三雲修に憑依した転生者が色々する話   作:ジョン

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3話目

「それはテレビだな。色んな番組が見れるんだ。ニュースっていう情報を発信してる番組もやってるから、今度見てみろよ」

「ほうほう。勉強になりますな」

 

 次の日。青天井に太陽が輝く晴天の下、学校の屋上で僕と空閑は昼ご飯を食べていた。お母さん印の弁当は非常に美味い。空閑はどこからか買ってきた弁当箱を突いている。そっちも普通においしそうだ。多分、適当に高いのを買ってきたんだろう。

 

「この世界にはいろんなものがあるんだな。俺が巡ってきた国はどこも似たり寄ったりな所だったのに」

 

 その言葉に、僕はハンバーグを摘まみながら言う。

 

「ま、飯がうまい国なのは確かだ」

「それは確かに」

 

 空閑もエビフライを掲げてキリっとした。どうやらエビフライが気に入ったらしい。

 

「おいおいおーい、どういうことだこれは!」

 

 と、雑音が割り込んできた。っていうかこの声…うっとうしそうに視線をやると、そこには案の定昨日の不良共がいた。こっちを見ても特に何も反応することなく、横暴な態度で周囲を威圧している。

 

「なんだか人がいっぱいいるぞー?」

「誰に断って屋上使ってんだオラァ!」

 

 使用料、一人1000円!とか言い出したアホ三人組に、僕はため息を吐く。茶髪は昨日空閑に足を砕かれた所為か、松葉杖をついていた。

 

 彼らは周囲を威圧させながら、こちらにニヤニヤと視線を送ってきた。空閑狙いか。

 

「なんだあいつら。記憶力ゼロか?」

 

 それを見て眉を潜める空閑。

 

「違う。多分記憶処理されたんだろ」

「記憶処理?」

「あの後、ボーダーに保護されたんだ。そう言う一般人は機密保持で記憶を処理されることがある」

「そうなのか…」

「とりあえず行ってくる」

 

 僕はそう言って、下級生に絡み始めたそいつらに近づいていく。ため息が出そうになるけど、入口は一か所、奴らの背後。どうせ話すことになるのだ。

 

「おい」

「あ?」

「訳の分からないこと言ってないで、とっととそこから退けよ」

「…てめえ」

 

 松葉杖で突いてこようとしたので、その先端を掴む。

 

「…っ、離せコラ」

「ここから出ていくって約束できるなら離すよ」

「ああ!?」

 

 茶髪が無理やり押し込もうとするが、手に力を入れて固定する。うんともすんともしないことに次第に驚愕と焦りの表情を浮かべる茶髪。

 

「お、おい…お前、どんな力して…」

 

 そろそろだな。僕は手を離す。すると、松葉杖の先端には僕の手の後がくっきりと残っていた。

 

「おっと、悪い。松葉杖に跡が付いてしまった。これなら金を払ってしかるべきだな」

 

 僕は財布から100円玉を取り出して驚愕に固まる茶髪の胸ポケットに入れる。

 

「今日のところは、みんなの分もコレで勘弁してくれないか?」

「っ…っ…お、お前ら!こいつやるぞ!」

「え…」

「いや、でも…」

 

 顔を青くしながら、震えた声でそう叫ぶ茶髪。だが、後ろの二人は明らかに震えている。…もしかして昨日の記憶がまだうっすら残っているのかもしれない。

 

 と、ここで後ろから、ドパン!というすさまじい音が響いた。振り返るとそこには空閑が。スカートをふわりとさせて、踏み込みだけで凄まじい音を発して威圧したのだ。

 

「…退いてくれる?」

「ひ、ひぃぃ!」

 

 にっこりと寒気のよだつような笑顔を浮かべた空閑に、三人組から悲鳴が上がり、我先にと逃げ出していってしまったのだった。

 

「空閑…」

「殴ってないよ?」

「そうじゃ…いや、なんでもない…」

 

 昨日目立つなって言ったのを、ちゃんと理解してくれているのだろうか。これじゃ俺が率先して前に出た意味がない。空閑が目立つぞ。

 

「空閑さん、三雲君、凄いね二人とも!」

 

