それで片付けるつもりかお前。……まあいい」
別に蒸し返す程の話でも無いので、本題に移ることにした。
外を見ればもう夕刻だ、いい加減屋敷に戻らなければロレッタに嫌味を言われる。
「何故、姉妹を釜に入れた?それほどまでに食事に困っていたのか?」
アリストライはそれを聞くと、少しの間だけうーんと唸り。
諦めがついたように、黙々とそれについてを語り出した。
「悪魔については知ってます?」
「それくらいは知っている。バカにするな」
神に仇なし、神の創造物である人間を嘲る、世界の裏側である魔界に住まう邪悪達。
教会が最も敵対視している異端であり、神からの恩寵を受けぬ者達。
普段は魔界に生息しているが、時折この世界へと侵入する恐ろしい怪物だ。
悪魔が恐れられている最も大きな理由は、その身に宿す膨大な魔力量だ。
神は悪魔が持つ魔力に対抗するべく、悪魔の力を参考に魔力を作り出したとされている。
故に悪魔の持つ魔力と人間の持つ魔力はほぼ同質で、違いはたった一つしかない。
「神の恩寵を受けられぬ、哀れな怪物共だろう」
普通、この世界に住まう魔力を持った生物は、消費した魔力を自然に回復させられる。
これは神がこの世界を見守り、創造物たちに力を分け与えてくれている証拠だそうだ。
しかし、魔界を出てこの世界に現れた悪魔は例外だ。
魔力の最大値は桁外れだが、消費した魔力が自然に戻ってくることは無い。
悪魔が地上で魔力を回復するためには、魔力を持つ生物を捕食する必要があるのだ。
だから悪魔は人間や家畜を喰らい力を蓄えようとするし、教会は悪魔を一刻も早く滅ぼし、被害を最小限に抑えようと悪魔を狩る。
村に悪魔が出没した際も、村人たちを大いに困らせたものだ。
「良かった、それくらいの知識はあった……」
「本当にバカだと思っていたな貴様!?俺はバカではない!やれば出来る男だぞ!」
「それ、普通自分で言います?」
「うるさい!それで、その悪魔が何の関係があるのだ!」
「私達の体質は、悪魔と同じなんですよ」
「なに?」
悪魔と同じ。
それは、つまり。
「魔女は、魔力を自然回復させることが出来ないんです」
「……あり得んだろう」
彼女は間違いなく人間だ。
悪魔の特徴である角も翼も無い、ただの少女だ。
俺が付けた傷から流れ出た血も、たしかに赤色だった。
服にも、たしかに彼女を傷つけたことで流れ出た血が染みついている。
ドス黒く、濁った悪魔の血とは程遠い、綺麗な赤色の血だ。
「ええ、あり得ませんね。これも私達が魔女だなんだと言われる理由の一つです」
「何故そんなことが起こりえる?普通ならば、そんな……」
「これが、私が姉妹を食べている理由です。私の魔力は、今は殆ど底をついている。魔女狩り部隊との交戦で、姉妹が沢山死にましたしね」
やはりというか、あいつらが捜していた少女とやらはこいつらしい。
外見的にもあの男が言っていた特徴と一致しているし、何より己から魔女を名乗った。
色々と気になることはまだあるが、とりあえず姉妹を食べている理由には合点が行った。
合点が行った、のだが……。
「それで、どうします?」
「何がだ」
「私を殺すかどうかですよ。何故かさっきは勝手に気絶してましたけど。外も暗くなってますし、やるならさっさとやった方がいいですよ。帰り道に苦労しますし」
「……もう一つ、聞きたいことがある」
「はい?」
無論、本来なら一つと言わず、何個も聞きたいことがある状況ではあるが。
そのいろんなことは、彼女が名乗る魔女がどんな存在かを知ってからでも遅くはない。
ロレッタならばきっと教えてくれるだろう。
「お前は、人を殺したことがあるのか?」
だから俺は、その少女に人間としての罪が無いかを問うことにした。
一番分かりやすく、そして最も重大な罪、殺人の有無。
それを聞いた少女はぶんぶんと首を振って言う。
「無いですよ!だって、人を殺したらできないじゃないですか」
「できない?何をだ」
「恋愛です!」
「は?」
魔女を名乗る少女は、目を輝かせて、普通の女の子のようなことを口にした。
「私達魔女は、ほぼ全員が女の子なんです。稀に男の子の魔女もいるそうですけど、少なくとも私が見てきた魔女は皆、女の子でした」
「まあ、魔女というくらいだしな」
「だから、魔女同士では恋愛なんてできないんです。だって男の子がいないんですもん」
……なんとも、まあ。
「だから、魔女が恋愛するためには。人間の男の子と、仲良くする必要があるんです!けど、人間を殺すような魔女と恋人になりたい男の子なんていないでしょう?」
「……まあ、そうだな」
「なので、私は人間を殺しません。いつか私と恋人になってくれる、とっても優しい、王子様みたいな人を見つけるまでは、人殺しなんてしない、普通の女の子で居たいんです」
「……」
なんともまあ、変な理由だ。
女子というものは、皆こんな風に恋愛脳なのだろうか?
