三雲修に憑依した転生者が色々する話 作:ジョン
僕、三雲修は転生者である。
ひょんなことで死に、神様とやらと出会って転生が確定。そしてワートリの世界にやってきた。
最初、僕はこの世界がワートリ…すなわち、ワールドトリガーの世界だと知らなかった。不親切な神様だったもので、一方的に確定事項をまくし立てたうえでの転生だったのだ。生まれた時点で僕が知っていた事と言えば神曰く異世界に転生させるという事だったので、それだけ。
まず最初に嫌な予感を感じたのは、三雲修という自分の名前だった。そう言えばどっかで聞いたことのある名前だなと思った。だがこの時点では予感がしただけだし、ただの偶然だと切って捨てていた。
だけど、小学生の時、トリオン兵に襲われる雨取千佳を見つけて全てを察した。あ、ここってワートリの世界だったんだ、と。
漫画の世界に転生した。しかも主人公にだ。僕がそんなまるで小説の中の主人公の様な経験をして感じた事と言えば、どうして主人公に転生させたんだ、ってことと、どうして寄りにもよって僕のあまり知らない漫画の世界に転生させたんだという神の理不尽への怒りだった。
そう、僕はワートリという作品は知っているが、原作1、2巻までの知識しかない。すなわち、僕に原作知識チートなどというものは存在しない。その癖アニメのCMやらネットの広告やらで主人公たる三雲修には様々な試練が立ちはだかるのだということだけは知っている。平穏とは程遠い人生を送る事が確定しているのだった。
そこまで理解し、僕はとりあえず雨取千佳の逃亡を助けた。と言ってもトリオン兵相手にできることはそうなく、地理的にトリオン兵より高度が高い場所に偶然居合わせたので、上から岩をぶん投げて撃退するという非常に原始的な方法だった。
だがそれでも相手の意識を反らすことくらいはできたらしく、雨取千佳はいつの間にか気配を消してその場から消えていた。後は僕が逃げるだけだ。何とかその場から逃げ出した。
さて、これからどうしようか。
まず今の僕は小学5年生。とりあえずボーダーはもうできているらしい。近日中にゲートを基地周辺に集めるとかなんとか、ニュースでやっていた。三雲修が中学3年生の時に色々と始まったはずだから、恐らく原作開始まで後4年と言うところだろうか。
僕が主人公でなければ、すぐにでも街から出ていきたい所ではある。だが僕は主人公だ。主人公抜きでスタートして、影響が出ないとは考えられない。ハッピーエンドで終わったところが、僕の判断次第でバッドエンドどころか滅亡エンドに…なんてことになっては、正直耐えられない。
だが、同時に僕が主人公として生きるということは、命の危機に度々さらされたり、問題や騒動に巻き込まれたりする可能性があるということでもある。
僕はその二つを天秤にかけ熟考し、そして思った。
…とりあえず、身体を鍛えよう。そう、原作が始まるまでまだ猶予はある。とりあえず身体を鍛えつつ様子見しつつ、考えていこうと思った訳だ。
早速僕は、異様に若いお母さんに話をしに行ったのだった。
〇月●日
いい機会だから日記を付けようと思う。
あの後お母さんと話をして、お母さんの親戚の中に剣術をやっている人がいるとのことで、紹介してもらい鍛えてもらうことになった。
電車で片道30分程度。田舎道を抜け森の中に入り、山を少し上ったところにそこはある。古い木造の道場で、門下生が一人もいない廃れた道場。師匠はそこで木刀を振って僕を待っていた。聞いてみると、毎日そこで日がな一日木刀を振っているらしい。感謝を込めて一日1万回がどうのこうの言ってたけど、とりあえず鍛えてほしいとお願いしたら、少し黙った後に「…良いだろう」とうなずいてくれた。
そこでほっとしたり嬉しさを感じたりした僕を、僕は殴ってやりたい。
師匠はまず僕を走らせた。田舎道、山の外周、山の中、崖のある場所、色んなところに連れて行っては息ができなくなるまで走らせた。そもそももやしっ子だった僕は体力の限りをそこで吸わされ、死に体になっては家に帰宅した。