 屋上でまた食べ始めたら、クラスメートの四人が話しかけてきた。確か女子は一ノ瀬さんと…えっと、他三人はどんな名前だったっけ。

 

「空閑さん、昨日もあの三人を返り討ちにしてたよね!なんかただものじゃないって感じする!」

「三雲も、なんだよあの握力!ゴリラかよ!」

「イヤイヤ全然。俺もオサムもただものです」

 

 周囲の反応は普通に好感触だ。…まあ、これくらいならいいか。

 

「ゴリラはやめてくれ…コツがあるんだよ。色々と」

「マジか!俺にもできるかな!?」

「2年間くらいゴリラと生活したら分かるようになるよ」

「結局ゴリラじゃねえか!?」

 

 ふふ…。

 

 …っ!? なんか今、寒気がしたような…!? 一応、今度師匠と会う時は菓子折り持っていこう…。

 

 最初は僕と空閑二人が話題になっていたが、すぐに謎の転校生の空閑の方へとその矛先は集中していった。

 

「ねえねえ、空閑さん!空閑さんってどこの国から来たの!?」

 

 僕は空閑に耳打ちする。

 

「変な事言うなよ」

「分かってる分かってる」

 

 小声でやり取りを済ませて、空閑は前を向いた。

 

「うーん…言っても多分わかんないと思うよ」

「そうそう、空閑って超マイナーな国から来たらしいぞ。サッカーも知らなかったみたいだし」

「そうなの?うーん、じゃあ何か流行ってたものってある?スポーツとか、音楽とか」

「流行ってた…戦争とか?」

 

 その言葉に、クラスメート達は固まった。

 

「空閑…」

「? どうした?」

 

 僕の呆れ声に首を傾げる空閑。駄目だこいつ…早くなんとかしないと…。

 

「せ、戦争…」

「うん。色んな国回ったけど、大体どこも戦争してたよ。毎日常時戦闘状態だったし、小さい頃からずっとそんな感じだった」

「紛争地帯にいたってことか…」

 

 空閑の奴、そんな事昨日一言も…って、聞いてないんだ、聞かれないと答えないよな。そもそも、最初に気が付くべきだった。色々と伏線は出てたのに。

 

 とはいえ…秘密にさせる様な事ではないだろう。そこまで嘘をつかせるのは空閑が気の毒だ。いう相手は選んだ方が良いと思うけどな。

 

 その後、クラスメート男子Bの気を利かせたフォローにより空気は戻り、お昼時間は終わった。

 

「…なんか、ここじゃ近界民の評判は最悪だな」

 

 教室へ戻る途中、空閑がそんなことをぽつりと呟いた。

 

「オサムもボーダーなんだろ?俺、かくまってていいの?」

 

 僕はその言葉に立ち止まり、空閑に振り返った。その目は相変わらず何を考えているのか分からない、何も色の映っていない目だ。だが、僕はすぐにため息を吐いた。

 

「まあ、悪い奴には見えないしな…ただ、僕がフォローできるのにも限界はある。悪い事したりするなよ」

「ふむふむ…要するにあれだ、最初に出会ったボーダーがオサムで俺は超ラッキーだったってことだな」

「なんだそれ」

「褒めてる褒めてる」

 

 そう言ってにこー、と笑う空閑に、僕は少しだけどぎまぎとした気持ちを感じる。こいつ、見た目だけは可愛いんだよな…背はちっちゃいけど。

 

 というか、結局なんでこいつ女の子なんだろう。いわゆる並行世界の差異ってやつなのだろうか?もしかしたら、他にも色々と差異があるかもな。もともと原作知識なんて無いも同然だったけど、これで決定的に僕は原作知識なしで色々と乗り越えなければならないらしい。

 

 と、その時だった。昨日聞いたばかりの警報がけたたましく鳴り響き、窓の外に巨大な黒い穴が紫電を発しながら発生した。

 

 

 

 

 

 

『緊急警報、緊急警報。市街地に門が開きました。一般人の皆様は、ただちに非難してください』

 

 そんなアナウンスが悲鳴鳴り響くグラウンドに響き渡る。穴からずるりと落ちてくる二体のトリオン兵に、僕は窓に額をぶつけて目を見開いていた。

 

