君はまるでトンボ玉のようだ。見る方向で、美しさが全く違う。
苛烈な面もあれば、静かな面もある。きらびやかな面もあれば、朗らかな面もある。
キラキラしていて、うつくしくて、風のように爽やかで。
有り体に言えば、一目惚れ、だったんだ。
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さっと口から吸い口を離して、ふうっ、と勢いよく煙を吐いた。
パイプタバコを吹かしながら思うのは、私はバニラの香りが好みだということ。
あとは、走るのがそこそこ好きという事。
前世の記憶があるという事。
前世も含めて、自由が好きだという事。
そしてここは、トレセン学園の喫煙所である、という事ぐらいだろうか。
「さてと、今日は何をしようかな」
そう言いながら再びパイプを咥えて、啜るように息を吸う。するともっこりと葉が盛り上がる。こうなると火が長続きしない。
コンパニオンを取り出して、タンパーで浮き上がった葉を軽く押し下げる。
「うん。いい感じ良い感じ」
軽く口の中に煙をとどめて、ゆっくりと吐き出せば、鼻に抜けるのは煙草の香りとバニラの香り。実に、満足なひと時だ。
煙草は体の健康に悪い。でも、満足な時間を得るには最高のツールとも言えよう。
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喫煙所と言う、屋上に私一人のために作られた憩いの場。そこを後にすると、目の前に広がったのはトレセン学園の広大な土地だ。
眼下に広がる広大な芝とダートのコースに、少し遠くに見えるウマ娘達の寮。プールもあれば、室内練習場も完備している。
「おー、やってるやってる。精が出るね」
どのコースを見ても、ウマ娘達が研鑽を積み、その実力を高めている。あるところでは、ダンスの練習をしているし、あるところではトレーナーとレクリエーションを行っている。いやはや、青春だね。
「やってるやってるってお前なぁ。お前もウマ娘だろう?」
「いやいや、私は煙草を吸ってるただの不良だよ。どこぞのトレーナーさん?」
両の手を上げて、参ったの格好をしながら振り向いてみれば、そこに立っていたのは一人のトレーナーであった。黄色のシャツに黒っぽいベスト。口に咥えているのはタバコじゃなくて、多分飴かな?
「それで、どこぞのトレーナーさんは、こんな私に何の用?」
煙草の香りでウマ娘は寄りつきゃしない。トレーナーも、ウマ娘が居なければ寄りつきゃしない。ここに来るのは煙草好きか、相当な変わりもの好きしか居ないだろう。私の言葉に、どこぞのトレーナーは頭をぽりぽりと掻いていた。
「毎日毎日、屋上からこっちを覗いている奴がいたら気にもなるだろう」
「へぇ。変わりもの好きもいるんだね。じゃあ、立ち話もなんだしさ。トレーナーもどうかな?一服」
制服のポケットへと手を伸ばして、新品のコーンパイプとジャグを、小さく掲げて見せた。