今日だって岩がゴロゴロ転がった道なき道を走らされてきたところだ。何故普通の山の中にあんな場所があるのかと疑問に思うが、それも今更だろう。頂上付近は空気が薄く低酸素状態を強いられ、山の中は鬱蒼と茂り自然のアスレチック(難易度ルナティック)がそこかしこにある。崖にしか見えない険しい道もあれば、白神山地のような観光名所みたいな綺麗な場所(当然死地)もある。もうまぢ無理。しんどい(切実)。今こうして書いてる腕もプルプルだし、そろそろ限界だ。
寝る。
d月丸日
一カ月が経ち、体力がそこそこついて来たと思ったら木刀を持ちながら走れと言われた。最初の内はこれがもう本当邪魔で、岩に引っ掛けるわ木に当たるわで小さい事ながらも体力を吸われていく。
しかも、数日が経ち木刀有りの走りも大分慣れてきたと思ったら、今度は師匠が木刀で奇襲してくるように。もう訳が分からない。最初の内は何度も強かに木刀で殴られてたんこぶや痣ができまくった。多分かち割れない時点でかなりの手加減をしてくれているのだろうが、それでも痛いもんは痛い。
対応するには常に周囲に気を配り、些細な変化も見逃さない観察眼が必要になる訳だが、それを習得する間僕はずっと毎日のように叩かれまくった。加えて多少気配を感じ取れるようになってきても、反応する前に叩かれてしまうという新事実に気が付き僕は死んだ。
そもそも、師匠は一体何者なのだろうか。まるで猿の如く木から木へ音もなく飛び移り、蛇の如くするすると地形の隙間を移動し、風の如く空を駆ける。人間やめてないか、マジで。
でも、今日、初めて師匠の木刀を僕の木刀で防ぐことができた。僕の反射速度が辛うじて師匠の手加減がこもった攻撃に追いついたのだ。その後二の太刀で結局ぶん殴られたけど、珍しく…というか多分初めて師匠に褒められた。全然嬉しくなかった。全然。せめてぶん殴る前に褒めてほしかった。いや、成功自体は嬉しかったんだけどさ…。
それで、明日からは別の修業も始めると言っていた。一体何をするのか今から戦々恐々だが、とりあえず死にませんように。
後最近お母さんが「たくましくなってきたわね。偉いわ」とか言って胸板触ってくるようになってきたんだけど、見た目完全に美人なお姉さんなんだからやめてほしい。いや、流石にお母さんによこしまな気持ちになりはしないけど、それでも思春期には色々と…あ、そう言えば僕まだ小学生じゃん。
T月L日
師匠は頭がおかしいと思う。
初めて師匠の奇襲を防いだ次の日、師匠はなんか呼吸法がどうのこうの言いながら僕を川の中に突き落とす。滝にぶち込む。池の中に重しを付けて放り出す。殺す気かと何度思ったことだろうか。根性と死にたくない一心で何とか生き延び続けたここ半年間を僕は自分で自分を褒めてやりたい。
だけどそれを半年以上続けた結果、師匠曰く「お前には…日の才能がないな…」とかなんとか、日の呼吸の出来損ないの出来損ないだとかなんとか。人に殺意を抱いたのはこれが初めてだ。木刀で襲い掛かり、当然僕は一撃受けて昏倒した。
どうやら僕は師匠が使う日の呼吸の型を、一つも使うことができないらしい。故に呼吸だけは教えるから、その後の型などの技術は、自分で盗んで作り出せと言われた。
何故そんなことが分かるのかはなはだ疑問だが、師匠曰く見ればわかる、とのこと。やっぱりこの人人間じゃ無くないか。
呼吸自体は、もうできているようだった。確かに以前の僕と比べたら、今の僕の身体能力は凄まじい。というのもある特定の呼吸をすると、何故か身体能力にブーストがかかるようなのだ。師匠程スムーズにとはいかないまでも、木から木へ飛び移ったり、山の中を高速で駆けまわったりできるようになった。
師匠が言うにはその呼吸によるブーストを、丸一日、常時やって見せろという事だった。それが修行の目的になるらしい。当然僕は無理ですと答えた。何故って、普通に呼吸しただけでも物凄く疲労を感じるのに、それを丸一日とかどう考えて無理だろ、という事である。