「市街地の外に近界民が!?なんで…いや、そうじゃない!」

 

 ボーダーの技術は絶対じゃない。こうなることは予想できたはずだ。問題は、この中学校には千佳が…そのほか、大勢の一般市民がいるということ。

 

「モールモッド二体か…」

「空閑、名前を知ってるのか?あいつらの情報を知ってる限り教えてくれ」

 

 走り出した僕に、空閑は追走してきて口を開く。

 

「戦闘用トリオン兵だ。足についてるかぎ爪で高速攻撃してくる。昨日の捕獲用バムスターと違って、奴らはガチに強いぞ!」

「そうか、分かった。ありがとう。空閑はとっとと避難してくれ!」

「オサムはどうするんだ?」

「囮になる。昨日と同じだ」

 

 僕が駆け出そうとしたら、それを空閑の小さな手が掴んで止めた。

 

「行ってどうする。死ぬぞ、オサム」

「…ただで死ぬつもりはない。他のボーダー隊員がくるまでの時間稼ぎをして、何とか持たせる」

「無理だろ。だったらせめてトリガーを使え」

「ソレはできない。規則違反になる」

 

 僕の言葉に、空閑は大きく目を見開いた。理解できないとでも言いたそうな顔だ。

 

 だが、これは僕の信条でもある。

 

 前世から貫いてきた信条だ。曲げる事は難しい。

 

「またそれか。オサムは一体何のために所持を許されてるんだ?」

「知らない。だけど何度探しても、有事の際の使用許可に関する規則は見当たらなかった。尋ねても教えてもらえなかった。だから使わない」

「だったら行くなよ!ここに来て一番理解できんぞオサム!」

「大丈夫だ」

 

 僕は空閑の頭を撫でた。さらさらとした白髪が流れる。

 

「悪い。訂正する。僕は死なない。あんなの、師匠に比べたら怖くもなんともないからな。あんな奴に殺されたら、師匠に地獄で追い回されて百回殺されてしまう」

 

 まあ、師匠まだ生きてるけど。むしろぴんぴんしてるけどな。

 

「オサム…」

「それじゃ、早く避難しろよ!」

 

 僕は空閑を背に走り出した。

 

 トリガーを使わないのは、ただの僕の意地だ。僕は正しく生きていたい。誰にも何も文句を付けられることなく、ただ自由に、素直に生きていたいのだ。前世の時のような過ちはもう犯さない。

 

 それで死んだら世話がないって?でも、こういう時にただで死なないために僕は身体を鍛えてきたのだと、今では思う。

 

 僕は訓練用トリガーを握り締め、生徒たちを追いかけ上階へと向かうトリオン兵を追った。

 

 

 

 

 

 

 階段を上った所で、窓から侵入しようと顔を突っ込んでいたモールモッドを発見する。右方向からは生徒たちの叫び声と怯えた声が聞こえてくる。

 

「―――全集中の呼吸…」

 

 トリガーを握り込んで、僕は足に意識を回して超加速する。しゅー、と特徴的な呼吸音が響き渡る。

 

 ――――擬き剣術…!『雫波紋突き』!

 

 擬き剣術。それはどうあがいても到達することのできない師匠の持つ型を、無理やり自分の出来損ないの呼吸に当てはめて使うという、なんとも無理のある技の事だ。負担も大きく威力も師匠の持つ技の何分の一とか言う威力の出来損ない剣術だが、普通に振るうよりかはマシなので使っている。

 

 師匠が持つ型の中で、最も高速の突きがモールモッドの巨大な目玉に炸裂する。

 

 突き出したのはトリガーだ。トリオンで作られた物体なので、これでなら相手に衝撃を与えられる。案の定、モールモッドは目玉にくっきりとトリガーの先端の後を残して空へと吹っ飛んでいった。

 

「三雲…君…?」

 

 一ノ瀬さん…二つのおさげを前に流した女子生徒が、目を丸くしてこっちを見ていた。だが、それどころではない。彼女の後ろにはもう一体モールモッドが迫ってきているのだ。

 

「一ノ瀬さん!僕はボーダーだ!早くみんなとこっちに!上に逃げろ!」

「う、うおおおお!三雲、お前ボーダーだったのかよぉ!」

「うそでしょ…うそでしょ!」

 