「俺にはあまり分からない感覚だな」
「そうなんですか?」
「俺は貴族で、長男だ。結婚する相手は、婚約者は父上の意向で決められる」
とは言っても、処刑人に嫁を出すような物好きはそう多くはない。
俺にも一応婚約者はいるのだが、その婚約者だって処刑人の家系だ。
その上、俺はその子と顔を合わせたことも無い。
「顔も知らないし、性格も、声も知らない。何も知らない人間と結婚を決められる、それが俺にとっての結婚だ。そこに恋愛が絡む余地はない」
「……ロマンチックの欠片も無い!結婚というのは、愛し合った人同士が結ばれることではないのですか!?」
「本の中でなら見た事はあるが……貴族の結婚は基本、そういうものだな」
俺にとってはそれが普通だが、彼女にとっては衝撃的なことだったらしい。
ガビーンと驚きを露わにて、憐れむような目で俺を見る。
「可哀想に……恋を知らず生きるなんて、人生の八割を損していますよ」
「そんなにか」
「はい!私はそのために生きていますし!」
「なんで、そんなに恋とやらに憧れているんだお前は」
「……さあ?私もまだしたこと無いですし、見た事も無いのです」
「さあって、自分でも分からないのか?」
アリスライトは「たはは」と笑って、光を宿した目で俺を見る。
その目は、俺には無い希望で彩られ、輝きを放っていた。
「なんで憧れているのかは、分かりません。けど、分かるんです。恋というのは美しくて、甘くて、酸っぱくて。私が見るこの世界の全てより、価値があるものなんだって!」
魔女は笑って、俺に恋の素晴らしさを語る。
自分がしたことも見た事も無い癖に、少女は恋を目指していた。
「恋というのは、分からないが。俺がお前を殺す必要はなさそうだな」
「おお、生きながらえましたか。セーフ」
「自分からあんなこと言ってた癖に生きたがってたのかよ。死にたがりかと思ったぞ」
「別にそういうわけでも無いんですけど。魔女狩り共に捕まるよりかはまだマシですし、あなたに殺されるくらいならまだいいかな~って思っちゃいまして」
「……まあ、詳しくは聞かないでおく」
教会の連中がどれほど苛烈かなんて、村の子供でも知っている。
たしかに、教会に捕まり殺されるくらいなら、俺が殺した方が楽に死ねるだろう。
けれど俺はあくまで処刑人であり、罪人を殺す役目を背負った者だ。
「俺は処刑人になる男だ。罪人以外は殺さないし、お前は罪人じゃない。俺がそう決めた」
少なくとも俺には、アリストライが殺すべき罪人には見えなかった。
ならば俺がこいつを殺す必要はなく、こいつは無為に死ぬべきじゃない。
とりあえずはまあ、それでいいだろう。
「……魔女にそんなこと言う人、初めて見ました。次会う時もそう言ってくれますかね?」
「お前が罪を犯していなければな」
人を殺すのが怖いというのもあるけれど。
どうも俺には、彼女がそこまで悪い女には思えなかった。
彼女の言葉に嘘はなく、姉妹のことを語る時もたしかな家族愛が見れた。
だから、多分これでいい。
剣を手に持ち、鞘に納めてドアを開ける。
空は黄昏色に染まり、急がなければ夜になってしまうような時間帯だ。
ロレッタに叱られるのは嫌なので、さっさと帰ろうと走り出そうとして。
「また会いましょうね、優しい処刑人さん」
「……お、おう」
ひらひらと手を振る少女のその言葉に、なんだか少しだけむず痒くなりながら。
俺は急いで小屋を出て、屋敷に帰るため足を動かす。
「あっ」
その途中で、アリストライの姉妹達の墓を見つけた。
よく見れば、それぞれの杖には誰かの名が刻まれているようだった。
多分、死んでいった彼女の姉妹達の名前なのだろう。
「……あー」
別に会ったことも無いし、特に何か言うことがあるわけでも無いのだけど。
なんとなく彼女達の墓の前で屈みこんで、花を一凛だけ添えて。
「ありがとな」
それだけ言って、墓に背を向けて走り出す。
何の礼だかは自分でも分からないけど、言っておかなきゃならない気がした。