ちょっと間が空きました、許して
「では。無知で愚かなご主人様のためにもお、今から魔女の勉強会を始めます」
「お、おお~?」
魔女を落とせ、と言われてから突如用意された紙とペン。
ロレッタはキリッと眼鏡を付けて、知的な雰囲気で椅子に座って膝を組んでいる。
悔しいが様になる。王都にある学校の教師だと言われても信じるくらいには。
「まず、魔女について。当主様が魔女のことを簡単ながらに説明していましたね?」
「あ、ああ。原初の魔女とやらの血を引き、悪魔の──」
「あれはだいたい間違いです」
「ハァ!?」
いきなり明かされる衝撃の事実に思わず声が出る。
父上の言っていたこと全部間違いなのか!?
「正確には。あれは魔女ではなく、
「……魔女の子?」
「はい。もっとも、王都などの都市で暮らしている民衆でも、この違いを知っている人は極少数の知識人だけですが。真に魔女と呼ばれる者は、この世界でたったの十人」
十人とは、思ったよりも魔女とやらはかなり少ないようだ。
そういえば、あの墓に刺してあった杖の数は少なく見積もっても十本以上あった。
「魔女とは、原初の魔女アリス・キテラと。アリス・キテラから師事を受け、不老不死となった九人の女を指す言葉です。そして、その女達の血を引き、魔女の烙印を宿してしまった者のことを、教会は“魔女の子”と呼ぶのです」
「不老不死……」
「魔女の子も強力な再生能力は持っていますが、不老ではありませんし首を斬れば死にます。教会側も魔女の存在については後ろめたいことも多いようで、魔女と魔女の子の違いについて周知しようとはしていません。なので、世間で魔女と呼ばれているのは、大抵の場合魔女の子を指します」
教会においては、不老不死は最大の罪であるとされている。
悪魔や一部の危険生物達のみが持つ、神の元に召される権利の放棄。
不死とは、神に唾を吐く最も忌避されるものとして扱われているのだ。
「魔女狩り部隊とは、そんな魔女達を捕まえるために設立された部隊です。もっとも、現在十人の魔女の内六人は捕まり。残った四人もそう簡単に見つかるわけも無く、現在の主な仕事は魔女の子を殺すことになっているようですが」
「……なんでロレッタはそんなこと知ってるんだ?」
「奴隷商に捕まる前、住んでいた森で教わりました。では、それを踏まえて今回の計画の概要を説明します。よいですね?」
「お、おう」
なんだか、心なしかロレッタが活き活きしているように見える。
もしかすれば、彼女は奴隷になる前は故郷で教師のようなことをしていたのだろうか?
まあ、奴隷の経歴を深堀するといらぬトラブルを招くらしいので聞かないが。
「魔女の子達は、家族や恋人に対する愛情がとても強いという特徴があります。一度愛し合えば魔女は二度とその相手を離さず、その相手が傷つけられれば悪鬼のごとく怒りを振るう。そうなった魔女の子は、己の命すら省みず復讐を完遂させます」
「……それほどまでにか?」
「はい。ほぼ例外なく、です。なので、魔女狩り部隊が近づいていることをその子に話したところで、まず間違いなく断られます。自分の家族の。それも沢山の兄弟がいる墓から遠ざかること魔女なんて、まず存在しません」
「では、どうすれば……」
「簡単ですよ」
ロレッタはいつもより少しだけ口角を上げて笑う。
悪役みたいな笑みだ、正直言うと少し怖い。
「愛の深さと、恋愛脳を利用しましょう。恋人になって、お願いすればいいのです。『君に死んでほしくないから、どうかこの森から逃げてくれ!』と」
「……無茶じゃないか?」
「あなたの願いを叶えるならば一番現実的だと思います。下手に魔女の子の機嫌を損ねれば死にますし、関わり続けたいならば接触し、友好関係を強固にした方がいいです」
「そんなに危険か?あまり強そうには見えなかったが……」
「普段は見えませんが、魔女の子達は悪魔の身体を一部分とはいえ持っているのですよ?家屋より大きな悪魔の腕を背中から生やし、人を虫のように潰すことができるような危険生物です。それに加えて、世界の道理を捻じ曲げるような力も持っている」
「な、なるほど」
そう言われても、やっぱりあの少女が危険な生物と言われてもピンとは来なかった。
人畜無害とまでは言わないが、容姿はともかく性格はどこにでもいる少女に見える。
「剣は忘れずに持って行ってください。その子がどれほど善良でも、何かの間違いで殺し合いになることはあり得ます。決して、気を緩め過ぎぬように」
「……分かった。気を付けるよ」
「ひとまずは、その魔女の子に接触し情報を引き出しつつ、彼女にアプローチを掛けてください。ご主人様もそろそろ結婚を考えるような年齢です。女の口説き方を勉強しておられますね?」
「あ、当たり前だろう!」
貴族にとって、女性関係とは権力を維持するために必要な要素の一つだ。
名家の娘に気に入られればそれだけで利になることも多いし、婚約者との関係を取り持つためにも男性は高い能力と礼儀を求められる。
最低限の話し方は理解しているつもりだ、多分きっとなんとかなる!