 僕の持つトリガーを見て、安堵と驚愕と興奮と感嘆が入り混じった声が上がる。邪魔なので早く行けと声を張り上げると、応援の言葉を残してどたどたと走り去っていった。

 

 すぐにこの空間には僕とモールモッドの二つだけの場所になる。さて、ここからが死地の始まりだ。モールモッドは無機質な瞳で僕を見て、背後からいくつもの腕と鎌を取り出して威嚇するように振り上げた。

 

 先に動いたのは当然僕よりも素早いモールモッドだ。一瞬のうちに僕がいる空間を無数の鎌が通り過ぎて切り裂き、その背後にある校舎の壁ごとずたずたに切り裂いた。僕はそれを素早く宙に飛んで身体を捻り避けて、壁を蹴ってモールモッドの顔面に切迫。顔を殴りつける。

 

 痛覚もないのか、多少目が凸凹になっても痛くもかゆくもないのか、すぐさま反撃がくる。やっぱり下手な攻撃ではどうしようもないらしい。後ろに飛び迫りくる鎌を掻い潜って、時に反らしてと攻撃を凌ぐ。

 

「っ…『不知火』!」

 

 振り下ろした鎌にトリガーをぶつける。しかし、硬質の手ごたえと共にすべての衝撃を跳ね返されてしまった。硬いな…だが、硬いのは鎌の部分だけらしい。

 

 それならば。

 

「『水面切り』!」

 

 ジャカ、と鎌が迫りくるのに合わせて、その関節にトリガーの刃を打ち合わせた。バキ、という軽快な音がして、関節が割れてトリオンがかすかに漏れ出す。そして関節が割れた腕は、どうやら動かすことができなくなってしまったらしい。不思議そうにプラプラとさせるモールモッドに、僕は強がりの笑顔を浮かべる。

 

「攻略法は見えた…けど、ぶっちゃけ何度もできないな。指痛いし」

 

 辛うじて指はまだくっついてるけど、二回目三回目になるとそれも分からない。少しずれただけで指が取れるのだ。何度もやれるわけじゃない。

 

 やっぱり防戦一方か。僕は適度に距離を取りつつ攻撃を掻い潜り続ける。

 

 一応成り立っていた攻防。その均衡が崩れたのは、背後からひょこっと二体目のモールモッドが顔を出した瞬間だった。

 

 あー、忘れてた。そんなどこか呑気な思考は、一瞬で加速する。死の気配を感じ取りただただ本能だけで体を動かす。前方と後方から迫りくる刃の乱舞を、気が付けば数秒間、僕は薄皮一枚分だけでよけ続けていた。

 

 まだ動ける。まだ遅い。これなら師匠の呼吸の連打よりもまだマシだ。―――だけど、ほんの少し、髪の毛一本分マシな程度だ。長くは続かない。

 

 本当は生きて帰るつもりだったが、こうなったら仕方がない。僕は二体目の足の関節にトリガーを合わせて砕き、じんじんと感覚がなくなる指にご愁傷様と思いながら一瞬空いた空白を狙って地面に足を付け、踏ん張る。

 

「『縮地』」

 

 縮地。それは師匠が使う轟音さえ響くようなアホみたいに速い加速を真似しようとして出来た技術だ。当然師匠と比べることすらおこがましいレベルだが、それでも練習のかいあってかこれくらいはできるようになった。

 

「行くぞ…!」

 

 すなわち、ほんの一瞬だけの高速移動だ。僕は窓側のモールモッドに突っ込み、その目玉に二つ目のトリガーの痕を付けてやった。モールモッドは吹っ飛び、再度宙を舞う。

 

 当然、弾丸と化した僕も宙を舞う。後ろから僕を追っていたモールモッドも同じく、駆け出してジャンプして僕を追ってきた。つまり僕は今、空中でモールモッドに上下にサンドイッチされているような状況な訳だ。

 

 ここは3階だ。流石にここから落ちて無事でいられる余裕はないし、無事であっても二体のモールモッドをまた相手にしなければいけない。そうなると結末は遅かれ早かれ同じになるだろう。

 