しかし、普段弟子は人と思っていないと断言する師匠に僕の言葉が通じる訳もなく。僕の修業は肺を大きくする事と体力をつけることに全振りされることが決定され、僕は地獄を見ることが確定してしまった。
〇月DL日
いつの間にか小学校卒業して中学1年生になってしまっていた。光陰矢の如しとは言うが時が過ぎ去る速度の無情さの何たることかとため息が出てしまう今日この頃。
今日、僕はついに全集中・常中とかいう、人間卒業試験の様なものをクリアしてしまった。これで名実ともに人間を辞めてしまい、師匠の領域に一歩分だけ足を踏み入れてしまったことになる。当然最後の最後まで僕は師匠には勝てなかった。それどころか一本を入れる事すらできなかった。何せ相手は呼吸を完璧に扱える他、多くの呼吸と型を使いこなすことができるのだ。チートとはまさにこのことである。
卒業、ということになる。師匠は最後に僕に、この呼吸が一体何なのかを教えてくれた。鬼狩りがどうのこうのと教えてくれたが、多分師匠が意図してぼかした部分もあるのだろう、僕はそれを半分以上も理解することはできなかった。
だが、この呼吸が歴史のあるものだと理解し、それを短くない時間を費やして教えてくれた師匠に、僕は深く感謝した。
師匠に挨拶をして、僕は家に帰ってきて明日から修行は無しだぜやっふーと飛び跳ねた。今日はおいしいご飯が食べられそうだ。え?泣いてなんかないよ。卒業とは言ったが、たまに顔を見せに来いと凄まれたのだ。これは少しでも怠けていたら修行を再走させられることにもなりかねない。体を鍛えるのは、継続させる予定だ。
M月ろ日
さて、修行を卒業した後、僕は他にも出来る事がないかと様々な習い事に挑戦した。お母さんには本当に迷惑をおかけします。
まずパルクールとか言う街をアクロバティックに駆け回るスポーツを教えるジムに入った。そこで効率的な足運びや高い所から落ちた時の衝撃の緩和法、街中の走り方などを教えてもらった。アニメの広告から、ワートリが街中を舞台にしたものだというのは分かっている。その為の練習だ。
他にはサバイバルゲームで銃の打ち方や戦術的な戦い方を学んだり、空手道場に入り人との肉弾戦を学んだりと色々とやった。
だが、もちろんそうして好き勝手にやれば弊害も出てくる。
今日、お母さんに僕の成績の事で呼び出され、結構真面目に叱られてしまった。至極当然の結果だ。何かを学ぶには時間が必要で、その時間を僕は勉強以外に全て向けていたのである。もちろん僕は転生者だが、正直言って今生も込みで20数年前に中学で習った内容なんてかけらも覚えていない。当然学校にいる間は勉強に集中したが、成績はやはり平均並みか少し下程度。お母さん的にはアウトだったらしい。
という訳で、家庭教師を雇うことになった。パルクールもサバイバルゲームも空手もこれからは控えていく事に。
家庭教師の名前は雨取麟児さん。ここまで原作通りになると、やっぱりここはワートリの世界なんだなと分かってしまう。
そうだ、千佳の事を書くのを忘れていた。千佳とは度々会っている。というのも相手から接触してきたのだ。偶然僕の顔を見かけて、助けてくれたことに感謝を言いに来たのだという。それからはたまにトリオン兵から逃げる時に助けたりしている。一方的にだが。
…千佳の友達は、僕が初めて千佳と出会ったあの日の時点で、既に攫われていた。千佳から僕に助けを求めてくる事は全くと言っていいほどない。事情を知っている僕としては、知らないうちにいなくなってしまった、なんてことになると目ざめが悪すぎるので、何かあったらすぐに連絡してほしいのだが…本人が言わないのだから仕方がない。せめてという訳ではないが、小中と違う学校に通ってはいるものの、登校下校時は一緒に帰らせてもらっている。一駅分の距離程度なら、今の僕なら文字通り一飛びで行けるし。
と、閑話休題。当然麟児さんとは何度か顔を会わせ、会話したこともある。なんとも狭い世の中だと笑っていたのが印象的だ。
今のところ麟児さんとは良好な家庭教師と生徒の関係を続けている。しかし、千佳の事やボーダーの事で話を聞く機会も多い。
