「魔女だと?」
「はい。魔女狩り部隊とやらを、村に行っているときに見かけて……」
森から帰り、ロレッタに少し嫌味を言われ、気まずさを隠しながら食事の席に着く。
魔女狩り部隊についてと、魔女についてを食事中に話してみると、父上は少し眉を潜めた。
どうやら、魔女は父上もよく知っている存在らしい。
「はい。今日の昼頃に、村の広場で魔女狩り部隊とやらに教えられて……」
「……そうか。奴らが動いているとなると、なかなか面倒な魔女のようだな」
一人で納得する父上に、俺は恐る恐る口を開く。
「その、魔女とやらは何なのですか?」
見れば、レーサも父上との話を興味深そうに聞いていた。
俺と同じく、魔女についてはろくな知識も無かったらしい。
「……そうだな。お前達は、悪魔については知っているか?」
「はい。神への敵対者、魔界に住まう邪悪。数ある魔物の中でも、最もおぞましき世界の敵。そう聞いています」
最低限知っていることを話すと、父上は頷いて話を進めた。
よかった、正解みたいだ。
「悪魔は魔界というおぞましき世界で生まれ、我々のいるこの世界を奪うために度々魔界から抜け出してくる。基本的には、悪魔を殺す方法は存在しない。悪魔は不滅であり、不死だ。どれほど神聖なメイスを振るい、その頭蓋を砕こうが。悪魔は己の魂を魔界へと逃げ帰らせ、生き返る」
なんともまあ、おぞましい生命力だ。
それに加え高位の悪魔は知恵もあり、人間では到底理解できぬ理論で動く。
対話するだけ無駄であり、そうすることすら悪となる、この世で最も不浄な存在だ。
「しかし、決して死ぬはずの無い悪魔に、ある時弱点が生じた」
「弱点?」
「原初の魔女アリス・キテラ。人間には到底理解しえぬ恐ろしい魔術を扱う女が、悪魔の王ルシフェルと契約した」
悪魔との契約、それはこの世界において最も罪深き大罪だ。
そんなことをしているとばれれば、一発でその人間は処刑対象となる。
悪魔の王とやらに関しては、勉強不足なのであんまり知らないが。
まあ、多分悪魔の王とかそんな感じの奴だろう。
「その契約の内容はこうだ。『己の血を引く娘に、悪魔の血肉を貸し与えろ。代わりに、私の娘達の魔力を悪魔達にくれてやろう』」
「……分かりにくい契約内容ですわね。具体的にはどんなものなんですか?」
「アリス・キテラの娘は、地獄に住まう悪魔の身体の一部を持って生まれるのだ。悪魔の腕、悪魔の尾、悪魔の角。悪魔の一部を持ち、アリス・キテラの娘達は産まれてくる。その悪魔の一部を使うことで、アリス・キテラの娘達は悪魔の力を行使することができた。代わりに、血肉を貸し与えた悪魔には娘が本来持つ魔力の回復能力。悪魔が持たぬ、この世界で活動できる猶予を与えたのだ。悪魔の力を借り、悪魔に時間を与える悍ましい娘達のことを、教会は魔女と呼び蔑んだ」
「悪魔の力?」
「竜が炎を吐くように。蛇を毒を持つように。悪魔にはそれぞれ、その悪魔だけが持つ人間を害するための機能がある。魔術とは異なる、魔術よりも更に恐ろしい力だ。教会ではそれを
「烙印、ですか。何故そのような名称が?」
「悪魔の力は、行使する際に服を着ても隠せぬ程に輝く紋章が胸の辺りに現れる。アリス・キテラが交わした契約の証のようなものだ。悪魔の部位を心臓や臓器に持つ魔女を見分ける方法が、その紋章が現れるかどうかだ」
初めて聞くことの数々に、俺とレーサは興味深げに父上の話に耳を傾けていた。
こういう好奇心旺盛なところは、兄妹揃ってよく似ているらしい。
「しかし、それが悪魔の弱点とやらにどうつながるのですか?」
「契約の際に、アリス・キテラはある仕込みをした。悪魔の部位を持つ娘が死ねば、悪魔が貸し与えた部位は永遠に悪魔の元に戻らないという呪いをかけていた。魔女が死ねば、不死の悪魔は身体の一部を失い弱体化する。それが何度も続けば、やがて悪魔は消えてなくなる」
なんともまあ、壮大な話だ。しかしそれで、ようやく魔女の危険性と、何故そこまで教会から目の敵にされているかを知ることができた。
魔女を殺すことが悪魔を殺すことにつながるのであれば、教会の連中はそれを実行するだろう。