 ここまでの人生、割と充実した人生だったな。師匠、お母さん、先立つ不孝をお許しください。特に師匠。なんか地獄で『なぜ…死んだのだ…』とか言って殺しに来そうなんで本当勘弁してください――――って、そんな殊勝な事、考えてる暇ある訳ない。

 

「うおおおおお!」

 

 僕は空閑に生きて帰ると約束した。なら、死ぬ覚悟をする前に生き残る算段を付けなければならない。落ちながらもモールモッドの腕が変形しながら僕を狙っているのが分かる。スロー再生のように全てがゆっくりと動く世界で、僕はその一本目を足元のモールモッドを蹴って避けて、そして空中で二発目に晒され――――僕の視界が急に上へとぶれた。

 

「確保!」

 

 むにゅう、と柔らかい感触が顔じゅうに広がる。ついでに甘い女子特有の香りも鼻孔いっぱいに満ちる。空中で抱きかかえられたのだと理解して、僕は慌ててその顔を見る。

 

 美少女の顔だった。その彼女は僕をぎゅうっと抱き寄せて、片手の銃をモールモッドに向けて連射する。一瞬で目玉をハチの巣状態にして沈黙し地面に落下するモールモッド。

 

 二体目のモールモッドは、地面に降り立った瞬間に気が付けば切り捨てられていた。赤い服を着た顔立ちの整った青年が立っていて、手には光る剣を持っている。

 

 ボーダーの隊員だ。つまり、僕は時間稼ぎに成功したということなのだろう。

 

「…はああああ…つ、疲れた…」

 

 美少女の胸を顔に感じつつ、僕はしかしそんな事どうでもいいレベルに疲労困憊状態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「嵐山隊だ!嵐山隊が近界民をやっつけたぞ!」

 

 …ふがっ!

 

 僕は急に覚醒し、頭を持ち上げて周囲を見渡した。隣には赤い服を着た三人組が立っていて、一手に賞賛を受けているのが見える。そして僕は地面に横たわっていて…。

 

「おい、オサム。大丈夫か?」

「空閑」

 

 見上げると、空閑の見下ろした顔とこっちに向かって流れ落ちる白髪があった。慌てて上半身を起き上がらせると、全身にひきつったような痛みが走って僕は悶絶した。

 

「いっ!?つつつ…」

「オサム、無理するな。お前全身擦り傷だらけだぞ」

「え?」

 

 見てみると、確かに大変なことになっていた。制服もズタボロになっている。砂ぼこりで汚れているし、スパスパと穴が開いているし血も滲んでいる。酷い状態だ。

 

「うわ、確かにこりゃ酷い…」

「ほら、俺の上着貸してやる」

「わ、悪いな…」

 

 女子の上着か…いや、落ち着け。空閑の見た目でソレはヤバい。

 

「それにしても、本当にすごいな、オサムは。生身でトリオン兵に立ち向かって、生きて帰ってくる奴なんか初めて見た」

「はは…まあ、約束したしな」

「うん。凄い…オサムは凄いよ、本当」

 

 ふわりと微笑まれる。

 

 何だろう…ここまで素直に褒められると、少し照れ臭くなってしまう。

 

 と、ここで気がつく。嵐山隊へ向けられていた賞賛の声と視線の一部が、こちらにも向いている事に。

 

「三雲ー!お前、お前ってやつは!」

「ありがとう、本当にありがとう!」

「かっこよかったです!」

「っていうか、ボーダーならそう言えよ水臭い!」

「!? え、いや、その…」

 

 な、なんだこれは。不味い、非常に不味いぞ。多大なる居心地の悪さを感じる。僕は自分の領分を超える身分に収まるのはとてもストレスを感じる性質だ。嫌なんだ。

 

 とりあえず、赤い服の三人組に話しかける。

 

「あの、助けてくれてありがとうございます…お陰で命拾いしました」

「何を言うんだ!礼を言うのはこちらの方だよ!」

 

 真ん中のリーダー格の青年が物凄い笑顔でやってきた。さっきから嵐山隊がどうのこうのと周囲が騒いでいるのを見るに、この人は嵐山隊隊長嵐山その人だろう。では横にいるのは嵐山隊所属の、女子は木虎、男の方は時枝…あれ、もう一人いなかったか?