「では、きっちり落としてきてください。ご主人様はそこそこ顔が良いですし、貴族なだけあって見に付けている服も上等です。傍目から見れば優良物件です」
「傍目から見なくとも優良物件だぞ、俺は」
「寝言は寝て言ってくださいね?」
辛辣な言葉を吐きながら、ロレッタは何かが描かれたメモを手渡してくる。
「ご主事様が困った時に、なんとかなりそうなアドバイスを幾つか書いておきました。碌に会話が進展せず、気まずくなった場合にお使いください」
「おお!助かるぞロレッタ!」
「明日になったら、早速実戦してみましょう。僭越ながら、私も影から見守らせていただきます」
口は悪いが、やっぱり彼女は有能だ。
少し聞いただけで、これほどに俺を助けてくれる。
本当に、これでギルバードくらいに愛想が良ければいいんだけどなぁ。
彫刻のように整った顔も、無表情だと他人に怖い印象を与えてしまうと思うのだが。
「男を見せてくださいね、ご主人様」
「無論だ。安心して見守っておくといい、ロレッタ!」
こうして、俺とロレッタによるアリストライトの攻略作戦が始まった。
◇◇
「あれ、また来たんですねケッチさん」
「元々ここは俺の隠れ家だからな。迷惑だったか?」
「いえ!むしろ暇な時間を潰せるので大歓迎です!」
後日。
再び森に入り、アリストライトとの接触に成功する。
ロレッタが姿隠しの魔術を使ってくれたおかげで、前回より楽にたどり着くことができた。
流石ダークエルフ、暗殺魔術の扱いにおいては右に出るものはいない恐ろしい種族である。
「遊びに来たんですか?ケッチさんに出せるようなおやつは無いですけど、森にある果実くらいなら今からでも取りに行けますよ!」
「いや、今日は助言……というよりかは、提案に来てな」
「提案?」
ここに来る途中で、また彼女の姉妹達の墓を見た。
彼女の姉妹達はこの森の中で眠っているのだろう。
家族想いの彼女にとって、この提案は酷なことだろうが、それでも。
「この森を出た方がいい」
「……へ?」
「魔女狩り部隊が近くの村に滞在してる」
この森に入ってくる村人は少ないが、それでも俺が行ける程度には近場にある。
魔女狩り部隊は未だに彼女を探し回っているようだし、諦めるつもりも微塵も無いらしい。
「俺は、お前が罪人だとは思えない。魔女だがなんだか知らないが、殺されるべき命だとは思えないんだ。だから、出来ることならこの森から出て、逃げ続けてほしい」
「お断りします」
彼女は困ったように、即座にその提案を断った。
分かり切っていたことではあるが、彼女にとって姉妹の存在は己の命以上に大きいようだ。
「この森には、私の姉妹達がいます。それに、もうこれ以上逃げるのは嫌なんです。沢山の敵から逃げて、姉妹を失い続けて、亡骸を引きずり続けて。誰に復讐すればいいのかも分からなくなって、どうすればいいのかも分からなくなって、ここまで逃げてきました」
俺には到底想像もできないような過去を、少女は語る。
幼い瞳に何も写さず、決して消えぬ記憶に思いを馳せる。
「最後の願いも、正直なところ殆ど諦めかけていたんです。何も夢が無くて生きるのが辛いから、姉妹皆が持ってた夢に、必死に縋りついて生きてるんです」
苦笑しながら、彼女は悲しいことを口にする。
どうしようも無く追いつめられて、疲れ果てた人間の目をして。
「だから、私はもういいんです。ここで、終わりの時が来るまでを、皆と一緒に過ごしたい」
「……そうか」
それを聞いて、俺はようやく意を決して息を吸い込み気合を入れた。
見ていてくれロレッタ、俺は今から男を見せるぞ!
「なら、別の提案をしよう」
「まだ何かあるんですか?」
「ああ。お前は恋とやらがしたいのだろう?」
「え?ああ、はい。そうですね。燃えるような恋がしたいのです」
よし、大丈夫だ、行けるはずだ。
俺は尊敬すべき父上、英雄ジャック・モレンの長子!
こんなことにビビっていてどうする!
「……で、あれば!」
クソ、汗が邪魔だ。
行ける行ける大丈夫大丈夫、俺は勇気ある男ジャック・ケッチ!
顔も良いらしいし地位もあるし傍目から見れば優良物件!!
「恋を、し、したいというのなら!」
「あ、ちょっと待ってくださいご主人様。嫌な予感がします止まってください」
「え、誰!?」
ロレッタの声が聞こえた気がしたが、それに思考を割く余裕も無く。
俺は後に死ぬほど後悔する羽目になる一言を、発することになったのだった。
「お前に、この俺ジャック・ケッチに恋することを許してやるぞ!!」
「え。嫌です」
あちゃー、と頭を抑えて首を振るロレッタを他所に。
振られたショックで、また俺は意識を失うことになるのであった。