「修、俺に何かあれば千佳を頼む」
つい先日、こんなことを言われた。気になる言葉だ。原作にも出てきたセリフなのかもしれない。正直、原作については大まかなあらすじはともかく細部は全くと言っていい程覚えていない。何せ気が付いたのがこの世界に生まれてきて10年以上も経過した後なのだ。あらすじを覚えている事すら僕にとってはよくやったと自分に言いたいレベルなのである。
Tw月T日
麟児さんがトリガーを持っていた。
トリガー。それはボーダーと呼ばれる防衛機関が持つ特殊な兵器だ。トリオンと呼ばれる力を使い、一般人でも常人の数倍程度の身体能力を持つことができるという。
何故こんなものを、と思っていたら、なんと麟児さんは近いうちに近界に行くつもりなのだという。千佳の体質の調査や、トリオン兵、近界民の実態を調べに行くと。
僕は当然止めた。こんな事辞めろと。しかし本人の意思は固い。説得はできなかった。
「…お前も、来るか?」
そう言われたが、僕は首を横に振った。
僕は、この世界が漫画の世界だとか、主人公なんだとか、そんな事気にならない程度には好きになってしまった。僕は僕の周囲の存在を大切にしたい。そこには当然僕のお母さんや千佳もいる。僕は彼女たちを守るために、近界に行くことはできない。
そう、それが僕のするべきことだと思うからだ。
そう言うと、麟児さんは何故か大笑いし、「そんなお前だからこそ任せられる」と言って帰ってしまった。
当然僕はそれからも何度も、無茶なことは辞めろ、と説得に走った。
しかし、麟児さんは俺のことを思うならどうか最後まで黙っていてほしい、と最後に言い残して帰っていった。原作ではここでいつ出発するのか、集合場所はどこなのかを三雲修には教えていたと思うが、僕が下手に止めようとしたせいで教えてもらえなかった。
僕はどうすればいいのか分からずにいる。これをボーダーに報告するべきなのか、千佳に言うべきなのか。
…とにかく今は、麟児さんの動向に注意しようと思う。麟児さんも明日にはいなくなってる、なんて無茶な事はしないはずだ。
5月〇日
麟児さんが、消えたらしい。泣きじゃくる千佳に話を聞いたところ、近界を調べに行ってしまい、それから帰ってこなくなってしまったと。
時間としてはまさに、麟児さんから話を聞いて次の日だった。最悪だ、畜生。
今僕の中にあるのは、深い後悔と悲しみだけだ。何故もっと強く留めなかった。何故すぐに相談しなかった。それだけしか頭にはない。結局僕がした選択と言えば、傍観と様子見だけだ。その所為でこんな事態に陥ってしまった。
どうするのが正解だったのか、今でも答えは出ない。ただはっきりしているのは、麟児さんは妹思いで、優しい人だったのだ…。近界に行ったのも、千佳が近界民に襲われる原因を探りに行く為だった。そんな思いを真正面から否定する勇気が、僕にはなかった。どれだけ体を鍛えても、結局はこれだ。そんな自分に呆れと無力感を募らせる。
…ボーダーに入ろう。もう、何もできないのは嫌だ。
麟児さんも、千佳の友達もいずれ必ず連れて帰る。僕が大切にする周囲の存在の中に、千佳はもちろん麟児さんもいるのだということを、本人の前で直接言うのだ。原作なんて知ったことではない。
これが、僕の選択だ。
だ月E日
ボーダー入隊試験、落ちました。
ちくしょう。
C月V日
二度目のボーダー入隊試験でなんとか合格を貰った。
前回何故落ちたのか聞いてみると、なんでも僕はトリガーを使う才能が低いらしい。今回は熱意に免じての同情合格なのだと。
辛くなるのでそれ以上は聞かず、家に帰った。お母さんからお祝いに普段よりも少し豪華な食事を作ってもらい、また次の日は師匠に報告をしにいってぼこぼこにされた。
一度落ちるとは何事か、ということらしい。しかし待ってほしい。僕は悪くない。僕に才能がなかったのが悪いのであって、僕自身は特に何もしていないのだ。
だから山の中に引きずり込んで強制100本勝負はお願いだから辞めてほしい。
ああ、久しぶりにつらい。ねよ。