 

「聞けば、君があの近界民を足止めしてくれたんだろ?この学校には、俺の妹と弟が通ってるんだ。本当に、本当にありがとう!君は俺の妹と弟の命の恩人だ!」

「い、いえ。結局逃げ回ってただけでしたので…不甲斐ないばかりです」

「だから、謙遜するなって!」

「あ、いや、でも…」

 

 やめてほしい。マジで。

 

「待ってください」

 

 そんな状況に鶴の一声?が飛び込んだ。見てみると、そこには僕を空中で拾い上げてくれた命の恩人の姿があった。

 

「貴女は…」

「貴方は黙っていなさい。良いですか、そもそもC級隊員は訓練以外のトリガーの使用を禁止されているはずです。つまり、彼がしたことは明確な規律違反です」

 

 短髪の少女、木虎は嵐山を睨みつける。

 

「嵐山先輩。違反者をほめるようなことはしないでください」

「いや、だけどな…」

「C級に示しを付ける為、ボーダーの規律を守るため…彼はルールに従って処罰を受けるべきで―――」

「あのさ」

 

 反論しようとした嵐山の言葉を封じる如く、きっぱりとした言い回しで僕を批判する。だが、その言葉尻すらも封じて空閑が手を挙げた。

 

「っ…な、なんですかあなたは」

「ちょ、空閑!」

 

 僕は嫌な予感がして空閑の肩を掴む。だが、空閑は止まらなかった。

 

「オサム、トリガー使ってなかったけど?」

「…は?」

「いや、だからオサムはトリガー使ってなかったけど?」

「…な!?」

 

 空気が死んだ。あちゃー、と僕は目元を隠した。

 

 仕方のない事とは言え、勘違いによる糾弾。それをこんな場所で指摘したら、相手に多大なる恥をかかせてしまうことは明白だ。そんな事後で誰もいない時にそっとしてあげればいいのであって、今は聞き流せばよかったのだ。

 

 だが空閑にそんな空気を読むという日本人特有の技能が備わっているはずもなく。空閑は憮然とした態度で木虎をまっすぐ睨んでいた。

 

「なっ…何を言っているの?そんな事あり得る訳…」

「でもそれが事実だし」

「じゃあ、アナタは彼が生身で近界民に立ち向かったっていうの!?そんな事、絶対あり得ない…不可能よ、そんな事!」

「でも、オサムはそれをした。なあ、そうだろ?」

 

 空閑が他の、居合わせたクラスメート達に水を向けた。一瞬戸惑った顔をしたクラスメート達だが、すぐに空閑の言葉にうなずいた。

 

「た、確かに…あの時、三雲は普通に制服でした」

「ずっと制服のまま戦ってた…よね?」

「うん。あれ?でも、それってつまり…ほ、本当に生身で…?」

 

 驚きが静かに波紋していく。僕は冷や汗をかきながら経過を眺める事しかできずにいた。

 

「ま、待ってくれ。それじゃあ、君はどうやってあの近界民を?それに、確かに近界民には傷がついていた。トリオンを使った物体でしか、トリオンで形作られたものには干渉できないはずだ」

「いえ…えっと、それは…」

 

 周囲を見渡す。全員が僕に集中していた。空閑を見てみると、何故かどや顔でこちらを見てうんうん頷いている。能天気な顔しやがって、僕が今どれだけ腹痛を感じているのか少しは察しろと言いたいものだ。

 

 仕方がない。僕は懐からトリガーを取り出した。

 

「これでぶん殴ってました」

 

 唖然とする嵐山さん。

 

「…うん、ちょっと借りるね」

「…うわ、本当だ。トリガーが凄い歪んでる。これ結構丈夫な造りしてるし、何よりトリオンで作られてるから、トリオンで作られた物体と相当の力でぶつけ合わせないと壊れないっていうのに」

「つ、つまり…つまり、ほ、ほ、本当に…?」

 

 木虎がだらだらと汗を流し、こちらに恐る恐る顔を向ける。

 

 ああ、分かる。僕も師匠を見る時しょっちゅうこんな顔をしていた。だから分かる、彼らの内情が。

 

(((こいつ、化け物だ…)))

 

 きっと、そう思っているに違いない。

 