それほどまでに悪魔は恨まれているし、悪魔を殺したがっている奴は多いのだ。
「そして同時に、悪魔も魔女を狙う。悪魔が魔女を喰えば、取られた肉体は悪魔の元に帰るのだ。魔女は産まれながらにして二つの存在を敵に回す。悪魔を殺したい教会と、己の力を取り戻したい悪魔。この二つをな」
「産まれた時から積んでるじゃありませんの」
「そうだとも。故に魔女を見る機会はそう多くない。大抵は、生まれてすぐに殺されるか食われて死ぬ。生き残った魔女はよほど運がいいか、もしくは運の悪い者達だ」
父上は俺とレーサの方を見て、言い聞かせるように強く言う。
「魔女にも、魔女狩り部隊にも近づくな。関わってもろくなことにはならん」
「えー、面白そうですのに」
「名誉を求め魔女に挑んだ馬鹿は長生きしない。魔女は高位の悪魔の力を持つことが多い。下手に手を出せば、何もすることが出来ぬまあ屍を晒すだけだぞ」
「分かりました。ご忠告感謝します、父上」
その後は、特に会話らしい会話も無く食事が終わり、それぞれが部屋に戻って行った。
普通の家族ならばもう少し楽しい会話でも交わすのだろうが、この家ではこれが日常だ。
別にそれに不満を持っているわけでも、会話が好きというわけでも無いのだが。
「……魔女、か」
森の中で出会った彼女との時間が、ふと脳裏を過った。
産まれた時から積んでいる、生きているだけで罪になる。
生きていれば悪魔を世界に招き入れ、死ねば悪魔の身体を潰せる存在。
なるほど、生かす理由が無く、殺す理由は星の数程存在するのだろう。
それでも。
どうにも俺は、彼女を殺したいとは思えなかった。
◆
「と、言うわけなんだが」
「ご主人様は馬鹿ですか?」
悩むことがあればロレッタに頼る、俺の昔からの悪癖だ。
しかし自分では決められないことがある時は、彼女に頼るに限るのだ。
口が悪くて辛辣だが、彼女が俺に不利益な提案をしないことは、長年の付き合いで知っている。
「一人であの森に行くなと、私は何度も申し上げたはずですが」
「うん、すまん。まあそれはそれとして、その森にいた魔女の話なんだがな?」
「置いてほしくはない話なのですが。……まあ、いいです」
溜息を吐きながらも、ロレッタは俺の話に耳を傾ける。
こういう面倒見の良さが、俺が彼女を従者として何年も連れ添っている理由の一つだ。
ギルバードみたいに愛想も良くしてくれれば、もう百点満点の従者なのだがなぁ。
「ご主人様が聞きたいのは、その魔女とやらをどうするか、ですよね?」
「ああ。俺は彼女が悪人だとは思えない。出来るならば、生かしてやりたい」
「……一度会っただけで絆され過ぎでは?魔女を助けるということは、教会に歯向かうということですよ。もう少し考えた方がよろしいかと」
「考えた。考えた上で、あいつに罪は無いと結論を出した」
あいつは人を殺してはいないと言っていた。
理由がどうあれ、罪を犯さずあそこで隠れ暮らしている以上、害はないはずだ。
少なくとも彼女自身の行いに、殺さなければならぬ程の罪は存在しない。
「生きていることが罪なのでは?」
「そんな不条理があってたまるか!罪というのは、その行いで決まるものだ」
人を殺す、物を盗む、そんな誰もがダメだという行いをして、初めてそいつは罪人となる。
その一生では償えぬ程の罪を犯してしまって、初めて死刑という極刑が課せられるのだ。
少なくとも、俺が学んできた法律というものは、そういうものだった。
「恋に憧れているだけの女が。罪人であってたまるものか!」
魔女とやらがどれほど危険な存在でも、彼女自身はただの人だ。
だから、もし彼女に理不尽な制裁が下されようとするのなら。
俺はそれを助けてやりたい。
「……まあ、私はいいですが。後悔しても知りませんからね?」
「協力してくれるのか?」
「私はあなたの奴隷ですから」
「助かる!それで、何か案はあるのか?」
「はい。とりあえずは──」
ロレッタはにっこりと笑みを浮かべて、人差し指を立て。
「その魔女。落としましょう」
「……んん?」
とんでも無いことを言ってきたのであった。