 しかし待ってほしい。僕は師匠に比べたらまだ人間です。そう叫びたくなる衝動を何とかこらえて、彼らが再起動するまで待ったのだった。

 

 その後、とにかく今日中に本部まで足を運ぶように言われ、僕は解放された。なんだか釈然としない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふー…」

 

 僕は病室のベッドに腰掛けて、大きく息をついた。傍らにはバッグがある。

 

 怪我はたくさんあったが、全て擦り傷程度、しかも呼吸のお陰か既に血は止まっている。一応病院に連れてこられては来たものの、すぐに医者はやることが無くなり、それでも点滴くらいはしておいた方が良いという話になり、ベッドに寝転がって今の時間になる。

 

 お見舞いで大量の生徒が先ほどまで詰めかけてきたが、全部空閑と看護師さんに手伝ってもらって帰ってもらった。そしてやっと帰る時間になったという訳だ。

 

「あー、疲れた…これだから目立つのは嫌なんだ…」

「お疲れだな、オサム。そんなに目立つの苦手なのか?」

「まー昔色々とあってな…」

 

 と言っても前世の話だけど…転生して分かったことだがトラウマって身体…っていうか脳みそが変わると大部分が治るらしい。だがそれでもやっぱり記憶は消えたわけじゃない。辛いものは辛いのだ。

 

 変に目立って、自分の実力以上に期待を寄せられても身を亡ぼすのはこちらなのだ。冗談じゃない。

 

「それよりも…お前、ボーダーの人間に無暗に噛みつくのはもう辞めろ…肝を冷やしたぞあの時は」

 

 咎めるように睨みつけると、空閑は一切反省してない様子で眉をひそめた。

 

「だってアイツ、オサムのことをネチネチ言ってくるからつい」

 

 唇を尖らせる、妙に子供っぽい仕草をする空閑に苦笑し、僕は立ち上がる。

 

「フォローするわけじゃないけど、木虎の言っていることは全部正しいよ。だから僕もトリガーを使わなかったわけだし」

「なんだ、オサムアイツの事庇うのか?もしかして好みなのか?」

「そんな訳ないだろ。どうしてそうなる」

 

 ジト目で見つめてくる空閑の頭を軽くチョップした。そして手の角度を変え頭を撫でる。

 

「僕の為に怒ってくれたのは嬉しいけど…とにかく。怪しまれるような行動はもう控えてくれ。分かったな」

「はーい」

 

 分かってないな。と思いつつも、もう仕方ないのでそれで話を終わらせた。帰宅の準備を終えて歩き出すと、空閑が話しかけてくる。

 

「この後はどうするんだ?」

「ボーダー基地に行く。嵐山さんに言われたしな」

「ふむ。俺も行っていい?」

「途中までならいいぞ」

 

 そんな話をしながら病院の玄関へと出ると、そこには異様な光景が広がっていた。木虎を被写体に、写真会場が開催されていたのである。撮っているのは返したはずの生徒たちだ。

 

「何やってんだ、あいつ」

「さあ。関わらないでいよう…」

「あ…!ちょ、ちょっと待ちなさいよそこ!」

 

 気づかれた。最悪だ。いや、命の恩人に最悪だは酷いか。いやでも。

 

「うぅんっ。…待っていたわ。確か三雲君とか言ったわよね。私はボーダー所属、嵐山隊の木虎藍。…本部基地まで同行するわ」

 

 やけに艶めかしい咳ばらいを一つして一息にそういう木虎。敵意を感じる目で睨みつけてくる彼女に、僕はため息をつきそうになる。ふと気になって横を見ると、空閑はじいっと木虎を睨みつけている。その頭を軽く小突いた。

 

「嵐山隊の木虎さんが、三雲先輩を出迎えに…?」

「三雲先輩すっげー…」

 

 ざわめき声が酷くなる。

 

 A級の付き添い?一体何が目的でそんなことを。疑問を大いに感じるが、とはいえここで何を言っても仕方がない。先導するように歩き出した木虎に僕は仕方なくついていくのだった。

 

「――――ま、トリオン兵を生身で足止めしようなんて言う、馬鹿げた根性と生き残った運の良さだけは認めてあげましょう。そもそも、私は生身で戦うなんて馬鹿な真似しないけど」

 

 道中、なんか勝手に認められてしまい僕は釈然としない気分にさせられた。さっき会った時はトリガーの使用が云々と言っていたくせに、舌の根も乾かないうちにこの人は何を言っているのだろうか。

 

「じゃあどうすればよかったんだよ…」

「逃げるのよ。普通それしかないでしょ?」

「いやいや。逃げてたら普通に何人かやられてたから。お前全然間に合ってなかったから、普通に」

 

 後ろからついてきていた空閑の言葉に、木虎はぴくりと肩を揺らして空閑を睨んだ。

 

「…貴女、どうしてまたついてきてるのよ」

「お前が勝手についてきてるんじゃん」

「おい、空閑。話がややこしくなるから少し黙っててくれ」

 

 肩に手を置いて空閑を後ろにやると、ぶー垂れた様子で僕を見上げてくる。

 

「…木虎の言ってることも一理ある。今回僕が生身で立ち向かったことが下手に広がれば、今後も同じようなことがあった場合、僕を真似して一般人が立ち向かおうとしてしまうことも考えられるだろう。僕の行動は軽率だったと自分でも思う。木虎はきっとそう言うことが言いたいんだ」

「そっ…そうね、そうとも言えるわ」

 

 僕の話に乗ってきた木虎を、空閑はじいっと見つめた。

 

「ふーん…詰まんない嘘つくね、お前」

「な、なによ…」

「空閑、落ち着け」

 

 ため息をつきたくなる。なんだってこの二人はここまで相性が悪いんだ。

 

「とっ、とにかく!A級の私の方がC級の三雲君よりも優れているのだから。私の方が正しいに決まっているわ!」

「A級?知らないよそんなの」

「そんなことも知らないの?ボーダー内で上位5%の実力を持つ、精鋭中の精鋭よ。分かったらもっと敬ったらどう?」

「せい…えい…?」

「何よその疑いの目は!」

「木虎も落ち着け!」

 

 少女同士の睨み合いに、僕は完全に巻き込まれた。というのも僕を真ん中に顔を寄せ合っているのだ。火花が散るその圧力が僕の顔にチクチクと突き刺さるのを感じつつ、肩を押しのけて何とか距離を離す。空閑はともかく、木虎は僕と同い年の女の子なんだから、もっと距離感を保った接し方をしてほしいものだ。

 

「そ、そうだ木虎さん!今日のあの門、一体何だったんだ?警戒区域外に門が開くなんて尋常な事じゃないぞ。A級の君なら何か知ってるんじゃないか?」

「…ふん、まあいいでしょう。そうね、知ってるわよ。C級の貴方には知りえない情報を、私が、特別に教えてあげるわ」

 

 木虎から語られたのは、ここ最近多発しているイレギュラー門の話だった。なんと一般に公開されていないだけで、同じような事例が昨日から6回も起きているらしい。ボーダーはこのことを受けて研究チームを作り、原因の究明を測っているのだという。

 

 昨日から…つまり、1日2日の間に6回も…偶然なんかじゃない。何か原因があるんだ。そう言えば原作でも何か言ってたような…ネズミがどうこう、だっけ?

 

 つまり、何かが門を意図的に開いているとしたらどうだ。そうすると辻褄が合う。ちょっと調べてみるか。

 

「流石木虎さんだ。後輩の僕が知らないことは何でも知ってるんだな」

「そ!?…そうよ!?私先輩なんだから、これからも分からないことがあれば何でも言いなさい?特別に答えてあげるから!」

 

 まるで犬がしっぽを振るかの如く急に上機嫌になる木虎さん。承認欲求の塊みたいな人だなぁ…。ここまで来ると、逆に可愛く見えてくる。

 

 そんなバカなことを思考していると、突如としてサイレンがけたたましく鳴った。何事かと周囲を見渡すと、空に巨大な黒い塊が、ぽっかりと空いているのが見えた。

 

「嘘だろ、おい…」

 

 二度目の近界民の出現に、僕の愕然とした言葉が響く。クジラの如き巨躯を誇る近界民は、あろうことか空を舞い、そして街へ向かって悠々と泳ぎ去ろうとしていた。




飽きるまで書きます
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